気管支鏡検査一覧
症例582
【症例582動画】 カイちゃん。ジャックラッセルテリア オス 10歳、体重6.12kg。ハロー動物病院(千葉県)より診療依頼を受けました。2ヶ月前より終日呼吸が早く、血液検査にて白血球増加(30000/mm3前後)と胸部異常影が続いているとのことでした。最終診断は、間質性肺炎。
経過詳細
患者名:カイ
プロフィール:ジャックラッセルテリア、10歳、オス
主訴:慢性呼吸困難
初診日:2016年10月15日
気管支鏡検査日:2016年10月15日
疑われる疾患:間質性肺炎(細胞浸潤型非特異的間質性肺炎、c-NSIP)
鑑別疾患:気道感染、細菌性気管支肺炎、過敏性肺炎
除外された疾患:気道異物、好酸球性肺炎、びまん性肺胞出血
既往歴:特になし
来院経緯:今年8月(2ヶ月前)より終日呼吸が早く、血液検査にて白血球増加(30000/mm3前後)と胸部異常影が続いている。精査希望のため呼吸器科受診。
現処方:ロキシスロマイシン
問診:睡眠時も呼吸数が72/分あり。食欲あるが、発症以来体重減少(1606;6.8kg→現在6.12kg)。以前より土壁や畳を舐め削る癖があり。呼吸症状発症以来、その行為後に元気消失、呼吸数増加、食欲低下。そのため1週間前から回避させている。異常呼吸音があるかもしれない。夜間に発作的に咳が生じるが、頻度は少ない(連日でない/1日1-3イベント/1イベントに<15秒、咳スコア$4)。飼い主は非喫煙者。発症前に食事変化・環境変化なし。同居犬なし、完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅡ。
身体検査:体重6.12kg(BCS3/5)、T:39.1℃、P:152/分、R:panting。努力呼吸なし。熱感あり。聴診にて肺音異常なし。カフテスト陽性。安静時に呼吸数増加を伴った努力呼吸あり(RRR: 80/分)。
CBCおよび血液化学検査:白血球数増加(30300/mm3)、CRP著増(16mg/dl)
動脈血ガス分析:pH7.43、Pco2 34mmHg, Po2 78mmHg, [HCO3-] 22.2mmol/L, Base Excess -0.9mmol/L, AaDo2 34 mmHg。軽度の低酸素血症、有意のAaDo2開大。
頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて構造的および透視で確認できる咽喉頭協調運動に問題なし。胸部にて肺野全体に均質にすりガラス状陰影あり。肺過膨張なし。
評価および飼い主へのインフォーメーション:間質性肺疾患と考えられますが、強い炎症反応を示しています。免疫介在性疾患も考える必要があります。現在貧血はありませんが、1ヶ月前に比べPCVが減少しています(58.7%→44%)。気道や肺内に感染を伴っているかどうかが重要になります。感染が関連した間質性肺炎か免疫介在性の間質性肺疾患(過敏性肺炎、びまん性肺胞出血症候群、全身性自己免疫性疾患に介在する間質性肺炎、非特異性間質性肺炎、など)が疑われます。治療法を確定するにはその他の間質性肺疾患も鑑別する必要があります。気管支鏡検査にて、気道内部の所見、および気管支肺胞洗浄液解析を行うのがよいと思います。幸い、肺機能は十分に維持されており、当院気管支鏡検査実施基準であるPao2>60mmHgを満たしており、検査自体は実施可能です。ただ、炎症が強いので検査後、少なくとも24時間のICU管理が必要となります。また、全身性自己免疫性疾患も考慮されるので、抗核抗体及び犬リウマチ因子を調べておくことを推奨します。
飼い主の選択
肺炎の予後を知りたいので二次検査を希望する。自己免疫系検査も実施してほしい。
二次検査
抗核抗体:陰性
犬リウマチ因子:陰性
Ⅰ 喉頭鏡検査
1) 肉眼所見: 喉頭の発赤(+), 腫脹(-), 虚脱(-), 痙攣(-), 披裂外転(+), 結節病変(-), 閉塞(-)、粘液付着(-)
Ⅱ 喉頭および気管気管支鏡検査
1) 肉眼所見:
喉頭 発赤(+), 腫脹(-), 虚脱(-), 痙攣(-), 披裂外転(+), 結節病変(-), 閉塞(-)
気管気管支樹
① 粘膜の変化:異常なし
② 壁構造の変化:異常なし
③ 管内要因:右主気管支内に少量の粘液あり。
④ 管外要因:異常なし
2) 気管支ブラッシング:LB1V1にて実施。細胞診にて上皮細胞塊(++)/独立細胞(++)、好中球(+)、好酸球(-)、リンパ球(-)、異型細胞(-)、細胞内細菌(-)。微生物検査にて細菌、真菌は分離されず。
3) 気管支肺胞洗浄液解析(BALF解析):RB2にて実施。白色透明。10ml×3回。回収率53.3%(16/30ml)。白色透明。総細胞数の著しい増加3260/mm3 (正常 84-243/mm3)、細胞分画;マクロファージ43.7%(正常92.5%)、リンパ球22.1%(正常4.0%)、好中球34.2%(正常2.0%)、好酸球0.0%(正常0.4%)、好塩基球0.0%(正常0%)。細胞診は、慢性活動性炎症パターン+リンパ球増加型。腫瘍細胞なし。泡沫状マクロファージ主体。背景に出血なくヘモジデリン貪食マクロファージはほとんど認められなかった。リンパ球は形状不定。微生物検査にて細菌、真菌は分離されず。
二次検査評価:気道異物、好酸球性肺炎、びまん性肺胞出血は除外されました。 BALF解析では著明な細胞数増加、細胞診では泡沫状マクロファージ、好中球、リンパ球が混在しともに増加し非特異性炎症を示しております。微生物検査にて細菌、真菌は分離されませんでした。自己免疫異常は抗核抗体および犬リウマチ因子からは検出されませんでした。
麻酔管理概要:
前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC
鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV
導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)
維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min
気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID6.0mm使用。
気管支鏡検査15:52−16:03、人工呼吸管理16:04−16:48、抜管16:55
全体評価
2ヶ月間続く浅速呼吸、CXRにてびまん性スリガラス状陰影、白血球数およびCRP増加、BALF中のリンパ球を含む非特異的炎症パターンが特徴的です。間質性肺炎は明らかですが、現時点では症状と検査から全身性自己免疫性疾患が認められず、さらに細菌や真菌が認められなかったので、人の間質性肺疾患分類の細胞浸潤型非特異性間質性肺炎、c-NSIPに相当すると考えられます。
予後
人のNSIPの予後と治療に準じます。人では、細胞浸潤型、とくにBALF中にリンパ球比率が高い場合は、ステロイドに対する反応が良好と言われております。原因としては、blood-borne(循環血液由来)またはair-borne(吸入物質由来)の双方を考え、摂食物、薬剤、吸入抗原(カビ、ほこり、花粉、スプレー状薬剤など)を避けることが必要と思われます。一度、症状を消失できたとしても、ステロイドの軽減や中止によって再発することが多いので、症状経過については少なくとも1-2年の長期的観察が必要です。
推奨される治療法
1) プレドニゾロン2mg/kg PO SIDより開始し、2週間間隔ほどで漸減していきます。症状が起きない程度の量で長期間継続する必要が生じることが多いです。
経過
ステロイドに良好に反応し、6ヵ月ほどでプレドニゾロンを漸減して、完全に中止することことができた。その時点で、臨床症状、胸部レントゲン、CBCに問題なかった。経過良好。