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症例603

症例603動画】 茂蔵(しげぞう)。ブルドッグ オス 8ヶ月齢、体重21.0kg。洋光台ペットクリニック(横浜市)より紹介です。幼齢時よりいびきや睡眠時無呼吸やゼロゼロ音あり、飲水時にむせていた。次第に悪化し、数週間前から日中も呼吸が苦しそうでよく頸を伸ばしていた。来院前日に突然窒息症状となり失神した。精査希望のため呼吸器科受診となりました。最終診断は、短頭種気道症候群代償期および喉頭虚脱ステージ3。

 

 

 

経過詳細

患者名:茂蔵(しげぞう)

プロフィール: イングリッシュ・ブルドッグ、8ヵ月齢、オス

主訴:いびき、睡眠時無呼吸、飲水障害、ゼロゼロ音(Rattling)

 

初診日:2016年12月29日

気管支鏡および鼻鏡検査日:2017年1月13日

診断:短頭種気道症候群代償期、喉頭虚脱ステージ3

合併疾患:第3眼瞼突出

除外された疾患:鼻腔狭窄、ラトケ嚢胞、気管虚脱

 

既往歴:第3眼瞼突出(無治療)

来院経緯:幼齢時よりいびきや睡眠時無呼吸やゼロゼロ音あり、飲水時にむせる。次第に悪化し、数週間前から日中も呼吸が苦しそうでよく頸を伸ばしていた。来院前日に突然窒息症状となり失神した。精査希望のため呼吸器科受診。

問診: 2ヶ月齢よりゼロゼロ音、いびき(グレード2/5)、睡眠時舌脱出、寝場所頻回移動、飲水後ムセやgagging/retchingがあった。次第に悪化し1ヶ月前よりいびき増大(グレード5/5)、頻回の睡眠時無呼吸、睡眠時犬座姿勢および頸進展、寝起き時に数回の咳あり、寝起き不良で午前中は傾眠、飲水後咽頭液喀出あり、嗄声あり。来院前日に覚醒時チアノーゼおよび失神が生じた。運動不耐性*は重度(Ⅳ/Ⅴ)であった。完全室内飼育、定期予防実施。

身体検査:体重21.0kg(BCS5/5)、T:39.0℃、P:156/分、R:48/分。努力性呼吸なし。外鼻孔狭窄なし。診察台上でストライダーあり。床上でもゼロゼロ音(rattling)続きほとんど動かない。カフテスト陰性。胸部タッピングでの咳誘発は陰性。

CBCおよび血液化学検査: 異常なし、CRP4.5mg/dl

動脈血ガス分析:pH7.42、Pco2 35mmHg, Po2 72mmHg, [HCO3-] 22.3mmol/L, Base Excess -1.1mmol/L, AaDo2 36 mmHg。軽度の低酸素血症。有意なAaDo2の開大あり。

凝固系検査: ACT76秒(参照値-<120秒)。

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて軟口蓋過長重度、吸気時咽頭閉塞(咽頭虚脱なし)、喉頭前後運動軽度。胸部にて気管低形成、肺野にびまん性間質影あり。

評価および飼い主へのインフォーメーション:短頭種気道症候群代償期。しかし、別紙のとおり、周術期上気道閉塞事故発生のリスクは非常に高く、喉頭虚脱ステージ3に至っている可能性がある。全身麻酔時の周術期管理に一時的気管切開術実施は必須と考えられます。術後誤嚥性肺炎発症がもっとも危惧される合併症です。一方、透視検査で吸気時咽頭閉塞や年齢1歳未満など予後良好因子も含まれ、全体としては一時的気管切開下にて上気道整復術を試み成功する余地があると考えられる。術後、厳重かつ慎重な気管切開管理が必要となる。周術期の状況により、永久気管開口術を追加実施することになるかもしれない。リスクは高いが、この若齢期に外科整復を試みないと状況はさらに悪化し外科整復非適応になる。幸い、肺機能は十分に維持されており、当院気管支鏡検査実施基準であるPao2>60mmHgを満たしており、誤嚥さえなければ二次検査を含めた術中の肺機能は管理可能と考えられる。しかし、現在CRP増加あり咽喉頭炎は重度であると考えられ、この時点で咽喉頭への外科侵襲は避けるべきと考えられる。2週間、ネブライザー療法を実施し、咽喉頭炎をできるだけ緩和してから、手術実施するがよいと思われる。

 

飼い主の選択

提案通り、2週間程度ネブライザー療法を試みる。その後、二次検査と手術を希望する。リスクは了解した。

経過

2017年1月8日 連絡あり。年末より飲水後嘔吐あり続いた。

1月9日 夜間救急病院受診し誤嚥性肺炎と診断された。CXRにて右中肺野間質影あり。

1月13日 再診。肺炎症状はかなり落ち着いている。CRP1.0mg/dl。CXRにて間質影少し残、浸潤影なし。再度、飼い主へのインフォメーションにて、誤嚥性肺炎歴は軟口蓋過長整復術や喉頭小嚢切除術後、誤嚥性肺炎が生じるリスクが高いことを示し、さらにこの手術のリスクが高いことが判明した。気管切開下にて手術を行うが、術後管理には困難で大変な労力がかかることが予測される。誤嚥性肺炎が周術期に生じたら、最悪の事態にもなりうる。

 

飼い主の選択

このまま放置しておいても苦しいままと思う。リスク承知したので、手術実施を希望する。

 

二次検査(2017年1月13日)

