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気管分岐部を閉塞する中枢気道内腫瘍に対しinterventional bronchoscopyにて管理した猫の1例

城下 幸仁1)、松田 岳人1)、柳田 洋介1)、早川 修平1)
Yukihito SHIROSHITA, Taketo MATSUDA, Yosuke YANAGIDA, Syuhei HAYAKAWA

* Interventional bronchoscopy in a cat with a central airway tumor obstructing the carina


9歳5ヶ月齢、避妊済雌、雑種猫が著明な喘鳴を示し来院した。気管支鏡検査にて気管分岐部を閉塞する中枢気道内腫瘍と判明した。病理診断は腺癌であった。気道内腫瘍に対しまずスネア型異物鉗子にて可及的に部分切除し、のちに高周波スネア、アルゴンプラズマ凝固、ホットバイオプシー、エタノール注入療法などの様々なinterventional bronchoscopyを試み、7ヶ月間管理した。
キーワード:気管支鏡、気道内腫瘍、interventional bronchoscopy

はじめに

気管支鏡は、特殊な処置具を用い気道内で様々な診断や処置にも使用される。そのような様々な手技は総括してinterventional bronchoscopyと呼ばれ、ヒトでは主に気道内腫瘍切除を目的として行われている。針穿刺吸引細胞診、気管支エコー、気道異物除去、、気道ステント留置、気道狭窄治療、薬剤注入、自然気胸に対する気管支塞栓術等しかし、獣医臨床で適用された報告はない。今回、気管分岐部を閉塞する気道内腫瘍に対し様々なinterventional bronchoscopyを試み7ヶ月間管理した猫の1例を経験したので報告する。

症例

雑種猫、避妊済雌、9歳5カ月齢。室内飼育、混合ワクチン毎年接種。3ヶ月間の慢性発咳と喘鳴のため近医で治療していたが、呼吸困難が悪化し麻布大学を受診した。胸部X線写真にて左第7から13肋骨骨折および左肺硬化像が認められた。肋骨骨折は長期間の努力呼吸のため生じたと考えられた。喘鳴の原因を特定できなかったが緊急気管切開にて劇的に呼吸症状が改善した。その後永久気管ろうを造設し、一般状態および胸部異常影は改善し2週間後退院となった。しかしさらに3週間後、喘鳴が悪化し当院に来院した。

初診時一般身体検査所見:体重4.30 kg。呼吸数36/分。削痩。著明な喘鳴。横臥状態。Spo2 75%
CBCおよび血液生化学所見:特異所見なし
胸部X線写真所見:気管分岐部直前に気管を閉塞するmass陰影あり
暫定診断:気管内腫瘍または気道異物(
気管支鏡検査および緊急処置:左主気管支から気管分岐部にかけ増殖したポリープ状病変があり気道をほぼ閉塞していた(図1左)。可及的に気管支鏡下にスネア型異物鉗子を用い部分切除し、右主気管支への気道を開存させた(図1右)。


図1 初診時気管支鏡所見。左:左主気管支から気管分岐部にかけ増殖したポリープ状病変があり気道をほぼ閉塞していた。右:可及的に気管支鏡下にスネア型異物鉗子を用い部分切除し、右主気管支への気道を開存させた。

診断:気管および気管支内腫瘍(腺癌)
治療および経過:処置後ただちに喘鳴は著明に改善し翌日退院した。気管分岐部前方まで癌浸潤あり根治的な外科切除は適応外であり、有効な化学療法も見当たらず、随時気管支鏡下処置を続けることにした。自宅では、酸素室使用と気管ろう管理のため抗生剤を含むネブライザー1日2回を継続した。第34病日、再び喘鳴悪化し、無麻酔で気管ろうから気管支鏡を挿入し同様に可及的に処置した。第42病日、より大きく腫瘍切除を行うために、全身麻酔下経気管支鏡的に高周波スネア切除術、アルゴンプラズマ凝固、生検鉗子による切除を試行した(図2)。腫瘍は左主気管支内にまで減量された。第133および168病日、再び可及的処置を要した。この頃より胸部X線写真にて左肺に硬化像がみられ喀痰量が増加していた。第203病日、状態安定期に全身麻酔下経気管支鏡的にホットバイオプシー切除とエタノール注入療法を実施した。第208病日、喘鳴あり、浅麻酔下で硬性気管支鏡を用い腫瘍壊死部(長さ約8mm)を吸引し右主気管支入口部を開存させ呼吸症状を改善した。しかし第211病日自宅で死亡した。消耗していたが呼吸困難はなかった。


図2 第42病日の気道内アルゴンプラズマ凝固中の気管支鏡所見。左:凝固開始、右:処置終了時。焼灼と生検鉗子による除去を繰り返し腫瘍先端部を左主気管支内に後退させた。

剖検所見:左主気管支にて膜性壁と対側に基部をもつ長径30mmの結節状の腫瘍が気道を閉塞し、一部左前葉気管支に侵入していた(図3)。左肺後葉内は黄白色の粘稠分泌物で満たされ、暗赤色腫大硬結し、その肺胸膜面には小さな裂開部を多数伴った線維化性胸膜肥厚がみられた。粘稠分泌物は無菌で、変性した肺胞マクロファージを多く含んでいた。閉塞性肺炎の像を呈していた。肺門リンパ節は腫大していた。


図3 第211病日の剖検所見。左主気管支にて膜性壁と対側に基部をもつ長径30mmの結節状の腫瘍が気道を閉塞し、一部左前葉気管支に侵入していた。

考察

気管分岐部を閉塞する気道内腫瘍は呼吸困難を伴い、治療は困難である。獣医臨床では猫の中枢気道内腫瘍の治療に関する報告が極めて少なく、リンパ腫と診断された症例を除き安楽死を行うことが多い1。米ペンシルバニア大学動物病院では、1990−2000年の10年間で猫の気管腫瘍は6例あり、うち3例は未治療で安楽死、リンパ腫の1例は外科切除と化学療法を行い1年間生存中で、その他は経過不明であったという1。猫の喉頭や気管内マス病変を示した27例の研究では平均生存期間はわずか5日間にすぎなかったとの報告もある2。Interventional bronchoscopy単独で猫の中枢気道を閉塞する腺癌を7ヶ月間も管理できたことは意義深い。

引用文献 
1.  Clifford CA, Sorenmo KU: Tumors of the Larynx and Trachea, In: King LG, ed. Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats, 339-345, SAUNDERS, St.Louis(2004).
2.  Jakubiak MJ, Siedlecki CT, Zenger E, et al: Laryngeal, laryngotracheal, and tracheal masses in cats: 27 cases (1998-2003). J Am Anim Hosp Assoc, 41, 310-316(2005).


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