気管支鏡検査一覧
症例545
【症例545動画】 こたろうちゃん。雑種猫 オス 13歳、体重4.14kg。とよす動物病院(東京都)より診療依頼を受けました。4カ月前から間欠的に喘鳴が続き、胸部X線検査にて胸部気管内に扁平隆起病変による気管狭窄が判明。ステロイドで反応し喘鳴は消失していたが5日前に喘鳴が再発したとのことでした。 最終診断は、悪性気管狭窄。
経過詳細
患者名:こたろう
プロフィール:猫雑種、13歳、オス
主訴:喘鳴
初診日:2016年5月25日
気管支鏡検査日:2016年5月25日
診断:悪性気管狭窄(リンパ腫の管外性圧迫)
疑われる疾患:気管内腫瘍
除外された疾患:気管内異物
既往歴:幼少時より慢性鼻炎あり。
来院経緯:4カ月前から間欠的に喘鳴が続き、胸部X線検査にて胸部気管内に扁平隆起病変による気管狭窄が判明した。ステロイドで反応し喘鳴は消失していたが5月20日に喘鳴が再発した。精査加療希望のため呼吸器科受診。
問診:今年1月17日に喘鳴およびチアノーゼを呈し、苅谷動物病院にて夜間救急診療を受けた。そこで気管狭窄と診断され、そのときみつかった気管内隆起病変はステロイドの1回投与によって速やかに減少した。その後プレドニゾロン1mg/kg 1日1回内服で維持し、呼吸困難なく過ごしていた。しかし、5月20日に喘鳴が再発し、それ以降、努力呼吸、食欲低下、食後嘔吐が続いている。プレドニゾロン1mg/kg 1日2回内服に増量したが、著明な変化はみられない。診療に極度に緊張し、入院には鎮静処置は不可欠。本日、とよす動物病院にてブトルファノール0.2mg/kg SCを受けてから呼吸器科ICU搭載車に搭乗した。以前より便秘傾向で3日に1回しか排便しない。同居動物なし、完全室内飼育、定期予防非実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅠ。
身体検査:体重4.14kg(BCS4/5)、T:37.3℃、P:152/分、R:20/分。努力性呼吸なし。聴診にて、頸部気管部にて吸気時高調連続音を聴取した。尾根測定のSpo2 100%.
CBCおよび血液化学検査:異常なし
動脈血ガス分析:pH7.32、Pco2 42mmHg, Po2 94mmHg, [HCO3-] 21.0mmol/L, Base Excess -4.4mmol/L, AaDo2 7.0 mmHg。高炭酸ガス血症あり。肺胞低換気を示した。
凝固系検査:PT11.2秒(参照値-猫、11.2-12.8秒)、APTT<15秒(参照値-猫、15.6-63.2秒)
頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて構造的問題なし。胸部にて第4-5胸椎レベルに気管背側を底部とする広基性隆起状陰影(長さ18mm, 高さ4.8mm)あり気管をほぼ閉塞していた。この隆起状陰影は、気管分岐部の3.2mm前方まで伸びていた。透視ではこの陰影は気管内で呼吸に応じてわずかに前後に遊動していた。気管虚脱なし、肺過膨張なし(鎮静の効果と考えられた)
評価:気管内に隆起病変が突出し気管を閉塞しています。肺機能には全く問題ないので、気道内処置は実施可能です。気管内病変か気管外圧迫かは不明ですが、どちらでも気管を開存させる何らかの緊急処置が必要です。病変がポリープ状で頚部が小さいなら気管支鏡下スネア切除術が適応ですが、胸部X線所見から広基性で大きくこの方法は困難です。また、アルゴンプラズマ偽凝固やホットバイオプシーなどの高周波処置で生検と減容積を行う方法があるが、容積が大きく時間を要し危険と考えられる。できるだけ減容積後、バルーン拡張にて閉塞部の拡張性を確認できたらステントにて気道を安定化させる方法もあり、この方法は短時間で済み現実的です。しかし、ステントは永久留置となり、気管内悪性腫瘍であった場合、1-2カ月後に管内増殖で再閉塞する可能性があり、そのときどうするかということも初回のステント留置前にきめておく必要があります。病理検査にて悪性腫瘍と診断された場合、2本目にステントinステントとしてステントがシリコンで覆われているカバーステントにて内腔を保てることができます。しかし、この後排痰管理を徹底して行う必要があります。カバーステントは特注品なので事前に注文が必要です。注文から手元に到着するまで約3週間程度を要します。もし、管外性圧迫の場合は生検にて粘膜のみ認められます。その中にリンパ球系細胞が少しでもみとめられればリンパ腫の疑いがあり、抗がん剤療法の道が選択できます。いずれにしても、猫のような非常に小さい気管内で正確に処置を続ける必要があり、難度の高い気管支鏡処置になり、予後は「挑戦的」ということになります。実施しなければ、確実に気道閉塞が進行し窒息で苦しんで絶命ということになります。万が一の時のこともありうることをご考慮のうえ、検査手術実施にご同意いただきたいと思います。
飼い主の選択
今のままでは気管内病変で苦しいままなので、検査や手術実施について、気管内ステント留置も含め同意する。
二次検査
Ⅰ 気管支鏡検査
1) 肉眼所見:胸部気管の深部にて膜性壁側から気管内腔を約98%閉塞する表面滑沢な隆起病変あり。樹状の表在血管がみとめられる固い部分と粘膜が隆起した比較的柔軟な隆起病変部から成っていた。その他肉眼的異常なし。
2) 気管ブラッシング:ステント留置後にステント内隆起病変にて実施。微生物検査にて細菌陰性。
3) 直視下生検:病理検査中。
二次検査評価:膜性壁側から表面滑沢隆起病変は、これまでの経験から管外圧迫病変の可能性があるが、病理組織検査結果にて確定する必要がある。
Ⅱ 気道内手術
高周波スネアやホットバイオプシーにて減容積は困難であったので、すぐに気道内バルーン拡張に切り替えた。8X2、10×3のバルーンカテーテルにて強い抵抗なく気管閉塞部を拡張できたので、閉塞部をカバーする長さのVetStent Trachea 10X30 (外径10mm,長さ30mm)を透視ガイド下に留置し、気管の気道安定化に成功した。
麻酔管理概要:
前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC
鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV
導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)
維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min
気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID6.0mm使用。
気管支鏡検査19:25−19:37、気道内処置 19:39-21:11(気管内ステント留置20:55−21:00)、抜管21:44
予後
猫の気管狭窄に対する気管内ステント留置の報告は非常に少なく3例のみです。当院呼吸器科経験では4例あり、良性1例は術後25カ月間生存中、悪性1例は3カ月間生存、管外性圧迫2例は3カ月間と7カ月間でした。長期生存した管外性圧迫例は後日リンパ腫がステント内増殖を示し診断でき、化学療法を実施しました。こたろうの場合は、管外性圧迫と考えており、リンパ腫と診断できるかどうかが予後を決める鍵となります。
経過
5月26日 呼吸は安定し退院。在宅にて、プレドニゾロン1mg/kg 1日1回内服、在宅ネブライザー療法(生食20ml+ゲンタマイシン注射液0.5ml+ビソルボン吸入液0.5ml/回、1日2回)を実施。