気管支鏡検査一覧
症例565
【症例565動画】 ジョシュちゃん。チワワ オス 15歳、体重4.40kg。飼い主様ご自身(川崎市)より受診希望がありました。3年前より散歩時ストライダー(ゲーゲーいう)、1年ほど前より開口して眠るようになった。1ヶ月前に気管虚脱整復術(PLLP法)を受けたが数日後にチアノーゼあり、喉頭麻痺発症との判断で9日後に永久気管切開術を実施した。しかしその術後も持続性咳が続き、精査希望とのことでした。 最終診断は、喉頭麻痺/喉頭虚脱、咽頭閉塞。
経過詳細
患者名:ジョシュ
プロフィール:チワワ、15歳、オス
主訴:咳
初診日:2016年8月6日
気管支鏡検査日:2016年8月6日
診断:喉頭麻痺/喉頭虚脱、咽頭閉塞
疑われる合併疾患:細菌性気管炎
鑑別疾患:気道感染、細菌性気管支肺炎
除外された疾患:気道異物
既往歴:膀胱炎(若齢時より、処方食で治療)、胆嚢粘液嚢腫および脾臓内腫瘤状病変(2013年切除)
来院経緯:3年前より散歩時ストライダー(ゲーゲーいう)、1年ほど前より開口して眠るようになった。いびきなし。7月6日に気管虚脱整復術(PLLP法)の数日後にチアノーゼあり、喉頭麻痺発症との判断で15日に永久気管切開術を実施した。しかしその術後も持続性咳が続いた。8月6日、精査希望のため呼吸器科受診。
問診:幼少時よりあまり吠えることはなく鳴き声が変わっていた。しかし、他の犬には向かっていくほど吠え立てることが多かった。3年前より散歩時にリードと引いたときや興奮後にストライダーが認められ、次第に持続時間が長くなってきた。1年前より開口して眠るようになってきた。5月25日に咳が半日止まらなくなった。気管虚脱の疑いがあると診断された。7月6日にPLLPによる気管虚脱整復術を受けた。7月9日に退院。11日に食後1時間で吐出とレッチングを繰り返す症状あり、以後食事を食べようとするが食べないという状況が続いた。14日、咳が続き、頻呼吸となり受診(ストライダーではなかったとのこと)。喉頭麻痺発症と判断され、15日永久気管切開術を実施。入院期間、食欲は低下していた。23日退院。1日数回のろう孔清拭のみ指示された。その後も夜間を中心に持続性咳があり、やはり食事をたべづらい症状があった。7月6日の手術前は5kg以上あった体重は減少した。26日には頻呼吸が生じたがクーリンングで症状が安定した。8月1日に抗菌剤(コンベニア)注射あり、その後数日して全身状態がやや安定し、来院時の8月6日頃には食事を食べるようになってきた。しかし、まだ夜間に数回咳があり、1秒に1回程度の乾いた咳が一度に1分以内続く。Terminal retchは必発でなく、ときどき咳イベントの終わりにみられるのみであった。同居犬なし、完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅡ。
身体検査:体重4.40kg(BCS3/5)、T:38.6℃、P:136/分、R:パンティング。努力呼吸なし。一般状態は維持されていた。頸部に長さ約20mmの永久気管ろうあり。気管ろう内縁には乾燥した喀痰が少量付着していた。気管ろう周囲には皮膚のたるみが過剰にみられた。
CBCおよび血液化学検査:白血球数増加(20300/mm3)、肝酵素上昇(GPT394U/L, ALP607U/L)CRP0.00mg/dl
動脈血ガス分析:pH7.39、Pco2 18mmHg, Po2 111mmHg, [HCO3-] 10.7mmol/L, Base Excess -12.0mmol/L, AaDo2 16 mmHg。過換気あり。肺機能正常
頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて軟口蓋過長、呼気時動的咽頭狭窄(呼気時に咽頭背壁が咽頭内に入り込み咳などの呼気努力が強いときは強く落ち込みが生じる)ありそのときに咽頭粘膜が喉頭口(とくに披裂軟骨小角結節)に接触あり、また安静時の強制閉口時には呼気吸気とも咽頭狭窄が生じていた。透視下では披裂軟骨小角突起の外転が不明瞭であった。胸部にて後肺野のびまん性に線状陰影あり。
