気管支鏡検査一覧

症例572

Veterinary Bronchoscopy#572, Chronic laryngitis and mucostasis associated with chronic rhinitis, Miniature Dachshund 11Y F, ID6634ホリウチメイ160822BS+RS【症例572動画】 メイちゃん。ミニチュアダックスフンド メス 11歳、体重5.28kg。飼い主様ご自身(静岡県富士市)より受診希望がありました。10日前から強い鼻閉症状と逆くしゃみ発作が頻回あり苦しそう。最終診断は、慢性特発性鼻炎。

 

 

 

経過詳細

患者名:メイ

プロフィール:ミニチュアダックス、11歳、避妊済メス

主訴:強い鼻閉(スターター)、レッチング

 

初診日:2016年8月22日

気管支鏡および鼻鏡検査日:2016年8月22日

退院日:2016年9月2日

最終診断:慢性特発性鼻炎

合併疾患:難治性慢性中耳炎

除外された疾患:鼻腔内異物、リンパ腫

既往歴:網膜萎縮症、難治性慢性中耳炎(7年前より)、脂漏性皮膚炎

来院経緯:今年5月22日に耳鏡下の慢性中耳炎治療にて鼓膜部が軟部組織で閉塞した。6月から夜間中心にレッチング(のどになにか引っかかって吐き出すような仕草)が始まり次第に悪化し、7月下旬には一晩に10回以上生じるようになった。さらに10日前より発作性に強い鼻閉症状、4日前に粘稠鼻汁/くしゃみが生じ苦しそうになってきた。精査加療希望のため呼吸器科受診。

問診:レッチング症状が初めに生じ、それ以前に鼻汁/くしゃみはなく、粘稠鼻汁が生じ始めたのは4日前からであった。いびきは毎日あるわけでないが、あるときは大きかった(グレード*2/5)。無呼吸発作はない。発作性の鼻閉症状は動画データから強い逆くしゃみと判明。30秒から2分間続くことがある。飲水時ムセなし、飲水障害なし、食欲あり。嗄声なし。同居犬なし、完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅠ。

身体検査:体重5.28kg(BCS4/5)、T:38.0℃、P:60/分、R:20/分。努力呼吸なし。熱感あり。顎下軟部組織過剰。診察中、粘稠鼻汁あり。

CBCおよび血液化学検査:問題なし、CRP増加(2.35mg/dl)

動脈血ガス分析:pH7.43、Pco2 38mmHg, Po2 78mmHg, [HCO3-] 24.8mmol/L, Base Excess 1.2mmol/L, AaDo2 24 mmHg。軽度の低酸素血症。

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて鼓室胞壁の肥厚(側面像なので左右は不明)、咽頭背側壁の腫脹および咽頭内腔不鮮鋭、軟口蓋腫脹あり。動的咽頭虚脱なし。披裂外転あり。胸部にて肺野異常陰影なし。

評価および予後に関する飼い主へのインフォーメーション:咽喉頭炎症状があり、X線検査で咽頭背壁は腫脹し境界不明瞭となっています。慢性中耳炎から下行性に滲出液や細菌感染が咽頭内に流出して執拗な咽喉頭炎が生じることがあります。ミニチュアダックスでは粘稠鼻汁が先行して、咳やレッチングを生じることが多いですが、メイちゃんでは逆のようです。したがって、慢性中耳炎由来の咽頭炎が疑われます。鑑別疾患は、鼻腔内異物、咽頭内異物、咽頭扁桃部のリンパ腫です。確定診断には、鼻鏡検査、喉頭鏡検査、気管支鏡検査および頭部CT/MRI検査が必要です。当医呼吸器科科では気道の内視鏡検査が実施できます。幸い、肺機能は十分に維持されており、当院気管支鏡検査実施基準であるPao2>60mmHgを満たしており、検査自体は実施可能です。

 

飼い主の選択

二次検査を希望する。

 

二次検査

Ⅰ 喉頭鏡検査

1)肉眼所見: 喉頭発赤、喉頭痙攣あり。咽頭内に粘稠粘液多量。

2)咽頭スワブ採取:微生物検査にてPasteurella multocida 2+, α-Streptococcus 2+, Neisseria sp. 2+分離。耐性なし。

Ⅱ 気管支鏡検査

1)肉眼所見:RB1入口部に白色粘液付着。その他部位にて、粘膜、壁構造、管外要因の変化なし。

2)気管支ブラッシング:RB1の白色粘液を採取。微生物検査にて細菌陰性。

Ⅲ 前部鼻鏡検査

左側鼻腔内に大量の粘稠鼻汁貯留(10ml程度)あり、局所麻酔、洗浄、吸引後観察開始。

1)肉眼所見:咽頭扁桃部が腫脹し咽頭内口を閉塞し、粘膜表面は一面に粟粒状隆起を示した。左右鼻腔内腹鼻道尾側部の鼻甲介表面は発赤腫脹。異物、ポリープ状閉塞病変、狭窄なし。左右の耳菅開口部周囲に粘膜異常なく、不対称性変化も認められなかった。

