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分科会セミナー6(呼吸器系) 乳び胸の診断と治療について

特発性乳び胸治療中に突然気胸を生じ、タルクを用いた胸膜癒着術にて呼吸の安定化が図れた猫の1例

城下 幸仁1)
Yukihito SHIROSHITA

1) 相模が丘動物病院:〒228-0001  神奈川県座間市相模が丘6-11-7

特発性乳び胸の雑種猫が、胸腔チューブより胸水抜去中に突然気胸を生じ虚脱した。緊急にテトラサイクリンおよびタルク懸濁液を胸腔チューブから注入し胸膜癒着術を実施した。3日後に抜気量は著しく減少し5日後には気胸は消失した。治療開始14日目に胸腔チューブを再設置し胸水抜去を在宅で始めた。胸水抜去量は次第に減少し治療開始56日目には抜去不能となりチューブを除去した。その後全身状態の改善とともに体重増加した。治療開始211日目には一般状態良好、胸部X線および透視下にて肺拡張不全を認めたが胸水再貯留を認めず、血液ガス分析にてpHa 7.38, Pco2 28.0 mmHg, Po2 86 mmHg, A-aDo2 30mmHgと許容できるわずかな低酸素血症で安定し換気状態は良好であった。さらに治療開始581日目までfollow-upを行ったがやはり全身状態良好に維持され、肺拡張不全の進行も胸水の再貯留もなく、呼吸状態は安定化した。

はじめに

特発性乳び胸の胸水管理中に気胸が生じることがある。原因は完全に説明されていない。乳び胸水の慢性刺激による線維化性胸膜炎で臓側胸膜が硬化し肺コンプライアンスが低下するため、胸腔穿刺やチューブからの陰圧刺激や肺の急激な再膨張によって胸膜が破裂するのかもしれない。今回、その救急療法としてタルクを用いた胸膜癒着術を実施し、気胸並びに乳び胸を良好にコントロールできた猫の1例を経験したので報告する。また、タルクを用いた胸膜癒着術について文献的考察を行った。

症例

雑種猫、雌、5歳3カ月齢。室内飼育、混合ワクチン毎年接種。前医より特発性乳び胸と診断され、当院紹介診療となった。3ヶ月前より発咳があった。

初診時一般身体検査所見:体重3.30 kg。体温38.7℃、心拍数224/分、呼吸数48/分。努力呼吸。心音不明瞭。

胸部X線写真所見:胸水貯留により左右とも肺が圧迫され鈍縁化し、胸郭後部にわずかに含気肺がみられるのみ(図1)。


図1 初診時胸部X線所見。胸水貯留に
より左右とも肺が圧迫され鈍縁化し、胸郭
後部にわずかに含気肺がみられるのみであった。

透視所見:大量胸水により重度の肺拡張不全

臨床診断:特発性乳び胸

治療および経過:

胸腔チューブ設置:酸素室(1L/min)にて3時間管理後、全身麻酔下に気管内挿管し、まず透視下で19G翼状針を用いてできるだけ胸水を抜去した。その後左右に胸腔チューブを設置した。チューブには8Frカテーテル(フィーディングチューブ、テルモ)を用いた。左から合計150ml,右から10mlのわずかにピンク色の白濁液の乳び液を抜去した。

胸水解析:比重1.027, TP 4.0 g/dl。総細胞数1353/μl。分画 Band-N 0% Seg-N 41.5% Lym 40.75%  Mon 17% Eos 0.5% Bas 0.25%。リンパ球に異型性なし。TG>500mg/dl, TCho 87mg/dl。細菌培養(−) 