Ⅰ 喉頭鏡検査

  • 肉眼所見: 喉頭の発赤(-), 腫脹(-), 虚脱(+), 痙攣(-), 披裂外転(+), 結節病変(+), 閉塞(-)、粘液付着(-)。喉頭虚脱ステージ2-3
  • 咽頭スワブ: Neiseria sp. ++, Staphyloccoccus pseudointermedius +, Enterococcus faecalis +

Ⅱ 喉頭および気管気管支鏡検査

  • 肉眼所見:喉頭 発赤(+), 腫脹(+), 虚脱(+), 痙攣(-), 披裂外転(+), 結節病変(+), 閉塞(-)、粘液付着(+++)。喉頭虚脱ステージ3
  • 気管気管支樹
  • 粘膜の変化:異常なし
  • 壁構造の変化:異常なし
  • 管内要因:頸部気管に多量の粘漿性粘液あり。中枢に向かう従い粘液は減少したが、気管分岐部まで少量残存していた。
  • 管外要因:異常なし
  • 気管支ブラッシング:RB2にて実施。微生物検査にて細菌分離されず
  • 気管支肺胞洗浄液解析(BALF解析):実施せず

Ⅲ 前部鼻鏡検査

  • 肉眼所見:両側鼻腔内問題なし。鼻咽頭内にラトケ嚢胞なし。
  • 鼻腔ブラッシング:実施せず
  • 鼻粘膜生検:実施せず

二次検査評価:喉頭虚脱ステージ3。咽頭粘液を気管分岐部周辺まで吸引していた形跡が認められたが、気管支内に細菌は分離されなかった

 

一時的気管切開

内視鏡検査後、第2-第3気管軟骨輪間を切開し、らせんチューブ ID4.5mmを術中挿管。術後は気管切開チューブ複管外径6.0mmを設置。

 

上気道整復術

開口困難であったが保定器を用い、軟口蓋過長整復術、喉頭小嚢切除術を実施した。

 

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min

気道確保 気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、気管チューブはID4.5mm、気管切開後術中挿管はらせんID3.5mm、術後に気管切開チューブ複管外径6.0mm使用

検査前気管内挿管14:00、前部鼻鏡検査14:29−14:32、気管支鏡検査14:47−14:49、術中挿管15:51、軟口蓋過長整復術16:25−18:15、喉頭小嚢切除18:16−18:19、気切チューブ設置19:20、人工呼吸管理15:55−18:30、抜管20:05

抜管後経過

20:05−21:45 RR:40-50/分、気切部より100%酸素近接投与、努力を伴った呼吸数増加あり。CXRにて肺浸潤影なし。

21:45 内筒交換。ツマリあり。FIo2 35%でもSpo2 100%に改善

22:30 ICU移動

23:00 内筒交換。血痰+++、ツマリなし。ゼロゼロ音あり。

気道管理リスクあり、飼い主同伴入院となった。

1:00 急に苦しそうに暴れチアノーゼあり。内筒交換。血痰+++。5Frサクション+O2投与を交互に1時間続けて Spo2 68→100%となり、落ち着いて眠る。

3:50 急にゼロセロ音を伴いチアノーゼとなり苦しそうになる。同様処置20分にて落ち着く。

7:00 静かに眠っている。内筒交換。ツマリなし。喀痰の付着なし。

8:30 ゼロゼロ音を伴い苦しそうになる。気管切開チューブ内筒は赤色粘液で閉塞。

10:35 覚醒状態良好。閉塞試験。透視にて気道を確認し、気管切開チューブを抜去。気管切開部スワブにNeisseria sp +, Staphylococcus intermedius +を分離し、ともに感受性を示したのは、ABPC, AMPC, CEZ, CEX, CFTM, MINO, AMK, FOMであった。

11:00 ICUから一般室移動。

20:00 面会あり、反応し、よく歩く。

術後2日目。朝 床に食器を置いてa/dを与えると舌色不良。夕方, a/dをスプーンで頭の上から与えると完食しチアノーゼなし。ネブライザー療法(生食20ml+ボスミン外用液0.5ml+ビソルボン吸入液0.5ml+ゲンタマイシン0.5ml/回/10分を1日2回)、ABPC 20mg/kg SC 1日2回、気管切開部消毒1日2回。

術後4日目。退院。在宅ネブライザー療法(生食20ml+ボスミン外用液0.5ml+ビソルボン吸入液0.5ml+ゲンタマイシン0.5ml/回/10分を1日2回)、パセトシン錠250mg 1日2回1錠14日分を処方。

 

経過

術後17日目 再診および抜糸。経過良好。いびき(—)、睡眠時無呼吸(−)、横臥睡眠可能、飲水後ムセなし。手術前は5-10分程度しか歩けないので散歩にはカートが必要だったが、術後には20分以上、術前の3倍以上速く歩くようになり、カートが不要になった。飼い主の初期症状の改善評価は、完全に改善(5/5)であった。

術後31日目 状態良好維持。歩くのが術前の3倍速くなった。頭部X線および透視検査にて、軟口蓋過長が整復され吸気時咽頭閉塞が改善された。

 

全体評価

重度の短頭種気道症候群で慢性咽喉頭炎も伴い、分泌物過剰がゼロゼロ音を生じていたようです。術後、過剰分泌物によって気管切開管理に難渋しましたが、若齢であることが周術期を乗り越えられた大きな要因であったと思われます。

 

在宅管理

  • ネブライザー療法。以下の処方を在宅で継続する。ネブライザーは新鋭工業の超音波ネブライザー コンフォートオアシスを用いる。処方は、生理食塩液20ml+ボスミン外用液0.5ml+ビソルボン吸入液0.5ml+ゲンタマイシン0.5ml

 

今後の予定

在宅にて経過観察。暑熱、過度の興奮環境はさせるように指示した。