内視鏡治療
内視鏡治療について
鼻腔、咽頭、喉頭、気管、気管支内の異物摘出、腫瘤状病変の切除・減容積、狭窄整復術を非外科的に内視鏡下に行います。気道内治療は、開胸手術や気管外科に比べとても侵襲が少ないためきわめて迅速に回復しますが、手技には特殊な設備が必要であり、何より十分な熟練を要します。
獣医療では気道内治療は未だ挑戦的領域であり、実施している施設はほとんどありません。ここでは飼い主の方への情報提供はもちろんですが、獣医師にも、当院でも実施している治療法を詳しく記述いたしました。
気管支鏡下気道内治療
1.気道異物回収
気管支鏡のもっとも有用な処置といえます。気管内異物回収は出血や穿孔など合併症が生じることがあり、気管支鏡操作の十分な熟練は必要条件であり、適切な処置具を取りそろえ、緊急外科にも備えてから開始する必要があります。気管内異物は急性呼吸困難症状や胸部X線検査から疑うことは可能です。一方で気管腫瘍との鑑別も要求されます。したがって、異物や腫瘍のどちらでも診断と処置を同時に迅速かつ低侵襲に実施可能な気管支鏡の有用性は高いと思われます。
また、気管支内異物の場合、限局性胸部X線異常陰影による診断陽性率は約70%に過ぎず1、逆に胸部異常影を示さない症例もあります1。やはり、確定診断と処置を兼ねることができる気管支鏡の有用性は高いと言えます。
ヒト小児では、呼気時肺過膨張が中枢気道異物で高率にみられ2、筆者も同様の症例を経験しています。適切な処置法は異物の位置、形状、性状によります。気管内異物は猫で、小石3–6、小枝1,6、植物片1,7、樹皮6が報告されています。気管分岐部以降では犬、特に狩猟犬で、草ノギや茎状物が多く報告されています6。合併症は、気道内出血、縦隔気腫や気胸1です。 私も猫では小石状異物(図1)や魚骨、犬では食塊を気管支鏡下に速やかに診断し、ただちに摘出できた症例を経験しました8。
図1 | 気道異物回収。3週間前から急に元気消失、体重減少した猫の気管内に観察された異物。園芸用のオアシスの一部と思われた。内視鏡下にキュレットを用いて比較的容易に回収できた。
1.観察
気管内異物の場合、気管チューブを挿管せずに初めからラリンゲルマスクで気道確保し気管支鏡で慎重に気管内を観察します。極細径気管支鏡で異物を超えた気管支樹内にも異物がないか観察しておきます。腫瘍なら灰白色から赤色で表在血管を伴うことが多いです。異物は周囲粘膜色と明らかに異なる。有棘性の気管内異物回収後に突然気胸が生じた例もあり7、異物の形状観察は十分行い、気胸発症にも備えておきます。異物周囲に肉芽形成が著しい場合、処置を中止しステロイド投与を一定期間行ったのちに処置を再び試みたほうがよいです2。
2.剥離・移動
気管粘膜との連続性やその塊状物の可動性を、生検鉗子または細胞診ブラシなどを用いて出血を起こさないように辺縁から慎重に剥離してみます。針状部位に気をつけます。出血が視野を妨げれば、その都度吸引チューブで吸引してから再開します。剥離できたら、把持鉗子、バルーンカテーテル、キュレットを用いて異物を口側に移動してみます。麺類など柔軟な食塊などは、スコープ先端にチューブ断端を接続し吸引する方法9や硬性気管支鏡の吸引管使用がよいと思います。
3.把持・回収
通常の把持鉗子が使用できればよいですが、異物は声門のところで滑脱しやすいです。そのときは気管チューブのカフを膨らませながら把持した異物と同時に引き出してみます。硬く大きな球状物であればバスケット鉗子で把持します。ただ狭い気道内でバスケットが十分開かないことがあります。軟性気管支鏡処置具で把持・回収が困難なら、硬性気管支鏡でやりなおすと確実です。犬猫の気道異物の79%は軟性気管支鏡のみで回収できたとの報告がありますが1、この報告では比較的把持・回収が容易な草ノギなどの気管支内異物がほとんどを占め、大きな硬い異物は含まれていませんでした。
