気管支鏡検査一覧

症例547

ヤマモトクルミ160605-PO1d-CXR-lateral-吸気【症例547動画】 クルミちゃん。ヨークシャーテリア メス 9歳、体重1.90kg。ぬのかわ犬猫病院(横浜市)より診療依頼を受けました。2-3年前より興奮時や暑熱環境で喘鳴が目立つようになり、2016年4月に興奮後ストライダー(ガーガーいって呼吸困難となる)とチアノーゼを発症し気管虚脱の疑いがあるとのことでした。 最終診断は、原発性気管虚脱グレード4。

 

 

経過詳細

患者名:クルミ

プロフィール:ヨークシャーテリア、9歳、メス

主訴:興奮時喘鳴、チアノーゼ歴あり

 

初診日:2016年5月19日

気管支鏡検査日:2016年6月4日

退院日:2016年6月7日

最終診断:原発性気管虚脱グレード4

鑑別疾患:喉頭虚脱

 

既往歴:特発性血小板減少症(2014.10- 寛解し現在治療不要)、軟口蓋切除術(2014.12)

来院経緯:2-3年前より興奮時や暑熱環境で喘鳴が目立つようになり、2016年4月に興奮後ストライダー(ガーガーいって呼吸困難となる)とチアノーゼ発症した。精査希望のため呼吸器科受診。

問診:幼少時より下顎が小さく常に口腔外に舌突出。ここ数年、喘鳴が次第に多くなり、一度始まるとなかなか止まらなくなってきた。また、睡眠可だが低気圧時に断眠多くなってきたように思う。最近数年間は常に冷房環境で過ごしている。いびきは軽度(グレード**2/5)。安静時に咳なし。興奮時に短い強い咳あり。飲水時ムセあり。4月にチアノーゼ発症以来、黒色軟便が続く。同居犬あり、完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅡ。

身体検査:体重1.90kg(BCS3/5)、T:37.9℃、P:88/分、R:36/分。努力呼吸あり。舌突出、小下顎症、猪首、低調スターター(ズッという)あり。カフテスト陰性。聴診にて、頸部気管部にて最大の両相性高調連続音あり。咽喉頭では両相性高調連続音あるが頸部気管にくらべ微弱

CBCおよび血液化学検査:異常なし、CRP増加(7.0mg/dl)

動脈血ガス分析:pH7.40、Pco2 38mmHg, Po2 86mmHg, [HCO3-] 23.1mmol/L, Base Excess -0.9mmol/L, AaDo2 21 mmHg。問題なし

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて咽頭開存し動的変化なし。胸部にて肺野にスリガラス様陰影あり。頸部から胸郭前口部の気管は呼吸相に関わらず扁平化、胸腔内気道に虚脱なし。

評価および予後について飼い主へのインフォーメーション:原発性気管虚脱と考えられます。咽頭には構造的および動的問題なく、喉頭に狭窄音は聴取されず、肺機能には問題ありません。ヨークシャーテリアは気管虚脱の好発犬種であり、7-8歳が好発診断年齢です。小下顎症は咽頭気道を狭める原因ですが、舌突出にて代償し結果として咽頭閉塞が生じておりません。ストライダーやチアノーゼ発症歴のある原発性気管虚脱は、積極治療の対象となります。当院呼吸器科では侵襲性の低い気管内ステント留置を実施しております。術後3日程度で退院可能です。良好な状態を維持するため留置後にはネブライザー療法を行っていただきますが、そうすればステントの合併症は減少します。咳なしおよび肺機能維持は、予後良好のファクターです。気管内ステント留置を推奨し、予後良好と思われます。ステント自体は、1カ月ほどで上皮化され一体化し、喀痰の動きもより滑らかになってきます。経過観察は、3カ月後、6カ月後、1年後、そして毎年1回を目安に気管支鏡検査にて、ステント内の細菌感染や肉芽形成などの問題が生じていないか確認させていただくことになっております。注意事項は、今後盲目的に気管内チューブを挿管できなくなります。気管ステントに引っかかり気管裂傷から急性気胸や気道内出血して致命的な状況になりえます。全身麻酔は、咽頭閉塞もあるため不用意に行うことは避けた方がよいと思います。当院での気管支鏡検査ではラリンゲルマスクでの気道確保を行っております。もし、気管内チューブ設置するような状況になった場合は、お手数ですが速やかに当院までご連絡いただけるようお願いします。

