抄録

症例検討

粘液栓によって胸部レントゲンに限局性浸潤影のみられた猫の1例^＊

城下　幸仁^１）、松田　岳人^１）、佐藤　陽子^１）、柳田　洋介^１）

Yukihito SHIROSHITA, Taketo MATSUDA, Yoko SATO, Yosuke YANAGIDA

*Local infiltration on chest radiograph caused by mucus plug in a cat

１）相模が丘動物病院：〒228-0001　神奈川県座間市相模が丘6-11-7

慢性間質性肺炎治療中の21歳、雌、雑種猫に、胸部X線上に限局性浸潤影が出現し呼吸状態が悪化した（Pao₂ 51.9 mm Hg）。この浸潤影に対し気管支鏡下生検を実施し、粘液栓であることが判明した。細菌・真菌の感染なく非腫瘍性病変であった。生検鉗子にて粘液を除去後、ステロイドおよび去痰療法を開始し全身状態は極めて改善した。

キーワード：気管支鏡検査、猫、粘液栓

はじめに

粘液栓とは気管支を閉塞する粘液の塊であり、猫喘息¹、犬の慢性気管支炎、線毛運動機能欠損症などで生じることがある。粘液過剰分泌や粘液線毛輸送障害を示唆する。広範に生じれば換気血流量比不均衡により低酸素血症を引き起こす。今回、胸部X線に限局性浸潤影がみられ、気管支鏡にて粘液栓の診断・治療を実施し、良好な経過がみられた猫の1例について報告する。

症例

症例は、雑種猫、雌、21歳齢、体重3.52kg。室内飼育、３種混合ワクチン毎年接種、同居動物なし。交通事故にあった猫を保護した。当初より運動失調あり。3年前に呼吸荒いとのことで受診あり、浅速呼吸と胸部X線のびまん性網状影にて慢性間質性肺炎と診断しステロイド治療で管理してきた。今回、嘔吐を機会に呼吸困難が起こったとの主訴で来院した。

初診時一般身体検査所見：体温37.8 ℃、呼吸数 28/分。努力性呼吸あり。上気道症状なし。元気食欲減退。

血液検査所見：Cre 2.0 mg/dlとわずかに増加。その他異常なし。

胸部Ｘ線検査所見：びまん性網状影に加え左肺後葉中央部に限局性浸潤影。

血液ガス分析所見：pHa 7.402, Paco₂ 31.1 mm Hg, Pao₂ 69.1 mm Hgで低酸素血症。

診断および治療：気管支肺炎の可能性あり、ステロイド投与を中断し気管支拡張と抗生剤療法に切り替えた。

経過：2ヵ月後、呼吸状態は悪化し低酸素血症も進行した（Pao₂ 51.9 mm Hg）。限局性浸潤影の原因解明のため気管支鏡検査にて気道の観察と浸潤影領域の生検を実施した。肉眼的には気道粘膜全体に異常はみられなかった（図１）。生検は透視下にて胸部X所見に基づき選択的にLB2D2に鉗子を慎重に挿入し行なった（図2）。3回繰り返した。白色粘液状物が採取されたが、細菌・真菌は検出されず、細胞診ではわずかの炎症細胞と気管粘膜上皮のみで腫瘍性変化はみられなかった（図3）。浸潤影は粘液栓によるもので、呼吸状態悪化はステロイド中断による慢性間質性肺炎の再燃と考えられた。検査後、粘液栓を取り除いたためか全身状態は良好となり2日目に退院となった。その後、ステロイドと去痰剤投与を開始し全身状態は極めて改善した。

考察

今回、粘液栓により胸部X線に限局性浸潤影を示した猫の1例について報告した。このような限局性の胸部異常陰影の評価に気管支鏡下生検は非常に有用であると考えられた。胸部X線所見から目的気管支があらかじめ決まっていたので検査と処置時間はあわせて45分程度で終了できた。気管支鏡検査によって無菌かつ非腫瘍性と判明したことにより治療方針を確定できた。嘔吐と粘液栓との関係は不明であった。ヒトでは気管支喘息や慢性気管支炎以外にアレルギー性気管支肺アスペルギスルス症でも粘液栓をよく引き起こすとされる。今回の猫の生検検体からは真菌は検出されなかった。

	図１　気管支鏡所見。肉眼的には気道粘膜全体に異常はみられなかった。
		図2　気管支鏡下生検。左肺後葉浸潤影部（LB2D2）に選択的に鉗子を進め生検した。
		図3　生検で採取した粘液の細胞診所見。細菌・真菌は検出されず、細胞診ではわずかの炎症細胞と気管粘膜上皮のみで腫瘍性変化はみられなかった。

参考文献

1. Padrid PA, McKiernan BC :Tracheobronchoscopy of the Dog and Cat, In: Tams TR, ed. Small Animal Endoscopy, 2nd ed, 377-396, Mosby, St.Louis (1999).