4.最終確認
異物回収後は、気道内に異物遺残がないか、軟性気管支鏡を用いて確認して終えます。
2.サクションカテーテル吸引
気道内処置中の出血、把持鉗子やバスケット鉗子では崩れやすい塊状物(図2)、柔軟な気道内腫瘍はチャネル内にサクション用カテーテルを挿入し、内視鏡視野範囲内で吸引除去します。塊状物の場合、キュレットや把持鉗子などで広い気管支内にかき出してから吸引します。細い気管支内で吸引しても気管支自体が虚脱して塊状物を吸引できなくなりますし、最悪その吸引処置により無気肺を形成してしまうかもしれません。
図2 | サクションカテーテル吸引。右中肺野に結節陰影を示したシーズーに右中葉気管支内に塊状物が認められた。鉗子で把持すると簡単に崩れるのでサクションカテーテルを用いて少しずつ吸引除去した。病理組織検査の結果、壊死した炎症細胞塊であった。
気道内や気道ステント内に滞留した粘稠な分泌物の吸引時にも使用します。その場合、処置前にサクション用カテーテルに温生食水を吸引しておくとカテーテル内が粘液で閉塞しにくくなります。
3.ホットバイオプシー
形状は生検鉗子と同じだが先端のカップで把持したときに高周波を通電し、凝固止血しながら腫瘤病変を切除していきます(図3)。処置具はチャネル径2.0mm用のものからあります。先端を組織に接触させ20-40Wの出力で単に焼灼凝固させることも可能です10。易出血性腫瘤病変の処置に有用です。
図3 | ホットバイオプシー。左主気管支直前に生じたポリープ状病変に対し、止血と凝固を兼ねながらホットバイオプシー鉗子にて少しずつ摘出した。
4.アルゴンプラズマ凝固
気道内肉芽や気道内腫瘍の失活や縮小に気管支鏡下処置として近年医学領域で使用されるようになってきました11。主な作用は非接触凝固です。凝固深度は最大3mm程度と浅く制限されています。レーザー治療の強力な蒸散作用に比べ組織縮小効果は小さいですが、出血や穿孔事故の可能性は低いので安全性が高いです。
さらにアルゴンプラズマビームは直線方向だけでなく十分に凝固されていない組織抵抗の低いところへもビームが自然と向かっていくので接線方向の焼灼も可能であり、犬猫の狭い気道腔内での処置に有利です。発煙も少ないのでレーザー治療と異なり視野が常に保てます。外径1.5mmの軟性プローブを用いると気管支鏡のチャネルを介して気管支鏡下処置が可能となります。獣医領域でも、ステント内肉芽処置、気道内腫瘍、気道内止血凝固などに適用されています12(図4)。
図4 | アルゴンプラズマ凝固(APC)。左主気管支内腺癌に対し気管支鏡観察下にAPCを行っている。APCは正面方向のみならず、接線方向も焼灼できるので狭い犬猫の気管気管支内でも実施可能である(左図は、Bolliger CT, Mathur PN. Interventional Bronchoscopy. Basel: Karger, 2000. –p122, Fig.3より転載)。
レーザーほどではないが、処置中の酸素濃度が高い(100%)と出火の可能性が指摘されています13。少なくとも気道内酸素濃度を40%未満、できれば処置中酸素投与は中止し大気濃度とし、出力は40W、ガス流量0.8L/minという環境で気管支鏡下治療に用いられることがすすめられています13。
酸素投与下から、気道内酸素濃度が大気濃度に下がるまでは約30-40秒の時間を要します。また、出火のリスクをもっとも高くするのは連続照射です。レーザー治療に準じると、酸素投与から大気下換気にして30-40秒待ってから処置を開始し、1秒以上の連続照射をしないようにすすめられます14。
