気管支鏡検査
気管支鏡検査とは
細く柔らかい内視鏡を口から入れて、喉頭、気管、気管支、肺の病気を詳しく調べる検査です。動物の場合、全身麻酔が必要です。
X線検査やCT検査にて気道や肺に異常な影が認められた場合、その原因を調べ確定診断します。また気管支鏡を用いて異物除去や腫瘍切除などの気道内治療も行うことができます(内視鏡治療を参照)。
当院では20年ほど前より取り組んでおり、1280例以上の経験があります(2024年7月現在)。当院での実施方法を詳しく記述しました。
検査適応例(呼吸器内視鏡ガイドライン1より一部改変)
- X線検査または胸部CT検査での肺野異常陰影がある
- 2ヶ月以上続く慢性発咳
- 強い咳が続き、2週間治療をしても止まらない
- 喀血・血痰
- 喘鳴などの呼吸異常
- 気道内に異物や塊病変が疑われる
以下全てが当てはまる場合、検査の適応にはなりません。
- 急に始まった強い持続性の咳
- 経過は1週間以内
- 問診およびX線検査にて気道異物を認めない
→急性気管・気管支炎の可能性があり、抗菌剤療法を2週間継続してください。
それで90%以上の咳は治ります。それでも咳が消失しなかったら検査の適応になります(上記③)。
頭部または胸部CT検査
難治性咳や肺野異常陰影の原因は、気道の変形や異常な動き、感染、炎症、アレルギー、異物、免疫介在性、腫瘍性など様々です。病変が、気管支鏡が通る大きい気道内にあれば、どこに、どのようにあるのかを直接目で見ることができ(図1①)、組織を採ったり(図1②)、ブラシで擦過して病原体や細胞を採ったりして(図1③)、原因を調べることができます。
気管支鏡が通らない末梢気道から肺に病変があれば、X線透視下でその部分まで生検鉗子を進め組織を採ったり(図1④)、気管支肺胞洗浄(図1⑦)を行って細胞成分や病原体を洗い出してそれを顕微鏡で観察しどのような病気が起きているか知ることができます。リンパ節が大きく腫れていれば針吸引で細胞をとり(図1⑥)原因を調べることができます。
図1 | 気管支鏡検査。観察だけではなく、生検や気管支肺胞洗浄など気道や肺全体の検査を実施できる
(於保健吉、雨宮隆太. 気管支ファイバースコピー その手技と所見の解析・気管支ビデオスコピーとその解説 第6版. 東京: 医学書院, 1998-p204, 図Ⅳ-1より引用)
また、呼吸の動きをみながら観察できるので、喉頭や気管・気管支の動きの異常についても評価できます。また、異物があればそのまま摘出できるかもしれません。これらは、静止画観察のみのX線検査やCT検査では実施不能です。つまり、気管支鏡検査は、気道や肺内で「何が起きているのか」をX線やCT検査からさらに一歩進んで、確定診断できる検査ということになります。確定診断できれば、治療法が正確に決定されます。
たとえば、細菌感染なら細菌の種類と有効な抗生剤が決まり、確実に治療されます。細菌感染なくアレルギーだけなら抗生剤を必要とせず抗アレルギー治療のみを行えば病気が治ります。腫瘍かと思ったら、異物だったり、炎症性結節病変だったり、真菌感染だったり、寄生虫結節だったりすることがあります。異物なら摘出できればそれで治療終了ですし、炎症性結節病変なら抗がん剤ではなく抗炎症剤で治療し、真菌感染なら抗真菌剤で洗浄したり、寄生虫結節なら駆虫薬投与と様子観察でもよいかもしれません。
原因を推定して、あれこれ不要の治療薬を使用していると、余計な病気を作ってしまい、かえって病気が複雑化してしまうかもしれません。もしかしたら癌でないのに抗がん剤や放射線治療が始まってしまうかもしれません。だから、治療前に確定診断が重要なのです。
合併症
肺拡張不全、不整脈、出血、気胸が検査中生じることがあります。しかし、検査前に一般状態や呼吸器系の評価を十分に行い、さらに一定量の呼吸器に関する知識があり、気管支鏡検査に関する通常の経験や技術をもって行えば避けられます。猫では嘔吐が検査後に生じることがありますが一過性です。