評価および予後に関する飼い主へのインフォーメーション:呼気時動的咽頭狭窄と閉口時の咽頭閉塞が認められます。ともに咽頭閉塞の病態ですが、この所見がある場合、よくみとめられる症状は、興奮後チアノーゼ、頻呼吸(速い開口呼吸が異常につづく)、いびき、無呼吸発作です。上気道閉塞ですので、慢性経過を示せば、喉頭虚脱や動的頸部気管虚脱を継発することがあります。気管虚脱整復術や永久気管切開術が施されているにもかかわらず、喉頭性あるいは中枢気道性咳が持続するということは、咽頭閉塞、喉頭麻痺・喉頭虚脱、慢性喉頭炎がおもに考えられますが、鑑別疾患としては、気管ろうからの気道異物、気管手術後の気管粘膜障害、気管ろう周囲の気管炎(細菌感染)、急性気管支炎です。 これら鑑別には、喉頭から観察する気管支鏡検査で可能です。幸い、肺機能は十分に維持されており、当院気管支鏡検査実施基準であるPao2>60mmHgを満たしており、検査自体は実施可能です。
また、過剰な過換気が認められました。永久気管切開後に頻呼吸が生じていますが、鼻を介さない呼吸が持続する場合、脳内温度が上昇しやすいことが知られており周囲の高気温の影響を受けやすく、熱中症様の症状を示すことがあります。この場合は、体を冷やすと呼吸が安定します。
飼い主の選択
咳の原因究明ため二次検査を希望する。
二次検査
Ⅰ 喉頭鏡検査
1) 肉眼所見: 吸気時披裂軟骨外転なく喉頭麻痺あり、同時に声門裂の狭窄と奇異運動あり。喉頭痙攣あり。咽頭背側粘膜表面に肉眼的異常はないが呼気時動的狭窄の動きがみとめられた。
Ⅱ 気管支鏡検査
1) 肉眼所見: 喉頭は軽度発赤。粘膜の変化;特に異常なし、PLLP設置部に粘膜色異常なし、壁構造の変化;PLLP縫合部に気管食道ろうなし、管内要因;気管ろう周囲に膿様分泌物あり、他分泌物付着や異物なし、管外要因:特に異常なし。
2) 気管支ブラッシング:LB1V1にて実施。細胞診にて上皮細胞塊+++, Neu+++, Eos-,Lym-, 腫瘍細胞-。微生物検査にて細菌分離されず。
3) 気管支肺胞洗浄液解析(BALF解析):RB2にて実施。10ml×3回。回収率40.0%(12/30ml)。白色小粘液塊多数あるが透明維持。総細胞数増加472/mm3 (正常 84-243/mm3)、細胞分画;マクロファージ50.8%(正常92.5%)、リンパ球2.2%(正常4.0%)、好中球47.0%(正常2.0%、変性なし)、好酸球0.0%(正常0.4%)、好塩基球0.0%(正常0%)。腫瘍細胞なし。泡沫状マクロファージ少数。慢性活動性炎症パターン。微生物検査にて MRSA 1+を分離。ABPC, AMPC, CEZ, CEX, CFTM, CFPM, CAM, CLDM, OFLX, ERFX, DOXY, MINOに耐性、GM,CP,FOMに感受性。
Ⅲ 気管ろう内の膿様分泌物: 微生物検査にてMRSA1+を分離。ABPC, AMPC, CEZ, CEX, CFTM, CFPM, CAM, CLDM, OFLX, ERFX, DOXY, MINO, FOMに耐性、AMK, GM,CPに感受性。
二次検査評価:喉頭麻痺/喉頭虚脱、気管炎、BALF解析にて慢性活動性炎症パターンがありました。気管ろう周囲の膿とBALFサンプルの微生物検査にてともにMRSAが分離され、GMとCPに感受性を示しました。
麻酔管理概要:
前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC
鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV
導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)
維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min
気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID4.5mm使用。
