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犬の気管虚脱GradeIVに自力拡張型金属ステントEasy WallstentTMの気管内留置を試みた1例

Self-expanding metallic stent implantation into the trachea in a dog with tracheal collapse GradeIV

城下 ( しろした ゆき ひと ) 1)  松田 岳人 ( まつだ たけと ) 1)  佐藤 陽子 ( さとう ようこ ) 1) 柳田 洋介 ( やなぎだ ようすけ ) 1)

急性呼吸困難を示した完全気管虚脱のチワワにシリコン気道ステントを留置し症状の一時改善を得たが、4ヶ月後に咳の悪化、20%の体重減少、低酸素血症(Pao2 72 mmHg)、肺胞気動脈血O2分圧較差の開大(A-aDo2 39 mmHg)および気管支肺胞洗浄液(BALF)の総細胞数著増(3665/mm3、菌検出なし)を認め、排痰障害による肺機能低下を示した。そこで気道ステントをEasy WallstentTMに入れ替えたところ、速やかに呼吸状態は改善し体重増加に転じた。4ヶ月後、Pao2 81 mmHg、A-aDo2 26 mmHg、BALF総細胞数255 /mm3と再留置前の悪化所見は改善した。

キーワード:気管虚脱、気道ステント、気管支鏡検査、気管支肺胞洗浄(BAL)、血液ガス分析

はじめに

犬の気管虚脱に対する気道ステント留置は、外科療法に比べ迅速かつ非侵襲的であり、また胸部気管にも適用可能となるため魅力的な治療法である。しかし、ステント材料や合併症管理に問題を残し画一的な方法が確立していない。近年、人の胆道拡張治療に用いられている円筒型金属メッシュ状のWallstentTMを22頭の犬の重症気管虚脱例に適用し、長期間の安定化が得られたと報告された1)今回、完全気管虚脱のチワワにシリコン気道ステントを一度留置したが安定した結果が得られず、報告されたものと同型の自力拡張型金属ステントEasy WallstentTMの気管内留置を試み安定した経過が得られた1例を経験したので報告する。

症例

プロフィール:7歳6ヶ月齢 去勢雄 チワワ
主訴:昨夜砂肝ジャーキーを食べてから苦しそうな咳が続く。白い泡を吐く。
ヒストリー:5歳時より慢性外耳炎。毎年混合ワクチン接種・フィラリア予防実施。室内飼育。同居動物なし。
身体検査所見:体重6.95(kg)、体温38.3(℃)、心拍数104(/min)、呼吸数60(/min)。持続性ストライダーを伴った急性呼吸困難。吐出。Retching。初診時臨床検査所見
CBCおよび血液生化学検査:WBC 41800(/μl)
胸部X線および透視所見:頚部気管尾側部から胸部気管の扁平化(図1)。食道内ガス。食道造影にて食道拡張および食道運動性低下
暫定診断:気管虚脱および食道内異物
上部消化器内視鏡検査:食道および胃内異物なし。
気管支鏡検査:第5頚椎前端から第7頚椎尾端レベルの気管で完全虚脱(図1)。胸部気管にGradeIIIの虚脱。主気管支以降に虚脱なし。
診断:気管虚脱GradeIV


図1 初診時の呼気時胸部X線lateral像と気管支鏡所見。
X線では頚部気管尾側部から胸部気管の扁平化、気管支鏡
では完全気管虚脱がみられた。

治療と経過
緊急処置:気管支鏡検査に引き続き、完全虚脱部位にシリコンステント(外径9mm×長さ55mm)を可及的に留置し(図2覚醒させ、酸素室管理とした。しかし2時間後にステントは喀出され喘鳴が再開した。ステロイドと抗生剤を吸入療法と注射にて7日間投与を続け初期症状を安定化させた。

図2 第1病日の可及的シリコンステント留置後の同所見。
完全気管虚脱部に対してのみステントを留置し気道開存を
得た。このあと全身麻酔を覚醒させたが、2時間後このステン
トは喀出された。


シリコンステント留置と術後経過:第8病日、外径11mm×長さ90mmのシリコンステントを留置した(図3)。城下の報告2)に準じ、ステントはシリコンチューブより作成し透視下にアリゲーター鉗子でステント先端部を把持して挿入した。4日後より咳は減少し活動性が増加した。第15病日に血液ガスで換気能と酸素化は正常を示し(それぞれPaco2 37 mmHg、Pao2 80 mm Hg)退院とした(表1)。以来、体動時に咳をするが一般状態は良好であった。しかし留置後4ヶ月頃より咳の程度と頻度が増加してきた。第112病日にはPao2 72 mmHgおよびA-aDo2 39 mmHgと肺機能低下を示し、気管支肺胞洗浄液(BALF)の解析では総細胞数3665/mm3と著増し好中球が71%と多数を占めた(表1)。有意な起炎菌は検出されず、排痰障害が示唆された。第147病日には体重が退院時に比し約20%減少し食欲消失した。

