相模が丘動物病院のホームページ|メール


呼吸器分科会セミナー

血液ガスから肺機能を考える

城下 幸仁1

Yukihito SHIROSHITA

1)  相模が丘動物病院:〒228-0001  神奈川県座間市相模が丘6-11-7


はじめに

動脈血ガス分析は、低酸素血症、高炭酸ガス血症、および酸塩基平衡障害を評価し、小動物臨床では無麻酔で実施可能な唯一の呼吸機能検査法である1。肺の機能障害を示す呼吸不全という述語が動脈血酸素分圧 60 mm Hg未満と一義的に定義されるように、肺機能低下は低酸素血症で表現される2。血液ガス分析は疾患を特定するものではないが、「肺がいかによく動いているか」という肺機能の包括的指標となる。今回、低酸素血症をテーマに、肺機能の基礎知識と低酸素血症の機序について肺の模式図(肺モデル)を用いて概説する。また動脈血ガス分析の実際についても述べる。

I. 肺機能の基礎知識

1. 肺機能と組織の酸素化

生命を営むためには組織へ絶え間なく十分な酸素供給が必要である。この過程の第1歩が肺での呼吸(外呼吸)である。ここで肺胞-血液間でガス交換が行なわれる。 次に、赤血球内のヘモグロビンに酸素が負荷され末梢組織まで運搬される(酸素輸送)。そして、組織に到達するとヘモグロビンから酸素が細胞に放出される(内呼吸)。組織の酸素化には外呼吸と酸素輸送の2つが正常に機能することが必要である。酸素輸送能はヘモグロビン量と心拍出量に依存し、外呼吸とは別に評価される。肺機能とは外呼吸の機能評価のことを意味し、肺毛細血管に十分な量の酸素が供給され、または肺毛細血管から十分な量の炭酸ガスが排出されているかを評価するものである。外呼吸は3つの働きが統合して行われる。先ず、肺内に十分な空気の流入と流出があり(換気)、次に、肺胞内で新鮮な酸素が肺毛細血管に十分露出され(換気血流比)、最後に、ガスが血液-ガスバリアを通過する(拡散)3。これらのどれかに支障をきたしたとき、低酸素血症が生じる。

2. 肺モデル

Westは、肺についてきわめて単純化した模式図を用いて、呼吸の生理や病態生理を概念的に簡潔に説明している4,5。この模式図をここでは肺モデルと呼ぶことにする(図1)。ここに、導入気道、ガス交換領域、血液-ガスバリア、および肺毛細血管の関係が概念化されている。このモデルを用いて、換気、換気血流比、拡散について図2に表現してみた。

図1 肺モデル4,5。 導入気道、ガス交換領域、血液-ガスバリア、および肺毛細血管の関係が概念化されている。

図2 換気、換気血流比、および拡散の概念図。肺モデルを用いて表現した。

3. 換気

化学受容体や反射によりフィードバック調節されているが、物理的には肺弾性収縮力と気道抵抗の影響を受けている。

a) 換気調節

換気は、化学受容体で感知したpH,Pco2,Po2に応じ呼吸中枢を介し、内外肋間筋や横隔膜などの呼吸筋の動きを変化させて調節されている(図3)。延髄内にある中枢化学受容体は脳脊髄内の日常的な細かいpHの変動をモニタし、頚動脈小体や大動脈小体の末梢化学受容体はpHとPco2の大きな変動のみをモニタしている。Po2が60 mm Hg未満になると末梢化学受容体で換気をコントロールするようになる3。したがって、重度の呼吸不全での換気刺激は末梢化学受容体優位のコントロールとなる。また、肺内受容体(肺伸展受容体、irritant receptors、J receptors)は呼吸反射に関与し一時的な換気応答を起こす。

図3 化学受容体と換気調節。末梢化学受容体ではpH,Pco2,および60 mm Hg未満のPo2に、中枢化学受容体ではpHとPco2に感応し換気量をフィードバック調節している。

b) 肺弾性収縮力

肺はきわめて拡張しやすい臓器であり、また拡張後はすぐに元の安静気量に戻る。この肺の高い弾力性は、肺胞壁、血管と気管支周囲にある豊富な弾性線維と膠原線維による。また肺サーファクタントは表面張力を下げ、肺の拡張性を増加し、肺胞を虚脱しないように安定化させている。したがって、肺の拡張性を直接阻害する胸膜疾患、線維化、肺サーファクタント欠如などは換気能を低下させる。

c) 気道抵抗

換気は空気の流れであり、その通り道である導入気道に異常な抵抗が生じれば、換気は阻害される。特に区域〜亜区域領域が気道抵抗の主な存在部位となっている5。慢性閉塞性肺疾患がこの例である。

