気管支鏡検査一覧

症例571

VB#571-気管支鏡所見-オンダモコ-白色病変【症例571動画】 もこちゃん。ロシアンブルー メス 6歳、体重3.16kg。田口動物病院(埼玉県)より診療依頼を受けました。6ヶ月前より間欠的な咳、異常呼吸音(プツプツいう)、呼吸数増加、活動性低下あり、胸部X線検査にてびまん性肺野異常陰影あり。田口動物病院にて胸部CT検査および経胸壁FNAにて肺病変はマクロファージ関連の病変と考えられたが確定診断は得られず、現在、ステロイド、マクロライド、ネブライザー療法を継続中。症状は安定しているが、肺野異常影は残存しているとのこと。 最終診断は、猫の気道分泌物過剰を伴った気管支肺疾患。

 

経過詳細

患者名:モコ

プロフィール:ロシアンブルー、6歳、避妊メス

主訴:慢性発咳、異常呼吸音、胸部異常影

 

初診日:2016年8月21日

気管支鏡検査日:2016年8月21日

診断:気道分泌物過剰を伴った猫の気管支肺疾患

疑われる疾患:肺腺癌、転移性肺腫瘍

除外された疾患:気道異物、気道感染、細菌性気管支肺炎

 

既往歴:若齢時血便が続き、処方食で改善。皮膚糸状菌症。

来院経緯:6ヶ月前より間欠的な咳、異常呼吸音(プツプツいう)、呼吸数増加、活動性低下あり、胸部X線検査にてびまん性肺野異常陰影あり。田口動物病院にて胸部CT検査および経胸壁FNAにて肺病変はマクロファージ関連の病変と考えられたが確定診断は得られず、現在、ステロイド、マクロライド、ネブライザー療法を継続中。症状は安定しているが、肺野異常影は残存しており、精査希望のため呼吸器科受診

問診:受診契機は今年2月頃から、咳、活動性低下、呼吸数増加と努力呼吸、異常呼吸音(プツプツ、ゴロゴロいう=rattling)であった。5月17日の田口動物病院受診後より、間質性肺炎や転移性肺腫瘍疑いでステロイドを中心とした治療を開始し、咳は減少し、同居猫と遊ぶようになったり、高いところに上がるようになったりしたが、胸部X線所見は変わらなかった。同居猫1頭(ロシアンブルー4歳、咳なし)、完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅡ。

身体検査:体重3.16kg(BCS3/5)、T:39.6℃、P:240/分、R:18/分。緊張にて努力呼吸(呼吸数増加を伴った努力呼吸)。肺音異常なし。診察時には異常呼吸音(Rattling)なし。

CBCおよび血液化学検査: BUN増加(51mg/dl)、Cre軽度増加(1.9mg/dl)

動脈血ガス分析:pH7.43、Pco2 31mmHg, Po2 82mmHg, [HCO3-] 20.2mmol/L, Base Excess -2.5mmol/L, AaDo2 30 mmHg。軽度の低酸素血症、AaDo2の有意な開大。

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて構造的咽頭閉塞および透視で確認できる咽喉頭協調運動に問題なし。胸部にて両側性に多発性斑状陰影あり、軽度だが肺過膨張がみとめられた。6月23日の胸部X線検査所見と比べると各斑状陰影は軽減していた。

評価および予後についての飼い主へのインフォーメーション:間質性肺疾患のひとつと考えられます。本日の胸部X線では肺野異常陰影は軽減していました。経過は2ヶ月以上におよび感染性疾患の可能性は低いとは考えられますが、検査で否定されていない限り可能性はあると言わざるをえません。猫において、慢性の労作時呼吸困難、rattling、間欠的な咳、びまん性の境界不明瞭の肺胞浸潤陰影は、間質性肺疾患の中でも、気道分泌物過剰を伴った疾患であり、呼吸器診療ではよく経験します。しかし、その病態についてはまだ詳細は明らかになっておらず、個々の症例を分かる範囲まで診療を進めているのが現状です。これまで、同様症状と画像所見を示した猫は20例ほどみており、気道内は中程度から大量の粘漿性の気道内分泌物が認められ、その中では細菌感染を伴うものは1例もありませんでした。径気管支肺生検は5-6例で行い、1例で肺腺癌と診断しましたが、残りは正常気管支腺の増生のみでした。肺腺癌と診断して症例とCTにて右肺野に病変が偏っていた症例の2例で主たる病巣を含む肺葉切除術を行い、両例とも病理診断は、細気管支肺胞上皮癌(Bronchioloalveolar carcinoma, BAC)と診断されました。この腫瘍は肺腺癌のひとつで比較的予後良好と言われております。切除症例は、咳や異常呼吸音や活動性は改善しました。その他多くの症例は、内科的温存療法で無処置で経過観察のみ行いましたがその半数は診断後2カ月以内に急性呼吸不全で亡くなりました。気道内分泌物過剰の正常肺部分の誤嚥がその死因と考え、その対症療法を検討し、末梢気道蓄積分泌物を除去するIPV療法、末梢気道を拡張する気管支拡張剤吸入療法、ステロイド投与、などが部分的な効果を示しているように思います。人でも、BACに伴う気道内分泌物過剰を示す疾患があり、この状況のことを「気管支漏、ブロンコレア」と呼んでいます。人ではBACに対しては遺伝子標的治療が確立され、多くの患者が内服薬でBACとそれにともなう気管支漏が改善することが分かり、比較的予後は改善されてきています。しかし、残念ながら、猫ではその遺伝子標的薬は効果のないことが報告されており、同様の治療はできません。人と猫が同様の病態かもわかっておりません。ステロイドで異常影や症状改善もみられている症例もあるので、まず、行うべきは、肺病変内に細菌感染がないことを証明することが重要で、さらにその病変がどのようなものかを知ることができればなおよいということになります。気管支鏡検査では、病巣部位の肺葉に向けて気管支肺胞洗浄が間質性肺疾患の診断に有用であり、細菌感染の有無はもっともよい検査です。また、肺の組織の一部を採取する経気管支肺生検は病変評価にもっとも理想的な検査です。しかし、もこちゃんの体格で用いる処置具はとても細く小さく、有用な量を採取できないばかりか、肺胸膜を突き抜けて気胸などを起こす可能もあります。もこちゃんではこの検査は避けた方が賢明と思います。気管支肺胞洗浄にてある程度組織検査を代用できることもあります。また、肺病変は多発しており、全部気管支肺胞洗浄することは危険です。侵襲性の低い気管支ブラッシングは組織診としては診断率が低いですが、細菌感染は調べることができます。気管支肺胞洗浄と異なるところで、気管支ブラッシングを行えば、複数の箇所の評価が可能となります。今回は、病気の広がりの大きい2箇所(RB2とRB4D1)で、気管支肺胞洗浄(RB2)と気管支ブラッシング(RB4D1)を行う予定とします。幸い、肺機能は十分に維持されており、当院気管支鏡検査実施基準であるPao2>60mmHgを満たしており、検査自体は実施可能です。