検査できない例
いくら有用な検査とはいっても合併症を起こしやすい動物や検査に耐えられない動物に無理に実施できません。気管支鏡検査は実施の見極めの判断がとても重要となります。以下がその判断基準となります(呼吸器内視鏡ガイドライン1改変)。
絶対禁忌(行ってはいけません)
- 重度の呼吸困難
- 全身麻酔を実施できない程度の全身状態が悪化しているとき
- 重度の心肥大
相対禁忌(基本的には危険ですが、経験や装置や検査内容によっては実施可能)
- 検査前覚醒時の動脈血酸素分圧60mmHg未満
- 気管気管支軟化症
- 体重2.5kg未満
- 血液凝固能低下
- 経験不足(10例以下。ヒトでは50例以下と言われる。この場合、①肉眼観察と②気管支ブラッシングに止めておくことと強く推奨します)
現在、当院呼吸器科では、一次検査にて肺疾患による重度呼吸困難と診断されたり、動脈血酸素分圧60mmHg未満であったりした場合には、気管支鏡検査を実施せず、状況に応じてまず呼吸症状の初期安定化に徹します。
当院における気管支鏡検査の方法
当院では2003年から犬猫の気管支鏡検査に取り組んでおり、安全性と有益性と確実性を最も考慮した結果、人医や小児医学で一部取り入れられている方法を導入しました。その後約20年間原則同じ方法を継続し、数多くの実施経験から、特に超大型犬の少ない日本の獣医療においては、この方法がもっとも優れていると確信しております。その安全性や有用性を2020年の米国内科アカデミー学術大会年次大会にて学会発表しました(トップページ-海外学会報告参照)。
1.使用する気管支鏡
当院では、体重1kg未満の犬から体重60kgの大型犬まで実施可能で、以下の軟性スコープと硬性気管支鏡を動物の種類、体格、検査や処置内容に応じて使い分けております。
-
先端部外径3.1mm、有効長600mm、チャネル径1.2mmのヒト用の軟性気管支ビデオスコープ
(OLYMPUS BF-XP290, オリンパス)
体重3.5kg未満の犬、体重4.5kg未満の猫 -
同4.2mm、有効長600mm、チャネル径2.0mmのヒト用の軟性気管支ビデオスコープ
(図2。OLYMPUS BF-P290, オリンパス)
:体重3.5~14kgの犬、体重4.5kg以上の猫 -
同5.4mm、有効長1100mm、チャネル径2.2mmのヒト用の上部消化器汎用軟性ビデオスコープ
(OLYMPUS GIF-1200N, オリンパス)
体重14~60kgの犬 -
先端外径7mm×5mm、有効長250mm、鉗子孔内径3.8mmの動物・異物用挿管用硬性気管支ファイバースコープ(図3。MVE-VB250, 町田製作所)
体重3.0〜6.0kgの犬・猫
図3 | MVE-VB250, 町田製作所
2.ラリンゲルマスクの使用
当院ではより安全に気管支鏡検査を実施するためにラリンゲルマスクを検査中の気道確保に用いております(図4)。ヒト小児の気道異物除去時の気道確保にもラリンゲルマスクが使用され気管支鏡操作への安全性が報告されています2。
気管の中にチューブを入れる訳ではないので猫程度の小さい動物に適用する最も小さいラリンゲルマスクでもチューブ内径が5.25mmもあるので外径3.6mmの気管支鏡を通して十分な隙間があり、自発呼吸を阻害しません。さらにY型アダプターを接続すると、検査中常時酸素を投与しながら、安全に気管支鏡検査や気管支鏡手術を実施することができます。
図4 | ラリンゲルマスク#1と気管チューブID4.5mm。最も小さいラリンゲルマスクでもチューブ内径が5.25mmもあるので外径3.6mmの気管支鏡を通して十分な隙間があり、自発呼吸を阻害しません。 一方、猫などに使用する気管チューブでは外径3.6mmの気管支鏡はアダプターを外しても通過できない。ラリンゲルマスクにY型アダプターを装着すると側管から麻酔回路を介し酸素や麻酔ガスを投与することができる。
3.X線透視装置のガイド