5.高周波スネア
気道内肉芽や気道内腫瘍の失活や縮小に気管支鏡下処置として近年医学領域で使用されるようになってきました11。主な作用は非接触凝固です。凝固深度は最大3mm程度と浅く制限されています。レーザー治療の強力な蒸散作用に比べ組織縮小効果は小さいですが、出血や穿孔事故の可能性は低いので安全性が高いです。
気道内の腫瘤ないしポリープ状病変にスネアワイヤをかけたあと高周波電流を通電し、病変を短時間に切除します15(図5)。処置具はチャネル径2.0mm用のものからあります。高周波発生装置は電気メス装置として手術室に常備されているものが使用されます。モノポーラの原理なので動物には対極板を設置する必要があります。発煙も少なく、採取した腫瘤は組織診断に供することができます。
図5 | 高周波スネア。気管分岐部を閉塞するポリープ状病変基部に高周波スネアをかけて通電している。
原則として、有茎性ポリープでその先の気道が開存していることを気管支鏡で確認できることが適応条件です。通電時の出力は、ポリープの大きさ、固さ、部位等に依存すると思われるが、茎部が細くワイヤ締結がほぼ確実に行われれば30-40Wの高出力で1秒以内、比較的広茎性なら10-20Wでワイヤ周囲の組織の凝固色や出血の程度をみながら10-15秒かけて徐々にワイヤを締結していきます。
6.気管支鏡下エタノール注入
エタノール注入後3日程度で凝固壊死部が生じました。ヒトの報告では生検鉗子でこの部分を除去しさらにエタノール注入を続け繰り返すとありますが、私は硬性鏡の吸引管で吸引して一度に大量に除去できました17。
7.マイトマイシン塗布
気道ステント前端およびステント内に生じた反応性肉芽に対し、マイトマイシンC(MMC)塗布による縮小化に硬性鏡を用いて試みています。MMCの気道内肉芽に対する縮小効果はヒトで既に報告されています18。MMCは抗がん剤であるため、声帯に接触しないように患部に直接塗布しなければいけません。MMCを十分浸漬した乾綿小片をジャクソン改良直達鉗子で把持し、硬性鏡を通して直接患部に到達させ、1回に4分間鉗子で把持したまま塗布し続けています(図7)。それを一度の処置に5回繰り返しています。
図7 | マイトマイシン塗布。気管内ステント内に形成された反応性肉芽腫に対し、硬性気管支鏡とその処置具を用いてマイトマイシン塗布を行っている。12ヶ月後、肉芽はほぼ消失した。
当然この間の換気は維持されています。私は、この処置を2週間ごとに3回継続し、ステント内に隆起状に増殖した肉芽がほぼ消失したことを確認できた1例を経験しました19。気管チューブを介し軟性鏡を用いて同様のことを実施すると換気のスペースを阻害し、長時間の処置は困難となるかもしれません。 また、以下の気道内治療時に気管支鏡は必須です。
8.気管内ステント留置
近年犬の気管虚脱治療にself-expanding metallic stents (SEMS) による気道ステント設置が行われるようになってきました20–28(図8)。
図8 | 気管内ステント留置。上はステント留置前の気管虚脱GradeⅣの胸部X線所見と気管支鏡所見。気管中央部は完全に扁平化している。下はステント留置後。気管は十分拡張している。呼吸困難は劇的に改善した。
7-8Frの細いデリバリーシステム内に円筒型メッシュ状のステント材料が装填されているので、声門より抵抗なく挿入できます。まず気管支鏡のチャネルを通しガイドワイヤーを気管に通しワイヤーを留置したまま気管支鏡のみ抜き去り、そのガイドワイヤーにデリバリーシステムを通して透視下に目的部位で展開します。
