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気管支鏡検査にて喉頭小嚢外反と診断したパグの1例

城下 ( しろした ゆきひと ) 1  松田 岳人 ( まつだ   たけと ) 1)  佐藤 陽子 ( さとう ようこ ) 1  柳田 洋介 ( やなぎだ ようすけ ) 1

1)  相模が丘動物病院(神奈川県)

要約

開口をともなった強い喘鳴を示した7歳齢、雌のパグに気管支鏡検査を実施し、画像所見より喉頭小嚢外反と診断した。ステロイド療法で効果不十分であり、喉頭小嚢切除を行った。術後、喘鳴は軽減された。

キーワード:犬、気管支鏡検査、短頭種症候群、喉頭小嚢外反、上気道閉塞

はじめに

喉頭小嚢外反(Everted laryngeal saccule)は、犬で短頭種症候群などの上気道閉塞が長期化して生じる後天性異常であると考えられている1)。強い喘鳴症状を示す。診断できれば簡単な外科処置で喘鳴症状を改善できる。しかし、これまで喉頭小嚢外反の画像提示がなく、一般にはよく理解されていない。今回、気管支鏡検査にて喉頭小嚢外反と診断できたパグの1例を経験したのでその臨床経過を報告する。

プロフィール

7歳1ヶ月齢 避妊雌 パグ

主訴

ふるえ 突然頭部を下げて体が固くなったように動かなくなる(図1) 元気消失

図1 主訴の症状。突然頭を下げて体が固くなったように動かなくなる様子。
このあと3〜4時間動作が鈍くなり元気なくうろうろ動き回っていた。

ヒストリー

既往歴: 4歳齢時に皮膚組織球腫および子宮蓄膿症、

5歳齢時より慢性膀胱炎。

予防歴: 毎年混合ワクチン接種・フィラリア予防実施。

生活環境: 室内。同居動物なし。

身体検査所見

体重(kg) 8.55  心拍数(/min) 128 

体温(℃) 38.3  呼吸数(/min) 24

診察台上で、吸気時に口角を後方に牽引しながら開口し荒くやや高音調の喘鳴音を発していた(stridor)。頚部聴診にて喉頭の振動を伴った喘鳴音あり。上腹部痛、背部痛、歩様異常なし。

臨床検査所見(初診時)

○CBCおよび血液化学検査

WBC 27800(/μl)、Seg-N 26549(/μl)、Eos 0(/μl)、Lym 695(/μl)とストレスパターン

○X線所見

頚部;軟口蓋肥厚、口咽頭腔の狭窄、喉頭内腹側壁に扁平隆起陰影あり、胸部・脊椎・股関節;特異所見なし。

○腹部エコー所見

特異所見なし。

○頚部透視所見

喉頭内腹側壁の扁平隆起陰影は柔軟で呼吸遊動性であった。

○血液ガス分析

pHa 7.407, Paco2 40.0 mm Hg(正常29-39), Pao2 98.2 mm Hg, A-aDo2 6.0 mm Hg(正常<20)と、酸素分圧正常だがごくわずかな低換気を示した。

○気管支鏡検査

仰臥保定、全身麻酔下にて、ラリンゲルマスク#2.5にY字アダプターを接続し、一方はビデオスコープ挿入に用い、他方は酸素投与のため吸入麻酔の回路に接続して、それを喉頭直前まで挿入設置して行った。肉眼所見にて、喉頭粘膜の浮腫および声門直下正中腹側壁に周囲粘膜と連続した表面を有し、左右対称性の柔軟な隆起病変(図2)が認められた。呼吸遊動性であった。内視鏡下生検により炎症性ポリープと病理組織診断された。


図2 初診時の喉頭部気管支鏡所見。喉頭粘膜の浮腫および声門直前
正中腹側壁に周囲粘膜と連続した表面を有する左右対称性の柔軟な隆起病変。
呼吸遊動性であった。喉頭内腔が著しく狭くなっているのが分かる。後に喉頭小嚢
外反と診断された。

