猫のびまん性肺疾患
猫のびまん性肺疾患について
猫の肺疾患は多様であり、胸部X線検査にて左右両側に広く異常影が分布し、内科治療に反応せず長期間継続し、緩徐に進行していく場合があります。
「びまん性」の定義は具体的に定まっておりません。臨床的には早期察知が重要であるので、当院では、両側肺野全域でなくとも右前・中・後、左前・中・後の全6肺野中、左右両側にわたり合計3肺野以上に異常影が分布するものを該当するものと考えています。
その場合には、正確には両側性多巣性肺野異常影というべきかもしれませんが、ここでは便宜的にそのような場合も抱合し、猫のびまん性肺疾患 (Feline diffuse lung disease, FDLD)としてまとめます。
FDLDは、呼吸器の末梢気道および肺実質疾患のうちの間質性肺疾患のカテゴリー1に含まれます。獣医学ではまだ未発達な分野であり、犬・猫の呼吸器臨床研究会では、最適な治療法を探求するため、猫のこのカテゴリーの疾患の情報収集と、病理医および画像診断医と日々症例研究を行っています。
異常影のタイプと分布による分類
獣医学では、慢性経過を示すFDLDの研究は、2004年に猫の特発性肺線維症様疾患の報告ののち進捗はありません。散発的な病理診断報告、学会報告、研究会内報告の情報収集から、FDLDはその異常影のタイプと分布から以下の3つのタイプに分類されると考えられます。これらが同一の猫に混在することもあります。
多発性嚢胞状陰影を示すタイプ(図3)
咳や努力呼吸あり。予後不明で、嚢胞破裂による気胸発症に注意5。
図3 | FDLDの多発性嚢胞状陰影を示すタイプ。右はCXRで綿状の間質影が両側肺野内に多巣性に存在していた。左は同一症例同時期のCTでの両側性多発性嚢胞状陰影。
既存の「猫の特発性肺線維症様疾患」6の報告について
1.
Cohn LA, Norris CR, Hawkins EC, et al. Identification and characterization of an idiopathic pulmonary fibrosis-like condition in cats. J Vet Intern Med 2004;18:632-641.
人医では、特発性肺線維症は通常間質性肺炎(UIP)と呼ばれる組織学的所見を有する明確な疾患群にのみ用いられる。この研究では、UIPの組織学的基準を示す猫23頭を同定した。そして、これらの猫の病態と治療反応を記述した。2頭を除くすべての猫が中年齢から高齢(中央値8.7歳)で、明らかな性別や品種による発症傾向は認められなかった。主訴は呼吸困難(n = 18)および咳(n = 13)であった。徴候持続期間は17頭で6ヵ月未満であった。身体所見の異常としては、頻呼吸、吸気努力または吸気と呼気の両相性努力、肺音にて呼吸副雑音がみられた。一貫した血液学的、生化学的異常、寄生虫、猫レトロウイルス、心臓病、トキソプラズマ症の血清学的陽性結果は認められなかった。X線写真の変化には、密な斑状またはびまん性の間質性、気管支肺胞性、肺胞性浸潤があった(図4)。
図4 | Cohn LA. J Vet Intern Med 2004, Fig 2.より引用。23頭のうちの1例の重度なびまん性網状間質影を示した猫の胸部X線写真所見。
気管支肺胞洗浄液の分析にて軽度の好中球性炎症(n = 6)が認められたが、一貫した病原体の増殖は認められなかった。6頭で悪性腫瘍の併発が確認された。治療(副腎皮質ステロイド、抗生物質、気管支拡張薬、利尿薬)に対する反応は不良で、ほとんどの猫は数日から数ヵ月以内に死亡した。UIPに適合する組織学的変化を有する猫では、ヒトのIPFの臨床所見の多くを模倣した徴候がみられ、治療反応も不良であった6。
2.
Williams K, Malarkey D, Cohn L, et al. Identification of spontaneous feline idiopathic pulmonary fibrosis: morphology and ultrastructural evidence for a type II pneumocyte defect. Chest 2004;125:2278-2288.