気管支鏡検査中、スコープの位置を正確に把握できます。また、末梢気道へブラシや生検鉗子を進めるときには意図する方法や部位に到達するように、または、胸膜を穿通しないようにするために必ず必要となります。検査の確実性と安全性を高めることができます。検査中は内視鏡モニタと透視モニタを並べて内部の様子と同時にみえるようにしております(図5)。
図5 | X線透視ガイド下に気管支鏡検査を実施。末梢気道へブラシや生検鉗子を進めるときには意図する方法や部位に到達するように、または、胸膜を穿通しないにするために必ず必要となる。図はLB1V1に鉗子を誘導しているところ。
最先端の人の呼吸器医療でも使用されている気管支ビデオスコープシステム(OLYMPUS EVIS LUCERA ELITE)を2018年4月に導入しました(図6)。当院呼吸器科では、X線透視と気管支鏡検査を連動して行いますので、細かい気管支・肺内の検査や、気道内の内視鏡手術を口から入れる内視鏡にて安全かつ正確に行います。鮮明な静止画や動画は診療内容説明や学術研究のために全て記録しております。
図6 | 気管支ビデオスコープシステム
4.仰臥位
体位は仰臥で行っております(図7)。これは、i) ラリンゲルマスクのチューブ口部分が上向きになり気管支鏡が挿入しやすい、ⅱ)気管支系が全て上向きになり気管支鏡操作しやすい(アンギュレーションレバーを操作しやすいUP方向主体で使用できる)、ⅲ)気管支肺胞洗浄を行う際に注入後重力方向に流れ出るので強い陰圧をかけなくても注入液をよく回収できる、すなわち気管支肺胞洗浄をより安全に行うことができる、ということによります。
アメリカでは動物を伏臥にして気管支鏡検査を行っております。おそらく超大型犬では仰臥位にすることが困難だからだと思います。気管支軟骨がしっかりしている大型〜超大型犬ではiii)の要素は無視できる範囲になると思います。人医では仰臥位にて気管支鏡検査を行っております。自然な臥位ですし、ⅱ)とⅲ)の理由によります。
5.プロポフォール静脈内持続投与にて維持麻酔
気管支鏡検査中、麻酔回路は開放になり、自発呼吸下で行わなければいけません。吸入麻酔はリークしてしまい、予定通り管理できませんし余分に多く吸入麻酔薬を流すと手術室が吸入麻酔薬で汚染してしまいます。麻酔管理を意図通りに行うにはプロポフォールを静脈内持続投与(CRI)がもっとも良い方法です。流速は状況に応じ0.1〜0.4mg/kg/minにしております。
6.気管支鏡挿入開始の目安は自発呼吸で1分間に呼吸数30回以下
呼吸が速いことは十分な麻酔深度にいたっていない証拠であり、そのときに気管支鏡を挿入しても喉頭反射があったり、咳刺激を起こしたりしてしまい、観察はできません。
7.系統的な観察-同じ順で同じ場所をみて写真撮影する
毎回、気管気管支樹内の同じ部分を同じ順でみます。系統的に検察することによって異常所見を迅速に見つけ整理できます。観察順は図8の通りです。
図8 | 系統的観察。犬の気管支分岐命名法に従い、図の順で系統的に気管気管支樹内を観察する。
8.検査順は、肉眼観察→気管支ブラッシング→生検(肺生検)→気管支肺胞洗浄、を遵守する。
チャンネルに液体が入る気管支肺胞洗浄は最後にします。処置具をいれる処置をその後に行うとスコープの対物レンズが液体に触れ視野が確保できなくなります。
9.気管支鏡検査終了後は速やかに気管チューブを挿管し、PEEP下陽圧換気を行い、検査前の呼吸状態に応じ30分-1時間位かけてweaningを行う。
気管支鏡検査はFIo2 60%で開始し、処置内容に応じて80%まで一時的に上げることがあります。閉塞性肺疾患ではFIo2を30-40%で維持することもあります。WeaningはSpo2 95%以上を維持するようにFIo2を22-25%まで次第に落としていき、その後、人工呼吸の呼吸数を下げ自発呼吸を交えていきます。Spo2が下がらなければ自発呼吸のみでPEEPを0cmH2Oにし、自発呼吸が安定し覚醒したところで抜管します。