気管支鏡検査16:41−16:51、人工呼吸管理16:55−17:20、抜管17:27
初診時全体評価
術後持続性咳の原因は、呼気時動的咽頭狭窄による喉頭刺激、喉頭麻痺/喉頭虚脱に啓発する喉頭炎、さらに永久気管切開術の気道内環境変化に対する対応不良による亜急性気管支炎が考えられます。かなり堅固な喉頭麻痺がみとめられ、術後合併症というより、臨床経過も考えると数年前より次第に進行していたと考えられます。呼気時動的咽頭狭窄の病態や意義はよく分かっておりません。若齢時から認められる場合や成犬になってからみとめる場合もあります。呼気時や発声時には喉頭周囲の筋は収縮するので、その動きを咽頭外に支持することができない咽頭壁構造の先天要因や脆弱性が関連していると思います。本症例では、かなり高齢で激しく吠えるという癖があり、また閉口時には咽頭全体が弛緩し狭窄するので、後天的要因があると考えております。開口して睡眠するのは、閉口時に咽頭気道を確保するための代償行動と考えられ、重度な犬の咽頭閉塞でよくみとめられる症状です。小型犬の喉頭虚脱では、甲状腺機能低下を考慮する必要があります。甲状腺機能低下がこのような咽頭閉塞を生じている可能性もあるかもしれません。精査が必要です。特発性に喉頭麻痺が高齢小型犬で生じることがあります。これも原因は分かっておりません。
今回、PLLPによる気管虚脱整復術後の持続性咳という状況がありました。当院呼吸器科では術後気管への循環障害を危惧してこの方法をとっておりませんが、過去に気管食道ろうを生じた症例が来院しました。気管中央部の膜性壁部に密に縫合跡があり、その部位で食道と交通するろう管が形成されておりました。気管食道への循環障害がこの結果を引き起こしたと考えております。症状は水をのむと必ず咳とチアノーゼを起こすというものでした。今回の症例ではそのような所見はありませんでした。
予後
一般に喉頭麻痺や慢性喉頭炎が関与した慢性発咳の管理は困難です。喉頭刺激をできるだけ緩和し、許容範囲にコントロールすることが治療ゴールとなります。鎮咳剤やステロイド投与は漫然投与となりがちで、さらに効果は完全ではなく、慢性投与による副作用の方が問題となります。幸い、高齢犬で活動量は少なく、日々ネブライザー療法による緩和療法で喉頭炎をコントロールすることができると思います。また、永久気管切開術後の気道衛生の管理としてもネブライザー療法は必須です。 咽頭閉塞や喉頭虚脱などの良性上気道閉塞疾患に対する永久気管切開術の予後は良好です。当院成績では、術後生存期間中央値は、悪性上気道閉塞疾患v.s.良性上気道閉塞疾患=77日間 (n=9) v.s. 1250日間(n=18)となっております1。ただ、永久気管切開後の後期合併症で最も多いのは皮膚のしわによる閉塞(skin-folds occlusion)であり、もし本症例でそのために呼吸困難が生じれば、状況をよく観察し皮膚整形術などの適切な処置が後日必要となるかもしれません。
治療法
1) 湿度40%以上、温度25℃の室内環境を維持する。
2) 気管ろうの基本的な管理(保護、1日数回の清拭、周囲毛刈りなど)
3) ネブライザー療法。以下の在宅でおこなう。培養検査にて内容を変更する
生理食塩液20ml+ボスミン外用液0.5ml+ビソルボン吸入液0.5ml+ゲンタマイシン0.5ml 1日2回
経過
検査翌日、状態良好のため退院。
8月14日 まだ夜間中心に咳やレッチングが多い。ネブライザー管理は可能。気管ろうは狭窄傾向(3mmX15mm)。このまま狭窄傾向が続けば整復術が必要となるかもしれない。感受性性結果に応じ、クロロマイセチン錠250mg 1/4錠(62.5mg)1日2回処方開始。
8月21日 咳やレッチングも減少。気管ろう拡大(5mmX23mm)。気道感染が改善してきたためと思われる。
9月4日 食欲元気回復。咳は軽く残っているが許容範囲。気管ろうの大きさは不変(7mmX22mm)。経過良好。
参考文献
- 城下幸仁. 【QOLを改善するためのレスキュー療法】気管切開術と永久気管開口術. Veterinary Oncology 2016;3:38-45.