胸水管理および気胸発症:酸素投与下入院治療とした。努力呼吸(60/分)は継続してみられた。治療開始後2日目にチューブより胸水を抜去後、気胸発症し苦悶症状後虚脱した。空気は左チューブのみから抜けた。50mlシリンジを用い1時間程度吸引を続けたのち、横臥のままだが呼吸は安静化した。その直後テトラサイクリン3ml(45mg/kg)+生食10mlを左胸腔に注入し胸膜癒着術を行った。2時間後左胸腔よりさらに300ml抜気されたので、さらにタルク1g/h(300mg/kg)を生食5mlに混じたタルク懸濁液(talc slurry)を左チューブから注入した。胸腔内に懸濁液を広く浸透させるために注入後できるだけ体位を変えたが、患者は非協力的でありかえって気胸を悪化させることが危惧され数分程度しか行えなかった。2時間後抜気量は70mlと減少し、その後2時間ごとに20-110ml抜気した(図2)。9回目の抜気時には呼吸状態は安定し横臥から伏臥姿勢をとれるようになった。このとき、左胸腔にタルク1g/h(300mg/kg)を生食5mlのタルク懸濁液を追加注入し、さらに右チューブにもテトラサイクリン3ml(45mg/kg)+生食10mlとタルク1g/h(300mg/kg)+生食5mlの懸濁液を注入した。さらに2-4時間ごとに左チューブより抜気を続けた。3日目、抜気量は一回50-110ml(図2)ほどであったが、体温39.3℃の発熱あり元気消失した。胸痛のためか移動ごとに呼吸速拍を示したり、抜気時には悪心や流涎がみられたりした。抗生剤(アンピシリン20mg/kg IV)と解熱鎮痛剤(ケトプロフェン2mg/kg SC)を1回投与し、保冷剤を用い外部冷却に努めた。4日目には一般状態は改善した。全身の熱感は消失し食事をよく食べるようになった。6時間毎の抜気で一回7-25mlに減少してきた。赤白濁した胸水も一日で27ml採取された。以降、胸水は一日10-25ml程度採取されたが、空気は10日目に抜けなくなり、退院とした。


図2 気胸発症後の経過。テトラサイクリン(TC)注入後も大量の空気が抜けたが、タル
ク(Talc)注入後に抜気量は次第に減少し、3日間で著しく減少、5日間で消失した。

在宅管理:14日目、チューブ管理不適宜のため左右とも抜けたので左右に胸腔チューブを再設置した。以降、胸水のみが抜去された。胸水抜去は在宅で行い1週間ごとに再診とした。感染防止のため抗生剤シロップ(クロラムフェニコール 20mg/kg PO q12h)を処方したが自宅では内服困難ということであった。低脂肪食を与えるよう指示し、飼い主自ら猫が好む食事を探し与えてもらった。胸水量は日ごとに減少していった(図3)。抜去される胸水はピンク色から次第に黄白色に変わり、49日目の細胞診にて細胞内細菌を大量に含む好中球が大量にみられた。発熱なく全身状態良好のためチューブ先端付近の限局的な汚染に対する反応が示唆された。内服不能なので、毎日胸水抜去後にチューブ内に抗生剤(アンピシリン1ml)注入した。56日目、胸水抜去できなくなった。胸部X線および透視にて最大吸気時にも肺は鈍縁を呈し、線維化性胸膜炎もしくは胸膜癒着によるものと考えられた。ほぼ通常生活が可能となっているとのことから、チューブを抜去した。

図3 在宅での胸水管理の経過。主に左より胸水が抜去された。治療開始38日目
より胸水は著しく減少し、56日目に消失した。

チューブ抜去後:その後さらに全身状態が改善、体重は増加していった。治療開始211日後の再診時には一般状態良好、胸部X線および透視下にて肺拡張不全を認めたが胸水再貯留を認めず、血液ガス分析にてpHa 7.38, Pco2 28.0 mmHg, Po2 86 mmHg, A-aDo2 30mmHgと許容範囲のわずかな低酸素血症で安定し換気状態は良好であった。さらに治療開始581日目までfollow-upを行い全身状態良好にて肺拡張不全の進行や胸水再貯留もなく、呼吸は安定化した(図4)。高いところにも飛び乗ることができるようになったという。


