気管支鏡検査一覧
症例512
【症例512動画】りりちゃん。トイプードル オス 10歳、体重2.96kg。渡辺動物病院(静岡県)より診療依頼を受けました。8日前、車での移動中ストライダーを発症し終日続き、渡辺動物病院を受診。気管虚脱が疑われた。 最終診断は、原発性気管虚脱グレード4。
経過詳細
患者名:りり
プロフィール: トイプードル、10歳、去勢オス
主訴:ストライダー
初診日:2015年12月7日
気管支鏡検査日:2015年12月7日
手術日:2015年12月7日(手術内容:気管内ステント留置)
退院日:2015年12月11日
診断:原発性気管虚脱グレード4、気管支軟化症
除外された疾患:心臓弁膜症、咽頭虚脱
既往歴: 白内障
来院経緯:11月29日、車での移動中ストライダーを発症し終日続き、渡辺動物病院を受診。気管虚脱が疑われた。精査希望のため呼吸器科受診。
問診:今年に入り、咳が連日、1日2イベント程度、朝散歩時や寝起きにありterminal retchを示したが、1イベントにつき15秒も続かない。夜間咳なく、安静時に持続性咳はなかった。今年7月よりいびきがやや大きくなり(グレード**1/5)、労作時に咳や喘鳴が生じるようになった。10月25日に車での移動中に喘鳴が5時間続いたが、自宅について睡眠後消失した。11月29日にも同様に車での移動中にストライダーを発症した。睡眠呼吸障害なし。現在症状はストライダーであり、咳ではない。同居犬なし、完全室内飼育、定期予防実施。ストライダー発症してから1週間の運動不耐性評価*はⅢ。
身体検査:体重2.96kg(BCS4/5)、T:39.1℃、P:113/分、R:28/分(ICU室内安静時)。ストライダーが続いた。心雑音なし。気管および咽喉頭で吸気時優位の連続性高低調混在性の喘鳴音あり。
CBCおよび血液化学検査: 異常なし、CRP0.45mg/dl
動脈血ガス分析:pH7.42、Pco2 34mmHg, Po2 62mmHg, [HCO3-] 21.7mmol/L, Base Excess -1.6mmol/L, AaDo2 49mmHg。中等度の低酸素血症。
頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて構造的および透視で確認できる咽喉頭協調運動に問題なし。胸部にて気管全体が呼吸相とも虚脱していた。肺野はスリガラス状陰影を示した。透視では胸部気管は吸気時後期のみ拡張し、それ以外は虚脱したままで、胸郭前口部は常に完全に扁平化し閉塞していた。
心エコー検査:MRごく軽度、TRなし、主肺動脈拡張なし。
評価および飼い主へのインフォーメーション:明らかに重度気管虚脱が認められます。咽頭と心臓はほぼ正常、肺機能も許容範囲(Pao2>60mmHg)であり、胸部気管深部から気管の支持が可能であれば、気管内ステント留置の適応と考えられ、予後が期待できます。ステント留置後は、気管内クリアランス維持と衛生管理のため、在宅ネブライザー療法と定期的気管支鏡検査が必要となります。ステント留置後は、ステントが上皮化されるまでの約1-2ヶ月乾いた咳が生じることがありますが、多くの場合その後次第に少なくなっていきます。
飼い主の選択
ステント留置適応であれば、希望する。
二次検査および気管内ステント留置
Ⅰ 気管サイジング
胸部気管深部まで虚脱重度であり気管分岐部直前まで支持が必要で、気道内圧20cmH2O下に胸部X線検査にてステント径測定の結果、ステント径12mm ,長さ65mmのVetStent-Tracheaが最善と判断しました。
Ⅱ 気管支鏡検査
1) 肉眼所見: 喉頭直下から気管分岐部直前まで広範囲に完全気管虚脱あり。
2) 気管支ブラッシング:RB3にて実施。培養にてPseudomonas aeruginosa 1+を分離。CFPM, OFLX, AMK, GM, FOMに感受性を示した。
Ⅲ 気管内ステント留置
ID4.5mmの気管チューブを介し、透視下にVetStent12X65を意図する範囲に留置しました。実質展開時間は5.5分。
麻酔管理概要:
前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC
鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV
導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)
維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min
気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID4.5mm使用。
気管サイジング15:40−15:50 気管支鏡検査16:26−16:33、ステント展開16:51−17:01、ラリンゲルマスク抜管17:23
入院治療経過
留置直後よりストライダーは消失しました。1日後、運動時に軽い乾いた咳があるのみで状態良好でした。その後4日間、ネブライザー療法(生食20ml+ゲンタマイシン0.5ml+ビソルボン吸入液0.5ml+メプチン吸入液0.5ml)1日2回、気管支拡張剤(ブリカニール0.01mg/kg SC 1日2回)のみ行いました。第3病日、胸部X線および透視検査、動脈血ガス分析にて、ステントの安定と肺機能改善が認められました。第4病日(12月11日)、状態安定のため退院となりました。
予後
当院呼吸器科では、慢性持続性発咳なくストライダーが主訴である原発性気管虚脱グレード4に対する気管内ステント留置は予後良好です。具体的には過去8年間の観察期間中の該当症例は12例であり、TチューブからVetStent交換時に気切孔不適宜処置で周術期死を生じた1例を除く11例に限れば、初期改善率100%、60日間生存率100%でした。さらにクッシング症候群合併で留置後3ヶ月後に全周性肉芽が生じた1例を除けば、生存期間は30-82ヶ月(平均51ヶ月、follow-up中5例含む)です。長期生存例では合併症は許容範囲で飼い主はほとんど気にならない程度であり、高い満足度が得られました。りりちゃんでは二次性とは考えられますが、軽度の気管支軟化症があり、留置後も咳が少々残り、体重管理や気管支拡張剤の投与などの治療継続が必要と思われます。
経過および在宅治療方針
自宅での管理は、在宅ネブライザー療法1日2回(原則終生。退院時、2週間分を当院で処方しました。また、気管支軟化症がみられましたので、気管支拡張剤(ベラチン0.05mg/kg PO 1日2回)、去痰剤(ビソルボン錠1/4錠 1日2回)も処方しました。気管虚脱に対する長期予後はまだ明らかになっていない部分もあり、3ヶ月後、6ヶ月後、12ヶ月後、以降1年ごとを目安に、定期的に気管支鏡検査で経過観察を行う予定となります。退院後に気道感染(緑膿菌が1+分離)があったことが判明しました。気管支軟化症のひとつの原因と考えられます。ホスミシン1/4錠1日2回を追加処方しました。鎮咳剤は使用せず、この抗菌剤とネブライザー療法で咳が緩和していくことを確認します。