気管支鏡検査一覧

症例518

【症例518動画】 ビリーVeterinary Bronchoscopy#518, Excessive respiratory secretion, A DSH cat 10Y M, ID6510 アラカワビリー151229ちゃん。雑種猫 オス 10歳、体重3.88kg。ファミリー動物病院(千葉県)を介し飼い主様の希望でご来院がありました。10ヶ月前より浅速呼吸が続いており、胸部異常陰影も確認されているが、抗生剤やステロイドに反応しないとのことでした。 最終診断は、気道分泌物過剰を伴った猫の気管支肺疾患。

 

 

 

経過詳細

患者名:ビリー

プロフィール:雑種猫、10歳、オス

主訴:慢性呼吸困難、胸部異常陰影

 

初診日:2015年12月29日

気管支鏡検査日:2015年12月29日

診断:気道分泌物過剰を伴った猫の気管支肺疾患

鑑別疾患:肺腫瘍(特に腺癌)

除外された疾患:気道異物、気道感染、細菌性気管支肺炎

既往歴:4歳齢時より未消化物の頻回の嘔吐(原因追及せず)。

来院経緯:今年3月から(10ヶ月前)浅速呼吸が続いている。胸部異常陰影も確認されているが、抗生剤やステロイドに反応しない。精査希望のため呼吸器科受診。

問診:発症当時、1週間程度、咳が連日/1日3−5イベント/1イベントに5回程度続いた。その後、浅速呼吸が症状の主体となった。現在、咳は2−3回/週程度。連日、食後や排泄後などに伏臥姿勢で浅速呼吸が苦しくなるようなことが数時間続くことがある。胸部X線検査にて後肺野に異常陰影あり。食欲も低下し、体重は10ヶ月前の5.0kgから3.88kgまで減少した。同居猫一頭(1歳の子猫、ほぼ接触なし。呼吸症状なし)、完全室内飼育、定期予防実施。オーナーの主観的運動不耐性評価*はⅤ。

身体検査:体重3.88kg(BCS2/5)、T:38.2℃、P:148/分、R:76/分。浅速呼吸。肺野にて正常呼吸音の増大あり。心雑音なし。軽度のrattle(浅速呼吸時などにのどのプツプツ音)あり。

CBCおよび血液化学検査:血糖値上昇(158mg/dl)

動脈血ガス分析:pH7.32、Pco2 25mmHg, Po2 81mmHg, [HCO3-] 12.5mmol/L, Base Excess -11.7mmol/L, AaDo2 40 mmHg。軽度の低酸素血症、中程度のAaDO2の開大。

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて構造的および透視で確認できる咽喉頭協調運動に問題なし。胸部にて両側肺野にびまん性の不整形肺胞浸潤影(diffuse patchy alveolar infiltrate, DPAI)あり、心陰影不鮮鋭。透視にて咽頭虚脱などの上気道閉塞所見、気管虚脱、気管気管支軟化症所見なし。

評価および飼い主へのインフォーメーション:慢性の末梢気道肺実質疾患があります。間質性肺疾患や気管支肺炎の性質が混合しているように思えます。気道異物、びまん性肺腫瘍、好酸球性肺炎、特発性肺線維症、細菌性気管支肺炎が疑われます。呼吸器科では、猫でrattleを示し胸部X線検査にてDPAIを示す場合、よく気管支腺過形成によって過剰な気道内分泌物の所見を示す場合があります。異常陰影は腺組織と産生された分泌物を示すようです。推測される本病態の確認のため、気管支鏡検査にて肺胞浸潤影部の内部所見(異物などの有無)や組織採取および気管支肺胞洗浄液解析を行うのがよいと思います。幸い、肺機能は十分に維持されており、当院気管支鏡検査実施基準であるPao2>60mmHgを満たしており、検査自体は実施可能です。

 

飼い主の選択

二次検査を希望する。

 

二次検査

気管支鏡検査

1)        肉眼所見: 粘漿性分泌物が喉頭に大量に絡み、また気管から左右主気管支と末梢に行くに従い増加し、葉気管支は全て粘液で満たされていた。葉気管支以下は呼気時気管支虚脱を示していた。

2)       気管支ブラッシング:LB2V1にて実施。細胞診にて変性した上皮細胞塊のみ。細菌培養にて細菌分離されれず。

3)       気管支肺胞洗浄液解析(BALF解析):実施不可

4)      経気管支肺生検(TBLB):実施不可

5)      二次検査評価:過剰な気道分泌物が左右両主気管支に認められました。気管支虚脱は末梢の気道閉塞や肺コンプライアンスの低下を意味するものと考えられます。気道感染はありませんでした。