図4 治療開始581日目胸部X線所見。
チューブ抜去時(56日目)に比べ肺拡張
不全の進行や胸水再貯留もなく、呼吸
状態は安定した。

考察

猫の乳び胸治療中に偶発した気胸に対し、胸膜癒着術を緊急実施し気胸は治癒した。さらに治療開始約2ヶ月後に乳び胸水の再貯留もなくなった。乳び胸治療に関するひとつの治療経験として提示した。本データのみで胸膜癒着術の気胸や乳び胸治療への有用性を示すことはできない。しかしこのような気胸に対し何らかの緊急処置を要求され、迅速かつ人手を要さず実施可能かつ効果の見込める救急療法のひとつとして胸膜癒着術があるとは言える。胸膜癒着術を先行させると、胸管結紮や心嚢切除などの乳び胸に対する根治的外科療法の実施が困難となってしまう大きな欠点がある。少なくとも今回のような緊急事態が生じない限り、安易に外科療法に先行させるべきではない。

ヒトでは、胸膜癒着術は再発性自然気胸、乳び胸および悪性胸水の治療で行われている。小動物臨床ではテトラサイクリンがその硬化剤として従来より用いられているが、成功率は50%ほどで治療法としてあまり期待されていない。医学では国内でOK-432を用いた胸膜癒着術での成功例が散見され、犬の乳び胸治療でも有用であったとする報告1もみられる。しかし、国内外を通じヒトではタルクがもっとも効果的であると認識されており、動物実験を含め文献も非常に多く、機序、臨床実績、合併症などのエビデンスが豊富である。経済性にも優れている。そこで今回、胸膜癒着術にタルクを用いた。

タルクを用いた胸膜癒着術について

方法

全身麻酔胸腔鏡下にタルク散剤を直接噴霧する方法(talc poudrage)と胸腔チューブから盲目的に生理食塩水に混ぜて作る懸濁液を注入する方法(talc slurry)が行われている。

投与量と効果

実験的に低用量(50-70mg/kg)では組織学的な癒着は少ないが2-4、高用量(200-400mg/kg)では1〜4週間で十分な癒着がみられた4,5。しかし、低用量投与でも実際には臨床効果は認識されており、これはタルクの長期的な慢性炎症効果であろうと説明されている3。タルク注入前に1回ステロイド全身投与しておくと癒着効果が減少するという実験データがある6ので注意が必要である。

副作用

一般的な合併症には投与後1-2日間の発熱と胸痛があるが、これに対しては消炎鎮痛剤投与で容易に管理される。人の臨床ではタルク投与後、ARDSが1-9%の発生率で生じたとされる7。使用したタルクの小粒子径(5.5-8.5μm)8、高用量投与(200-400mg/kg)4、あるいは起炎性不純物の含有9がリスクファクターとして考えられている。とくに粒子径が小さいと胸膜のリンパ管に入りこみ縦隔リンパ節、胸管を経由し全身循環に入り全身性炎症や肺血管傷害を引き起こしARDSを発症させるのではないかと考えられている3,8。最も新しいヒトの多施設間の大規模コホートprospective studyによれば、粒子径24.5μmにほぼ均一に精製された大粒子のタルク(Steritalc, Novatech, La Ciotat, France)を胸腔鏡観察下に散布する方法で558人の悪性胸水患者に胸膜癒着術を実施したところ、ARDSは1件も生じなかったという7

機序

タルク懸濁液胸腔内注入による胸膜癒着効果の主要因は急性胸膜炎であり、組織反応については動物実験にて以下のように説明されている3,4

胸水:注入後48時間までわずかにみられるがその後消失する。24時間後の胸水には好中球主体(56%)であったが、48時間後には単核細胞やマクロファージが主体となっていた3。他の硬化剤に比べ胸水量が少なく一過性であり、急性期の好中球の絶対数も少ない3