4. 換気血流量比

十分な換気が行われても肺毛細管血流が欠如していればガス交換は成立しない。その逆も同様である。前者を死腔、後者をシャントと呼ぶ3。この両者を両極としてガス交換ユニットにおいて換気(V)と血流量(Q)の相互のかかわり方を説明するものが換気血流量比(V/Q)である。図4にその関係を示した。換気と血流が適当な比で分布してはじめて効果的なガス交換が行なわれる。

図4 換気血流量比(V/Q)のさまざまなパターン。これらの機序によりV/Q不均等が生じる。

a) 重力の影響

ヒトでは、重力の影響により正常肺でも肺底から肺尖部に従いV/Qが増加していくことが知られている3,5。しかし、無麻酔下での競走犬のデータからは、換気および血流とも肺内では均等に分布していることが示されている6。 猫ではこのようなデータはない。少なくとも犬では重力による換気血流比(V/Q)の不均等は受けないと考えてよい。

b) 死腔

ガス交換に関わらない換気のことをいう3。解剖学的死腔と肺胞死腔に分けられる。前者は、換気のない導入気道内の領域を意味し(図4、G)、後者は肺内呼吸領域において換気に対して血流がないガス交換ユニット(図4、F)をいう。また、換気に対する血流が相対的に少ないユニット(V/Q>1)を相対的な肺胞死腔という(図4、E)。原則的に、死腔が増大する病態では有効な換気を増やそうとするため呼吸仕事量が増大する。

c) シャント

静脈血が肺でのガス交換を受けずに動脈血に達することをいう3。肺毛細血管を通る前にバイパスがある場合を解剖学的シャント(図4、A)、肺胞換気の実質上ないユニットに肺毛細血管が通過する場合を肺毛細管シャント(図4、B)と呼ぶ。また、血流に対し換気が相対的に少ないユニット(V/Q<1)を相対的な肺毛細管シャント(図4、C)という3

5. 拡散

ガスの組織間の移動は拡散による。肺では血液-ガスバリアを介し肺毛細血管通過時間内に行なわれる。

a) ガスの拡散

ガスは、絶え間なく、不規則に、かつ急速に運動する多数の分子よりなっている。この分子運動によってガスの圧力が生じる。透過性の膜の両側で圧力が異なると、ガスはその分子運動によって圧力の高い方から低い方へ移動する傾向があり、最終的に両者の圧力が等しい平衡状態に達する(図5)。この過程を拡散という。組織を介しての拡散量は、接する組織面積、両側でのガス濃度差、およびガス分子に固有の拡散係数に比例し、透過膜の厚さに反比例する5。広大な表面積と非常に薄い隔壁をもつ肺胞壁ではガスの拡散が起きる。炭酸ガスは酸素より約20倍溶解しやすくそれだけ高い拡散係数を有する。したがって炭酸ガスは通常拡散障害を受けない。

図5 ガスの拡散の原理。ガスは膜を介し分圧の高い方から低い方に拡散によって平衡に達する。拡散量は、膜の面積、分圧較差、拡散係数に比例し、膜の厚さに反比例する。

b) 血液-ガスバリア

肺胞気と肺毛細血管の間の血液ガスバリアはきわめてうすく、ガスの拡散が効率的に行えるような構造になっている(図6)。胞隔炎や間質浮腫によりバリアが肥厚すると拡散障害が生じる。

図6 血液-ガスバリアの電子顕微鏡所見5。非常に薄い構造となっており効果的な拡散が行なわれている。矢印の方向に酸素がとりこまれる。

c) 肺毛細血管通過時間

安静下で赤血球が毛細管を通過するには約0.75秒を要する5。しかし、正常な肺胞壁では赤血球が約1/3通過しただけでほぼ平衡に達してしまう(図7)。非常に激しい運動時にはこの通過時間が約0.25秒に短縮する。胞隔壁の肥厚のある間質性肺疾患では安静時でも拡散に時間がかかる。 さらにそのような患者の労作時呼吸困難はこの機序で説明される。

図7 肺毛細血管通過時間。赤血球が毛細管を通過するには約0.75秒を要する。しかし、正常な肺胞壁では赤血球が約1/3通過しただけでほぼ平衡に達し十分な予備がある。しかし、肥厚した肺胞壁は拡散速度を遅らせる。運動時には通過時間は0.25秒まで減少する。

II. 低酸素血症

動脈血酸素分圧(Pao2)が80 mm Hg未満であることをいう3。 Pao2が60-79 mm Hgを軽度、45-59 mm Hgを中等度、45 mm Hg未満を重度の低酸素血症と分類される3。低酸素症とは、体内の組織または細胞に十分な酸素が到達していないことをいう。重度の低酸素血症では低酸素症に陥っている可能性が高い3

