相模が丘動物病院のホームページ|メール


若齢ミニチュア・ダックスフンドにみられた特発性喉頭麻痺の1例

城下 幸仁1)、松田 岳人2)、柳田 洋介2)、早川 修平2)

1)     相模が丘動物病院 呼吸器科、2)同 一般診療科

要約

1歳4ヶ月齢、雄のミニチュア・ダックスフンドが喘鳴による呼吸困難を示し、特発性喉頭麻痺と診断された。ただちに気管切開を行い呼吸状態は安定した。その後、Tチューブ設置や左側tie-back術を施したが喘鳴を完全に管理できず、第80病日に永久気管ろう造設術を実施した。その後喘鳴は消失し自宅管理可能となった。

キーワード 喉頭麻痺 喘鳴 気管切開 tie-back術 Tチューブ

はじめに

喉頭麻痺は上気道性喘鳴を示す犬の代表的な呼吸器疾患である。大動脈、心臓、縦隔および頚部の疾患や術後に反回喉頭神経障害を随伴して生じることもあるが、多くは特発性である。特発性喉頭麻痺は、ラブラドール・レトリーバーなどの大型種の主に9歳齢以上の高齢犬で好発する1,2。幼齢から若齢期にみられる先天性特発性喉頭麻痺はまれで、ブービエ・デ・フランダース1、シベリアン・ハスキー3)、ダルメシアン4、ロットワイラー5、ジャーマン・シェパード・ドッグ6、グレート・ピレニーズ7、イングリッシュ・セター1などの大型犬種にポリニューロパシーを伴ってみられ、予後不良とされる。今回、若齢のミニチュア・ダックスフンドにみられた特発性喉頭麻痺のまれな1例を経験したので報告する。

プロフィール

1歳4カ月齢 雄 ミニチュア・ダックスフンド。

主訴

興奮時喘鳴。まず近医受診し心不全と暫定診断されたが次第に症状悪化し、4週間後麻布大学を受診したがただちに循環器疾患は否定され、当院呼吸器科診療依頼となった。

ヒストリー

幼少時より運動不耐、数ヶ月前から嗄声、最近1週間ほぼ不眠。毎年混合ワクチン接種・フィラリア予防実施。生活環境:室内。同居動物にダックスフンド1頭あり。

身体検査所見

体重7.30(kg) 脈拍数138(/min) 呼吸数36(/min)。

喘鳴のため呼吸困難。喉頭にて高音調の喘鳴音。

臨床検査所見

○CBCおよび血液化学検査

PCV61.4%、その他特異所見なし。

○頚部-胸部X線写真

肺野には軽度のびまん性間質陰影あり。他異常所見なし。

○内分泌検査

T4 2.4 (μg/dl)

○血液ガス分析所見(room air)

 pHa 7.40, Paco2 50 mmHg, Pao2 58 mmHg, [HCO3-] 30.4 mmol/L, BE 5.0mmol/L, A-aDo2 34mmHg。低酸素血症を伴った代償された慢性呼吸性アシドーシス。慢性上気道閉塞による肺胞低換気と考えられた。

○ビデオ透視検査所見

吸気時、喉頭が尾側に大きく移動し、口咽頭にガスの異常貯留あり。

○頚部超音波検査所見

吸気時の両側ヒレツ軟骨外転不全あり。

○カプノグラム

閉塞性パターンがみられた。

○鼻腔鏡検査

鼻咽頭に閉塞病変なし。

○緊急処置

喉頭麻痺と暫定診断し気切チューブを設置。ただちに呼吸状態は安定化した。

臨床診断

第4病日、内視鏡にて両側性喉頭麻痺を確認し、特発性喉頭麻痺と診断した。

治療および経過

○Tチューブ設置(開放管理)

第4病日に実施した。外径10mmのTチューブを気切孔に設置した(図1)。換気維持のため栓を使用せず開放とした。チューブ内吸引を頻回行ったが、乾燥した粘液でチューブが閉塞し管理困難となった。

○左側Tie-back術+Tチューブ設置(閉鎖管理)

