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症例検討

IPV療法によって救命し得た犬の急性非心原性肺水腫の1例

城下 幸仁1)、松田 岳人1)、佐藤 陽子1)、柳田 洋介1)

Yukihito SHIROSHITA, Taketo MATSUDA, Yoko SATO, Yosuke YANAGIDA

Acute non-cardiogenic pulmonary edema treated with IPV therapy in a dog

1)相模が丘動物病院:〒228-0001  神奈川県座間市相模が丘6-11-7

13歳、未去勢雄、雑種犬が突発した呼吸困難を主訴に夜間救急来院した。臨床症状、胸部X線、動脈血ガス分析所見より非心原性肺水腫と診断した。利尿剤およびステロイド療法に反応せず胸部X線のびまん性肺胞浸潤影は次第に悪化した。しかしその後のIPV療法が奏功し、3日目にはPao2が治療前の46から94mmHgと改善、肺胞浸潤影もほぼ消失した。
キーワード:Acute Lung Injury、IPV療法、動脈血ガス分析

はじめに

IPV(Intrapulmonary Percussive Ventilation, 肺内パーカッション換気)療法は、肺を昇圧せずに高頻度の陽圧換気により肺内を直接パーカッションし、排痰促進させる新しい呼吸理学療法である。通常の酸素マスクを介し実施可能である。毎分60~400サイクルの高速かつ高流量のジェット噴流と噴流毎の大気開放機構によって、末梢気道内分泌物に対するエアーハンマー効果による気道開通と気道内反転流による排痰効果が非常に迅速に発現する。さらに、手のひらほどの呼吸ヘッドと呼ばれる装置内にはネブライザーも組み込まれ、気道内乾燥防止と効果的なエアロゾール療法も同時に実施できる。ヒトでは、16年前から欧米を中心に慢性閉塞性肺疾患の在宅治療、気道熱傷、神経筋疾患、急性呼吸促迫症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome, ARDS)/急性肺傷害(Acute Lung Injury, ALI)、新生児ICUなどに呼吸療法として導入され、未熟児から成人・高齢者まで幅広く臨床実績をあげている。小児でも成人でも従来の人工呼吸療法より圧傷害(barotrauma)が少ないとも評価されている1,2)。しかし、獣医での臨床応用はまだ1報のみであり3)その適応や効果は十分評価されていない。今回、ヒトのALIに相当する難治性の急性非心原性肺水腫に対しIPV療法を実施し、救命し得た犬の1例を経験したので報告する。

症例

症例は、雑種犬、13歳、未去勢雄。室外飼育。混合ワクチン接種・フィラリア予防歴なし。既往症なし。3日間咳があり近医受診したが、同日夜呼吸困難悪化し当院夜間救急来院となった。

初診時一般身体検査所見:体重10.6 kg、体温38.2℃、呼吸促迫、チアノーゼ、肺音粗励。

血液検査所見:白血球数 40900/μl(Sta-N 818, Seg-N 35583, Eos 1023)と上昇。

胸部X線所見:びまん性肺胞浸潤影(図1)。心陰影に形状異常なし(VHS=10.8, CTR=0.48)

図1 初診時胸部X線DV像。びまん性肺胞浸潤影がみられた。このときPao2 44 mmHgと重度の低酸素血症を示した。

心エコー検査所見:左房拡張、MRなし

血液ガス分析所見:pHa 7.50, Paco2 23 mmHg, Pao2 44 mmHg, [HCO3-] 18 mmol/L, A-aDo2 78 mmHg, P/F=210で、重度な低酸素血症を伴った慢性呼吸性アルカローシス

臨床診断:非心原性肺水腫 (Acute Lung Injury)

治療および経過:酸素室管理とし、まずフロセミド2mg/kg IM q1hを2回、次にコハク酸メチルプレドニゾロン125mgIVを1回投与したが、ともに反応せずびまん性肺胞浸潤影は次第に悪化した。治療開始8時間を経過してもPao2 46 mmHgにて改善みられず、スパンカー?(パーカッションネア・ジャパン株式会社、東京)を用いたIPV療法を試みた。呼吸ヘッドに酸素マスクを取り付け、操作圧25psi、パーカッションレベルはHardに設定した。処置台上に犬座姿勢を保ち、飼い主を含めた2人に保定してもらった。治療者は呼吸ヘッドを右手で保持しマスクを口吻部に密着するように当てながら、肺内パーカッションを始めた(図2)。後肢の趾間にSpo2のプローブを設置し連続的に経皮的酸素飽和度を観察した。治療直前にはSpo2は69%を示したが、1〜2分で92%にまでただちに上昇した。一回に15〜60秒程度パーカッションを継続した。初日に30分間を7回、2日目に20分2回行った。2日目の朝にPao2 77 mmHg、3日目は IPV実施せずともPao2 94 mmHgと正常化し、びまん性肺胞浸潤影もほぼ消失し(図3)全身状態も改善し退院となった。3週間後、気管支鏡検査により好酸球性肺炎であることが判明した。

図2  IPV実施時の様子。呼吸ヘッドを右手で持ち口吻にマスクを当てて行った。

図3 治療開始3日目の胸部X線DV像。肺胞浸潤影はほぼ消失した。このときPao2 94 mmHgと正常化し全身状態も改善した。

考察

今回、難治性の急性非心原性肺水腫に対しIPV療法を実施し、救命し得た犬の1例について報告した。この犬の肺水腫の急性期治療にはIPV療法が非常に有効であった。

IPV療法の最大の長所は即効性である。ジェット噴流は音速に達する。さらに患者が呼吸を止めていても瞬時のジェット噴流毎に酸素化と換気が成立し、末梢までエアロゾールが到達するという確実性もある。動物はマスクを当てられている時には、多くの場合息を止めている。息止めとジェット噴流の違和感のため1回の連続処置時間は15秒程度しか当てられないことがある。しかし、その短時間の中でも15-100回のジェット噴流が作用するため、本症例のような重症例でも数分で十分な初期効果をあげられた。演者らは、この即効性と確実性は動物のマスク使用に対する非協力性の問題を優に凌駕するものと考えている。今後症例を重ねる必要はあるが、小動物臨床でもIPVによる呼吸療法は十分受け入れられるものと思われた。

参考文献

1.  Mlcak R, Cortiella J, Desai M, et al: Lung compliance, airway resistance, and work of breathing in children after inhalation injury, J Burn Care Rehabil, 18, 531-534 (1997)

2.  Cioffi WG, Graves TA, McManus WF, et al: High-frequency percussive ventilation in patients with inhalation injury, J Trauma, 29, 350-354 (1989)

3.  鶴野佳洋, 綾木花子, 鶴野整伝: パーカッションベンチレーターの肺水腫への適用、第25回動物臨床医学会プロシーディング No.2、132-133 (2004)


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