新着情報
動脈血ガス分析
動脈血ガス分析は、低酸素血症、高炭酸ガス血症、および酸塩基平衡障害を評価し、小動物臨床では無麻酔で実施可能な唯一の呼吸機能を定量できる検査法です{McKiernan, 1992 #2949}。近年、一回換気フロー・ボリューム曲線解析{Amis, 1986 #3651;Amis, 1986 #3649}やボディプレチスモグラフィ{Rozanski, 1999 #3162}などが獣医呼吸器臨床に取り入れられていますが、動脈血ガス分析は依然として呼吸機能評価のgold standardです。血液ガス分析は呼吸症状の理解の要となり、また画像所見の主観的診断の補助にも役立ちます。肺の機能障害を示す呼吸不全という述語が動脈血酸素分圧 60 mm Hg未満と一義的に定義されるように、肺機能低下は低酸素血症で表現されます{三浦元彦, 2001 #3454}。血液ガス分析は疾患を特定するものではありませんが、「肺がいかによく動いているか」という肺機能の包括的指標となります。
臨床上意義のある血液ガス分析のパラメーターおよびそれらの犬の正常値を表10に示しました{Cornelius, 1981 #2419;Ilkiw, 1991 #2711;Wise, 1973 #3412;城下幸仁, 2001 #3511}。また文献{Middleton, 1981 #2962}を参照し猫の正常値も同表に示しました。各パラメーターは独立せず互いに影響し合いながら動いています。各パラメーターの意義は以下のようです。
pH:全体としての酸塩基平衡状態の結果を示します。生体内でのhomeostasisによりpHは非常に狭い範囲に維持されています。一般に急性期で正常範囲を逸脱し、慢性期で正常範囲を維持します。肺機能が障害されている場合、腎機能で代償されpHを正常化させます。腎での代償が安定するには少なくとも48時間は必要とされます{DeMorais, 1991 #2455}。
Paco2(動脈血炭酸ガス分圧):肺から炭酸ガスの排泄が十分行われているかどうか、すなわち換気状態を評価します。換気量は主にPaco2値によって調節されています。Paco2が低下する状態のことを過換気といいます。肺間質には肺C線維受容体が存在し、局所の炎症や浮腫に対して呼吸中枢に刺激を伝達し分時換気量が増加しPaco2が低下するので、間質性肺疾患の診断に役立ちます。
Pao2(動脈血酸素分圧):血中に存在する酸素の総量を反映します。Pao2は動脈血に溶解している酸素の分圧を示します。肺機能定量の直接の指標です。低酸素血症とはPao2が80 mm Hg未満であることをいいます{Malley, 2005 #2918}。Pao2が70-79mm Hg を軽度、60-69 mm Hgを中等度、45-59 mm Hgを重度、45 mm Hg未満を重篤の低酸素血症と分類されます。Pao2が60mmHgを下回ると、ヘモグロビンと酸素の結合力が急激に低下し、末梢組織への酸素運搬量が急激に減ります。したがって、Pao2 60mmHgはcritical pointであり様々な判断基準となります。 [HCO3–]とBase Excess:代謝性の酸塩基平衡状態を表現します。主に腎からの不揮発性酸の排泄の状態を反映します。慢性呼吸器疾患では代償性に上昇します。
AaDo2:酸素化能の指標としてよく使用されます。肺胞気酸素分圧と動脈血酸素分圧の差を意味します(図13)。シャント、拡散障害、換気血流比不均等で開大します。PIo2の低下や肺胞低換気では開大しません。非循環・非呼吸器疾患犬群(n=140)、上気道・中枢気道閉塞疾患症例群(初診時のみ再検査含まず、n=61)、心原性肺水腫症例群(初診時のみ再検査含まず、n=32)の比較を行ってみました。AaDo2の平均値(mean±SD)は、それぞれ非循環・非呼吸器疾患犬群 15.2±7.2mmHg、上気道・中枢気道閉塞疾患症例群 24.3±10.3mmHg、心原性肺水腫症例群 54.8±14.4mmHg でした(図14、自験データ)。3つのグループ間で有意差がみられました。本来、上気道・中枢気道閉塞の呼吸器病態は肺胞低換気であり、AaDo2は開大しません。しかしこのデータをみると、非循環器・非呼吸器疾患群と有意差が生じているので、実際には上気道・中枢気道閉塞疾患では二次的に換気血流比不均等が生じている可能性があります。非循環器・非呼吸器疾患群と上気道・中枢気道閉塞群の75%点の差のAaDo2 20-30mmHgは肺疾患潜在の可能性を示します。そこで、AaDo2値に関しては、<20mmHgで正常、20-30mmHgで肺機能異常可能性あり、>30mmHgで異常と解釈できます(表08)。この基準を利用すると、上気道・中枢気道閉塞と考えていた症例で、AaDo2値が30-40mmHgを示せば末梢気道・肺実質疾患を見落としている可能性があり診断を再検討しなければならないことになります。
肺を導入気道、ガス交換領域、血液-ガスバリア、および肺毛細血管の構成要素に模式化する{West, 2008 #3384}と(図15)、肺でのガス交換は、換気、換気血流比、拡散の3つの過程で行われています(図16)。動脈血酸素分圧低下、すなわち低酸素血症は、吸入気酸素分圧低下(図17)、肺胞低換気(図18)、拡散障害(図19)、シャント(図20)、換気血流比不均等(図21-25)の5つの機序があり、ガス分析値や画像所見からどの機序であるか考察し、診断の一助とするとともに治療方針を決定する際の指針とします。
動脈穿刺 穿刺は大腿動脈にて行います。測定対象が血液中に溶解しているガスであるため、サンプル時から測定まで一貫して血液サンプルは密閉を保ち空気に曝してはいけません。空気に触れると血中の炭酸ガスは放散し、酸素は空気から血中に溶け込んでしまいます。そのため専用の動脈血サンプラーを用います。助手に横臥に保定してもらい穿刺する側の後肢をひもで固定します。動脈圧を触知し、血管の走行に対し平行に、皮膚に対し約10-20度傾け、25G×1インチ、RB針をつけた動脈血サンプラーにて穿刺します(図26)。大腿動脈は恥骨筋前縁を走行しているのでそれを指標にします。穿刺針を抜去後、穿刺した部位を直接2分間圧迫止血します。測定はただちに行うのが原則ですが、検体を4℃の氷水に浸漬しておけば6時間まで血球の代謝の影響を受けず重大な誤差は生じないとされています{Haskins, 1977 #2649}。合併症については、犬の動脈穿刺111例に対し7頭(6.3%)で中程度から広範な皮内出血がみられました{Shiroshita, 2000 #3224}。これらは全身状態に影響を与えず全て7-16日間で消退しました。体重3.5 kg未満、心血管系障害を有する犬で有意に高い併発症の発現率を示しました{Shiroshita, 2000 #3224}。
最終更新日:2015.11.10