その他 6 糖尿病症状に始まったが、腹腔動脈血栓塞栓による急性壊死性膵炎と判明した猫の心筋症の1例

雑種猫、オス、9歳3ヶ月。体重5.06kg。3日前より突然歩かなくなり、前日夜頻回の嘔吐を呈し、全身状態悪化したので町田夜間動物病院に受診。膵炎の疑いあると指摘され、翌朝、当院受診した。
第7病日胸部X線所見。心房拡大すなわち「へたつきどんぐり状」の心陰影を呈し、心筋症が示唆された。 第16病日、カラードプラにて腹大動脈に血流途絶と逆流がみられ、剖検で同部位に血栓が認められた。 同病日の腹部エコー十二指腸横断面。背側の部分的層構造消失とその直下の不整形低エコー領域がみられた。 同病日の剖検所見。腹腔動脈分枝に鞍状血栓あり、膵右葉および十二指腸の部分的壊死がみられた(黒↑)。
経過:受診時、体温:36.0 ℃ 心拍数:140/分 呼吸数:42。可視粘膜蒼白、内股動脈圧低下しショック状態であった。意識レベルは低下し、伏臥のまま動かなかった。CBCおよび血液生化学検査にてPCV39%、白血球の増加(21500/μL)、肝酵素の上昇と黄疸(GPT232IU/L, GOT225IU/L, TBIL1.8mg/dl)、および著しい低カリウム血症(K1.6meq/L)を示した。胸部X線では心陰影拡大とびまん性間質陰影がみられた。腹部エコー検査にて総胆管拡張なく膵領域に特異所見なかったが上腹部走査時に激しい痛みを呈し十分な観察ができなかった。膵炎が疑われたが確定できなかった。オーナーの希望により、脱水補正、制吐、カリウム補正の対症療法を目的とする点滴通院治療となった。2日おきに3回行い次第に嘔吐がなくなり、次第にときおり起立して歩くようになった。第7病日の2度目の胸部X線撮影では心陰影は縮小していたが心房拡大所見みられ心筋症が示唆された。ところが、第14病日再び嘔吐し全身状態悪化し起立不能となり、混迷状態となった。血液検査にてPCV16%と減少し、血糖値が>600mg/dlと著しい上昇を示した。Kは2.9meq/Lと上昇していた。動脈血ガス分析では、pH7.33, Pco2 14mmHg, Po2 84 mmHg, [HCO3-] 7mmol/Lと過換気で代償された重度の代謝性アシドーシスを示した。糖尿病性ケトアシードーシスと診断した。やはり上腹部痛があり膵炎も関与している可能性もあった。入院にて、インスリンによる血糖管理、鎮痛、輸血、FOY持続投与、酸塩基電解質補正のための輸液を行った。2日目に血糖値は安定してきたが、両後肢の麻痺伸展、呼吸困難、嘔吐が継続してみられ、対症療法でコントロールできなかった。入院3日目、すなわち第16病日朝、激しい嘔吐のあと呼吸停止した。緊急気管内挿管し集中治療管理となった。挿管後も呼吸微弱であり機械換気による呼吸管理となった。管理中、0.1%ケタミン微量点滴を継続し、再度腹部エコー検査を行った。カラードプラにて腹部大動脈中央部に血流途絶と逆流が検出され、外腸骨動脈には血流が検知されなかった。さらに十二指腸横断面にて背側の部分的層構造消失とその直下の不整形低エコー領域がみられ膵炎が示唆された。人口呼吸管理を8時間続けたが自発呼吸発現せず、オーナー同意のもと機械換気を中止した。15分後心停止した。原因解明のため剖検することになった。十二指腸上部および膵右葉は腫脹し茶色に変色し周囲の腹腔内に茶褐色の腹水が少量貯留していた。十二指腸上部と膵右葉に供給する腹腔動脈分枝内に鞍状血栓がみつかった。また、腹大動脈の外腸骨動脈分岐部前4cmのところから前方に3cmの長さで血栓がみられた。腹腔動脈血栓塞栓による急性壊死性膵炎および大動脈血栓塞栓症と診断した。死因は急性壊死性膵炎によると考えられ、血栓は心筋症に関係するものと推定された。
コメント:初診時から激しい上腹部痛があったので、そのときから血栓による壊死性膵炎があったかもしれません。対症療法のみで一時状態が改善したのは、まだ血栓が小さかったからと考えています。血栓形成拡大または新たな血栓が動脈流に入って、第14病日に状態悪化したと考えています。いずれにしても、心筋症が見られた場合、外腸骨動脈分岐部に限らず様々な動脈分岐部で鞍状血栓が生じる可能性があることを本症例は示していると思います。腹大動脈の血栓なら大腿動脈からのForgatyカテーテルで血栓摘出は可能ですが、腹腔動脈の血栓摘出は少なくともカテーテルによる方法は不可能であり、外科的にも血管が小さく深いので血管縫合で結局血流障害を起こす可能性高く実際には無理なのではないかと思いました。やはり、血栓症が疑われる場合は、早期に血栓溶解剤や凝固阻止剤で血栓拡大を防ぐのがもっとも確実な方法と思われました。
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