1のCohn, J Vet Intern Med 2004の研究の対象となった猫23例のうち16例について、さらに病理組織学的にⅡ型肺胞上皮細胞の電顕的微細構造の異常を同定・解析した病理医の報告。
これらの猫には以下の共通の病理組織像が認められた。
(1) 線維芽細胞・筋線維芽細胞巣を伴う間質の線維化(図5)
(2)肺胞上皮化生とII型肺胞上皮細胞過形成を伴う蜂巣化
(3) 肺胞壁内の平滑筋化生。間質の炎症は顕著な特徴ではなかった。
α-平滑筋アクチン陽性の筋線維芽細胞は、筋線維芽細胞巣、蜂巣構造や過形成上皮の基底部、リモデリング部から離れた肺胞壁で顕著であった。ネコIPF II型肺胞上皮細胞の超微細構造はヒトIPFの遺伝性型と類似しており、異常な細胞質内ラメラ体様封入体を有していた。
したがって、以下のように結論された。
(1)UIP/IPFの臨床的および病理学的特徴を有する慢性呼吸器疾患が家猫で発生する
(2) ヒトIPFと同様にII型肺胞上皮細胞および筋線維芽細胞がネコIPFの重要な細胞構成要素であること
(3) II型肺胞上皮細胞の超微細構造は、ネコIPFにはII型肺胞上皮細胞に問題があることを示唆している。
図5 | Williams K, et al. Chest 2004, Figure2より引用。ネコとヒトのIPFの比較病理組織学(HE)。ヒト(上左、A)およびネコ(上右、B)IPFの蜂巣肺と隣接する比較的正常な肺。ヒトIPFの終末細気管支に隣接した蜂巣肺を覆う柱状上皮細胞(中左、C)、ネコIPFの蜂巣肺(中右、D)を示す。下右、F:ネコIPFの蜂巣肺における粘膜上皮化生のAB-PAS染色。粘液細胞内では粘液が先端方向に配向している(矢印)。下左、E:ヒトIPFの細気管支上皮(BE)中のムチン(AB-PAS染色)。ヒトIPFの粘液物質は気管支上皮に限定されている。ネコの肺ではターコイズ色の間質性肥満細胞に注目。挿入図は、肥満細胞トリプターゼの免疫組織化学を示す。上左A、上右Bのバーは400μmを示し、その他のバーは50μmを示す。
猫のブロンコレア4
Shiroshita Y, Inaba K, Akashi Y, et al. (2019). R04: Feline bronchorrhea: A retrospective study of 18 cases (2012-2017). In: 2019 ACVIM Forum Research Abstract Program Phoenix, Arizona, June 6 – 8, 2019 Index of Abstracts 2019.
https://doi.org/10.1111/jvim.15597
ゴロゴロ音、消失しない肺野多発斑状影、気管支鏡検査にて水溶性の気道分泌物過剰を示す猫18例の臨床研究。2019年ACVIM(米国大学内科アカデミー年次大会)にて当研究会で学会発表しました。当研究会での猫のびまん性肺疾患研究の核心となっており、病態や治療法について今も議論しております。以下が現時点での猫のブロンコレアの知見や見解の概要です。
病態と定義
猫において慢性経過で粘稠性の低い気道分泌物過剰を示す症候群のことをいうが、下気道感染症や好酸球性肺疾患は鑑別する。気管支鏡検査にて唾液状の分泌物が末梢気道から中枢気道内に向け流出することを観察して診断する。人のブロンコレアは1日100ml以上の多量の水溶性で粘稠度が非常に低い喀痰が生じ、気管支喘息、細気管支肺胞上皮癌、転移性肺癌、有機リン系農中毒で主に生じるとされ7、状態が似ており、猫のブロンコレアの疾患名の由来となった。後向き臨床研究4にて、病理学的には気管支間質性肺疾患のカテゴリーに分類されることが示唆され、肺病理組織所見では、2004年に報告された猫の特発性肺線維症(Idiopathic Pulmonary Fibrosis, IPF)6,8に相当する例も認められた。しかし、人では、通常ブロンコレアとIPFは重複しない(図6)。
図6 | 猫とヒトのブロンコレアの違い
原因と発症傾向
間質性肺炎、猫の特発性肺線維症、細気管支肺胞上皮癌、腺癌、気管支腺の増生が複合して存在していると考えられている4。ロシアンブルーとアメリカンショートヘアーに発症が多く、この2種で全体の2/3を占めるとされる4。年齢は前者では6歳齢、後者では10歳齢から多い。オスで6割。
