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症例検討

犬の肺血栓塞栓症の治療成功例

城下幸仁1) 松田岳人1)

Yukihito SHIROSHITA Taketo MATSUDA

* Successfully treated pulmonary thromboembolism in a dog

1) 相模が丘動物病院:〒228-0001 神奈川県座間市相模が丘6-11-7

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クッシング症候群治療中のポメラニアンが重度の呼吸困難を呈し意識消失し呼吸停止した。肺血栓塞栓症と診断し、ただちに気管内挿管下にてヘパリン持続投与による抗凝固療法を行い救命し得た。

キーワード:肺血栓塞栓症、犬、ヘパリン持続投与

はじめに

肺血栓塞栓症 Pulmonary thromboembolism(PTE)は、生前診断が困難なうえにその呼吸困難症状が甚急かつ重篤なため非常に高い致命率を示す。犬のPTEは、自己免疫性溶血性貧血、敗血症、アミロイドーシス、腫瘍、ネフローゼ症候群、およびクッシング症候群によく随伴して起こる[1]。今回、クッシング症候群罹患犬が肺血栓塞栓症に陥り呼吸停止したがヘパリン持続投与により救命し得た症例を経験したので報告する。

症例

ポメラニアン、未去勢オス、12y0m、体重4.85kg。最近1〜2ヶ月間、夏バテのせいかハアハアしてぐったりしているとのことで2002.8.29来院。1年前より、多飲多尿、食欲亢進、肥満傾向、運動不耐あり、来院時にはパンティング、黄疸、精巣萎縮も認められた。血液生化学検査にてAST >1000 U/L, ALT >1000 U/L, ALP >3000 U/L, TBil 4.5 mg/dl, およびTCho >450 mg/dlを示し、胸部レントゲンにて異常が認められず、重度肝障害をともなったクッシング症候群と暫定診断した。APTTが軽度短縮し(10.6秒、正常犬12.3-17.6秒)肺血栓塞栓症も警戒した。入院としketoconazole 5mg/kg PO q12h、強肝利胆、抗凝固療法(ヘパリン100 U/kg IV q12h)を開始した。AST, ALT, TBilはただちに減少した。パンティングはヘパリン投与を中断すると再発した。治療開始8日後には呼吸困難が発現した(Pao2 60.6 mm Hg、正常80-100 mm Hg)。治療開始15日後に再び重度のチアノーゼをともなった呼吸困難発現し意識消失して呼吸停止した(図1)。

図1 発症時の呼吸困難。10分後に呼吸停止した。

ただちに気管内挿管下にて集中治療を開始した。挿管直後に頻呼吸認められ、Spo2 64%、Petco2 12 mm Hgと、ともに著しく低下していた。4分後にはSpo2 96%とただちに上昇したがPetco2は低下(19 mm Hg)したままであった。胸部レントゲンでびまん性肺浸潤影がみられたが気管支鏡で葉気管支内に誤嚥物を認めなかった。肺胞出血あるいは肺水腫を伴った肺血栓塞栓症と診断した。ヘパリン持続投与(20 U/kg/h)、フロセミド2 mg/kg IV q2hの投与を行い、挿管より5時間後に呼吸数は101/分から36/分に減少し抜管した。その後、初期治療に加え、鼻カニュレにて酸素持続投与、ヘパリン持続投与(20 U/kg/h)を行った。抜管後フロセミドは1度も投与しなかった。2日後起立して食べ始めた。さらに翌日鼻カニュレを除去した。治療開始23日後、血液ガス分析で過換気認められるも(Pco2 24.5 mm Hg, 正常29-39 mm Hg)酸素分圧は正常化し(Pao2 95.7 mm Hg)、全身状態安定したのでヘパリン持続投与を中止し退院とした。Follow-upは1-2週ごととし、PTEにはヘパリン200 U/kg SC q12h-q3dにてPao2 64.5-97.2 mm Hg, APTT 9.2-31.2秒を維持し、クッシングにはketoconazole 10 mg/kg q12hおよびウルソデオキシコール酸 50 mg q12hを内服投与し、ALP 494-2543 U/L、TCho 163-345 mg/dlを維持している。現在退院後11ヶ月経過しているが再発なく良好に経過している。

考察

今回、クッシング症候群罹患犬のPTEに対しヘパリン持続投与により治療に成功した症例について報告した。重篤な呼吸困難に陥ったPTEは一般に予後不良なため貴重な症例である。

PTEは血栓形成素因にある患者の深部静脈で形成された血栓が逸脱して肺動脈に到達し塞栓を起す病態である。このためガス交換のない生理学的死腔領域が拡大し低酸素血症が起き、代償性に過換気が起こる[1]。大きな血栓が肺動脈近位で閉塞するとただちに致命的なショック状態に陥る。胸部レントゲンで全く異常所見がないことが多い。肺動脈造影が唯一の確定診断法であるが、呼吸困難突発例ではほぼ実施不可能である。したがって、危険因子罹患犬の治療中に呼吸困難が突発し、胸部レントゲンで肺野異常なく、動脈血血液ガス分析で低酸素かつ過換気が認められた場合、PTEを疑う。

クッシング症候群ではantithormbinの消失や第V、?、?、X因子やフィブリノーゲンの増加により凝固亢進状態になり、さらに肥満や活動性の低下は血液のうっ滞を促し静脈血栓を形成しやすくなる[2]。本症例では犬種、年齢、臨床徴候、ALPおよびTChoの異常な上昇からクッシングと診断した。

犬では40-100 U/kg/hのヘパリン持続投与で抗凝固効果を維持できる。また、肺血栓塞栓症の急性期治療にはストレプトキナーゼなどの血栓溶解剤の方がヘパリンより有効であるとされている[1, 3]。ところが本症例では、20 IU/kg/hという低量ヘパリン持続投与のみで急性期を克服し得た。残念ながら急性期治療中にはAPTTを計測しておらず、この投与量で十分な抗凝固効果(APTT正常値の1.5-2.5倍)が実際あったのか確認していない。早期からクッシング症候群の治療と抗凝固療法を同時に行っていたことが救命につながったものと考えている。

犬のPTEは発症すると救命困難である。抗凝固療法による予防が重要である。

引用文献

1. Johnson LR, Lappin MR, Baker DC: Pulmonary thromboembolism in 29 dogs: 1985-1995, J Vet Intern Med, 13, 338-345 (1999)

2. Feldman EC: Hyperadorenocorticism In: Ettinger SJ, Feldman EC, eds. Textbook of Veterinary Internal Medicine. 4 th ed., 1538-1578, WB. Saunders, Philadelphia (1995)

3. Ramsey CC, Burney DP, Macintire DK, et al.: Use of streptokinase in four dogs with thrombosis. J Am Vet Med Assoc, 209,780-785(1996).


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