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ポスターセッション

犬猫における気管支鏡検査−気管支肺胞洗浄について

城下 幸仁1)、松田 岳人1)、柳田 洋介1)、早川 修平1)
Yukihito SHIROSHITA, Taketo MATSUDA, Yosuke YANAGIDA, Syuhei Hayakawa

Bronchoscopy in dogs and cats: bronchoalveolar lavage

1)相模が丘動物病院:〒228-0001  神奈川県座間市相模が丘6-11-7


犬猫における気管支鏡検査における気管支肺胞洗浄の手技と回収洗浄液の評価を概説した。
キーワード:気管支鏡検査、気管支肺胞洗浄

はじめに

犬猫の気管支鏡検査は呼吸器診療において非常に有用な診断ツールである。一方、呼吸器疾患を有する動物に全身麻酔下で行う侵襲的検査である。今回、演者らの基礎研究データと110症例ほどの犬猫の気管支鏡検査の実施経験から気管支肺胞洗浄(bronchoalveolar lavage, BAL)の手技と回収洗浄液の評価について述べる。

I. BALとは?

末梢気道および肺胞領域の評価法であり、気管支鏡検査の中で行われる1。画像上の肺疾患を炎症性/感染性/腫瘍性疾患への病態鑑別、ひいては確定診断に導くものである。特定の気管支にスコープを挿入しそこから滅菌生理食塩液を末梢実質組織に十分量注入し、ただちにそれを回収する(図1)。その回収液中の細胞成分および病原体を調べる。BALは肺生検より簡便・安全・経済的なので、獣医呼吸器診療では導入しやすい主要な診断手技のひとつとなっている1


図1 BAL。目的気管支に気管支鏡を挿入後、洗浄液を注入し回収する。

II. 診断意義、適応と禁忌、合併症

診断意義:肺胞出血、肺胞蛋白症、腫瘍、病原体検出、好酸球性肺疾患で確定診断を得る。しかし、多くの肺疾患では非特異的な炎症パターンの把握という補助診断に留まる。
適応:末梢気道・肺胞・間質性肺疾患の患者1、とくにびまん性肺疾患2がよい適応となる。
禁忌:重度の呼吸困難1、全身状態不良や心不全患者など全身麻酔リスクが高い患者
相対禁忌:誤嚥性肺炎、重症肺水腫、重度の下気道感染症
合併症:一過性低酸素血症1,2、肺拡張不全3、ごくまれに気管支痙攣縮、気胸、発熱2。患者選択を誤らず手技に習熟すれば合併症が起こることはない1。一般に検査後24時間まで肺音にクラックルが聴取されるが、48時間後にはX線所見も消失する1

III. 手技

洗浄液の採取:目的気管支にしっかりスコープを楔入後、滅菌生食水10ml×3回(外径4.0mm以下の気管支軟性スコープ使用時)または25ml×3回(外径4.8mm以上のスコープ使用時)を注入し回収する。びまん性肺疾患の場合、犬ではRB2、猫ではRB3に挿入することが多い。分注する洗浄液は3本あらかじめ用意しておく。著者はBAL用吸引キット(気管支肺胞洗浄用吸引キット、住友ベークライト)を用いている(図2)。術者は右手でスコープを目的気管支まで進め、軽く吸引しすぐに気管支が虚脱する部分で固定する。助手に洗浄液をチャネルから勢いよく注入してもらい、術者はモニタをみながら常に気管支の中央にスコープの先端があるように吸引ボタンを押し洗浄液を回収する。再び気管支の虚脱が確認できたら一度吸引を止め、再度吸引を行う。これを3回程度繰り返す。ボトルに洗浄液が戻らなくなったところで、次の注入を行う。回収率は40%以上を目標とする。25%以下では回収液の信頼度は低い2。挿入気管支、注入量、回収率を必ずデータに付記する。検査中は呼吸の様子、心電図、Spo2を観察する。気道過敏が疑われる場合、検査前に気管支拡張剤を投与しておく1
回収洗浄液の処理:回収液はプラスチック容器に集め1時間以内に解析を行う1
総細胞数算定:洗浄原液を使用し血球計算盤で算定する1,2。1ml当たりの細胞数で表現する。