2)鼻腔ブラッシング:鼻甲介発赤腫脹部を擦過した。細胞診にて、細胞診にて上皮細胞の塊(+++)/独立細胞(++)、好酸球(-)、リンパ球(わずか)、好中球(わずか)、腫瘍細胞(-)。微生物検査にて細菌陰性。

3)粘膜生検:咽頭扁桃部表面の粟粒状隆起部を採取。病理組織検査にて悪性所見なし。リンパ球や好中球などの炎症細胞が多く浸潤していた。

二次検査評価:耳管開口部周囲に目立った異常はありませんでした。咽頭周囲には臭いのある分泌物が多量にあり、慢性喉頭炎所見が明瞭に認められました。鼻汁貯留が著しく、数日の経過で生じたとは思えませんでした。慢性特発性鼻炎に特徴的な気道内白色粘液が認められました。鼻腔、鼻咽頭、気管支内に細菌感染は認められませんでした。咽頭扁桃部粘膜は慢性活動性炎症のみみられ悪性所見は認められませんでした。咽頭スワブにも耳鏡検査で採取された多剤耐性菌は分離されず、今回の症状は中耳炎とは関連せず別疾患と考えられます。

 

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%、気管支鏡検査時にプロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min

気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID5.0mm使用。

喉頭鏡検査15:54−16:00、気管支鏡検査16:09−16:16、前部鼻鏡検査16:46−17:06、抜管17:30

 

予後

過去に臨床症状の咽喉頭炎が先行し、慢性細菌性中耳炎が後に判明したワイマラナー犬の症例がありました。咽喉頭炎の症状は飲水時のギャギングで飲水不能となっていました。もちろん、咽頭部炎症が強く摂食もできない状況でした。PEGで1ヶ月間管理し退院となりましたが、後に耳漏が悪化し、細菌性中耳炎と判明し、鼓室胞切開とその後の1-2週間の徹底した洗浄にて中耳炎も咽喉頭炎も完全に改善しました。内視鏡検査には、咽頭粘膜には腫脹し、過敏となっており、咽頭扁桃部は赤色腫脹していました。耳管開口部は左右不対称であり、病変側が不明瞭となっていました。本症例では、咽喉頭炎症状ありますが、飲水も摂食可能であり、現在の耳鏡下処置を継続しつつ、慢性特発性鼻炎と咽喉頭炎をネブライザー療法で管理すれば、対症療法としては維持できるかもしれません。しかし、それでも咽喉頭炎症状が継続するようであれば、鼓室胞切開して根治を図らなければいけないかもしれません。そのためにも、ネブライザーでの対症療法で症状改善時に頭部CT/MRI検査を実施し、鼓室胞周囲の評価をしておくことが推奨されます。単純な咽喉頭炎でしたら、通常1−2週間ほどのネブライザー療法で一定の臨床症状の改善が認められます。また、咽頭扁桃部の腫大には過去に数例、多中心性リンパ腫に発展したものがあり、表在リンパ節以外に脊柱管内や結腸にリンパ腫が認められました。

 

推奨される治療法

追加検査結果判明まで、入院治療を行うことになりました。

1)ネブライザー療法

生理食塩液20ml+ボスミン外用液0.5ml+ビソルボン吸入液0.5ml+ゲンタマイシン0.5ml、1日2回。

 

全体評価

レッチングや逆くしゃみなどの咽喉頭炎の臨床症状は典型的ですが、内視鏡の肉眼所見からは、それが中耳炎からの下行性感染によるものかは明らかではありませんでした。粘稠鼻汁貯留は重度で鼻粘膜ブラッシング細胞診にリンパ球は認められずリンパ形質細胞性鼻炎の特徴を示さず、慢性特発性鼻炎を示していました。咽頭扁桃部の炎症を伴った腫脹は著明でした。この咽頭扁桃の炎症を伴った腫大自体がレッチングや逆くしゃみなどの執拗な咽喉頭炎症状の直接の原因と考えられます。中耳由来の細菌は鼻咽頭内に分離されず、粘膜生検では悪性所見がなく、粘液膿性鼻汁の治療効果発現とともに画像上の改善がみとめられたことから、咽頭扁桃の腫大の原因は後鼻漏と推測されました。鼻汁が先行しなかった理由は、鼻汁蓄積が潜在し明らかな症状として現れなかったとしか考えられません。実際、最近1年位熱感あり、冷たいところを好んでいたようです。これは鼻閉症状の典型的な所見です。

 

経過

上記のようにMダックスで好発する慢性特発性鼻炎の治療を継続し、第8病日に逆くしゃみが消失し活動性も改善しました。この時点で、CRP1.15mg/dl、頭部X線および透視検査にて咽頭扁桃部周辺は鮮鋭化しました。その後、逆くしゃみ発作、レッチング、強い鼻閉症状が再開することなく、第13病日に経過良好のため退院となりました。入院と同じ処方の在宅ネブライザー療法を開始し、退院後10日目で苦しそうな鼻閉や逆くしゃみは消失しました。ネブライザー療法は今後も継続予定です。この時点での飼主の初期症状改善度評価は3/5(やや改善)でした。