1. 酸素カスケード

酸素の分圧は、吸入気中の149 mm Hgからスタートして組織ミトコンドリア内の約1 mm Hgのレベルまで段階的に減少していく(図8)。このような体内での酸素の移動と分圧の減少推移を酸素カスケードと呼ぶ。低酸素血症、すなわち動脈血の酸素分圧の低下は低酸素症の前段階であることが分かる。吸入気酸素分圧PIo2自体が低下していれば当然Pao2は低下する。そして、正常PIo2でも、肺胞気酸素分圧(PAo2)のレベルでは100 mm Hg前後まで低下する。肺胞気計算式 PAo2 = PIo2 -PAco2/R から、肺胞低換気により肺胞気炭酸ガス分圧(PAco2)が上昇するとPAo2は低下することが分かる。Pao2は理想状態ではPAo2に等しくなるが、実際には、拡散障害、解剖学的シャント、換気血流比不均等によりPAo2より低い値となり、いわゆる、肺胞気動脈血酸素分圧較差(A-aDo2)が存在する。このA-aDo2が開大するとPao2は低下する。

図8 酸素カスケード。酸素の分圧は、吸入気中の149 mm Hgから組織ミトコンドリア内の約1 mm Hgのレベルまで段階的に減少していく。各段階で酸素分圧が正常より低い場合、低酸素血症が生じる。□:PIo2の低下、△:肺胞低換気、○:肺胞気動脈血酸素分圧較差の開大。

2. PIo2の低下(図9)

高地居住、密閉空間における呼出ガスの再吸入で起きるが、治療の対象となる機会は少ない。

図9 低酸素血症の機序−PIo2の低下

3. 肺胞低換気(図10)

単位時間に肺胞に流入する新鮮なガスの量(肺胞換気)が減少していることを意味する4。原因は肺外にあり肺自体は正常であることが多い。低換気、すなわち動脈血炭酸ガス分圧(Paco2)の低下が主たる病態であり軽度から中等度の低酸素血症を伴う。原因としては、鎮静・麻酔による呼吸中枢の抑制、延髄の呼吸中枢に影響を与える中枢神経疾患、重症筋無力症などの神経筋疾患、胸部挫傷・肋骨骨折・開胸術後のような胸郭上の痛みや異常、気管虚脱や短頭種症候群のような上気道閉塞などがある。

図10 低酸素血症の機序−肺胞低換気

4. 拡散障害(図11)

肺毛細血管血と肺胞ガスとの間でPo2が平衡に達していないことを意味する4。前述のとおり、血液-ガスバリアが肥厚するような間質性肺水腫や肺線維症を代表とする間質性肺疾患で生じる。100%酸素投与で低酸素血症は改善する。

図11 低酸素血症の機序−拡散障害

5. シャント(図12)

ここでは解剖学的シャントのことをさす。これは、右→左シャントを引き起こす先天性心疾患が代表的な原因である。100%酸素を投与しても低酸素血症は十分改善されない。

図12 低酸素血症の機序−シャント

6. 換気血流比不均等

低酸素血症の多くがこの機序による。臨床的に意味のあるのは以下の4通りである。

肺毛細管シャント(図13):腫瘍、粘液等による閉塞、ALI/ARDS、虚脱肺などで生じる。

相対的な肺毛細管シャント(図14):気道閉塞、気管支肺炎、肺水腫など。100%酸素投与は著効する。

相対的な肺胞死腔(図15):左心不全などの心拍出量低下など。

肺胞死腔(図16):肺栓塞症、フィラリア症など。

図13 低酸素血症の機序−肺毛細管シャント

図14 低酸素血症の機序−相対的なシャント

図15 低酸素血症の機序−相対的な死腔

図16 低酸素血症の機序−肺胞死腔

III. 動脈血ガス分析の実際

1. パラメーターと正常値

臨床上意義のある血液ガス分析のパラメーターおよびそれらの犬の正常値を表1に示した7-10。また文献11を参照し猫の正常値も同表に示した。

表1 動脈血液ガス分析のパラメーターと犬猫の正常値7-11
パラメーター 7-10 11
pH 7.40±0.05 7.35±0.11
Pco2 (mm Hg) 34.0±5.0 33.5±7.5
Po2 (mm Hg) 90±10 103±15
[HCO3-] (mmol/L) 22.0±3.0 17.5±3.0
Base Excess (mmol/L) -2.0±3.0 -7.0±5.5

pH

全体としての酸塩基平衡状態の結果を示す。生体内でのhomeostasisによりpHは非常に狭い範囲に維持されている。

Paco2(動脈血炭酸ガス分圧)

肺から炭酸ガスの排泄が十分行われているかどうか、すなわち換気状態を評価する。換気量は主にPaco2値によって調節されている。

Pao2(動脈血酸素分圧)