10.検査後、検査前PaO2の値に応じ酸素室管理で6-24時間様子をみます。
実施される検査内容
1.肉眼観察
気管支鏡的分岐命名法に3,4従い系統的に観察します(図8)。方向、位置、気管支および分岐角度をただちに識別できるようにします。検査では、以下の所見を観察します1。
- 粘膜の変化:発赤、充血、浮腫、上皮下血管走行の消失、光沢の消失、凹凸不整、壊死、軟骨輪の不明瞭化、上皮下弾性線維走行の消失、隆起病変、易出血性、出血、炭粉沈着、肉芽形成
- 壁構造の変化:虚脱、動的虚脱、膜性壁の伸張、気管支拡張、分岐異常、憩室、嚢胞形成
- 管内要因による変化:多量の粘稠分泌物、血液貯留、粘液栓、異物
- 管外要因による変化:分岐鈍化、圧迫性狭窄/閉塞、実質内腫瘍による圧排
図9は肉眼観察所見の例を示しました。
CTデータから構成されるvirtual bronchoscopyとの大きな違いは、粘膜の色や表在血管、血管や心拍動に応じた気管支壁の動きや連続した呼吸相間の気管支径の変化などのダイナミックな観察ができ、生命感を忠実に実感できるということはいうまでもありません。
図9 | 肉眼観察。左は、1.5ヶ月前より異常呼吸音、努力呼吸を示したベンガル(猫)の気管内ポリープ状病変。高周波スネア切除により気道開存させ髄外性形質細胞腫と診断された。中央は、6ヶ月前より咳、多発粒状影を含むびまん性肺野異常影を示したスコティッシュ・フォールドの気管支結石。間質性肺疾患と診断された。右は、1ヶ月前より終日湿性喀出性咳を示したアメリカン・コッカースパニエルの左前葉気管支内の塊状物の停滞。内視鏡下に塊状物を摘除し、緑膿菌感染を伴った気管支拡張症と診断された。
2.気管支ブラッシング
粘膜主体型病変の細胞診と微生物検査を行います。管腔に平行に擦過できるので直視下ではどこでも適応できます(図10)。contamination防止のためのシースがついているものがあります。目的とした局所の細胞を確実に採取するにはシース付を選びます。しかし、RB1やLB1のようにスコープを強く屈曲しないと挿入できない気管支内の採取にはシースがあるとアンギュレーションがかけられなくなります。
末梢組織の擦過には透視下ガイド下となるが、シースを末梢にいれてからブラシを出すと肺胸膜を穿通するおそれがあります。ブラシ先端は透視下で慎重に位置を確認しながらゆっくり行います。通常ディスポーザブルです。
細胞診の評価項目は鏡検にて以下の出現頻度で表現します。上皮細胞塊(0〜3+);独立した上皮細胞(0〜3+)、好中球(0〜+3)、好酸球(0〜+3)、リンパ球(0〜+3)、マクロファージ(0〜+3)、異型細胞/腫瘍細胞(0〜+3)、細胞内・外細菌(0〜+3)。正常は、上皮細胞のみ認められ炎症細胞はわずかです。
図10 | 気管支ブラッシング。粘膜病変に対して細胞診ブラシを用いて行う。図は、3週間前からの急性咳で鎮咳剤や抗菌剤で改善せず、1日>20イベントの咳が続いた雑種犬。気管分岐部に凹凸不整と粘液停滞あり。ブラッシング細胞診にて好酸球が多数みとめられ(右)、細菌感染は認められなかったので、好酸球性気管支肺症と診断した。
3.直視下生検
先端がカップ型になって組織を挟みとるような構造の生検鉗子を用いて気道粘膜上に生じた隆起病変や気管支分岐部の粘膜病変の組織を採取します(図11)。直視下で粘膜や隆起病変を採取するときは、動脈瘤との鑑別が重要です。動脈瘤を生検すると大出血を引き起こしてしまいます。
図11 | 直視下粘膜生検。左は、6ヶ月前より発作性咳と右肺野浸潤影を示した雑種猫で、気管支鏡検査にて右主気管支の肥厚・狭窄あり直視下粘膜生検を行なったところ。B細胞型悪性リンパ腫と診断された。右は、雑種猫の症例で、2年前に前医にて気管虚脱と診断あり気管内ステント留置を行なったが3日より咳頻発した。6ヶ月前にステント前端にポリープ状病変多発し狭窄。受診時気管支鏡検査にてステント前端部がほぼ多発結節病変にて閉塞していた。生検鉗子にて生検後、ホットバイオプシー鉗子にて減容積実施にて開存し呼吸困難は緩和した。反応性肉芽腫と診断された。