私の経験では気管虚脱の病態を正確に見極め、適応症例を厳選すれば予後は良好で、3−5年良好に経過しております。しかしエビデンスとされる報告では予後注意とされています。また4年以上経過した症例を集めた報告がなく長期予後不明とされております。現在までの海外報告では誤った症例にステント留置が適用されていたり、留置後の管理が不適切であったりして、残念ながら気管内ステント留置が正しく評価されておりません。
長期予後注意とされている以上、当院では、気道ステント設置後はステント内および端部の肉芽、細菌コロニー観察のため、3−6ヶ月ごとに定期的な気管支鏡検査を行うことが必要と考えております。ステント素材や形状がかなり改良され肉芽形成することはほとんどありませんが、もし肉芽がみつかったとしても上記の気道内治療でその場で切除しておりますし、ステント内喀痰を培養し必要があれば適切な抗生剤を投与します。
9.気道内バルーン拡張
気管支鏡の内部観察のあと、気管狭窄を確認後、ガイドワイヤを介して透視下に適切なサイズのバルーンカテーテルを挿入し、ゆっくり拡張させます(図9)。バルーンを満たす液体は造影剤と生理食塩液を半々の濃度で作成したものを用います。予測される気道径より小さいものからはじめ、拡張時の抵抗、バルーンの拡張時の均等性などにより段階的にサイズの大きいカテーテルでも確認します。
図9 | 気道内バルーン拡張。猫の良性気管狭窄に対し、気管支鏡を介しガイドワイヤを気管内に留置後(左)、バルーン拡張カテーテルを気道内に誘導し気道拡張を行った(右)。
バルーン拡張時には吸入気酸素濃度を100%に上げ、SpO2が減少し始めるまで最大拡張を続けます。良性狭窄でも悪性狭窄でも適応可です。また、拡張後の気道を安定化させるためにステントやTチューブを留置することがあります。
当院気管支鏡検査の実績は、診療実績をご参照ください。
過去の気管支鏡検査の動画を「気管支鏡検査アーカイブ」で公開しております。
参考文献
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鼻鏡下治療
1.鼻腔内異物回収
鼻腔内異物を内視鏡下に摘出します。鼻腔内異物とは、外鼻孔から始まる鼻腔内、および後鼻孔から鼻咽頭内に異物が存在する状態のことです。外傷等で、鼻道に自己の骨切片が存在する場合も当てはまります1。原因は、犬では草ノギ(イネ科植物の小穂先端にある棘状の突起)や草の葉がもっとも多く、食物の一部や豆類もよくみられ、人工物等、植物でないものも稀に認められるとされています1,2。異物を同定できないことも多いです。草以外には、小枝1,2、植物のとげ2、ヤマアラシのとげ2、銃弾1,2、石2、釣り針2、矢じり2、針2、豆類1,3、松葉1、骨片1、骨折片1、鉱物結晶片1、被毛1、つまようじ1、鼻ダニ3の症例が成書に記載されています。ジャーキーなどのおやつが認められる場合もある4。
鼻腔内異物の発生は稀とされています。
難治性鼻道閉塞症状を呈する犬42例のうち、鼻腔内異物と診断されたのは3例(7%)でした5。鼻鏡検査が行われた119例の犬の報告では2例(1.7%)に鼻腔内異物が診断されました6。持続性の鼻疾患を呈する犬80例の報告では鼻腔内異物と診断されたのは1例(1.3%)でした7。慢性鼻疾患の犬75例の報告では鼻腔内異物と診断されたのは4例(5.3%)でした8。
猫では、1ヶ月以上の慢性鼻汁を示し確定診断が得られた27例のうち、鼻腔内異物と診断されたのは2例(7.4%)でした9。慢性鼻疾患の猫77例の報告では鼻腔内異物と診断されたのは8例(10.3%)でした10。比較的若齢犬で多いとの報告4や10kg以上の犬で多いとの報告もあります11。
