気管支鏡検査一覧

症例537

VB#537, イシカワスズ160404BS【症例537動画】 すずちゃん。アメリカン・コッカ-・スパニエル、避妊メス、14歳。体重8.92kg。川畑動物病院(横須賀市)より診療依頼を受けました。2.5年前から間欠的に咳が始まり、1年前から心拡大を指摘され終日咳となり、2-3カ月前より内科療法に反応せず睡眠時にも咳あり熟睡できなくなったとのことでした。 最終診断:好酸球性気管支肺症、慢性気管支炎、慢性喉頭炎。

 

 

経過詳細

患者名:すず

プロフィール:アメリカン・コッカ-・スパニエル、14歳、避妊メス

主訴:慢性発咳

 

初診日:2016年4月4日

気管支鏡検査日:2016年4月4日

最終診断:好酸球性気管支肺症、慢性気管支炎、慢性喉頭炎

除外された疾患:気道異物、喉頭および気管気管支炎(Bordetella bronchiseptica感染)、気管支腫瘍(扁平上皮癌など)、気道感染合併した慢性気管支炎

 

既往歴:膝蓋骨外方脱臼、肛門腺炎、膿皮症、特定の抗菌薬内服で下痢(AMPC, CEX, CP, AZM)

来院経緯:2.5年前から間欠的に咳が始まり、1年前から心拡大を指摘され終日咳となり、2-3カ月前より内科療法に反応せず睡眠時にも咳あり熟睡できなくなった。精査希望のため呼吸器科受診。

現在の処方:フォルテコール5mg 1錠 1日1回、テオロング100mg 1錠1日2回、トラセミド0.07mg/kg 1日1回、ビソルボン1/2錠 1日2回、ネブライザー療法(生理食塩液、ムコフィリン、ゲンタマイシン)連日から隔日

問診:2013.7月に断続的な咳(連日でない/1日0-1イベント/1イベント<15秒、咳スコア3)があり、1年ほど前から咳が増加(連日/1日>20イベント/1イベント>2分、咳スコア13)し、日中に咳多く安静時にあった。2-3カ月前からほぼ終日(咳スコア16)になった。咳は、飲水後、高所から降りた時、日中安静時も多いが朝方にも多い、睡眠時もあり熟睡できない、terminal retchが以前と比べ多くなってきた。散歩時や運動時に呼気性喘鳴音なし。ネブライザー療法を行うとその後半日は咳が少なくなる。1-3歳齢時には飼い主は自宅で喫煙あり。それ以降は禁煙している。体がすぐに熱くなり夏は疲れやすい。同居犬なし、完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅡ。

身体検査:体重8.92kg(BCS3/5)、T:39.3℃、P:152/分、R:168/分。努力呼吸なし。診察時、持続性の短い軽い乾咳あり、程度の軽いterminal retchが数回認められたにすぎなかった。カフテスト陽性(1/5)。咳がつづき、聴診困難であったが安静呼吸時には正常呼吸音の増大なく、副雑音もなかった。心雑音は不明瞭。体表熱感あり。

CBCおよび血液化学検査: BUN、GPTの上昇(BUN42.4mg/dl GPT102U/l)、CRP0.50mg/dl

動脈血ガス分析:pH7.51、Pco2 30mmHg, Po2 64mmHg, [HCO3-] 23.8mmol/L, Base Excess 2.0mmol/L, AaDo2 48 mmHg。中等度の低酸素血症。AaDo2開大あり。

頭部/胸部X線および透視検査:右中後肺野のスリガラス様陰影、葉気管支のtapering消失し中程度気管支拡張所見があったが気管支軟化所見は透視で認められなかった。小輪状影も多く認められた。心陰影拡大(VHS11.4)。肝腫大あり。

評価および飼い主へのインフオーメーション:咳は持続性中枢気道性と持続性痰産生性の性格が混在しています。常に嗄声様の短い軽い音(ハッハッ)が生じるので喉頭も関与しているかもしれません。咳は慢性化し、進行しており、喉頭から気道全体を精査すべきと思います。喉頭および気管気管支炎(Bordetella bronchiseptica感染)、好酸球性気管支肺症、慢性気管支炎で気道感染(有意でない細菌の存在)、気管支の腫瘍性疾患などが疑われます。これら除外できれば、慢性気管支炎と診断し長期対症療法を行っていただく事が必要となると思います。幸い、肺機能は十分に維持されており、当院気管支鏡検査実施基準であるPao2>60mmHgを満たしており、検査自体は実施可能です。

 

