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呼吸困難をともなった猫の下気道感染症の2例

○     城下 幸仁(しろした ゆきひと)1)

1) 相模が丘動物病院

低酸素血症を示す呼吸困難の猫2例が気管支鏡検査にて下気道感染症と診断された。ともに気管支内に多量の粘稠分泌物が観察され、気管支肺胞洗浄液の細胞標本で好中球が97%以上を占めた。Pasteurella multocidaPasteurella 属の細菌がそれぞれ検出された。気道内分泌物吸引を行ったが両例とも肺拡張不全を継発し救命し得なかった。

キーワード:猫、下気道感染症、気管支鏡検査、呼吸困難、動脈血血液ガス分析

はじめに

下気道感染症Lower Respiratory Tract Infection(LRTI)は胸部レントゲン検査だけでは診断できない。猫では呼吸困難を伴うと治療自体が困難になる。今回、呼吸困難を示した猫2例に対し細径気管支鏡を用いて本症を診断し、気道内分泌物吸引を試みたので報告する。

症例1

10歳6カ月齢 避妊済雌 アメリカンショートヘアー。一年間の慢性湿咳と呼吸困難のため気管支鏡検査を希望し来院した。前医にて猫喘息と診断され1ヶ月間ステロイドと抗生剤を投薬するも症状悪化。毎年3種混合ワクチン接種、室内飼。体重3.56kg。発熱(40.1℃)、努力性呼吸(44/min)、白血球数増加(17700/μl)、胸部レントゲンにて上部気管内腹側壁に扁平隆起病変および不規則なびまん性肺浸潤影、動脈血血液ガス分析では酸素化不良(Po2 110.7 mm Hg[酸素2L/分マスク吸入下])および高炭酸ガス血症(Pco2 46.3 mm Hg、正常26-41 mm Hg)、気管支鏡検査にて声門直下に気道径の約1/2を占める呼吸遊動性の柔軟な隆起病変および多量の粘稠分泌物を認めた。気管チューブを介し7Fr多用途チューブを用いて得られた気管支肺胞洗浄Bronchoalverolar lavage(BAL)検体の細胞標本より変性好中球主体で細胞内細菌を多数含む像を呈し(図1)、LRTIと診断された。引き続き挿管下にて気管内分泌物の吸引を間欠的に行ったが、Spo2が不安定となり吸引開始から覚醒まで7時間39分要した。2日後、突然呼吸停止し肺拡張不全のため死亡した。BAL検体よりPasteurella multocidaが1.0×105 CFU/ml以上検出され、ABPC, AMPC, CEZ, CEX, GM, AMK, MINO, OFLX, ENX, FOMに対し感受性を示した。剖検にて気管内該当部位は粘膜が暗赤色に変化していたが扁平化していた。肺実質には多数の化膿性結節がみられた。

症例2

3歳1カ月齢 避妊済雌 雑種猫。1〜2カ月前よりあまり動かなくなり最近2日間食欲元気なく来院した。7カ月前3種混合ワクチン接種済, 室内飼。体重2.60kg。軽度発熱(39.5℃)、浅速呼吸(100/min)、肺音粗励、削痩、白血球増加(19500/μl)、FIV(-)/FeLV(-)、胸部レントゲンにて不規則なびまん性肺浸潤影(図2)、動脈血血液ガス分析にて低酸素血症(Po2 61.5 mm Hg [room air吸入下])が認められた。気管支鏡検査にて右後葉気管支入口部より粘稠分泌物が溢れ出てきた(図3)。BAL検体より好中球主体の細胞所見を示し、LRTIと診断された。その後挿管下にて気管内分泌物の吸引を間欠的に行ったがSpo2が不安定となり吸引開始から覚醒まで6時間要した。抜管して6時間後肺拡張不全のため呼吸停止し予後不良のため安楽死した。BAL検体よりPasteurella 属が1.0〜9.0×102 CFU/ml検出され、ABPC, AMPC, CEZ, CEX, MINO, OFLX, ENX, FOMに感受性を示した。

主治医の意見

今回、猫のLRTIと診断した2例について報告した。ともに受診時すでに呼吸困難を呈した進行例であった。気管支鏡検査は胸部レントゲン浸潤影の質的評価に有用であった。しかし2例とも気道内分泌物吸引後に致命的な肺拡張不全を合併した。

BAL検体の細胞標本にて好中球主体で細胞内細菌を含む所見は下気道の細菌感染症の典型である[1]。犬LRTIにおいてBAL検体に1.7×103 CFU/ml以上かつ油浸強拡大50視野のうち細胞内細菌が3個以上観察されれば起炎菌と評価される[2]。猫でこのような診断基準はまだ確立していないが、Case1はこの基準を完全に満たしていた。同定されたPasteurella multocida またはPasteurella 属の細菌は口腔内常在菌でもある。口腔内菌叢とLRTIの起炎菌との関係が予想される。

肺拡張不全は猫LRTIにおける吸引処置の重大な併発症と思われる。麻酔導入・挿管から気管支鏡検査およびBAL検体採取に要した時間は1時間ほどであったのに対し吸引処置を行ったためにさらに6−7時間も覚醒が遅れてしまった。気管支鏡検査自体それほど侵襲はないと思われたが、気道内吸引処置は低酸素、不整脈、および血圧低下などの多くの危険を伴うとされている[3]。猫のLRTIでは1st-bronchoscopyは診断目的のみにとどめ、それに基づいて抗生剤投与や酸素テント療法を根気強く行うことが治療成功のために重要と思われた。

参考文献

1.   Hawkins EC, DeNicola DB, Kuehn NF. Bronchoalveolar lavage in the evaluation of pulmonary disease in the dog and cat. State of the art. J Vet Intern Med. 4:267-274, 1990.

2.   Peeters DE, McKiernan BC, Weisiger RM, et al. Quantitative bacterial cultures and cytological examination of bronchoalveolar lavage specimens in dogs. J Vet Intern Med. 14:534-541, 2000.

3.   Wheeler SL. Care of Respiratory Patients. In: D. Slatter, (ed): Textbook of Small Animal Sugery. 2nd ed. W.B. Saunders. Philadelphia . 1993, pp804-819.

図の説明

図1 Case1のBAL細胞標本。好中球主体で細胞内細菌を多数含んでいる(×1000、Diff-Quik染色)。

図2 Case2の胸部レントゲンlateral像。不規則なびまん性肺浸潤影がみられる。

図3 Case2の気管支鏡所見。中央の右後葉気管支入口部より粘稠分泌物が涌き出ていた(上方は中葉気管支、右下は右前葉気管支入口部)。


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