4.透視下経気管支生検(Transbronchial biopsy: TBB)
肺野結節陰影に対し透視下に生検鉗子を誘導して行います。胸部X線上の気管支走行分布5(図12)に基づいて目的気管支をあらかじめ決定しています。最近では気管支鏡検査直前のCT検査にて目的気管支を同定し、処置精度を向上させています。スコープを目的気管支入口部まで誘導し、そこに鉗子を挿入し透視下で慎重に肺内ですすめます(図13)。
図12 | 単純胸部X線上の気管支走行分布。左は気管支鏡にて同定可能な20本の葉および区域気管支20本。右はそれら気管支が単純胸部X線写真での走行分布を示した。胸部X線写真で限局性病変がある場合、関与する気管支を推定できる。
図13 |透視下肺生検(TBB) 胸部X線写真にて右中肺野腹側に直径2cmの結節陰影が認められた猫に対する肺生検の様子。単純胸部X線写真およびCT検査にてRB2が関与気管支と判明し生検鉗子を誘導しヒットした。腫瘍や感染は否定され、細胞成分の少ない非特異性炎症であることが分かった。
5.透視下経気管支肺生検 (Transbronchial lung biopsy:TBLB)
びまん性間質陰影や限局性肺野浸潤陰影に対し透視下で行います6(図14)。できるだけ肺末梢部で生検すれば出血が少ないですが、犬猫の肺臓側胸膜は薄く、鉗子で穿通しやすいので注意が必要です。犬猫におけるTBLBの手技や合併症に関する詳細な記述はなく、現在検討中の課題といえます。経験的に、小型犬や猫の同一気管支から複数標本を採取することは困難なので1気管支、1処置、1検体としております。
図14 | 透視下経気管支肺生検(TBLB) アメリカンショート・ヘアー 避妊メス 9歳。
1.5ヶ月前に偶然びまん性胸部異常影を指摘された。咳や努力呼吸なし。睡眠時呼吸数も30-40回/分。胸部CT検査にてRB4V1より肺野異常影にアプローチ可能を確認し、その気管支より透視ガイドした経気管支肺生検を実施した。病理検査にて悪性所見なく、びまん性肺疾患と診断した。
6.気管支肺胞洗浄(Bronchoalveolar lavage: BAL)
末梢気道および肺胞領域の評価法であり、気管支鏡検査の中で行われます7。画像上の肺疾患を炎症性/感染性/腫瘍性疾患への病態鑑別、ひいては確定診断に導くものです。特定の気管支にスコープを挿入しそこから滅菌生理食塩液を末梢実質組織に十分量注入し、ただちにそれを回収します(図1)。その回収液中の細胞成分および病原体を調べます。BALは肺生検より簡便・安全・経済的なので、獣医呼吸器診療では導入しやすい主要な診断手技のひとつとなっています8。
- 診断意義:肺胞出血、肺胞蛋白症、腫瘍、病原体検出、好酸球性肺疾患を確定診断できます。多くの肺疾患では様々な炎症パターンの種類と程度を把握でき、他の臨床所見とあわせて確定診断のために有用な所見が得られます。
- 適応:末梢気道・肺胞・間質性肺疾患の患者8、とくにびまん性肺疾患9がよい適応となります。
- 禁忌:重度の呼吸困難8、全身状態不良や心不全患者など全身麻酔リスクが高い患者
- 相対禁忌:誤嚥性肺炎、重症肺水腫、重度の下気道感染症
- 合併症:一過性低酸素血症8,9、肺拡張不全10、ごくまれに気管支痙攣縮、気胸、発熱9。患者選択を誤らず手技に習熟すれば合併症が起こることはありません8。一般に検査後24時間まで肺音にクラックルが聴取されますが、48時間後にはX線所見も消失します8。
手技
洗浄液の採取:目的気管支にしっかりスコープを楔入後、滅菌生食水10ml×3回(外径4.0mm以下の気管支軟性スコープ使用時)または25ml×3回(外径4.8mm以上のスコープ使用時)を注入し回収します(図15)。
図15 | 気管支肺胞洗浄 注入(左)と回収(右)。注入時に気管支が拡張し、回収時に粘液が吸引されていることが分かる。
