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気管気管支軟化症を示す犬の胸部気管に自己拡張型金属ステントUltraflexTM Diamondの留置を試みた1例

城下 幸仁1)、松田 岳人1)、佐藤 陽子1)、柳田 洋介1)

Yukihito SHIROSHITA, Taketo MATSUDA, Yoko SATO, Yosuke YANAGIDA

* Implantation of self-expandible metallic stent into the intrathoracic trachea in a dog with tracheobronchomalacia

1) 相模が丘動物病院:〒228-0001  神奈川県座間市相模が丘6-11-7

12歳5ヶ月、雄、ヨークシャーテリアが喘鳴を示し、気管気管支軟化症と診断された。呼気時に胸部気管から左右主気管支まで虚脱していた。自己拡張型金属ステントUltraflexTM Diamondを胸部気管に留置し呼吸症状は改善した。留置後7日目まで気道開存良好であったが、留置後18日目にステント中央部が破損し気管虚脱が再発した。その後、気管支拡張剤の吸入で虚脱部は開存してきた。
キーワード:気管虚脱、気道ステント、吸入療法

はじめに

獣医呼吸器診療では、左房拡大や肺門リンパ節腫大などの管外性圧迫を受けずに、呼気時の虚脱が胸部気管から気管分岐部周辺、さらには左右主気管支にまで及ぶ病態によく遭遇する。ヒトではこのような状態のことを気管気管支軟化症と総称している。先天性もしくは後天性原因があり、それに応じた治療がなされる。治療に反応しない場合、気道ステントが留置されることがある。今回、気管気管支軟化症を示す犬の胸部気管に自己拡張型金属ステントUltraflexTM Diamondの留置を試みた1例について報告する。

症例

症例は、ヨークシャーテリア、雄、12歳5カ月齢。室内飼育、混合ワクチン毎年接種。6ヶ月前より気管虚脱および慢性心不全で加療中。前日からの持続性喘鳴を主訴に来院。
初診時一般身体検査所見:体重4.02 kg。体温38.3℃、心拍数96/分、呼吸数16/分。努力呼吸。胸郭前口部気管にて強い喘鳴音と吸気時に左右中後肺野にてfine crackleを聴取。
血液検査所見:TP 8.4 g/dl, BUN 41.8 mg/dlと軽度高値, LDH 718 U/lと著明な上昇。
胸部X線検査所見:胸郭前口部気管の扁平化、気管挙上、心陰影不鮮鋭(図1)。
透視所見:呼気時に胸部気管から左右主気管支まで虚脱
血液ガス分析所見:pHa 7.38, Paco2 43.0 mm Hg, Pao2 59 mm Hg, A-aDo2 41 mmHgと高炭酸ガス血症および換気血流比不均等による低酸素血症
臨床診断:気管気管支軟化症、胸郭前口部の気管虚脱
治療および経過:酸素室管理とし、ステロイドと抗生剤の吸入およびβ2刺激剤(硫酸テルブタリン 0.01mg/kg SC q8h)を10日間投与し初期症状を安定化させた。
気道ステント留置:第10病日に行った。アトロピン0.05mg/kg IM、ミダゾラム 0.2mg/kg IM、ブトルファノール0.2 mg/kg IMにて前処置後、プロポフォール5mg/kg IVにて導入、ID4.5mmの気管内チューブを挿管し、プロポフォール静脈内持続投与(0.1-0.4mg/kg/min)にて麻酔維持した。挿管後ただちに、胸腔内気道の虚脱による著しい呼気努力が現れたが、透視下に気管チューブ先端を第5肋骨まで進めカフを膨らますと気道は開存した。挿管確保下に気道ステント留置を行った。外径10mm×ステント長8cmのUltraflexTM Diamond(Boston Scientific)のデリバリーシステム(外径3.1mm、有効長62cm)を気管チューブ内に挿入し、ステントのdistalマーカーを第5肋骨に合わせ、透視下にて気管チューブを助手に少しずつ引いてもらいながらステントを展開した。ループ構造側のステント端を気管分岐部に当てた。留置時間は約5分だった。留置後、透視下で気道開存を確認した。
留置後経過:翌日より食欲あり、4日後には軽度の乾性発咳があるのみで元気に走った。第15病日、X線検査にて気道開存良好であったが(図2)、血液ガス分析でPaco2 40 mmHg, Pao2 52 mmHgと依然として低酸素血症を示したが換気は改善傾向であった。第17病日に退院し、在宅にて酸素療法とネブライゼーション(生食3 ml、ゲンタマイシン 0.1 ml、およびデキサメタゾン0.1 ml、1日2回)を開始した。第28病日に活動性が落ち努力呼吸が再開した。ステント中央部が破損し、胸郭前口部の気管虚脱が再発していた(図3)。自宅で吸入による気管支拡張剤投与(プロカテロール0.3ml/回)を開始した。第45病日には咳はほぼ消失し、虚脱気管部は比較的開存していた(図4)。血液ガス分析にてPaco2 37 mmHg, Pao2 54 mmHgと低酸素血症だが換気状態は改善していた。
内科管理:内服薬;慢性心不全治療薬(ジギタリス、フロセミド、スピロノラクトン、塩酸ベナゼプリル、硝酸イソソルビド)およびβ2刺激薬(塩酸ツロブテロール)を継続投与した。第28病日より発咳予防ためブトルファノール0.05mg/kg q12h POを始めた。
現在第122病日が経過し、在宅療法にて喘鳴なく一般状態良好に推移している。


図1 初診時呼気時胸部X線lateral像。胸郭前口部気管の扁平化、気管挙上、心陰影不鮮鋭がみられた。


図2 ステント留置後5日目。気道開存良好であった。


図3 同留置後18日目。ステント中央部が破損し、胸郭前口部の気管虚脱が再発していた。 


図4 同留置後35日目。気管支拡張療剤の吸入で虚脱部は開存してきた。

考察

UltraflexTM Diamondはヒトの胆管拡張用ステントである。一端がループ構造となり気管分岐部粘膜への刺激が少なく、また荒い網目構造は粘液線毛系への影響が少ないと考えた。留置後7日目まで気道開存良好であったが、留置後18日目にステント中央部が破損し気管虚脱が再発した。留置後8日目より気管支拡張剤(硫酸テルブタリン)投与を中止していた。ステント破損後、気管支拡張剤の吸入で虚脱部は開存してきた。

今回、ステント破損があまりにも早く生じた。最も早く金属ステント破損が生じたヒトの報告でも留置後7ヶ月である1。ステント破損は、呼気努力で生じる大きな胸膜内圧に耐えられず生じたと考えられた。呼気努力は末梢気道閉塞で生じる。一方で呼気時に肺気流量減少するため気道内圧は減少し、胸腔内気道は虚脱する。麻酔時にはFRC減少のため呼気努力が悪化する。

気管気管支軟化症がみられた場合、まず末梢気道閉塞の潜在を考慮し十分な気管支拡張療法を施し、必要に応じ胸部気管にステント留置を追加するのがよいと考えられた。

参考文献

1.  田崎厳, 近藤哲理, 神尾和孝他:気管および主気管支へのステントにより改善した三日月型気管・気管支軟化症の1例、 日本呼吸器学会雑誌、38 476-479 (2000).


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