臨床徴候
血液検査所見
TP増加(28%)、腎パネル増加(28%)、血糖値増加(22%)、肝酵素上昇(11%)4
動脈血ガス分析所見
中程度〜重度の低酸素血症(Pao2 58〜81mmHg)。二酸化炭素ガス分圧は正常範囲のことが多い4。
胸部X線検査
肺野に消失しない境界不明瞭な浸潤影や間質影がある(図7)。報告では、右後肺野優位の両側浸潤影(83.3%)が多くみとめられ、それに伴い、肺過膨張(38.9%)、気管支結石や石灰沈着(22.2%)、嚢胞状陰影(16.7%)などが確認された4。
図7 | 猫のブロンコレアと診断した症例の胸部X線検査所見
胸部CT検査
内部に小嚢胞状構造を含む腫瘤状浸潤影(50%)、多発嚢胞状陰影(33%)、気管支結石・石灰沈着(50%)、網状影(33%)などが確認されている(図8)4。
図8 | 胸部CT検査所見。a.内部に小嚢胞状構造を含む腫瘤状浸潤影、 b.多発嚢胞状陰影、 c.気管支結石・石灰沈着、 d. 網状影。
内視鏡検査
気管支鏡検査にて喉頭から中枢気道に唾液様の粘稠度の低い多量の気道分泌物過剰を確認する(動画2)。気道異物、下気道感染症、好酸球性肺疾患、気管支腫瘍を除外する。
動画2 | 気管気管支鏡所見。雑種猫、10歳、雄
病理検査
共通した臨床所見を有する18例の猫のうち5例で肺葉切除を行った。その病理組織所見は、2004年に報告された「猫の特発性肺線維症様疾患」の所見とほぼ一致した4。
診断
- ゴロゴロ音などの典型的な慢性呼吸器徴候
- 胸部X線検査にて2ヶ月以上消失しない肺野浸潤影や間質影
- 気管支鏡検査にて喉頭から中枢気道に唾液様の粘稠度の低い
多量の気道分泌物過剰を確認し、気管支肺胞洗浄液解析や気管支ブラッシングにて有意な起炎菌の存在や好酸球性炎症を否定
診断のレベルは、
確定(Definite):1〜3全てを満たす
疑い(Probable):1と2を満たす
可能性あり(Possible):1のみ
治療
明確なエビデンスに基づく治療はまだ確立されていない。初期対処は気管支間質性肺疾患を考慮して行う。確定診断後、気道分泌過剰の病態を考慮し気管支拡張や排痰促進、人のブロンコレアに実施されてきた対症療法などに基づき、診断後に以下の治療が試行されている4 2。
初期対処
本症を疑い呼吸困難を示す場合、酸素濃度30%で酸素吸入を開始し、気道分泌物による気流制限に対し気管支拡張剤(ブリカニール0.01mg/kg SC 6時間ごと、など)を行う。
内科療法
支持療法
- 在宅酸素療法:酸素ハウスを用いる。症状に応じ、処方は、酸素濃度 25〜30%、使用時間は“出入り自由”から終日まで調整する。
- 肺内パーカッション換気療法 一般的な猫のサイズであれば、初期設定は操作圧を16psi、パーカッション頻度はEasy、気道内圧は20hpa以上を維持し、1回15分間を、重症度に応じて1日4回〜1週間に1回程度で行う。酸素濃度は100%を避け、可能であれば30%程度で実施する。
外科療法
肺葉切除術15,16: 前述の内科および支持療法を1〜3ヶ月行い、肺野異常陰影が減少・偏在化し、動脈血酸素分圧(PaO2) 60mmHg以上を安定して維持するようになれば、検討する。胸部CT検査にて肺浸潤影が最も強い病変を含む肺葉を切除する。右肺後葉切除が多かったと報告されている4。
予後
予後要注意(Guarded)である。猫18例の報告では、60日生存率は72.2%、生存期間中央値は361日間、無処置2例は9日間であった4。肺葉切除術にて有意に生存期間が延長し(生存期間中央値596日間、図9)、ステロイド投与は非有意だが臨床的に有効と考えられた4。「初診時年齢10歳未満」と「CT検査で胸部リンパ節腫大なし」は予後良好、「CT検査で胸部リンパ節腫大あり」と「無処置」は予後不良とされた4。いまだ報告は少なく、今後詳細な調査が必要である。
図9 | 肺葉切除群と非肺葉切除群の生存分析の比較。肺葉切除群の方が生存率は高いようだが、統計学的有意差は認められなかった。
未解決の問題、特記事項