びまん性肺疾患の場合、犬ではRB2、猫ではRB3に挿入することが多いです。分注する洗浄液は3本あらかじめ用意しておきます。当院ではBAL用吸引キット(気管支肺胞洗浄用吸引キット、住友ベークライト)を用いています。術者は右手でスコープを目的気管支まで進め、軽く吸引しすぐに気管支が虚脱する部分で固定します。助手に洗浄液をチャネルから勢いよく注入してもらい、術者はモニタをみながら常に気管支の中央にスコープの先端があるように吸引ボタンを押し洗浄液を回収します。
再び気管支の虚脱が確認できたら一度吸引を止め、再度吸引を行います。これを3回程度繰り返します。ボトルに洗浄液が戻らなくなったところで、次の注入を行います。回収率は40%以上を目標とします。25%以下では回収液の信頼度は低いと言われております9。挿入気管支、注入量、回収率を必ずデータに付記するようにします。検査中は呼吸の様子、心電図、Spo2を観察します。気道過敏が疑われる場合、検査前に気管支拡張剤を投与しておきます8。
- 回収洗浄液の処理:回収液はプラスチック容器に集め1時間以内に解析を行います8。
- 適応:末梢気道・肺胞・間質性肺疾患の患者8、とくにびまん性肺疾患9がよい適応となります。(9に文献リンク)
- 総細胞数算定:洗浄原液を使用し血球計算盤で算定します8,9。1ml当たりの細胞数で表現します。
- 細胞標本作製:主に細胞遠心法と細胞沈降法9があります。著者は特別な装置を必要としない後者で行っています。スライドグラスに直径1cmの孔を開けたろ紙(東洋ろ紙2号)を、3mlのディスポシリンジの外筒先端側を上にして両面テープを介してはさみ、沈降用の器具をつくり、BAL原液0.5mlを15分静置後、Diff-Quickで染色します。余分な水分はろ紙に吸収されます。あと2標本作製しGram染色と未染色標本とします。残った洗浄原液を細菌培養に供します。
- <回収洗浄液の評価>
- 性状:肉眼所見です。正常は半透明で液面には泡の層がみられます。泡はサーファクタントのためです。評価項目は、粘液の混入/沈殿(0〜3+)、にごり(0〜+3)、色:白濁、透明、血性(赤色)
- 総細胞数と細胞診(表1):腫瘍細胞や病原体の観察とともに、細胞分画を観察します。泡沫状マクロファージの数と形態(巨大化、空包形成、貪食像、細胞質の好塩基性低下)の程度は気道の慢性刺激を反映します8。細胞分画以外の評価項目は、泡沫状マクロファージの量と状態;なし:0、中型泡沫マクロファージが大多数(80%以上):+1、中型と大型泡沫状マクロファージが同等に混在:+2、大型〜巨大泡沫マクロファージが大多数(80%以上):+3、ヘモジデリン貪食マクロファージの数(0〜3+)、異型細胞・腫瘍細胞の数(0〜+3)。
- Hawkinsは出現細胞の種類と比率から、細胞診所見を以下のように⑴から⑹まで分類することを提唱しております 7。近年、リンパ球比率増加もパターンに加えるべきと報告されており15、現在、当院では(7)リンパ球増加型を加えております。
スクロールできます
文献# | Hawkins 19907 |
呼吸器内視鏡 ガイドライン20111 |
Mercier201111 | ||
---|---|---|---|---|---|
若齢 | 中齢 | 高齢 | |||
総細胞数/μl | 200±86 | 203(84〜243) | 377±88.8 | 287.7±48.8 | 501±68.6 |
細胞分画(%) | |||||
マクロファージ | 70±11 | 93(88〜97) | 71.41±5.55 | 88.61±1.29 | 79.77±5.44 |
好中球 | 5±5 | 2(1〜4) | 19.36±3.78 | 9.53±1.07 | 9.46±2.03 |
好酸球 | 6±5 | 0(0〜1) | 3.38±1.97 | 0.76±0.25 | 5.70±3.37 |
