鼻鏡・喉頭鏡検査

症例140901

サクライキビ-外鼻孔に血腫様ポリープ2014-09-01 12.05.12【動画症例140901-キビ】 きびちゃん。雑種猫、去勢済オス、2歳。体重3.60kg。あおぞら動物病院(千葉県船橋市)より診療依頼を受けました。2014年4月からスターターが始まり、ほぼ1カ月毎に鼻出血、外鼻孔より血腫様ポリープ突出が順に現れ、次第に呼吸困難悪化。頭部CT/MRI,鼻鏡検査により鼻腔から後鼻孔周辺に良性ポリープ様病変ありと診断された。保存療法でも症状維持できず、2014年9月1日、精査加療希望のため呼吸器科受診。最終診断は、炎症性鼻甲介ポリープ。

 

初診日:2014年9月1日

鼻鏡検査日:2014年9月1日

手術日:2014年9月1日(鼻腔内ポリープ牽引除去術)

診断:炎症性鼻甲介ポリープ(猫鼻腔内間葉性過誤腫)

合併症:外骨腫症

除外された疾患:鼻腔内異物

 

プロフィール:雑種猫、2歳、去勢済オス

主訴:スターター、鼻出血

既往歴:膀胱炎(1歳齢時)

薬剤の副作用:

内服薬;パセトシン(嘔吐)、レスタミン(嘔吐)、バイトリル(食欲廃絶)

注射薬:コンベニア(食欲低下)

 

問診:発症以来、次第に食欲低下し体重が発症前の5.0kgから3.60kgまで減少した。特に、検査後にはかなり消耗し食欲回復までには時間がかかる。血腫様ポリープは右鼻孔から先ず生じ、現在かなり大きくなっている。引っ張り出すと数ミリ出てきて切れる。しかし、何度も再生している。8月初旬、血腫様ポリープに対しレーザー治療を行ってみたが、十分な効果がなかった。8月の中旬に一過性に耳から出血があった。最近、鼻の上が腫れてきたように思う。全経過を通じて、くしゃみは少なく鼻汁はほとんどない。猫白血病ウイルス抗原陽性。同居動物なし、完全室内飼育、定期予防非実施。

身体検査:体重3.60kg(BCS3/5)、T:39.4℃、P:204/分、R:12分。不規則に呼吸し、重度な高調スターターあり。そのため苦しそうで落ち着きなし。聴診にて、咽喉頭にて高調な気道狭窄音最大。心雑音なし。両側外鼻孔は血腫様病変で閉塞し、特に右側は正常の3倍程度に外鼻孔開大。鼻背側面が膨隆しているが、眼球変異などの顔面変形なく触診にて鼻骨は明瞭に識別可能。

CBCおよび血液化学検査:貧血傾向(PCV 31%)

動脈血ガス分析:pH7.37、Pco2 33mmHg, Po2 90mmHg, [HCO3-] 18.6mmol/L, Base Excess -5.2mmol/L, AaDo2 18.5 mmHg。肺機能に問題なく、換気障害が生じていなかった。

頭部/胸部X線および検査:頭部にて後鼻孔周辺に腫瘤状陰影あり、とくに腹側を閉塞していた。吸気時に咽頭虚脱、呼気時に咽頭拡張、口咽頭内に常に含気あり強い鼻道閉塞の所見を示した。鼓室胞直下に腫瘤状病変なく鼻咽頭ポリープではないと考えられた。胸部X線検査にて3カ所の外骨腫症を疑うマス陰影があるが、肺野透過性には問題なかった。

評価:若齢猫発症、重度鼻道閉塞症状、鼻出血、猫白血症ウイルス抗原陽性、外鼻孔から血腫様ポリープの突出、進行性、顔面の変形、鼻腔から後鼻孔まで良性腫瘤状病変あり鼻道を閉塞している、などの症状は、猫の炎症性鼻甲介ポリープを疑う典型的な所見です。

飼い主へのインフォーメーション

非常にまれですが、猫の炎症性鼻甲介ポリープの疑いがあります。本疾患は、最近の報告より過誤種の一種と考えられており、切除すれば予後良好です。ただ、過去に当院で経験した猫の炎症性鼻甲介ポリープは、術後呼吸状態は速やかに改善しましたが、7ヶ月後に悪性腫瘍を後鼻孔に発症し、経過要注意です。もし、この疾患なら現在の状況は手術によって改善できるとは思います。手術は、鼻腔には鼻背側面を、鼻咽頭には口を開けて軟口蓋の一部を正中切開してアプローチしてポリープをできるだけ全部切除し、鼻道を開存させます。手術の危険な合併症は出血ですので、術前に血液を用意しておく必要があります。また、咽頭手術を行いやすくするため気管切開して術中気道確保します。また、手術自体が完全に鼻道を開存させて終了することができるかどうかは分らないし、鼻や咽頭手術は術後粘膜腫脹によって上気道閉塞が生じる可能性があるので術後気管切開チューブを設置します。これによりどのような手術の結果であっても、覚醒時に呼吸困難になることはありません。もし、うまく上気道開存が得られたら、術後1-2日で気管切開チューブは無麻酔で抜去できると思います。術後、1週間位の入院期間を考えておいてください。後期合併症としては、ポリープの再発です。まれな疾患であるため、病態がよくわかっておりません。定期的な診察や検査が必要となるかもしれません。鼻咽頭ポリープなどでは、ポリープ切除後、慢性腹鼻腔炎症状が続く事があります。閉塞して貯留していた鼻汁が流出するようになるからです。キビちゃんもそのようになる可能性が高いと思います。この場合、在宅ネブライザー療法を1-2ヶ月続けると、粘液性の鼻汁が溶解し次第に消失していきます。