図10 | 鼻腔内異物回収。雑種犬10歳 去勢雄、体重5.3kg。
4ヶ月前から口臭、散発的な逆くしゃみ、左上顎犬歯折あり、パンティングが多く、口吻をかく仕草をする。
1ヶ月前に逆くしゃみが急に頻発し1週間持続し、吸気努力や粘液膿性・出血性鼻汁もみられ状態悪化。抗生剤、ステロイドを投与するも改善せず。
CT検査にて左側尾側鼻腔内を部分的に占拠し、造影効果の認められない軟部組織陰影を確認した(画像1)。
鼻鏡検査にて左鼻腔中部を閉塞する黄白色塊状物を確認(画像2)。
塊状物は崩れやすく、1.2mmサクションチューブで吸引を反復し部分的に摘出したが回収しきれず(画像3)、チューブや内視鏡を用いて分割した塊状物を鼻咽頭から口咽頭に押し込み(画像4)、喉頭鏡を用い肉眼的に目視下に確認し(画像5)、分割した塊状物を口腔内より摘出した。
摘出した異物は、15mm×7mm大の血生臭い匂いを伴う肉片様物であった(画像6)。
再度、ARSにて鼻腔内を精査したが、それ以上異物は確認されなかった。
1週間後の再診にて、植物由来の異物と判明。口臭、鼻汁、逆くしゃみ、睡眠呼吸障害は消失。飼い主評価は5/5(完全に改善)であった。
2.鼻腔狭窄症整復
若齢犬・猫の鼻甲介変形によってスターターや睡眠呼吸障害を示す場合があります。頭部CT検査にて病変部位を確認し、鼻鏡下に切除し鼻道を開通させます。軟性鏡ではこのような処置はできませんが、硬性鏡では左手に内視鏡を保持し、内部観察しながら右手で硬性器具を操作し処置が可能です。
このような鼻鏡下手術の報告はありませんが、当院呼吸器科では鼻甲介変形による鼻腔狭窄症をよく経験しています。実施例を図11に示しました。
図11 |鼻腔狭窄症に対する鼻鏡下手術。パグ 5歳 避妊雌、体重7.44kg。
6日前より食欲廃絶と睡眠時無呼吸発作頻発。持続性スターター、高炭酸ガス血症(PaCO2 51.9mmHg)、頭部CT 検査にて左右不対称性に後鼻孔閉塞あり。
内視鏡検査にて右鼻腔後部に表面が固い結節あり、左は柔軟腫瘤で閉塞していた。
硬性鏡ガイド下に鼻腔開存手術を実施し(A)、右鼻腔より非腫瘍性の変形した鼻甲介を摘出した(B)。同様に左鼻腔でも柔軟腫瘤を摘出し鼻道は開通した。
Cは右鼻腔内処置前の硬性鏡所見、Dは同処置後の鼻道開通後の所見。術後、睡眠時無呼吸は消失した。
3. 鼻腔内腫瘍の減容積
高齢の犬・猫では鼻腔内腫瘍がよく認められます。末期では両側鼻腔を占拠し、開口呼吸、食欲低下、睡眠呼吸障害が生じ、著しくQOLが低下します。
このような末期の鼻腔内腫瘍が疑われる場合、当院では、診断を兼ね、初回検査時に鼻腔内腫瘍の減容積を行い、腹鼻道を開通させ、速やかに呼吸を楽にして、検査直後から睡眠できるようにして全身状態の回復を図っています。鼻腔内腫瘍末期はとても苦しく、ただちに症状を緩和させてあげたいのですが、このような初期緩和的内視鏡治療はまだ報告はありません。
当院では呼吸を楽にするという観点から可能な限りこの処置を行なっています。今後は適応基準について検討が必要かもしれません。良性腫瘤状病変の場合、切除で治療終了となります(図12)。
図12 | 良性鼻腔内腫瘍切除術。雑種犬12歳 避妊雌、体重2.95kg。
1ヶ月前より睡眠呼吸障害と日中傾眠あり。持続性スターター、吸気および呼気の両相性努力呼吸あり。
頭頚部X線検査にて鼻咽頭に結節影(10mm×5mm)あり。後部鼻鏡検査にて後鼻孔を閉塞する嚢胞状病変(画像1)、前部鼻鏡検査にて右鼻腔中部も嚢胞状ポリープ状病変で閉塞していた。