リンパ球 | 7±5 | 4(2〜7) | 5.88±1.39 | 1.11±0.30 | 5.09±1.96 |
好塩基球 | 1±1 | 0 | ND | ND | ND |
上皮細胞 | 1±1 | 0 | ND | ND | ND |
表1 | 犬の気管支肺胞洗浄液(BALF)細胞診の正常所見。ND = not defined, 同定せず
- 急性好中球性炎症:好中球が圧倒的多数。変性好中球、微生物を貪食したものなどあり7。主に細菌感染を示唆7。当院呼吸器科診断基準:経過が2週間以内。好中球が圧倒的多数(>90%)。とくに変性好中球が多い。
- 慢性活動性炎症:好中球とマクロファージが増加。細胞屑の貪食像あり7。感染、腫瘍、非感染性炎症などさまざま7。細菌感染の回復期を含む7。当院呼吸器科診断基準:経過は2週間以上。好酸球やリンパ球など正常値に対する著明な相対的増加がなく、好中球が増加(5〜90%未満)。細胞数も増加していることが多い。
- 慢性炎症:泡沫状マクロファージ主体で、総細胞数も増加している7。わずかだが好中球、泡沫状マクロファージ、形質細胞の増加もある7。感染や腫瘍のときの非特異的所見である7。当院呼吸器科診断基準:マクロファージ主体の細胞数の増加。細胞数が増加していなくても、泡沫状マクロファージが主体(2+以上)の場合も含む。
- 好酸球性炎症:好酸球の増加7。過敏性反応に関係し、寄生虫性、好酸球性気管支肺症でみられる7。当院呼吸器科診断基準:好中球やリンパ球より好酸球が相対的に増加。犬ではBALF中好酸球比率が3%以上、猫では17%以上。
- 出血:赤血球の増加7。赤血球の貪食像やヘモジデリン貪食細胞あり7。慢性炎症には出血が生じる7。当院呼吸器科診断基準:炎症細胞出現とは別に評価。背景に赤血球が増加し、かつヘモジデリン貪食細胞も毎視野に数個以上確実に認められる。
- 腫瘍:悪性所見の基準をいくつか満たす細胞群がみられる7。肥満細胞、リンパ芽球などがよくみられる7。重度な炎症性変化には上皮の過形成もみられるが腫瘍性との鑑別は困難である7。当院呼吸器科診断基準:炎症細胞出現とは別に評価。異型細胞塊やリンパ芽球が認められる。急性間質性肺炎時の剥離上皮細胞は鑑別される。
- リンパ球増加型:リンパ球が正常より著明に増加。当院呼吸器科診断基準:好中球や好酸球よりリンパ球が際立って増加する。リンパ球比率が30%以上。典型例はBAL液中リンパ球比率は>50%を示す。小リンパ球中心であれば、過敏性肺炎と診断する。
- 病原微生物検査:定量培養または細胞内細菌数によって有意な起炎菌かどうか判断します(表2,3)。
スクロールできます
文献# | Hawkins 19907 |
呼吸器内視鏡 ガイドライン20111 |
Mills200612 | Dehard200813 |
---|---|---|---|---|
総細胞数/μl | 241±101 | 86(55〜105) | 185(80〜250) | 567±74 |
細胞分画(%) | ||||
マクロファージ | 70.6±9.8 | 82(76〜88) | 71(46〜82) | 89±2.4 |
好中球 | 6.7±4.0 | 3(1〜5) | 6(3〜14) | 7.4±1.7 |
好酸球 | 16.1±6.8 | 10(4〜17) | 7(2〜21) | 3.1±0.9 |
リンパ球 | 4.6±3.2 | 3(1〜5) | 2(1〜3) | 0.5±0.14 |
好塩基球 | ND | 0 | ND | ND |
上皮細胞 | ND | 0 | ND | ND |
表2 | 猫の気管支肺胞洗浄液(BALF)細胞診の正常所見。ND = not defined, 同定せず
スクロールできます
BAL検体を用いた細菌性肺炎の起炎菌の評価基準14 | ||
---|---|---|
扁平上皮 | 全細胞数の1%以下 | |
細菌 | ||
定量培養 | 1700 CFU/ml 以上 | |
