犬の気道異物2

プロフィールと来院経緯:アメリカンコッカー、メス、7歳7ヵ月齢。体重5.72kg。「1.5カ月前に突然強い咳症状が始まり、右中肺野に限局性胸部異常陰影あり。抗生剤、去痰剤等の投与、ネブライゼーションを続けるも異常影消失しない」とのことで精査加療のため、赤塚犬猫病院(横浜市)より呼吸器科紹介受診。

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写真1 初診時胸部X線所見。
右中肺野に厚い隔壁を有するのう胞状陰影あり。
写真2 初診時気管支鏡所見。
処置前。右肺中葉気管支(RB2)と右肺後葉気管支(RB4)に黄色の柔軟な異物が充満していた。
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写真3 同、処置中。表面の異物を吸引をすると、異物はRBRB2内とRB4V1内に充填していることが分った。 写真4 気管支鏡下処置中に咳で異物の大部分が喀出されたので、ラリンゲルマスクを一度抜去した。
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写真5 異物除去後の気管支鏡所見。RB4V1は拡張していた。 写真6 RB4V1内部所見。憩室状に内部が拡張していた。粘膜は暗赤色調で凹凸不整を呈していた。 写真7 写真6で観察中の胸部X線所見。RB4V1内の憩室は初診時に認められた空洞性病変部位に一致した。 写真8 異物除去後にRB2で実施したBAL細胞診所見。細胞のほとんどは変性好中球であった。
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写真9 気道異物除去後1ヵ月経過した時点での胸部X線所見。周囲の厚い隔壁の陰影が消失した。のう胞状陰影の位置と大きさは不変であった。厚い隔壁部分は異物刺激による炎症であったと考えられた。
診察、検査、治療および経過
問診:2011.12.15 赤塚犬猫病院初診。大量の痰を喀出、体を動かすたびに咳をしていた。咳は痰産生性、terminal retchあり。発症初期には境界不明瞭な限局性間質陰影が右中肺野にみられた。ネブライゼーションを1日おきに実施し、次第に咳症状が緩和されていった。元気消失や発熱は一度も起こしていない。2012.1.24精査時に腐敗臭を伴った塊状物を喀出。血混なし。食道造影にて造影剤が食道後部に滞留していた。テーブルフィーディングを指示された。それ以降、ほとんど咳はなくなってきた。鼻汁、くしゃみなし。拾い食い癖あり。今回の治療中に、一度だけ食後2時間位でチューブ状の未消化物が吐出された。室内飼育、定期的に混合ワクチンは接種しているが、フィラリア予防は実施せず。1-2歳齢時に避妊手術済み。
身体検査所見:体重5.72kg、体温38.7℃、心拍数96/分、呼吸数 16/分。聴診にて呼吸音正常、副雑音なし、咽喉頭でも喘鳴音なし。カフテスト陰性。胸部タッピングでも咳誘発されず。打診にて右胸壁側で左にくらべやや鈍い清音を感じた。努力呼吸なし。診察室で咳はみられなかった。
CBCおよび血液生化学検査、CRP測定:低アルブミン血症(2.1g/dl)。末梢血好酸球数増加(2567/mm3)、CRP0.45mg/dlと正常。
動脈血ガス分析:AaDo2軽度開大。その他正常。
ビデオ透視検査および頭部・胸部X線検査:咽頭気道開存し異常なし。右中肺野の厚い隔壁を有する空洞性病変あり。空洞内部約半分に不鮮鋭な浸潤陰影あり。他肺野は透過性正常。ビデオ透視では、咽頭気道常に開存、気管虚脱、気管支虚脱みられず。
評価:急性経過の強い発咳を示し、全身状態は比較的保たれていることから気道異物がもっとも疑われた。胸部異常影は、発症当初は境界不明瞭な限局性間質陰影であったが、呼吸器科受診時にはその部分に空洞性病変を形成されていた。経過が長引いた、気道異物の可能性が高いと考えられた。鑑別疾患には、肺腫瘍、肺真菌症、細菌性気管支肺炎がある。肺機能は十分保たれ、腫瘍などとの鑑別の必要があるので、同日気管支鏡検査を行った。
気管支鏡検査および気管支鏡下処置[動画はこちら]:右肺中葉気管支(RB2),右肺後葉腹側区域気管支(RB4V1)に黄色の柔軟な異物が充満していた。後者は憩室を形成していた。異物の長期滞留部位と思われる。種々の処置具を用いて回収を行ったが、最終的にはブラシでできるだけ粉砕し、咳を誘発させて喀出させた。RB2内の異物は主にチューブから吸引して回収した。最終的に気管支内に貯留していた異物のほとんどを回収することができた。異物は缶フードの塊と思われた。異物回収後RB2にてBALを実施した。回収率25.3%。総細胞数が増加(1150/μ1)、細胞のほとんどは変性好中球であったので、細胞診では好中球90.0%、好酸球9%、マクロファージ1%であり、微生物検査にて細菌は検出されなかった。翌日、一般状態良好のため退院となった。その後、かかりつけ医にてネブライゼーション(生理食塩液20ml+GM0.5ml+ビソルボン0.5ml)を1-3日に1回の頻度で続けた。気管支の拡張部位は粘膜障害が著しく、変色やおそらく肥厚して重層扁平上皮化している可能性あり、粘液線毛系の機能が低下し、痰が蓄積し、慢性気管支炎や気管支拡張症に進展するかもしれないので慎重に経過観察することになった。
1カ月後、かかりつけの赤塚犬猫病院にて術後1ヵ月後検診を行った。咳は完全に消失していた。胸部X線検査では、初診時確認された右中肺野の嚢胞状陰影の周囲の厚い隔壁の陰影が消失した。厚い周囲隔壁は、異物に対する慢性炎症と考えられた。嚢胞の大きさは異物除去直後に比べ縮小していなかった。現在も経過follow中。
コメント:犬の気道異物の2例目でしたが、この例も食片が気管支内部に滞留しておりました。この例では、憩室を形成しこの部分の気管支の線毛輸送系の障害が危惧されます。今後も、慢性気管支炎症状に起こるか慎重に経過観察が必要と思われます。その予防としては、ネブライゼーションを継続することが重要と考えられます。

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