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気管支鏡検査一覧

症例541

Veterinary Bronchoscopy#541, Laryngeal Paralyisis, Border Collie 13Y F, ID6564オカベシオン160416【症例541動画】 紫苑ちゃん。ボーダーコリー メス 13歳、体重20.4kg。もも動物クリニック(横浜市)より診療依頼を受けました。興奮後頻呼吸歴あり。9ヵ月前から嗄声あり、3ヵ月前から喘鳴が多くなり走らなくなった。もも動物クリニックにて喉頭麻痺疑いと診断された。 最終診断は、喉頭麻痺(後天性特発性喉頭麻痺)。

 

 

 

経過詳細

患者名:紫苑

プロフィール:ボーダーコリー、13歳、メス

主訴:喘鳴

 

初診日:2016年4月16日

気管支鏡検査日:2016年4月20日

手術日:2016年4月20日(左側披裂軟骨側方化術)

最終診断:後天性特発性喉頭麻痺

除外された疾患:好酸球性気管支肺症

退院日:2016年5月3日

治療方針:外科手術。術後、自宅で興奮を避け、暑熱環境を避ける。

 

既往歴:膀胱炎、粘液便、熱中症3回(8歳齢時)

来院経緯:興奮後頻呼吸歴あり。9ヵ月前から嗄声あり、3ヵ月前から喘鳴が多くなり走らなくなった。もも動物クリニックにて喉頭麻痺疑いと診断され、精査加療希望のため呼吸器科受診。

問診:若齢時より散歩時にパンティングが多かった。昨年末より家の前の下り坂道を走らなくなった。段差などはゆっくりなら歩行可能。次第に喘鳴の音や程度が悪化してきたが、チアノーゼには至っていないと思う。飲水後や摂食後ムセなし。ギャギングやレッチングと思われる症状なし。いびきなし。咳なし。安静時に呼吸数増加なし。普段は、玄関の土間の冷たい所にいる。同居犬なし、完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅢ。

身体検査:体重20.40kg(BCS4/5)、T:39.0℃、P:116/分、R:108/分。来院時、ゆっくり歩行可だが嗄声様パンティングあり、開口呼吸が続いた。階段はややぎこちないがのぼることはできた。やや吸気時間延長し吸気時高調の喘鳴音あり。聴診にて咽喉頭にて吸気時高調連続性音あり。診察台上で起立可能。ナックリングなし。頸部マス病変なし。レントゲン検査後、呼吸数増加(RR:88/分)を伴ったストライダーとチアノーゼを発症しすぐに改善しなかった。

CBCおよび血液化学検査:末梢血好酸球数増加(2112/mm3)、CRP0.00mg/dl

動脈血ガス分析(ストライダー発症時):pH7.36、Pco2 48mmHg, Po2 45mmHg, [HCO3-] 26.5mmol/L, Base Excess 0.9mmol/L, AaDo2 50 mmHg。重篤な低酸素血症と高炭酸ガス血症。AaDO2開大は上気道以外にも肺に問題がある可能性示唆します。急性呼吸性アシドーシスと陰圧性肺水腫が疑われます。

凝固系検査:PT8.7秒(参照値-犬、6.8-11.6秒)、APTT15.0秒(参照値-犬、9.7-17.6秒)

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて喉頭陰影ほぼ正常、透視にて喉頭の吸気時後退運動、動的頸部気管虚脱、披裂軟骨外転運動なし。胸部にて後肺野にスリガラス状陰影あり。

評価および予後に関する飼い主へのインフォーメーション:後天性特発性喉頭麻痺が疑われます。診断されれば外科手術が適応となります。本疾患は、全身性末梢神経障害の一症状と考えられており、食道機能低下や後肢の対不全麻痺を合併することがあります。これらを合併する場合の喉頭外科手術の予後はよくありません。また、ストライダー発症時の呼吸症状や血液ガス分析から肺疾患も合併している可能性もあります。好酸球性気管支肺症や陰圧性肺水腫を生じている可能性があります。3−4日間、ICUでの冷温および酸素投与管理を続け、肺機能の改善をみてから、気管支鏡検査にて診断そして手術の検討がよいと思います。

 

飼い主の選択

提案通り、呼吸症状安定を待ち、その後検査と手術を行う。

 

経過

4月17−20日 ICU管理(気温20℃、酸素濃度30%より開始)。初日はICU内にて呼吸症状は安定していたが、室内気ですぐに喘鳴。2日目以降安定。4月18日に安静時の室内気吸入下の動脈血ガス分析にてPao2 93mmHg, Paco2 32mmHg, AaDo2 17mmHgとなり全て正常化した。少なくとも、陰圧性肺水腫は改善したと考えられた。また、ICU管理中、咳を認めず、好酸球性気管支肺症の可能性は低いと考えられた。

 

二次検査(4月20日)

Ⅰ 喉頭および気管気管支鏡検査

1) 肉眼所見: 喉頭に器質的異常なし、浅麻酔下に披裂軟骨外転運動認められず、吸気時に声門裂が閉鎖しようとする奇異運動が認められた。喉頭以下の気管気管支樹に肉眼的異常なし。

二次検査評価:後天性特発性喉頭麻痺と考えられます。気管支病変はなく好酸球性気管支肺症は否定されました。

 

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 はじめチオペンタール5mg/kgIVにてただちに喉頭観察、その後プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min

気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#3.0にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID11.0mm使用。

喉頭および気管気管支鏡検査14:07−14:11

左側披裂軟骨側方化術、術創ドレーン設置 14:55-17:10

人工呼吸管理14:16−17:10、抜管18:02

 

予後

後天性特発性喉頭麻痺は全身性神経筋障害の一症状と考えられており、術後1年経過すると食道機能低下、運動失調、筋萎縮、後肢不全麻痺などが生じます。ある報告では、術後生存期間は12ヵ月であったとされています。私の経験では、この結果は全身性神経筋疾患だけによるとは限らず、年齢に応じリンパ腫や血管肉腫が生じることも多くあるように思います。しかし、その期間喉頭麻痺の対症療法だけではQOLを維持できるとは考えられず、高齢期のQOLを維持するためには外科手術は正当であると考えております。術後QOLが改善したと考えるのは手術をうけた飼い主の9割にもなるとの報告もあります。

術後経過

術後1−3日目:外の散歩で喘鳴が減少してきた。しかし、歩くスピードは0.5歩/秒ほど。浅速呼吸続き、術後肺血栓塞栓症予防にヘパリン100U/kg SC 1日2回を継続していた。

術後4−6日目:ICUから開放的で冷房管理できる個室に移動した。エアコンにて気温20℃に維持。よく床に横になっていた。外散歩では一歩/秒ほど。パンティングあるがストライダーにならない。血栓症予防にはルンワン粒3錠1日2回内服を継続。

術後7-13日目:個室管理継続。歩くスピードは増加。3-4歩/秒。パンティングすることも少なくなってきた。もしくは、軽い嗄声様パンティングの程度。ルンワン粒は継続。抜去したドレーンから多剤耐性菌が分離され、感受性あるFOMを投与していた。日常生活は可能と考えられるようになった。5月3日、経過良好のため退院。

自宅での注意

退院時、飼い主様には自宅でも興奮や暑熱環境は避け、気温30℃以上の屋外での散歩は禁止と指示しております。以前ほど、危機的な喘鳴は生じないとは思いますが、強い吸気では喉頭閉塞はまだあり得ます。シャンプーは可ですが、体温を上昇させずにぬるま湯か水で行っていただき、喘鳴が続いたら一度換気するなどして休憩をいれながら行っていただくようお願いしました。予防等は問題ありません。