グラム染色 | 油浸50視野(X1000)中1視野でも、2個以上の細胞内細菌あり |
表3 | BALFの微生物検査の評価。細胞診にて全細胞数の1%以上に扁平上皮が含まれていると口腔内菌の汚染が示唆されるので、それ以下なら気道内微生物検査結果は気道内の微生物を反映する。定量培養およびグラム染色での所見を満たせば、有意な気道内起炎菌と判断する
7.経気管支吸引細胞診 (Transbronchial aspiration cytology: TBAC)
外筒・内筒構造よりなり内筒先端に注射針があり、手元で吸引をしたり注入したりするためにシリンジが接続できる構造となっている吸引生検針を用い、通常、透視下に気管分岐部の肺門リンパ節に対して気管壁を介して穿刺吸引を行います(図16)。 先端の穿刺針は必ず内視鏡視野内でガイドから出し入れします。チャネル内で針を出すとチャネルを損傷してしまいます。採取した検体からFNAの要領で塗抹標本を作成し細胞診標本とします。
図16 | 経気管支針穿刺吸引(TBAC)。慢性発咳と肺門部リンパ節腫脹を示すミニチュアダックスに対しTBACを行った。細胞診の結果、リンパ増殖性疾患が疑われた。
VeRMS Study Groupによる研究体制
VeRMS Study GroupではLTBS班にて気管支鏡検査や内視鏡治療の情報収集や勉強を行っています。
メンバーは以下のとおりです。
- 菅沼鉄平 (ほさか動物病院) ※班長
- 草場翔央 (横浜みどり動物医療センター しょう動物病院 院長) ※副班長
- 稲葉健一 (名古屋みなみ動物病院・どうぶつ呼吸器クリニック)
- 上田一徳 (横浜山手犬猫医療センター・葉山まほろば動物病院 院長)
- 櫻井智敬 (とも動物病院)
- 松田岳人 (くりの木動物病院)
- 侭田和也 (どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター)
参考文献
- 日本小動物内視鏡推進連絡会呼吸器内視鏡分科会. 呼吸器内視鏡ガイドライン. 東京: 日本小動物内視鏡推進連絡会事務局, 2011.
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- Amis TC, McKiernan BC. Systematic identification of endobronchial anatomy during bronchoscopy in the dog. Am J Vet Res 1986;47:2649-2657.
- 城下幸仁, 松田岳人, 佐藤陽子, et al. 犬猫における気管支鏡検査 適応および解剖学的考察. 動物臨床医学会年次大会プロシーディング 2006;27回:200-201.
- 城下幸仁, 松田岳人. 胸部レントゲン像における犬の葉・区域気管支の分布と走行. 第25回動物臨床医学会年次大会プロシーディング 2004;No.3, 146-147.
- 城下幸仁, 松田岳人, 佐藤陽子, et al. 粘液栓によって胸部X線に限局性肺胞浸潤影のみられた猫の1例. 第26回動物臨床医学会年次大会プロシーディング 2005;No.2, 29-30.
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- 城下幸仁. 呼吸困難をともなった猫の下気道感染症の2例. 第5回日本臨床獣医学フォーラム年次大会2003 2003;Vol.5-1, 5-72〜73.
- Mercier E, Bolognin M, Hoffmann AC, et al. Influence of age on bronchoscopic findings in healthy beagle dogs. Vet J 2011;187:225-228.
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