図2 BAL用吸引キット。吸引ボタンを押すとボトルに回収液が貯まる仕組みになっている。

細胞標本作製:主に細胞遠心法と細胞沈降法2がある。著者は特別な装置を必要としない後者で行っている。スライドグラスに直径1cmの孔を開けたろ紙(東洋ろ紙2号)を、3mlのディスポシリンジの外筒先端側を上にして両面テープを介してはさみ、沈降用の器具をつくり、BAL原液0.5mlを15分静置後、Diff-Quickで染色する。余分な水分はろ紙に吸収される(図3)。あと2標本作製しGram染色と未染色標本とする。残った洗浄原液を細菌培養に供する。


図3 細胞沈降法。著者はディスポ3mlシリンジとろ紙を用いて細胞標本を作製している。

VI. 回収洗浄液の評価

性状:半透明で液面には泡の層がみられる。泡はサーファクタントのためである。
総細胞数と細胞診(
表1と表2):腫瘍細胞や病原体の観察とともに、細胞分画を観察する。肺胞マクロファージの活性化(巨大化、空包形成、貪食像、細胞質の好塩基性低下)の程度は気道の慢性刺激を反映する1
病原微生物検査:定量培養または細胞内細菌数によって有意な起炎菌かどうか判断する(
表3)。

表1 正常な犬猫のBAL解析。マクロファージが多数を占め、猫では好酸球の比率が高い。

 
文献no.
1
自験データ
1
自験データ**
総細胞数/μl
200±86
184±102
241±101
112±116
細胞分画l(%)
 
 
 マクロファージ
70±11
89±10
70.6±9.8
81±10
 好中球
5±5
5±8
6.7±4.0
4±3
 好酸球
6±5
0±1
16.1±6.8
12±9
 リンパ球
7±5
5±4
4.6±3.2
3±3
 好塩基球
1±1
0±0.2
NR
0
NR:not reported
* mean±SD n=5 計23回、平均回収率57.2±13.0 %;
** mean±SD n=7 計24回、平均回収率70.2±12.8 %

表2 細胞分画上昇の有意基準(10%未満)。これらの値を示したときに細胞増加と判断する。犬の好酸球について文献データと自験データで異なっていた。

 
文献no.
1
自験データ
自験データ**
 好中球
≧12%
≧11%
≧8%
 好酸球
≧14%
≧2%
≧27%
 リンパ球
≧16%
≧13%
≧7%
* n=5 計23回、平均回収率57.2±13.0 %のデータによる。
** n=7 計24回、平均回収率70.2±12.8%のデータによる。

表3 BAL検体を用いた細菌性肺炎の起炎菌の評価基準1

扁平上皮 全細胞数の1%以下
細菌
定量培養 1.7×103CFU/ml以上
グラム染色 50視野(X1000)中1視野でも、2個以上の細胞内細菌がみられる。
BAL検体の定量細菌培養およびグラム染色標本によって以上条件を満たす細菌があれば,細菌性下気道感染症と診断してよい。またその細菌を起炎菌とみなしてよい。この診断基準は感度87%、特異度97%である1

V. 問題点と展望

BALの解析は、同一個体でも採取時期により大きく値が変動する1。さらに、採取方法や処理方法は検査者により多少異なり、検体の希釈率に対する個々データの差の問題は常に存在する。しかし、質的データは正確に提供するし、分画表現は希釈の影響を受けない。その簡便性と安全性は呼吸器疾患診断には大きな魅力となっており、BAL解析の研究は今後も発展していくと思われる。

参考文献

1.  Hawkins EC. Bronchoalveolar Lavage. In: King LG, ed. Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats, 118-128, SAUNDERS, St.Louis(2004).
2.  田村昌士. 気管支肺胞洗浄[BAL]法の臨床ガイドライン, 克誠堂, 東京(1999).
3.  城下幸仁. 呼吸困難をともなった猫の下気道感染症の2例, 第5回日本臨床獣医学フォーラム年次大会2003, Vol.5-1, 5-72~73, 東京(2003).


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