後部鼻鏡検査下の鉗子操作にて嚢胞状病変は右鼻腔内に基部を有するポリープ状病変と判明し(画像2)、スネアワイヤーを用いて基部から切除した(画像3)。ポリープは咽頭内口部に残り、口腔からピンセットで摘出した。ポリープは内部が半透明で薄い被膜に覆われブドウの粒状のポリープで15mmX11mmの大きさであった(画像4)。
ポリープは基部から切除でき後鼻孔は開存した(画像5)。さらに、前部鼻鏡検査(ARS)にて右鼻腔後部から同様な柔軟なポリープ状病変を1.2mm生検鉗子にて把持し切除することができた(画像6)。大きさは11mmX7mmであった。
術後ただちに、スターター、睡眠呼吸障害、日中傾眠は消失した。
悪性腫瘍の場合、この処置は根治的治療ではなく、呼吸を楽にする緩和療法です(図13、14)。病理診断後、化学療法や放射線療法を呼吸が楽になった状態で開始できたり、全身麻酔リスクを下げてから行えたりするようなブリッジ治療となります。
図13 | 悪性鼻腔内腫瘍の減容積術。雑種猫 10歳 避妊雌、体重3.05kg。
3週間前に鼻出血あり、高調スターターが続いていた。肉眼的に右鼻腔内に腫瘤状病変を確認した。後部鼻鏡検査にて、結節病変で後鼻孔は閉塞していた(画像1)。
後部鼻鏡検査下に、透視ガイド下にジャクソン改良直達鉗子を用いながら後鼻孔部腫瘤状病変を分割切除(画像2)。大きな腫瘤は分割後把持し鼻咽頭まで押し込み(画像3)、口腔より咽頭内に落ちた腫瘤状病変を摘出(画像4)。
摘出した腫瘤は最大径12mmであった(画像5)。その後もジャクソン鉗子を用い、減容積術を続け、最終的に左右の後鼻孔を開存させた(画像6)。腫瘍は腺癌と判明。
14日後の再診にて、スターターは消失し、呼吸困難は完全に消失していた。
図14 | 悪性鼻腔内腫瘍の減容積術。雑種猫 10歳 去勢雄、体重4.85kg。
3ヶ月前よりスターター、吸気努力、鼻汁あり。次第に悪化し、睡眠呼吸障害も生じるようになった。
2ヶ月前に鼻出血あり。来院時、粘液膿性鼻汁あり。食欲低下、活動性低下あり。後部鼻鏡検査にて後鼻孔を観察し後鼻孔に白色塊状物で閉塞を確認し(画像1)、前部鼻鏡検査検査でも左右とも腹鼻道は閉塞していた(画像2)。
硬性鏡ガイド下に、ホットバイオプシー鉗子(左2回。凝固モード、40W、10秒/回)を用い凝固して切除し8Frカテーテルが開通し、その後、後部鼻鏡ガイド下にジャクソン改良直達鉗子を用いて腫瘤状病変を切除摘出し(画像3、4)、前部鼻鏡検査および後部鼻鏡検査で左側鼻道が開存したことを確認した(画像5、6)。
病理検査の結果、悪性リンパ腫と診断された。
2週間後の再診にて、ややスターターは残るも、睡眠呼吸障害は消失した。飼い主の初期症状改善度評価はやや改善(3/5)であった。
VeRMS Study Groupによる研究体制
VeRMS Study GroupではLTBS班にて気管支鏡検査や内視鏡治療の情報収集や勉強を行っています。
メンバーは以下のとおりです。
- 菅沼鉄平 (ほさか動物病院) ※班長
- 草場翔央 (横浜みどり動物医療センター しょう動物病院 院長) ※副班長
- 稲葉健一 (名古屋みなみ動物病院・どうぶつ呼吸器クリニック)
- 上田一徳 (横浜山手犬猫医療センター・葉山まほろば動物病院 院長)
- 櫻井智敬 (とも動物病院)
- 松田岳人 (くりの木動物病院)
- 侭田和也 (どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター)
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