 

飼い主の選択

気管支鏡検査を希望する。検査内容と方針は了解した。

 

二次検査

気管支鏡検査

1)肉眼所見: 右主気管支系を中心に気道内分泌物過剰がみとめられました。その他、粘膜病変、壁構造の変化、管外要因による変化が認められませんでした。右肺中葉気管支深部に白色小塊病変がみとめられ、洗浄で除去できず、生検を試みましたが、ごく少量のため組織標本を作成できませんでした。

2)気管支ブラッシング:RB4D1にて実施。細胞診にて上皮細胞塊+++;独立上皮細胞-、好中球-、好酸球-、リンパ球-、腫瘍細胞を疑う細胞-。微生物検査にて細菌陰性。

3)気管支肺胞洗浄液解析(BALF解析):RB2にて実施。5ml×3回。回収率45.3%(6.8/15ml)。白色粘液小塊を含む。総細胞数増加168/mm3 (正常 55-105/mm3、猫)、細胞分画;マクロファージ43.8%(正常82%)、リンパ球2.0%(正常2.7%)、好中球33.0%(正常4.0%)、好酸球19.8%(正常10%)、好塩基球0.0%(正常0%)。腫瘍細胞なし。中型泡沫状マクロファージ主体。ヘモジデリン貪食マクロファージ++。慢性活動性炎症パターンおよび好酸球性炎症パターン。微生物検査にて細菌陰性。細胞診にて悪性所見なし。

二次検査評価:肺CT所見と一致するRB2深部に白色病変が確認されましたが直視下に生検できませんでした。BALF細胞診からは、ステロイドを持続投与しているにもかかわらず好酸球数が有意に増加しており、この疾患は好酸球が関与していることを示唆します。ヘモジデリン貪食マクロファージは慢性肺胞出血を示唆する所見です。微生物検査で細菌は分離されず、細菌感染は除外されました。

 

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min

肺過膨張がみられたので、検査前よりブリカニール0.01mg/kg SCを15分ごと投与を継続した。

気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.0にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID3.5mm使用。

気管支鏡検査17:06−17:29、人工呼吸管理17:29−18:30、抜管19:16

 

全体評価

気道内分泌物過剰を伴う猫の気管支肺疾患。細菌感染はありません。猫の気管支肺疾患(bronchopulmonary diseases in cats)とは、原因を特定できない猫の末梢気道および肺実質疾患の総称です。

 

治療

猫の気道内分泌物過剰に対して効果的な確立した治療法はありません。本症例に関しては、ステロイドが肺野異常影の減少や症状改善に効果を示しているようです。好酸球が病態に関わっているようですので、理にかなっていると思います。両側性でびまん性の肺病変では外科療法は適応とならないので、血糖値に注意して使用し続けるのがよいと思います。細菌感染も否定されました。また、理論的にはマクロライド長期少量投与法は気道分泌物を減少させることがヒトでは知られているので、マクロライドも効果を示しているかもしれません。現在、気道分泌物はやや粘稠性あり、1日1回程度のネブライザー療法なら、肺内水分量増加させずに粘液溶解作用を期待できるかもしれません。ですから、現在の治療をこのまますすめることがよいと思います。以下は、私がこれら症候群に試し、一定の効果を実感している治療です。ご参考になさってください。重度症例では、これらに在宅酸素療法も加えています。

1) プレドニゾロン0.5-1.0mg/kg PO または SC、1日1回。慢性投与には血糖値のモニタが欠かせません。

2) IPV療法。気道分泌物過剰が著明の場合、咳やRattling(プツプツ、ゴロゴロ)が増加し誤嚥性肺炎リスクが増加します。そのような場合に実施します。

3) サルタノール吸入療法。スペーサー(Aerokat)を用いてサルタノール(気管支拡張薬)1日2回1スプレーずつを継続します。誤嚥が慢性化すると末梢気道の炎症が慢性化し、気流制限が生じ努力呼吸が持続化します。サルタノール吸入は即効性ある気管支拡張剤で、これまで多くのネコでこの治療の受け入れが非常によく、吸入中に気分がよいので眠る猫もいました。

 

今後の診療について

今回の検査結果を参考にしていただき、従来の治療の加減をしてくださるのがよいと思います。今後も、胸部X線検査と血液検査を1-2ヶ月ごとにモニタして治療を続けてください。肺腺癌の可能性はあります。ゆっくり進行しますので、癌そのものより気道分泌物過剰の影響を考慮した方が、QOL維持には重要と思います。