診断

短頭種症候群および喉頭浮腫を伴った喉頭ポリープ

治療と経過

第31病日、2回目の気管支鏡検査実施。1週間前からプレドニゾロン1T(0.6mg/kg)PO q12h を続け初期症状は軽快していた。肉眼所見にて、喉頭の浮腫は消失し、隆起病変は半分程度に縮小していた。外科切除を予定していたが、ステロイド療法に切り換えた。しかし、次第に多飲多尿、肝障害、および体重増加の副作用が出現し始めた。1T PO q48hまで減量すると初期症状が再発し始めた。

第192病日、3回目の気管支鏡検査実施。喉頭粘膜浮腫、隆起病変とも初診時の状態に戻ってしまった。このとき、画像を綿密に再検討し、隆起病変の正中に分裂線があり、その解剖学的位置と動きから、喉頭小嚢外反と最終診断した

第207病日、喉頭小嚢切除術を施行(図3)。気管内挿管時に軟口蓋過長も認められた。Nelsonの方法2)に従い、伏臥保定下に口からアプローチしメッツェンバウム鋏でなるべく基部で切除した。軟口蓋は無処置とした。切除後7日目、稟告にて開口呼吸と初期症状は消失したとのことだった。身体検査では喘鳴音が開口せず鼻が詰まった所見に変化し(stertor)、聴診にて喉頭部振動は消失した。ステロイドを中止した。術後1ヶ月経過すると、初期症状が週に数回再燃したが、やはりプレドニゾロン 1/2T POで改善した。

第248病日、軟口蓋切除術を施行。1.5cm程度切除した。術直後にはstertorがみられたが、開口して強い喘鳴音(stridor)を示すことはなかった。術後2週間、初期症状は全くみられず、呼吸が楽になり非常に元気になったとのことであった。


図3 喉頭小嚢切除後の気管支鏡所見。
喉頭内腔が広がり声門腹側がよくみえるようになった。


主治医の意見

今回、気管支鏡検査にて喉頭小嚢外反を診断できたパグの1例を経験したのでその臨床経過を報告した。

喉頭小嚢外反は、軟口蓋過長、外鼻孔狭窄、気管低形成、喉頭形成異常とともに、短頭種症候群の上気道閉塞症状を構成する要素のひとつであるが、他の要素に比べ広く理解されていない。今回の画像所見から、喉頭小嚢外反は喉頭の気道横断面積を著しく小さくし、吸気時に開口を伴ってstridorを発生していたことが、容易に理解できた。実際、外科切除によってstridorは消失した。喉頭小嚢は解剖学的には披裂軟骨と甲状軟骨との隙間にある小嚢である。短頭犬種に特有な解剖学的上気道狭窄に対する吸気努力が喉頭内に高い陰圧を生み、それが長期化することで小嚢を反転させると考えられている。喉頭小嚢切除にはほとんど出血を伴わず、電気メスを使用しない。合併症は声の変化が数日間みられる程度だけであった。

短頭犬種症候群は、イングリッシュブルドッグ、ボクサー、パグ、ペキニーズで特に起こりやすい。解剖学的な上気道狭窄が主要な異常であると考えられ、特に吸気時には上気道が虚脱してしまう陰圧を打ち消すために上気道拡張筋が代償性に過度に活動して咽頭の気道の開存性を維持させている。睡眠時にはそれらの筋の活動が弱まり無呼吸症状をみる。この過度の筋負担は年を経るごとに浮腫や線維化などの筋損傷を招き、睡眠時無呼吸症状を伴うイングリッシュブルドックでは4歳以上で代償機能が低下し、8歳で代償不全に陥り死に至ることが多いという1)。症例でみられた特徴的な症状は、短頭犬種にとっては胸骨舌骨筋などの咽頭拡張筋を弛緩させ上気道閉塞を悪化させる姿勢のはずである。この症状はこれらの上気道拡張筋群の代償不全期を示していると推察される。なぜなら、本症例は他に痛みを起こす疾患を有さず、高齢で喉頭小嚢外反を発現し、すでにstridorを示していたからである。本症例では軟口蓋切除も行ったが今後十分なfollow upが必要と思われる。

参考文献

1  Hendricks JC. Brachycephalic Airway Syndrome. In King LG (ed): Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats, Elsevier SAUNDERS. Philadelphia. 2004, pp310-318.

2  Nelson AW. Upper Respiratory System. In Slater D (ed): Textbook of Small Animal Surgery, 2nd ed. WB SAUNDERS. Philadelphia. 1993, pp733-776.


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