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症例検討

急速に回復した犬の急性呼吸不全の1例

城下 幸仁1)、松田 岳人1)、佐藤 陽子1)、柳田 洋介1)

Yukihito SHIROSHITA, Taketo MATSUDA, Yoko SATO, Yosuke YANAGIDA

Rapidly resolved acute respiratory failure in a dog

1)相模が丘動物病院:〒228-0001  神奈川県座間市相模が丘6-11-7


16歳、雄、トイプードルが公園で突然の呼吸困難のため起立不能となり発症から1時間後に緊急来院した。胸部?線にて心基部周囲に限局した浸潤影、血液ガス分析で重度な低酸素血症をともなった急性呼吸性アシドーシスを示し気道閉塞の状態であった。ただちにステロイド・気管支拡張療法を開始し、2.5時間後呼吸困難は完全に消失した。臨床症状はヒトの急性喘息発作に似ていた。

キーワード:犬、呼吸困難、急性呼吸不全、動脈血血液ガス分析、気道閉塞

はじめに

犬の臨床ではヒトの気管支喘息様疾患のentityが確立されておらずその発症状況は不明である。今回、心疾患の関与なく急性の気道閉塞による急性呼吸不全が生じ、気管支拡張・ステロイド療法により急速かつ劇的に回復した犬の1例を経験したので報告する。臨床経過はヒトの急性喘息発作に似ていた。

症例

症例は、トイプードル、雄、16歳、体重3.0kg。岐阜の山間にて親戚の一人暮らしの老婆によって木造一軒家で単頭飼育されていたが、事情あり飼育不能となった。当日午前9時に岐阜を車で発ち午後2時に相模原の公園に到着した。犬はプラスチックのキャリアーケースにいれていた。移動時には特に異常がみられなかった。真夏の晴れて暑い日であった。到着してすぐにキャリアより犬を出し10分程度元気に歩いていたが、草むらの中に臭いを嗅ぐように頭を突っ込んでいたときに突然呼吸の様子がおかしくなり、喘鳴、嘔吐を示し、起立不能となった。病歴なし。ワクチン接種歴なし。来院時、発症より1時間が経過していた。

初診時一般身体検査所見:体温41.6℃、心拍数 50/分、呼吸数 138/分。著明なチアノーゼおよび努力呼吸を伴う呼吸促迫を呈し、起立不能であった(図1)。

血液検査所見:ALT 385 U/L、ALP 525 U/Lと上昇。その他異常なし。

胸部X線所見:心基部に限局した肺胞浸潤影あり、気管虚脱・気道内異物・心陰影異常なし(図2)。

血液ガス分析所見:pHa 7.181, Paco2 63.8 mm Hg, Pao2 30.3 mm Hg, [HCO3-] 23.3 mmol/L, Base Excess -6.5 mmol/L, AaDo2 47.8 mm Hgと重度な低酸素血症をともなった急性呼吸性アシドーシス

臨床診断:急性の気道閉塞

治療および経過:ただちに酸素室にて、気管支拡張剤・ステロイドの注射(ネオフィリンM注10 mg/kg IM, プレドニゾロン2.0 mg/kg IM)およびネブライゼーション(エピネフリン1mg+デキサメタゾン5mg+生理食塩水50ml, 10分間)を開始した。治療開始2.5時間後、体温37.5℃、呼吸数66/分と急性呼吸不全症状は著しく改善し、一般状態は正常になった(図3)。翌日、胸部X線にて肺胞浸潤影は完全に消失し(図4)、血液ガス分析もpH 7.428, Pco2 37.3 mm Hg, Po2 101.5 mm Hgと全く正常となり退院となった。

考察

今回、心疾患の関与なく急性の気道閉塞による急性呼吸不全が生じ、気管支拡張・ステロイド療法により急速かつ劇的に回復した犬の1例について報告した。臨床経過はヒトの急性喘息発作(Acute asthma attack)に似ていた。犬でもヒトの喘息発作のような呼吸困難が起こる可能性があると思われた。ヒトの気管支喘息は、「治療によってまたは自然に回復する可逆性気道閉塞」と古典的に定義され、発作的に喘鳴や呼吸困難の症状を示す。一般に若齢期に発作が始まり発作症状が繰り返されるが、いまだ発症機序に不明の点が多い。アレルゲンが検出できない非アレルギー性の場合もある。この犬は今までこのような発作を一度も経験しなかったという。退院1年後にこの犬は高齢のため自然死したとの連絡を受けたがその間発作を起こさなかった。可逆性の気道閉塞という点ではヒトの喘息症状と一致するが、高齢で発作が初めて起こりしかも単発であったことは異なる。しかし、岐阜での飼育環境を考えると軽い発作が見過ごされていた可能性がある。
今回、呼吸困難時の胸部X線にて心基部に限局した浸潤影がみられた。この影は治療で完全に消失した。中枢気道の炎症反応に関係あるかもしれない。
人医では、ここ30年で本邦を含めた先進工業国を中心に喘息の有病率が着実に増加し特に幼児で急増しているという1。環境の変化が要因と考えられている。犬の臨床では「喘息」というentityがない。これは気道閉塞や気道過敏性の評価が犬では困難であるためと思われる。しかし今回、突然の喘鳴症状が始まったこと、気管支拡張療法後急速に急性呼吸性アシドーシスによる呼吸不全が劇的に改善されたことは喘息の古典的定義にあう急性の気道収縮が生じたことを示している。本症例と同様な犬の喘息発作様症状を経験された方はぜひ著者にメール下さい。

図1 初診時呼吸促迫症状。チアノーゼを示し起立不能であった。

図2 初診時胸部X線所見。心基部に限局した浸潤影がみられた。

図3 治療開始2.5時間後。一般状態は正常となった。

図4 翌日の胸部X線所見。浸潤影は消失した。

参考文献

1.  望月博之, 森川昭廣: 【気管支喘息の疫学】 喘息の時代変化 喘息の有症率 小児喘息、 喘息、16(3) 21-26、2003.


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