飼い主の選択

検査実施可能で全身麻酔に問題がないのなら、二次検査を希望する。

 

二次検査

Ⅰ 気管支鏡検査

1)  肉眼所見: 喉頭は発赤腫脹し喉頭口の狭窄していた。接触刺激に過敏に反応し喉頭痙攣あり(麻酔深度十分:眼瞼反射なし、呼吸数安定<30/分、フォーレン濃度>2.0%、プロポフォール0.4mg/kg/min)。気管から左右主気管支にかけ広範に発赤充血あり。とくに気管分岐部周囲と主気管支粘膜に凹凸不整あり。末梢気道の観察可能域に白色粘稠分泌物滞留あり。動的および静的気管支虚脱なし。

2)  気管支ブラッシング:RB2にて実施。粘稠分泌物が排出された。細胞診にて上皮細胞塊(+++)、独立した上皮細胞(+++)、マクロファージ(+)、好中球(+)、好酸球数(-)、リンパ球(—)。微生物検査にて細菌陰性。

3)  気管支粘膜生検:左右主気管支領域の凹凸不整粘膜を生検。病理組織検査にて好酸球性の炎症あり、リンパ球や形質細胞の浸潤も伴っていた。

4)      気管支肺胞洗浄液解析(BALF解析):RB2にて実施。10ml×3回。回収率72.0%(21.6/30ml)。白色粘稠塊を多く含み白色透明。総細胞数増加450/mm3 (正常 84-243/mm3)、細胞分画;マクロファージ83.3%(正常92.5%)、リンパ球1.0%(正常4.0%)、好中球15.5%(正常2.0%)、好酸球0.2%(正常0.4%)、好塩基球0.0%(正常0%)。腫瘍細胞なし。泡沫状マクロファージ主体。慢性活動性炎症パターン。微生物検査にて細菌陰性。

二次検査評価:喉頭炎から主気管支のかけ広範囲に炎症所見がありました。気管分岐部周辺粘膜に凹凸不整が認められ、一部小ポリープ状を呈し、病理組織検査にて好酸球性炎症を示しました。末梢気道内に粘液滞留が認められました。

 

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン1.0-2.5%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min

気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#2.0にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID5.5mm使用。

気管支鏡検査14:33−15:10、人工呼吸管理15:14−15:34、抜管15:46

 

全体評価

喉頭から主気管支にかけ広範に強い炎症所見あり粘膜異常も認められました。咳受容体を常に刺激する要因は理解できます。一方で、動的気管支虚脱は認められず、気管支拡張症は軽度と考えられました。BALF解析に特異的炎症は認められませんでした。X線検査にて心陰影拡大と肝腫大によって胸膜腔内容積制限が生じており、それが末梢気道閉塞や気道クリアランス低下を引き起こし分泌物滞留が生じている理由のひとつかもしれません。熱感や夏期易疲労性は喉頭炎による喉頭口狭窄によると思われます。気道内に細菌感染は認められず、粘膜に好酸球の炎症を特徴とする炎症所見が認められました。

 

予後

中枢気道内粘膜に炎症病変が限局した好酸球性気管支肺症です。細菌感染を伴わないので、予後は良好です。

また、細菌感染も好酸球を伴わない粘液貯留が末梢気道に認められる慢性気管支炎、また慢性喉頭炎も認められ、好酸球性気管支肺症の治療に並行して、粘液溶解治療と喉頭炎治療のために長期的なネブライザー療法の適応と考えられ、症状の緩和が期待できます。

 

推奨される治療法

1)好酸球性気管支肺症に対して

経口全身ステロイド療法

プレドニゾロン1mg/kg, 1日2回、1週間投与

→次に同量を1日2回、1日おきに1週間

→その後同量を1日1回、1日おき

→以降症状をみつつ、0.25mg/kg、1日1回まで減量を試みる

 

2)慢性気管支炎および慢性喉頭炎に対して

在宅ネブライザー療法

生理食塩液20ml+ビソルボン吸入液0.2%0.5ml+メプチン吸入液 0.5ml, 1日2回

 

経過

退院10日後より治療開始。ネブライザー療法とプレドニゾロン1mg/kg(5mg錠を2錠) 1日1回。咳はほぼ消失した。その後、ネブライザー療法は継続、プレドニゾロンを減量していった。1日1回1/4錠(0.125mg/kg)にすると咳がやや多くなってきた。治療開始後5ヶ月(2016年9月)の時点で、プレドニゾロン1日1回1/2錠(0.25mg/kg)にて咳はオーナーの初期症状改善度評価では、3/5(やや改善)であった。