気管支鏡検査一覧
症例533
【症例533動画】 ナッキーちゃん。ヨークシャーテリア、避妊メス、12歳。体重2.76kg。PIPU動物病院市川(千葉県)より診療依頼を受けました。2ヶ月前よりいびきが悪化し、睡眠時に無呼吸発作が頻回生じるようになった。頸部気管虚脱がみつかり1ヶ月前に外科手術(PLLP設置術)を受けたが睡眠時無呼吸発作は改善せず、失神することもあったとのことでした。 最終診断は、咽頭虚脱および喉頭虚脱ステージ3。
経過詳細
患者名:ナッキー
プロフィール:ヨークシャーテリア、12歳、避妊メス
主訴:睡眠時無呼吸発作が頻発する
初診日:2016年3月24日
気管支鏡検査日:2016年3月24日
手術日:2016年3月24日(一時的気管切開術)、2016年4月10日(永久気管切開術)
退院日:2016年4月24日
診断:咽頭虚脱、喉頭虚脱ステージ3
疑われる合併疾患:陰圧性肺水腫
除外された疾患:喉頭腫瘍
既往歴:白内障(2015.4、摘出手術。視力喪失)、クッシング症候群(2016より。現在治療中)、胆泥症(2016より。現在治療中)
来院経緯:今年1月よりいびきが悪化し、睡眠時無呼吸発作が頻回生じるようになった。頸部気管虚脱がみつかり2月23日に外科手術(PLLP設置術)を受けたが睡眠時無呼吸発作は改善せず、失神することもあった。精査加療希望のため呼吸器科受診。
問診: 1-3歳齢時よりいびきが大きく(グレード***2/5)、興奮時ストライダーが認められた。いびきは今年に入り悪化し、夜間苦しそうな呼吸になり、睡眠時無呼吸発作を頻発するようになった。突然、悲鳴をあげることもあった。2月23日に頸部気管虚脱の手術を受けても状況は変わらなかった。2週間前から頸部にアロマオイルを塗りながらマッサージしたり、体重を減量したりして(3.10kg→2.76kg)、睡眠時無呼吸発作が少し緩和してきた。日中は比較的元気で、苦しそうな状況にならない。同居犬なし、完全室内飼育、定期予防非実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅢ。
身体検査:体重2.76kg(BCS5/5)、T:37.6℃、P:84/分、R:20/分。傾眠、スターター、診察台上で睡眠しいびきあり、吸気努力あり、猪首、顎下軟部組織過剰。慢性外耳炎あり。聴診にて、咽喉頭にて強い吸気時高調連続音が聴取された。立位でスターター時のSpo2 92-97%
CBCおよび血液化学検査: ALP軽度上昇(280U/L)、CRP0.0mg/dl
動脈血ガス分析:pH7.39、Pco2 50mmHg, Po2 53mmHg, [HCO3-] 29.6mmol/L, Base Excess 4.0mmol/L, AaDo2 39 mmHg。重度の高炭酸ガス血症。重度の低酸素血症を伴った慢性呼吸性アシドーシス。AaDo2の開大。慢性上気道閉塞および肺機能低下が認められた。
凝固系検査:PT7.6秒(参照値-犬、6.8-11.6秒)、APTT<15秒(参照値-犬、9.7-17.6秒)。問題なし
頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて構造的咽頭閉塞(咽頭周囲軟部組織過剰、舌根の口咽頭への後退、小下顎症)あり、呼気時や安静時に咽頭虚脱、喉頭陰影増加および吸気時喉頭後退運動過大、胸部にて肺野スリガラス状陰影(2015.5には認められなかった)、頸部から胸郭前口部気管までプロテーゼ設置によって気管は開存安定。
評価および飼い主へのインフォーメーション:生まれついて構造的咽頭閉塞があり、現在咽頭虚脱にいたっています。喉頭虚脱も合併している可能性があります。これらは、咽頭閉塞に対する咽頭拡張筋群の代償が限界に達していることを示唆するものと考えられます。永久気管切開術が適応となりますが、陰圧性肺水腫と考えられる肺機能低下が存在し、その治療が優先されます。治療選択肢は3つあると思われます。
1) 先ず一時的気管切開を行い気道確保し、合わせて喉頭および気管内の内視鏡検査を行う。2週間ほど酸素療法を行い、肺機能を改善させてから、永久気管切開術を行う。治療的にはもっと理想だが、入院期間は全部で1カ月程度になってしまう。