粘稠度の低い気道分泌物過剰と間質性肺疾患との関連、肺病理、分泌物の定量や物理性状の調査、切除肺の選択基準や可能切除肺葉数、他の内科療法の選択肢などは、本疾患における病態解明とともにより明確な診断基準や有効な治療法確立のために今後解明すべき課題といえる。猫のブロンコレアは、病理像は「猫のIPF様疾患」に一致したが、臨床像が異なる。例えば、猫のブロンコレアではステロイド投与は臨床症状や肺野浸潤影を部分的に改善しなんらかの治療を施せば70%の猫は1年ほど生存した。一方、猫のIPF様疾患ではステロイドへの反応性は不良で受診後数日から数ヶ月で死の転帰をとっていたと報告されている。猫のブロンコレアは、猫のIPF様疾患の一臨床亜型と言えるかもしれないが、今後臨床および病理の双方の経験や知見を積み重ね、その病態を把握していきたいと考えている。
VeRMS Study Groupにおける共同研究チーム
猫のびまん性肺疾患については、画像診断と病理検査において
以下の専門医と共同研究を行なっています。
画像診断
池田彬人(いけだ あきひと)先生
公益財団法人日本小動物医療センター(JSAMC)画像診断科、東京大学附属動物医療センター画像診断部に所属。小動物CT研究会代表。
病理学研究
三井一鬼(みつい いっき)先生
岡山理科大学獣医学部形態学講座助教、合同会社ノーバウンダリーズ動物病理代表、一般社団法人犬・猫の呼吸器臨床研究会 理事。現在、猫のブロンコレアについて科研費を獲得し病態研究中です。
VeRMS Study Group FDLD研究班
猫の間質性肺疾患の情報収集や勉強や研究を行っています。
メンバーは以下のとおりです。
- 明石依里子(Ve.Cジャパン動物病院グループ 自由が丘動物センター) ※班長
- 山下弘太 (ダクタリ動物病院東京医療センター) ※副班長
- 稲葉健一 (名古屋みなみ動物病院・どうぶつ呼吸器クリニック)
- 近藤絵里子(品川WAFどうぶつ病院)
- 櫻井智敬 (とも動物病院)
- 谷口哲也 (兵庫ペット医療センター東灘病院)
- 中野秀哉 (北摂夜間救急動物病院)
- 森 啓太 (宮崎大学大学院獣医内科学研究室)
さいごに
猫のびまん性肺疾患は難病です。
不幸にもこの病気に御愛猫がかかってしまっても、
最善の診療をご提供できるよう当研究会では研究と研鑽を続けております。
参考文献
- 一般社団法人犬・猫の呼吸器臨床研究会編. 一般臨床医のための犬と猫の呼吸器疾患. 東京: エデュワードプレス; 2021.
- Duffy EC, Griffin S, O’Connell EM, Mortier JR. Clinical, computed tomographic and histopathological findings in two cats with pulmonary fibrosis of unknown aetiology. JFMS Open Rep 2020;6:2055116920968723.
- Le Boedec K, Roady PJ, O’Brien RT. A case of atypical diffuse feline fibrotic lung disease. J Feline Med Surg 2014;16:858-863.
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Shiroshita Y, Inaba K, Akashi Y, et al. (2019). R04: Feline bronchorrhea: A retrospective study of 18 cases (2012-2017). In: 2019 ACVIM Forum Research Abstract Program Phoenix, Arizona, June 6 – 8, 2019 Index of Abstracts 2019.
https://doi.org/10.1111/jvim.15597 - Liu DT, Silverstein DC. Feline secondary spontaneous pneumothorax: a retrospective study of 16 cases (2000-2012). J Vet Emerg Crit Care (San Antonio) 2014;24:316-325.
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