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呼吸不全を呈した犬の下気道感染症の1例

城下 しろした  ゆきひと) 1  松田   岳人 まつだ  たけと) 1

1)   相模が丘動物病院(神奈川県)

湿咳、膿性鼻汁、および重度な低酸素血症を示した体重2.2kgのコッカースパニエルの幼犬に対し気管支鏡検査を行ない、Bordetella bronchisepticaによる下気道感染症と診断した。微生物学的評価に基づく抗菌療法により治療開始1週間で呼吸器症状は軽快、2ヶ月で血液ガス分析値も正常化した。

キーワード:犬、下気道感染症、Bordetella bronchiseptica、気管支肺胞洗浄、動脈血ガス分析

はじめに

下気道感染症は細菌性肺炎や気管支肺炎と同義である。宿主の生体防御能の低下が症状発現に大きく関わっている。重症例では死亡率が高い。しかし、微生物学的評価に基づいた抗菌療法を適切に行なえば治療期間は短縮され死亡率が減少することが示されている1)。今回、重度な呼吸不全を示した体重2.2kgの幼犬に対し、早期に気道感染の微生物学的評価を行ないその後良好な経過を示した1例を経験したので報告する。

プロフィール:2ヶ月齢(推定) メス コッカースパニエル

主訴:家の前で保護した。鼻汁 呼吸困難

身体検査所見:体重2.22(kg)、体温39.2(℃)、心拍数152(/min)、呼吸数24(/min)。膿性鼻汁と湿咳あり呼吸困難を示した。やや元気消失していたが食欲あり。

臨床検査所見

CBCおよび血液生化学検査:PCV 28(%), RBC 449(×104/μl)と貧血、WBC 31500(/μl)と白血球増加

胸部X線:不規則なびまん性間質パターンおよび副葉に部分的な無気肺が見られた(図1、2)。

血液ガス分析:pHa 7.438, Paco2 38.6 mm Hg, Pao2 58.2 mm Hg, AaDo2 48.8 mm Hg(正常<20mm Hg)と重度な低酸素血症を示した。

気管支鏡検査

仰臥保定、全身麻酔下にて小児用の外径3.6mmのスコープを用いて行った。観察と気管支肺胞洗浄に28分、前処置開始から抜管まで110分要した。

肉眼所見: LB2D1入口部より多量の粘稠分泌物が湧き出てきた(図3)。LB2V1, LB2V2, LB2D2, LB2にも認められた。

気管支肺胞洗浄液(BAL)解析:LB2V1にて行った。回収率は9%ときわめて低かったが、総細胞数が4405/μlと著しく増加しその91.5%は好中球であり(マクロファージ7%、リンパ球1.5%)、細胞内細菌が多数みられた(図4)。典型的な急性好中球性炎症パターンであった。回収液からBordetella bronchiseptica が1.0×10CFU/ml以上検出され、ABPC, AMPC, CFPM, GM, AMK, MINO, OFLX, ENXに感受性、CEZ, CEX, CLDMに耐性を示した。

診断:下気道感染症(犬の診断基準2)による)

治療と経過:酸素室を用いた入院治療とした。 BALの微生物学的評価に基づき抗生剤はABPC 50 mg/kgおよびGM 5 mg/kg IM を1日2回投与した。治療開始2日目の胸部X線にて左肺後葉の間質影は消失し、6日目の血液ガス分析にてPao2 74.1 mm Hg, AaDO2 28.2 mm Hgと酸素化は改善した。治療開始7日目には咳はほぼ消失し退院となった。自宅にてバイトリル?12.5mgおよびムコソルバン?1/2錠PO q12hを継続した。治療開始1ヶ月後にはまだ1日数回程度湿咳あり、Pao2 78.5 mm Hg, AaDo2 29.8 mm Hgと変化なかったが, 2ヶ月後には鼻汁と咳が完全に消失しPao2 96.6 mm Hg、AaDo2 14.7 mm Hgと血液ガス分析値も正常化した。

主治医の意見

今回、重度な呼吸不全を示した小さな幼犬に対し、気管支鏡検査にて早期に下気道感染症と診断し、短期間で症状が軽快した症例について報告した。

Bordetella bronchisepticaはグラム陰性の好気性短桿菌であり、幼犬に多い伝染性気管気管支炎(ITB)を引き起こす主因のひとつと考えられている。気管や気管支の線毛上皮細胞の表面で増殖し、それから細胞外毒素や細胞内毒素を放出し気道上皮の機能を傷害し、宿主の感染防御能力を低下させる。本例は幼犬であったのでITBが重症化したものと推定された。

今回の症例では、気管支鏡検査を行なうには犬が小さいことや重度の低酸素血症という制限があった。気管支鏡を用いれば、直接観察下において適切かつ安全に行なえる目的気管支を選択しBALを行なうことが可能となる。しかし、犬や猫の気管支鏡検査の術前評価に関するガイドラインはない。ただ、全身麻酔を行えないほど全身状態が悪化している場合は行なうべきではないとされる3)。今回、呼吸困難は認められるが食欲あり一般状態は維持されていたため検査施行可能と判断した。実際、検査後覚醒して40分で摂食が認められた。

参考文献

1.  Angus J, Jang S, Hirsch D. Microbiological study of transtracheal aspirates from dogs with suspected lower respiratory tract diseases:264 cases(1989-1995). J Am Vet Med Assoc. 210:55-58, 1997.

2.  Peeters DE, McKiernan BC, Weisiger RM, et al. Quantitative bacterial cultures and cytological examination of bronchoalveolar lavage specimens in dogs. J Vet Intern Med. 14:534-541, 2000.

3.  Johnson L. Small animal bronchoscopy. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 31:691-705, viii, 2001.

図1 初診時胸部X線DV像。不規則なびまん性間質パターン。

図2 初診時胸部X線lateral像。びまん性間質パターンおよび副葉に一部無気肺が認められた。

図3 気管支鏡所見。左後葉入口部を示す。LB2D1(画面左)より粘稠分泌物が湧き出ていた。

図4 気管支肺胞洗浄液の細胞標本所見(×400)。好中球が91%を占めた。



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