臓側胸膜:注入直後からタルクが付着したところを中心に遠心性に組織反応が広がっていく4。この反応は必ずしも胸膜表面上にタルクの存在を必要としないので実験では体位変換を行っていない。4時間後に中皮細胞の限局性剥離と基底膜および結合組織の組織崩壊、胸膜下肺実質に血管拡張と充血が、周辺の浮腫と好中球および単球の浸潤を伴って生じる4。24時間後に胸膜下の結合組織と肺実質領域の構成細胞はリンパ球とマクロファージに代わる4。48時間後から7日までにかけ、単核細胞浸潤による限局不整な炎症反応が小血管周囲から始まり、気管支血管に沿って中枢側に広がる。周囲実質は肺胞マクロファージで満たされるようになる3。胸膜の修復反応は3-30日後に線維化と再上皮化によって行われる3,4。このとき立方状の反応性中皮細胞が不連続な線維弾性層を覆い始める。胸膜結合組織からフィブリンを主に含む癒着膜が形成される。限局不整の胸膜肥厚(patchy pleural thicking)は7日-1ヶ月後でピークとなる。タルクの粒子は肥厚した胸膜内に取り込まれており、タルクの凝集体は葉間裂や両胸膜間にみられ、7日以内に単核細胞、線維芽細胞およびコラーゲンの浸潤を受ける。胸膜面に付着したタルクは肉芽を形成し、ときに巨核細胞もみられる4。30日以降、胸膜結合組織を覆う中皮細胞は平坦化していく。その時期には炎症細胞はほとんど認められなくなり、胸膜上および下の線維弾性層に線維芽細胞とコラーゲンの蓄積がみられるようになる。

壁側胸膜:同様の炎症性反応が臓側胸膜でもみられる。注入後7日目には内肋間筋と胸膜間に単核細胞浸潤がみられる3

その他の組織:70mg/kg注入で縦隔リンパ節、腎、脾にタルク沈着がみられ周囲には組織反応がみられた3。通常粒子径(8.36±0.20μm)の高用量タルク投与群(200mg/kg)では高率に同側肺(70%)、対側肺(55%)、縦隔(90%)、心嚢(30%)、肝(25%)に沈着がみられたが、大粒子径タルク群や低用量タルク注入群では同側肺、縦隔に沈着がある程度であった4,8

本症例における実施方法、経過、反応

本症例では、タルク懸濁液(talc slurry)をテトラサイクリンとともに胸腔チューブより注入した。今回使用したタルクは化粧用製品である。粒子径は不明であるが医療用と同程度の処理がなされている。タルクは気胸側に300mg/kg×2回、対側に300mg/kg×1回行った。文献と比較すると高用量投与であったが、幸いARDS様の急性呼吸不全は生じなかった。処置後1日間だけ軽度の発熱が認められた。しかし解熱鎮痛薬投与で速やかに症状消失した。発熱や痛みに対して胸膜癒着術前に消炎鎮痛剤を投与しておけばより処置後状態が安定するかもしれない。タルク注入後38日より胸水量が著しく減少した。これは実験データの胸膜の修復時期の30日にほぼ一致した。

参考文献

1.  土井口修, 土井口勝: 犬の特発性乳び胸に対するOK-432の治療効果の1例、日獣会誌、57 381-385、2004.
2.  Jerram RM, Fossum TW, Berridge BR, et al: The efficacy of mechanical abrasion and talc slurry as methods of pleurodesis in normal dogs, Vet Surg, 28, 322-332 (1999)
3.  Kennedy L, Harley RA, Sahn SA, et al: Talc slurry pleurodesis. Pleural fluid and histologic analysis, Chest, 107, 1707-1712 (1995)
4.  Montes JF, Ferrer J, Villarino MA, et al: Influence of talc dose on extrapleural talc dissemination after talc pleurodesis, Am J Respir Crit Care Med, 168, 348-355 (2003)
5.  Xie C, Teixeira LR, Wang N, et al: Serial observations after high dose talc slurry in the rabbit model for pleurodesis, Lung, 176, 299-307 (1998)
6.  Xie C, Teixeira LR, McGovern JP, et al: Systemic corticosteroids decrease the effectiveness of talc pleurodesis, Am J Respir Crit Care Med, 157, 1441-1444 (1998)
7.  Janssen JP, Collier G, Astoul P, et al: Safety of pleurodesis with talc poudrage in malignant pleural effusion: a prospective cohort study, Lancet, 369, 1535-1539 (2007)
8.  Ferrer J, Montes JF, Villarino MA, et al: Influence of particle size on extrapleural talc dissemination after talc slurry pleurodesis, Chest, 122, 1018-1027 (2002)
9.  Aelony Y: Talc pleurodesis and acute respiratory distress syndrome, Lancet, 369, 1494-1496 (2007)


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