外科療法は、気管剥離によって術後3日以内の死亡率が20%であったとの報告もあり侵襲性に問題があります。また、気管外表面を走行する神経を損傷して喉頭麻痺を起こす可能性も指摘されています。

 

飼い主の選択

病状は理解した。気管内ステント留置を受けたいと思う。

 

予後

当院呼吸器科では重度の原発性気管虚脱に対し気管内ステント留置を行っておりますが、予後が確立されていないので厳正に適応症例を選択しております。これまでの成績では、2003-2015年で診断した気管虚脱188例のうち、気管内ステント留置適応と判断した症例はわずか15例です。その中の解析にて、1)臨床徴候は咳ではなく両相性ストライダーであること、2)気管虚脱のタイプは原発性気管虚脱であり気管気管支軟化症(胸部気管虚脱と気管支軟化症が同時発症している状態)を伴わない、という条件を満たした10例についていえば、初期症状改善率100%、60日間生存率100%、平均生存期間46カ月間(3-82カ月間)、観察中の全経過でのQOL評価では90%が良好または極めて良好となっております。本症例は、この2つの条件を満たすので、予後良好と考えられます。

 

推奨される治療法

1) 気管内ステント留置

 

二次検査(6月4日)

検査前にCRP0.0を確認しました。来院時より喘鳴が続き、ICU管理しましたが30分間でもおさまりませんでした。気管内挿管時喉頭所見にて披裂軟骨外転運動良好で虚脱はみとめられませんでした。

Ⅰ 気管支鏡検査

1)        肉眼所見:喉頭虚脱、喉頭麻痺ともに認められませんでした。声門下腔直下から気管は虚脱し、胸郭前口部で完全に虚脱し、スコープを通さないと呼吸ができない状況でした。気管分岐部前からは気管は呼吸相を通じて開存し、動的な気管支虚脱(気管支軟化症)は認められませんでした。

2)       気管支ブラッシング:完全気管虚脱部に粘液過多が認められましたのでその部分にて実施しました。微生物検査にて有意な起炎菌は分離されなかった。

二次検査評価:上気道閉塞も関与した原発性気管虚脱グレード4です。上気道閉塞は小下顎症など構造的な問題が考えられます。胸郭前口部をしっかり安定化させる気管内ステント留置が必要であり、動的な気管支虚脱が認められなかったので、気管内ステント留置は適応です。

 

Ⅱ 気管内ステント留置

気管サイジングにて評価後、VetStent-Trachea Ф10mmX52mmのサイズが適切と判断し、そのステントを用い気管内ステント留置を行いました。ステントの気管内展開時間は約6分間でした。

 

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min

気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.0にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID3.5mm使用。

気管サイジング:14:58−16:15、気管支鏡検査16:28−16:35、気管内ステント留置16:48−16:54、抜管(ラリンゲルマスク)18:50

経過

留置直後より喘鳴は劇的に改善しました。術後入院管理としましたが、翌日より一般状態良好で喘鳴なく、咳もありませんでした。鎮咳剤やステロイドは一切使用しておりません。ただ、術翌日の胸部X線検査にてステント前方から喉頭後縁の約1.7cmの長さにショートニング効果による虚脱が生じていました。透視にて呼吸相を通じて常に2mmの気道が確保されていたので通常呼吸では問題ないと思います。しかし、激しい興奮時には軽いレッチングが生じるかもしれません。もし、この症状が気になる程度であれば、この領域にステントを追加留置して完全に気管を安定化することも可能です。3日間の入院管理にて、ICUとネブライザー療法のみ行いましたが、ほとんど咳はなく、とても元気でした。激しく興奮時にレッチングが少し生じました。咳はステント内に喀痰が引っかかったときに生じました。そのときに喀痰を柔軟にすれば、数回の軽い咳で喀痰がステント外に出るので咳はすぐに終わりました。在宅にてネブライザー療法を終生行っていただきます。

6月7日、元気に退院。