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1. 犬の肺血栓塞栓症plumonary thromboembolisim, PTEの治療成功例と考えられた症例を経験したので報告いたします。PTEは血栓形成素因にある患者の深部静脈で形成された血栓が逸脱して肺動脈に到達し塞栓を起す病態です。呼吸困難症状が甚急かつ重篤なため非常に高い致命率を示します。
2. 症例はポメラニアン、オス、12歳、体重4.85kg。最近2ヵ月間ハアハアしてぐったりしていることで来院。1年前より多飲多尿、肥満傾向、運動不耐あり。初診時、身体検査にてPanting,黄疸、精巣萎縮みとめられ、生化学検査にて重度な肝障害および閉塞性黄疸の所見あり。凝固時間APTTの軽度短縮がみられた。
3. 初診時の胸部レントゲンlateral像です。この時点では異常ありませんでした。
4. 臨床所見はクッシング症候群の典型を示し、重度肝障害および閉塞性黄疸をともなったクッシング症候群と診断し、ケトコナゾールおよび強肝利胆の治療を開始しました。クッシングは凝固亢進状態から肺血栓塞栓症を随伴することが犬で知られており、APTTの短縮もみられたことから予防的にヘパリン投与も行ないました。
5. 入院治療の経過です。
上段は呼吸困難症状の程度、中段は動脈血酸素分圧、Pao2の推移を、下段はヘパリン投与の方法と時期を示しております。呼吸困難はヘパリン皮下投与を開始してしだいに緩和したので一時中断しましたが8日後に呼吸困難が突然起こりこのとき酸素分圧が60.6mm Hgまで下がりました。ヘパリン投与を再開すると呼吸困難症状は速やかに緩和していきましたが、また中断すると、15日後には重篤な呼吸困難発現し呼吸停止した。集中治療にて救命したが、その後はヘパリン皮下投与に加えヘパリン持続投与も併用した。それからは確実に呼吸困難症状が消失し、23日後にはPao2 95.7 mm Hgと正常化し退院とした。呼吸困難症状改善にヘパリン投与が必要であったことが明らかでありPTEであったと考えられました。
6. 治療開始15日後の呼吸困難の様子です。
胸部レントゲンlateral像では左房突出あり僧帽弁逆流、MRによる肺水腫が認められました。このあとすぐに意識消失し呼吸停止しました。
7. レントゲン所見および経過から、肺水腫、あるいは肺出血を伴った肺血栓塞栓症と暫定診断しました。ただちに気管内挿管下にて集中治療を開始し、肺水腫に対しフロセミド、肺血栓塞栓症に対しヘパリン持続投与を行い、5時間後、Spo2 は64%から91%まで上昇し、呼吸数は101/分から36/分に減少したので抜管しました。抜管後、フロセミドは1度も投与しなかった。2日後起立して食べ始めました。さらに翌日酸素投与用鼻カニュレを除去しました。
8. 退院後のFollow-upは1-2週ごととし、PTEにはヘパリン200 U/kg SC にてPao2 とAPTT をモニタしながら、クッシングにはketoconazole 内服をALPとTChoをモニタし維持しました。写真は138日後の様子です。呼吸症状なく良好です。このときPao2は78.9mm Hg、APTTは20.9秒でした。退院以降、咳や心雑音等の心不全兆候は認めず、現在までの1年2ヶ月間、再発なく良好に経過している。
9. 治療開始180日後の胸部レントゲンlateral像です。左房突出と肺水腫はありませんでした。
10. 肺血栓塞栓症、PTEについて簡単にまとめました。
PTEでは肺動脈塞栓によりガス交換のない生理学的死腔領域が拡大するため、低酸素血症が生じ代償性に過換気が起こります。
塞栓の部位と広がりにより甚急性から慢性の呼吸困難を示します。
犬では、自己免疫性溶血性貧血、敗血症、アミロイドーシス、腫瘍、ネフローゼ症候群、およびクッシング症候群によく随伴して起こるとされています。
胸部レントゲンで全く異常所見がないことが多く、確定診断は肺動脈造影または肺血流シンチで行いますが呼吸困難突発例ではほぼ実施困難です。
11.今回のシェーマです。
肺血栓塞栓症(PTE)がクッシング症候群に随伴しておきたと考えられました。PTEにより呼吸困難症状が生じました。一過性のMRが肺水腫を起こし呼吸困難を悪化させました。ヒトではMRと血栓形成素因が重なったときに重篤なPTEが生じることが知られており、今回も肺うっ血が肺血栓塞栓症も助長していた可能性があります。今回急性呼吸困難症状を克服できたのは、原疾患のクッシング治療、PTEに対するヘパリン持続療法、MRには利尿剤投与を同時に行なったことによるものと考えています。とくにPTEが起こることを予期し早期からクッシング治療に加えヘパリン投与も行なっていたことが治療成功につながってものと思われます。
結語です。

今回、犬の肺血栓塞栓症の治療成功例と考えられた症例を報告しました。
PTEは一般に予後不良のため大変貴重な症例と思われました。
PTEはクッシング症候群に随伴することがあります。呼吸困難症状の重篤化を予防するため、症状に応じ早期に抗凝固処置とMR評価を行なう必要があると考えられました。


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