 

二次検査

飼い主同意を得て、クロスマッチテストで確認した健常猫の新鮮全血80mlを用意し、全身麻酔下に以下二次検査にすすみました。

Ⅰ 後部鼻鏡検査

1) 肉眼所見: 後鼻孔に白色の比較的弾力ある腫瘤状病変があり、鼻道を閉塞しておりました。周囲をカテーテルで探索したところ、鼻咽頭内に頸部はないように思われました。

2) カテーテル疎通性:外鼻孔より3.5Frトムキャットカテーテルを挿入しましたが、左右どちらも数mmで通過不能でした。

そこで、予定通り手術を行いました。

Ⅱ 気管切開術-術中挿管

Ⅲ 鼻咽頭腹側アプローチによる後鼻孔腫瘤状病変の切除。多数の白色の索状病変が見つかり、鼻腔側に基部がありました。慎重に牽引するとポリープ頸部で切断されました。

Ⅳ 外鼻孔から慎重にモスキート鉗子を用いて盲目的に、同様な索状病変が把持、牽引、切除できました。鼻咽頭と合わせると、20片位切除できました。8Frカテーテルで左右鼻道の開存を確認後、外径2.7mmの硬性鏡で左右の鼻腔を確認すると十分開存し、ポリープ残存なく、そのまま鼻咽頭に開通しました。切除した索状病変は病理検査に供し、良性病変の過形成性ポリープと組織診断されました。術後の鼻腔内ブラッシング標本にて細菌は検出されませんでした。

Ⅴ 切開した軟口蓋を閉鎖

Ⅵ 気管切開チューブ(外径4.5mm, シングルルーメン)設置

術後、覚醒は良好で呼吸困難の様子はありませんでした。血液混じりの粘液性の鼻汁は滴る程度に常にみられましたが息苦しい様子はありませんでした。病理組織診断所見では、好中球を主体とする炎症細胞浸潤や、浮腫、壊死が様々な程度にみられ、最も大きい腫瘤内には骨化生巣もみられた。構成するいずれの細胞にも異型性はみられませんでした。これまで報告されてきた「猫の炎症性鼻甲介ポリープ」のものと一致しました。

予後

猫の炎症性鼻甲介ポリープについては、呼吸器科08-鼻腔内腫瘍

または、最近の報告では、

Greci V, Mortellaro CM, Olivero D, et al.: Inflammatory polyps of the nasal tubinates of cats: an argument for designation as feline mesenchymal nasal hamartoma, J Feline Med Surg, 13:213-219, 2011

があります。良性とはいっても、再発するかもしれません。非常にまれな疾患なので病態はよくわかっておりません。基本的には、過誤腫ですので切除すれば問題ないはずですが、経過観察が必要です。Guarded prognosisと言えます。

経過

術直後よりスターター消失し、術後5日目経過良好のため退院。自宅にてネブライザー療法を継続していただきました(生食20ml+ゲンタマイシン0.5ml+ボスミン外用液0.5ml+ビソルボン吸入液0.5ml/回、1日2回)。退院して2週間後からスターターや認められるようになり、第42病日(2014年10月12日)、スターターは持続性となり、外鼻孔から血腫様ポリープがみえ、再発した。鼻鏡検査にて、鼻腔および後鼻孔にポリープ再発を認め、同様に外鼻孔からポリープ引き抜き術を行った。後鼻孔部のポリープは鼻咽頭の腹側アプローチにて硬口蓋の一部を切除して内部のポリープを引き抜いた。術後、くしゃみや鼻汁は少し認めたが、スターターは消失した。しかし、飲水後ギャギングすることが多く、再入院の8日後にポリープを引き抜いたときの硬口蓋の欠損部が癒合しておらず、10mm×15mmの程度の欠損孔になっていた。内部にすでにポリープが再発していた。大きさや位置から皮弁や粘膜弁による閉鎖は困難であり、胃瘻チューブを設置し経口摂食を制限した。その後、経チューブ栄養にて管理し、全身状態は回復し、第56病日退院。在宅ネブライザー療法と胃瘻チューブ管理を継続した。あおぞら動物病院様で診療継続となった。第115病日、外鼻孔に血腫様ポリープがみえ再発したので、あおぞら動物病院様にて、ポリープ引き抜き術を外鼻孔と硬口蓋欠損孔より同様に行った。自宅で刺身は問題なくたべられることが分かり、よく与えていた。第182病日より咳が認められ、第197病日に静かに自宅で息を引き取られました。

コメント

重度の猫の炎症性鼻甲介ポリープの治療法は確立されておりません。悪性ではないポリープということになっておりますが、キビちゃんのように再発が早い場合の報告がありません。ポリープ引き抜き後に、鼻腔内にAPCやレーザーなどを広範に行うなどかなりの荒療治が必要かもしれません。(城下)