図3 第8病日のシリコンステント留置後の同所見。喀出防止
のため、完全虚脱部を含む十分な長さと外径を有するものを
留置した。また、気管の屈曲に適応させるため2箇所スリットを
入れた。


表1 臨床経過。第8病日にシリコンステント留置後、一時咳症状は改善傾向がみられたが、第112
病日には咳症状の悪化、血液ガス値の悪化、BALFで総細胞数の増加がみられた。第147病日の
Wallstent留置前には体重が著しく減少し咳症状が悪化していた。しかし、留置後には咳症状、血
液ガス値、BALFの総細胞数の改善がみられ、体重も増加し状態良好となった。

Easy WallstentTM留置と術後経過:排痰障害改善のため第147病日シリコンステントを抜去し、Moritz1)の方法に従い外径12mm×長さ10mm[full open]のEasy WallstentTM(Boston Scientific)を留置した(図4)。翌日より咳は著明に減少し、4日後に全身状態が回復した。6日後には肺機能正常化し(Pao2 82 mmHgおよびA-aDo2 21 mmHg)退院となった(表1)。その後体重も順調に増加した。再留置後28日目に激しく吠えたためステントが尾方へ3mm移動し、一時的に咳がみられたがプレドニゾロン0.5mg/kg q24h を2週間投与して症状は回復した。再留置後112日目にはPao2 81 mmHg、A-aDo2 26 mmHgおよびBALF総細胞数255/m3を示し、再留置前の排痰障害による肺機能低下は改善されていた(表1)。気管支鏡検査ではステント内面のほぼ全域にわたる上皮化が確認された(図5)。一方、ステント尾方移動による頚部気管虚脱、ステント内面に膜状の粘液停滞がみられたので在宅吸入療法を継続することにした。


図4 第147病日のEasy WallstentTM留置後の同所見。
十分な気管拡張を得た。またステント自体が非常に薄いため
シリコンステントより広く気道が保たれている。


図5 第259病日の気管支鏡所見。右斜め下方部を残し
ステント内面のほぼ全域にわたる上皮化と一体化が確認さ
れた。膜状の粘液停滞もみられた。


在宅管理:全経過を通じて自宅で、排痰補助、気道内炎症抑制および肉芽形成防止のため、生食3 ml、ゲンタマイシンあるいはアミカシン 0.1 ml、およびデキサメタゾン0.1 mlを混じた薬液の吸入療法を1日2回行った。197病日より発咳予防ためブトルファノール0.05mg/kg q12h POを始めた。激しい運動は避け、なるべく吠えないように管理した。

主治医の意見

今回、完全気管虚脱のチワワに自力拡張型金属ステントEasy WallstentTMの気管内留置を試み安定した経過が得られた1例を報告した。演者らが報告したシリコン気道ステント2)は管壁厚が1mmに対し、Easy WallstentTMはわずか0.1mmに過ぎない。さらに、放射状の持続性拡張力とそのメッシュ構造によって数ヶ月かけて気管の形状にゆっくり適応し、ステントは上皮化され気管粘膜と一体化していく。そのため粘液線毛輸送系の障害を最小限に抑えることができる。犬ではこの現象が留置後2ヶ月程度で生じた1とされ、本症例でも4ヶ月で確認された。この一体化が虚脱気管の長期安定化に大きく寄与しているものと考えられる。Moritzの報告によるとfollow-upは最長1250日間可能であったという1。人の場合、長期間の予後が見込める良性疾患に金属気道ステントを適用することは原則として推奨されていない。なぜなら、金属疲労による破壊、粘液停滞、さらにステント端に慢性的な物理刺激による肉芽形成などを引き起こし、結局は中枢気道閉塞を生じさせる可能性があり、抜去不能という特性上それを修復する処置が非常に困難であるからである。現時点では犬の重症気管虚脱治療に用いる気道ステント材料の中ではWallstentが確実で安全であると考えられる。そして安定した効果を維持するために留置後にはネブライゼーションを毎日実施したり無駄吠えをなくしたりするなど、生じうる合併症の予防策を十分講じなければならない。

参考文献

1.  Moritz A, Schneider M, Bauer N. Management of advanced tracheal collapse in dogs using intraluminal self-expanding biliary wallstents. J Vet Intern Med. 18:31-42, 2004.
2.  城下幸仁, 堀添 宏, 松田岳人, ほか. 胸部気管虚脱GradeIIIに対しシリコン製気道ステントにて長期管理に成功したヨークシャーテリアの1例. 第27回動物臨床医学会年次大会プロシーディング.  No.2:65-66, 2006.


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