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症例検討

胸部気管虚脱GradeIIIに対しシリコン製気道ステントにて長期管理に成功した
ヨーキーの1例

城下 幸仁1)、堀添 宏2)、松田 岳人1)、佐藤 陽子1)、柳田 洋介1)

Yukihito SHIROSHITA, Hiroshi HORIZOE, Taketo MATSUDA, Yoko SATO,
Yosuke YANAGIDA

*Long-term management of tracheal collapse with silicon airway stent in a yorkshire terrier

1) 相模が丘動物病院:〒228-0001  神奈川県座間市相模が丘6-11-7
2) ほりぞえ動物病院:〒892-0804 鹿児島県 春日町 7-11


11歳11ヶ月、雄、ヨークシャーテリアが1ヶ月前より始まった発作性発咳を主訴に来院した。胸部X線および気管支鏡検査により胸部気管虚脱GradeIIIと診断され、気道ステント療法が試みられた。現在、ステロイド間欠投与およびネブライゼーションの内科管理を併用し約1年間を良好に推移している。本症例は飲水困難を合併し食道造瘻チューブで管理された。

キーワード:気管虚脱、気管支鏡検査、気道ステント

はじめに

ヒトでは、気管狭窄に対しDumonシリコンステントによる治療が一般に行われている[1]。しかし、犬の気管虚脱に対しシリコンステントを臨床応用した報告はない。近年、金属性メッシュの拡張ステントを用いた犬の気管虚脱治療法が報告されているが[2]、この器具は非常に高価であるうえに抜去不能なので設置修正ができない欠点がある。今回、発作性発咳を示す胸部気管虚脱に対し自作シリコン製気道ステントを設置し長期管理に成功したヨークシャーテリアの1例について報告する。

症例

症例はヨークシャーテリア、雄、11歳11カ月齢。室内飼育、混合ワクチン毎年接種、既往症なし。同居犬1頭あり。1カ月前より飲水時、興奮時、および夜間に苦しそうな発作性発咳があり来院。

初診時一般身体検査所見:体重2.75 kg。発熱なし。やや元気なし。飲水時誤嚥あり。

血液検査所見:白血球数24000/μl、BUN 80.0 mg/dlと上昇。

胸部X線検査所見:胸部気管前部が扁平化、前胸部X線不透過性亢進、LB1に結節影(図1)。

図1 初診時胸部X線lateral像。胸部気管前部の扁平化(黒矢印)、前胸部X線不透過性亢進、LB1に結節影(白矢印)がみられた。

血液ガス分析所見:pHa 7.415, Paco2 34.1 mm Hg, Pao2 91.5 mm Hgで正常。

気管支鏡検査所見:頚部気管後部から胸部気管前部にかけ気管虚脱(GradeIII)(図2A)。LB1のブラシ生検では有意な細菌は検出されず、細胞診でも炎症・腫瘍なし。

図2 気管支鏡所見。A:初診時。GradeIIIの気管虚脱を呈した。B:第116病日。ステント再設置から95日目。肉芽形成はみられなかった。ステントの固定糸が写真上部にみえる。

臨床診断:飲水困難を伴った胸部気管虚脱GradeIII

治療および経過:気道ステントの設置(第6病日);仰臥位にてアリゲーター鉗子でステント先端を把持し透視下にて挿入した。気管支鏡にて内部を確認後、頚部気管の腹側面を1.0 cm露出しナイロン1糸かけステントを固定した。ステントは、胸部X線所見に基づき、外径8 mm(内径6 mm)のシリコンチューブを長さ8 cmに切り、ステント内乾燥防止や気管の屈曲に対応させるためステント全長にわたり管の4/5周に幅3 mmのスリットを数本入れ作成した。

内科管理:内服薬;気道炎症抑制のためステロイド(プレドニゾロン0.5-1.0 mg/kg PO q12h)、去痰薬(塩酸ブロムヘキシン2mg/head PO q12h)、β2作動性気管支拡張薬(塩酸ツロブテロール0.1mg/kg PO q12h)を継続投与した。また、抗生剤(ミノマイシン 5mg/kg PO q12h)は1ヶ月間続けた。ネブライゼーション;排痰補助および肉芽形成防止のため、ハンドネブライザーを用いて、生食3 ml、ゲンタマイシン 0.1 ml、およびデキサメタゾン0.1 mlを混じ1日2回継続して行った。

気道ステントの交換と食道造瘻チューブの設置第17病日に気管支鏡検査でステント尾側端部が気管分岐部に当たっていることが判明し、第21病日にステントを交換(外径8mm×長さ7cm)した(図3)。その後、乾性発咳は軽減した。また、気道ステント設置後も飲水困難は残存し脱水症状(BUNの上昇)が認められたので、食道造瘻チューブを設置し経チューブ輸液(ソルデム1 30 ml×1日10回)にて脱水管理した。第33病日に退院し、投薬、ネブライゼーションおよび経チューブ輸液を自宅で継続した。退院後1ヶ月で咳は消失しステロイドを4日に1回投与までに減量した。第90および116病日の気管支鏡検査にて気道内に肉芽も細菌も検出されなかった(図2B)。現在、退院後約11ヶ月が経過し、自宅にて間欠的なネブライゼーションと毎日の径チューブ輸液、かかりつけ医にて2週間毎にチューブ洗浄で疎通性を維持し、多少乾咳が残存するも元気に日常生活を送っているとのことである。

図3 第21病日、ステント再設置後の胸部X線lateral像。気管内にスリット入りのステントが設置され気管が拡張されている。ステント先端部は第3肋骨部にあり気管分岐部に達していない。同時に食道造瘻チューブが設置されている。頚部陽性陰影は食道瘻から皮下に一部漏出した造影剤である。

考察

今回、発作性発咳を示す胸部気管虚脱示した犬に対しシリコン製気道ステントにて長期管理に成功した。この方法は設置後に定期的検査とネブラゼーションを要するが、コスト面に優れ、抜去および再設置が可能であった。正常犬の気道にDumonシリコンステントを設置した実験では6ヶ月までステントに問題なく耐え、咳と細菌のコロニー形成が全ての犬でみられたが薬剤でコントロール可能な程度であったという[3]。ヒトでは、ステントの移動、粘液停滞、および肉芽組織形成による気道閉塞の合併症がある[1]。特に肉芽形成は致命的で、気道粘膜とステントの摩擦や気道粘膜にかかる過度の局所圧迫によってステント前後端縁の部分に生じる[1]。今回の症例では、ステントを気管に固定し、肉芽形成を最小限にする工夫を行った。さらに、毎日のネブライゼーションとステロイド間欠投与による気道炎症抑制によって粘液停滞をコントロールした。細菌コロニーも116病日時点で認めなかった。本症例では飲水困難を合併し気管虚脱の管理を困難にした。ステント設置後11ヶ月を経過してもこの問題は残存している。気管虚脱の犬の30%に食後や飲水後にGaggingがみられ、これは喉頭の不全麻痺や喉頭麻痺に関係しているものと考えられている[3]。本症例の飲水困難も気管虚脱の発症と関係しているかもしれない。

引用文献

1. Freitag L: Tracheobronchial Stents In: Bolliger CT, Mathur PN, eds. Interventional Bronchoscopy Prog Respir Res, 171-186, Karger, Basel (2000)

2. Moritz A, Schneider M, Bauer N: Management of advanced tracheal collapse in dogs using intraluminal self-expanding biliary wallstents, J Vet Intern Med, 18, 31-42 (2004)

3. Masson RA, Johnson LR: Tracheal collapse In: King LG, ed. Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats, 346-355, SAUNDERS, St.Louis (2004)


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