動脈血に溶解している酸素の分圧を示す。血中に存在する酸素の総量を反映する。

[HCO3-]とBase Excess

代謝性の酸塩基平衡状態を表現する。主に腎からの不揮発性酸の排泄の状態を反映する。慢性呼吸器疾患では代償性に上昇する。

2. 動脈穿刺

a) 穿刺キット

著者は、動脈穿刺には26ゲージ針と2本のヘパリン処理したキャピラリー管よりなるマイクロ穿刺キット12(Microsampler、Roche)(図17)を用いている。シリンジ採血と異なり穿刺針が動脈に入れば自然にキャピラリー管に動脈血が流入してくるので、動脈穿刺にのみ集中すればよく針先に余分なブレが生じず、空気の混入もない。

b) 動脈穿刺法

穿刺は大腿動脈にて行う。助手に横臥に保定してもらい穿刺する側の後肢をひもで固定する。動脈圧を触知し、血管の走行に対し平行に、皮膚に対し約10−20度傾け、上記のキットにて穿刺する(図18)。大腿動脈は恥骨筋前縁を走行しているのでそれを指標にする。穿刺針を抜去後、穿刺した部位を直接2分間圧迫止血する。

c) 合併症

著者はこの方法による犬の動脈穿刺111例で生じた併発症について報告した13。7頭(6.3%)で中程度から広範な皮内出血がみられた。これらは全身状態に影響を与えず全て7-16日間で消退した。体重3.5 kg未満、心血管系障害を有する犬で有意に高い併発症の発現率を示した。

図17 マイクロ穿刺キット(上)。26Gの穿刺針と2本のキャピラリー管よりなり、1本のキャピラリー管には110μ?採取される。わずか0.2 m?の採血で全ての値が計測される。

図18 動脈穿刺の様子。内股を開いて大腿動脈にマイクロ穿刺キットを用いて行なっている。

おわりに

今回、肺機能の基礎知識と低酸素血症について肺モデルを用いて概説し、動脈血ガス分析の実際について記述した。呼吸器症状の重症度は主観的に判断されることが多いが、血液ガス分析で肺機能を定量化することは呼吸器症状の正確な病態理解および適切な治療方針の決定に役立つ。特に、呼吸症状を画像のみでは十分説明できない場合に、血液ガス分析は非常に有用な診断ツールである。セミナー当日では、動脈血穿刺の手技、および画像を含めた症例を供覧する予定である。

引用文献

1.  McKiernan BC, Johnson LR: Clinical pulmonary function testing in dogs and cats, Vet Clin North Am Small Anim Pract , 22, 1087-1099 (1992)
2.  三浦元彦: パルスオキシメーターと血液ガス分析、 呼吸、20(8)785-789、2001
3.  Malley WJ: Clinical Blood Gases: Assessment and Intervention, 2nd ed, Elsevier Saunders, St.Louis, 2005
4.  West JB. Pulmonary Pathophysiology -the essentials, 4th ed, Williams & Wilkins, Baltimore, 1992
5.  West JB. Respiratory Physiology -the essentials, 5th ed, Williams & Wilkins, Baltimore, 1995
6.  Amis TC, Jones HA, Rhodes CG, et al: Regional distribution of pulmonary ventilation and perfusion in the conscious dog, Am J Vet Res, 43, 1972-1977 (1982)
7.  Cornelius LM, Rawlings CA : Arterial blood gas and acid-base values in dogs with various diseases and signs of disease, J Am Vet Med Assoc, 178, 992-995 (1981)
8.  Ilkiw JE, Rose RJ, Martin IC: A comparison of simultaneously collected arterial, mixed venous, jugular venous and cephalic venous blood samples in the assessment of blood-gas and acid-base status in the dog, J Vet Intern Med, 5, 294-298 (1991)
9.  Wise WC: Normal arterial blood gases and chemical components in the unanesthetized dog. J Appl Physiol, 35, 427-429 (1973)
10.  城下幸仁, 山根義久: 外来患犬に行われた動脈血血液ガス分析176例, 日本獣医学会131回講演要旨集, 150 (2001)
11.  Middleton DJ, Ilkiw JE, Watson AD: Arterial and venous blood gas tensions in clinically healthy cats, Am J Vet Res, 42, 1609-1611 (1981)
12.  Harnoncourt K, Marsoner H, Forche G: Arterial micropuncture. An advance in blood-gas analysis, Respiration, 48, 67-72 (1985)
13.  Shiroshita Y, Tanaka R, Shibazaki A, et al: Retrospective study of clinical complications occurring after arterial punctures in 111 dogs, Vet Rec, 146, 16-19 (2000)


相模が丘動物病院のホームページ|メール
Copyright (C) 2011 Sagamigaoka Animal Clinic All Rights Reserved.