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.1-0.4mg/kg/min

気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID4.0mm使用。

気管支鏡検査17:13−17:21、人工呼吸管理17:26−17:50、抜管18:06

気管支鏡検査開始時にSpo2不安定(FIo2 80%, Spo2 92%以下)、気道内分泌物吸引後に左肺虚脱しSpo2 80%台となり、それ以後予定していたBALとTBLBを取りやめ、気管内挿管し陽圧呼吸管理を開始し、麻酔を終了した。自発呼吸再開後はFIo2 30%でSpo2は95-96%に安定した。

 

全体評価

BALやTBLBを実施できませんでしたが、過剰な気道内分泌物を特徴とする疾患です。咳がないのは、分泌物の粘稠性が低いことによると思います。肺胞浸潤影は気道内分泌物を反映し、これが肺のコンプライアンスを下げ、浅速呼吸が持続しています。当然、呼吸仕事量が増加し、体重減少や活動性低下が生じます。一般的に診断可能な感染、腫瘍、異物、好酸球性炎症、管外性要因が見当たらず、そのような場合、猫の気管支肺疾患と総称されます。この場合は、その中でも過剰な気道内分泌物(excessive respiratory secretion)を示す疾患群といえます。

 

予後

猫でrattleを示し、胸部X線検査にてDPAI、気管支鏡検査にて気道内分泌物過剰を示す症候群は呼吸器科ではこれまでに6例ほど経験しています。気管支鏡にて肺生検を実施し、気管支腺増生を確認できた症例が3例あります。気道内サンプルは全て細菌培養陰性でした。まだ症例数は少ないですが、共通して言えることは、抗生剤やステロイドに反応がなく、努力呼吸や浅速呼吸などの慢性呼吸困難、ときに慢性発咳を示し、呼吸困難が急性増悪し無処置では診断後2週間から1ヶ月で急性呼吸不全死することがあるということです。私が知る限り、このような症候群に注目した報告はまだありません。急性呼吸不全は過剰な気道分泌物の再吸入を繰り返して気道閉塞を悪化して生じると推測しております。というのは、排痰効果の高いIPV療法を実施すると一時的に状態を改善し、ある症例は1週間毎なら状態を良好に維持できましたが、隔週にしたとたん2週後に呼吸不全死したり、ある症例は、週1-2回IPVを実施し、現在まで診断後4ヶ月を経過して急性増悪なく維持することができたりしたことがあるからです。末梢気道内のクリアランスを補助する治療が必要と思われます。また、この症候群は全身麻酔時に肺虚脱に陥りやすく、一度強い肺虚脱を生じると陽圧換気してもPIP40cmH2O以上あげないと換気が生じない場合があり、致命的合併症となり得ます。

 

推奨される治療法

病態から考慮すると以下のような治療が適応となると考えられます。しかし、まだ治療効果を証明したエビデンスが得られている訳ではありません。

1) 胸部タッピング、胸壁マッサージ(肋骨全体を後ろから前方に動かす)

2) 気管支拡張 ⅰ)ベラチン0.05mg/kg PO 12hごと、などの選択的β2作動薬の内服、ⅱ)サルタノールインヘラーの吸入(1日1−4回1スプレーずつ、専用スペーサーを用いて)

3) IPV療法(当院では、猫の場合、FIo2 30%、操作圧15-18psi, Wedge圧 20cmH2O, 始めの2-5分間をネブライザーのみ、次の10分間をパーカッションレベルEasy、最後の2分間をパーカッションレベルMid positionの計約15分/回, ネブライザー薬には生食10ml+メプチン0.3ml、術者/保定者1-2名、で行っています)。

禁忌となる治療

1) 去痰剤:粘漿性分泌物の総量を増やし症状を悪化させる可能性があります。

2) 超音波ネブライザー療法:粒子が細かく、末梢気道から肺胞に到達し、粘漿性分泌物に溶け込み症状を悪化させる可能性があります。

 

経過

2015年12月30日 退院。飼い主様は、サルタノールインヘラーの吸入を希望されました。

2016年1月30日 吸入は呼吸の様子をみて1日1回実施しているとのこと。吸入すると効果があるようで、少し〜かなり楽そうになるとのことでした。

2016年8月6日 永眠。サルタノール吸入療法は飼い主様の印象では、初期症状(浅速呼吸や呼吸困難)の改善度は3/5(やや改善)とのことでした。また、ビリーちゃんの様子に合わせ、胸部タッピング、胸壁マッサージを行い、この処置も咳が治まったり、呼吸困難の緩和があったかもしれなかったとのことでした。診断後治療期間は約7ヶ月間でした。ご冥福をお祈りします。