第19病日に実施した。ステロイド、抗生剤、エピネフリンを混じたネブライゼーションとチューブ内吸引にて管理した。定期的に覚醒下でTチューブ気切孔部を介し気管支鏡にて喉頭尾側面を観察した(図2)。術後1ヶ月間、声門浮腫と発赤がみられ、興奮時喘鳴が頻回生じTチューブの栓を一時的に抜く必要があったが(17回/31日間)、喉頭ブラシ検査に基づき抗生剤を変更すると声門浮腫は軽減し栓を抜く頻度は次第に減少した(1回/19日間)。第59病日気切チューブに入替え閉塞試験も確認し、第65病日にそのチューブを抜去してみた。ところが、6時間後に喘鳴による呼吸困難が再発し、緊急に気切チューブを再設置した。第66病日に再度Tチューブを設置したが、第67,69病日に重度のパンティングと高体温を伴った上気道閉塞による呼吸困難が再燃した。声門浮腫も再発していた。両日とも気管内挿管下呼吸管理を必要とした。離脱後、鎮静剤投与と外部冷却を行うも12日間で3回喘鳴あり管理困難となった。

○永久気管ろう造設術

 第80病日。気管外周の約1/3、長さ4リングを切除し、幅1.5cm×長さ3cmの気管ろうを造設した。術後経過良好であり、96病日にPaco2 36mmHg, Pao2 91mmHgと血液ガスは正常化し退院となった。自宅では、ネブライゼーション1日2回、ろう孔洗浄1日3-4回、室内湿度維持、乾燥冷気時外出および全身浴の禁止を指示し、現在、術後5ヶ月間経過良好である。

主治医の意見

今回、稀な若齢のミニチュア・ダックスフンドにみられた特発性喉頭麻痺の1例を経験し、治療管理に難渋した。Tチューブの開放管理はただちに分泌物で閉塞し安定した方法ではなかった。左側tie-back術とTチューブの閉鎖管理は、Tチューブを利用して覚醒下で喉頭尾側面を観察できたり、喉頭浮腫改善まで喘鳴症状時には栓を開放しただちに呼吸状態を安定化させたりすることが可能となるので、比較的容易に管理できた。しかし、Tチューブ抜去後上気道閉塞症状が再燃し、結局、永久気管ろう造設術を必要とした。両側tie-back術は誤嚥のリスクが高まる8ので実施しなかった。病態としては、発症時期を考慮すると先天性喉頭麻痺と言えるかもしれない。しかし、これまでの大型犬種の報告では四肢不全麻痺や巨大食道症を伴うlaryngeal paralysis-polyneuropathy complex (LP-PNC)として生じており1,3-7、本症例では喉頭麻痺に限局していた点が異なっていた。また、喉頭麻痺に対する片側tie-back術は、体重10kg以下の犬に実施した場合、10kg以上の犬に比べ、飼い主の十分な満足が得られなかったと報告されている2。小型犬ではこの術式の物理的制限を受けるのかもしれない。本症もヒレツ軟骨が非常に小さくその取扱いには細心の注意を要した。

参考文献

1)  Holt DE, Brockman D. Laryngeal Paralysis. In:  King LG, ed. Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats. St.Louis: SAUNDERS; 2004:319-328.

2)  Snelling SR, Edwards GA. A retrospective study of unilateral arytenoid lateralisation in the treatment of laryngeal paralysis in 100 dogs (1992-2000). Aust Vet J 2003;81:464-468.

3)  Polizopoulou ZS, Koutinas AF, Papadopoulos GC, et al. Juvenile laryngeal paralysis in three Siberian husky x Alaskan malamute puppies. Vet Rec 2003;153:624-627.

4)  Braund KG, Shores A, Cochrane S, et al. Laryngeal paralysis-polyneuropathy complex in young Dalmatians. Am J Vet Res 1994;55:534-542.

5)  Mahony OM, Knowles KE, Braund KG, et al. Laryngeal paralysis-polyneuropathy complex in young Rottweilers. J Vet Intern Med 1998;12:330-337.

6)  Ridyard AE, Corcoran BM, Tasker S, et al. Spontaneous laryngeal paralysis in four white-coated German shepherd dogs. J Small Anim Pract 2000;41:558-561.

7)  Gabriel A, Poncelet L, Van Ham L, et al. Laryngeal paralysis-polyneuropathy complex in young related Pyrenean mountain dogs. J Small Anim Pract 2006;47:144-149.

8)  MacPhail CM, Monnet E. Outcome of and postoperative complications in dogs undergoing surgical treatment of laryngeal paralysis: 140 cases (1985-1998). J Am Vet Med Assoc 2001;218:1949-1956.


相模が丘動物病院のホームページ|メール
Copyright(c) Sagamigaoka Animal Clinic. All rights reserved.