2) 最初から永久気管切開術まで行う。この方法は、入院期間は短縮されるかもしれませんが、現在の低肺機能で手術を乗り切れるかどうかが不安。さらに、術後経過も不安定で予後に不安。
3) 内科療法に徹する。酸素室入院を継続し、その間に内科的咽頭拡張を継続しつつ、目標体重2.2kgまで体重減量する。この方法は、安全ではあるが最終的に咽頭虚脱の症状がどこまで改善するか不明。最悪、その後1)または2)を行いことになるかもしれない。
飼い主の選択
ベストを望む。1)を選択する。
二次検査
Ⅰ 喉頭鏡検査
1) 肉眼所見: 披裂軟骨小角結節および楔状結節は常に接着し、喉頭小嚢の反転も認められた。
Ⅱ 気管支鏡検査
1) 肉眼所見:気管内問題なし。
二次検査評価:重度な喉頭虚脱(喉頭虚脱ステージ3)が観察されました。
麻酔管理概要:
前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC
鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV
導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)
維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min
気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.0にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID3.5mm使用。
その後、一時的気管切開術を行い、外径6mmの複管の気管切開チューブを設置。
喉頭鏡検査17:24−17:26、気管支鏡検査17:46−17:52、一時的気管切開術18:10−19:05、抜管19:43
予後
咽頭閉塞で最も予後がよくない状態になっていました。周術期に窒息事故が起こるリスク#は高く(4/11項目該当)、気管切開術は必須です。このように短頭種以外で構造的咽頭閉塞が様々な上気道閉塞の問題を起こす症候群を、当院呼吸器科では「咽頭気道閉塞症候群*」というカテゴリーを作って対処しております。さらに、重症度に応じて、ステージⅠ、ステージⅡ、ステージⅢa, ステージⅢb、ステージⅢa+bと分類しており、ナッキーちゃんはステージⅢa+bに分類されます。診断後60日間生存率は、ステージ1では100%、ステージ2では97.9%、ステージⅢaでは100%、ステージⅢbでは66%であり、ステージⅢa+bでは症例数が少なく算出できませんでした(文献3)。ステージⅢa+bにおける永久気管切開術後の平均生存期間は44日間でした(n=3)。陰圧性肺水腫を伴う場合、その改善前に永久気管切開術を行うと予後がよくありません。手術侵襲に耐えられず、術後3日目に外科手術後ARDSを発症した例もあります。よい成績を得るためには、陰圧性肺水腫を改善させてから永久気管切開術実施がよいと思われます。
術中、術後経過
術中吸入気酸素濃度を40-60%、人工呼吸下で維持し、Spo2 98-100%を示した。自発呼吸ではSpo2 88%を示すことがあったが、気管切開チューブ設置後に麻酔を中止してからSpo2 98-100%に回復した。術後、覚醒良好で、ただちに熟睡しておりました。
入院治療経過
陰圧性肺水腫改善のため、2週間気管切開管理を酸素濃度25-30%にしてICUにて行いました。第14病日に血液ガスは安定し(Pao2 68mmHg, Paco2 24mmHg)、一般状態はほぼ改善しました。4月10日の第17病日、永久気管切開術を行いました。術後経過良好であり、4月22日は血液ガスはほぼ完全に正常化しました(Pao2 85mmHg, Paco2 26mmHg)。4月24日の第30病日に退院となりました。自宅では、気管ろうの通常管理、在宅ネブライザー療法1日2回、抗菌剤内服を行いました。
退院後経過
5月8日 退院後2週間、6月4日 退院後1ヶ月、7月2日 退院後2ヶ月、ともに経過良好。とても元気でした。
8月8日 退院後3ヶ月。8月1日に膀胱癌の手術を行ったそうですが、術後経過良好のため翌日退院となったそうです。とても元気で待合室で走っていました。
9月3日 退院後4ヶ月。待合室で寝そべってゆったりするほど楽になっているようでした。飼い主様も自宅看護はとくに難なく過ごされていました。