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内視鏡シンポジウム

呼吸器疾患に対する気管支内視鏡検査と処置の応用

城下 幸仁1)
Yukihito SHIROSHITA

1) 相模が丘動物病院 呼吸器科:〒228-0001  神奈川県座間市相模が丘6-11-7


はじめに

気管支内視鏡検査は、胸部異常陰影、2ヶ月以上の慢性発咳、喀血、気道内異物・塊病変、喘鳴や努力呼吸などの異常呼吸を示す動物の診断に適用される。患者はすでに何らかの呼吸器障害を有しており、できる限り非侵襲的にアプローチしたい。特に全身麻酔下検査は機能的残気量が低下し肺機能をさらに悪化させるのでその影響は最小限に抑えたい。一方、リスクを負って行うのなら出来る限り有益な検査にしたい。すなわち、安全かつ確実に行うことが最も重要な課題である。本学会の呼吸器分科会セミナーにて、そのための気管支鏡検査の基本的な考え方と手技について概説した。今回の内視鏡シンポジウムでは、胸部異常陰影へのアプローチ、肉眼所見の読み方、検体採取法についてさらに詳述し、近年取組み始めている気管支鏡下処置にも触れ、最後に気管支鏡検査の安全性について実例を挙げて検証していく。

気管支内視鏡検査について

1)解剖理解と気管支鏡的分岐命名法

複雑な気管支樹の検査を短時間で終了させるには、解剖理解に基づいた体系的な検査が欠かせない。犬の気管支樹とその分岐命名法について図1に示した1-3。なお内視鏡所見については呼吸器分科会セミナーのプロシーディングに記載している。

図1 犬の気管気管支樹と気管支鏡的命名法1-3。方向と分岐順に従って命名法が提唱されており、気管支鏡所見はこの略語で部位表現される。番号順に観察する。

2)限局性肺野異常陰影への気管支内視鏡を用いたアプローチ

もし胸部CT検査が気管支内視鏡検査前の評価として実施できれば、病変の画像評価と部位が胸部X線検査より正確に把握でき内視鏡検査処置時間と短縮できるかもしれない。しかし、胸部CT検査にて無麻酔で診断に足る画像を得ることは実際困難である。著者は気管支鏡検査にて同定かつ鉗子挿入可能な20本の気管支の胸部X線上の走行分布をVD像およびlateral像で表現した4,5図2)。これは犬の気管支樹は主軸状(monopodial)分岐し、変位が少ないという特徴が前提となっている。これにより限局性肺野異常影のおおまかな部位評価を行うことができ、CT検査による麻酔リスクと麻酔の重複を避けられる。


図2 aは犬の気管支鏡検査において同定かつ鉗子挿入可能な20本の気管支を示す。bはそれら各気管支の胸部X線上での走行部位を領域で表現した5

3)肉眼所見の読み方

図1の番号順に系統的に観察し、方向、位置、気管支および分岐角度をただちに識別できるようにする。部位把握、異常分岐、管外圧迫などを理解するには正確な解剖知識が必要であり、粘膜所見を読むには気管支壁の組織構造の知識が必要である。気管支の組織構造を図3に示した。検査では、以下の所見を観察する。


図3 気管支の組織構造。肉眼所見の理解に必要となる。上皮層は多列線毛円柱上皮であり、粘膜固有層には縦走する弾性線維がほぼ均等に密に分布する。その間に気管腺、気管支静脈に流入する毛細血管網、リンパ球などの炎症細胞が存在する。その下は輪走する平滑筋層よりなる。気管支鏡で透見できるのは約0.5 mm程度で固有層の深さに相当する。

粘膜の変化:発赤、充血、浮腫、上皮下血管走行の消失、光沢の消失、凹凸不整、壊死、軟骨輪の不明瞭化、上皮下弾性線維走行の消失、隆起病変、易出血性、出血、炭粉沈着、肉芽形成

壁構造の変化:虚脱、動的虚脱、膜性壁の伸張、気管支拡張、分岐異常、憩室、嚢胞形成

管内要因による変化:多量の粘稠分泌物、血液貯留、粘液栓、異物

管外要因による変化:分岐鈍化、圧迫性狭窄/閉塞、実質内腫瘍による圧排

4)検体採取法について

処置具としては、細胞診ブラシ、キュレット、生検鉗子、吸引生検針があり、これらを病変部位や目的に応じて使い分ける。最近、人医にて肺水腫患者でもBALに相当するデータを非侵襲的に得るためにマイクロサンプリングプローブが開発された。スコープによって、処置具が視野の2時方向からか9時方向から出てくるのでそれも考慮にいれスコープ先端位置を導く。中枢気道内病変は直視下に採取可能であるが、気管支末梢や肺実質領域の病変は透視ガイド下に検体採取を行うことになる。侵襲度の低いものから順に列記した。

a)      マイクロサンプリングプローブ 肺上皮被覆液(epithelial lining fluid, ELF)中の細菌数6および液性成分の正確な定量を行う。先端は細い綿棒のような構造となっており全体はシースで覆われている。局所の粘液を正確に採取する。BALに比べ希釈の影響を考慮する必要なく正確な定量ができる反面、採取領域があまりに局所的なので全体の病像を見逃す可能性も指摘されている7

b)      細胞診ブラシ 粘膜主体型病変の細胞診と微生物検査を行う。管腔に平行に擦過できるので直視下ではどこでも適応できる。contamination防止のためのシースがついているものがある。目的とした局所の細胞を確実に採取するにはシース付を選ぶ。しかし、RB1やLB1のようにスコープを強く屈曲しないと挿入できない気管支内の採取にはシースがあるとアンギュレーションがかけられなくなる。末梢組織の擦過には透視下生検となるが、シースを末梢にいれてからブラシを出すと肺胸膜を穿孔するおそれがある。ブラシ先端は透視下で慎重に位置を確認しながらゆっくり行う。通常ディスポーザブルである。

c)       キュレット 粘膜主体型病変の細胞診を行う。単関節型と双関節型がある。粘膜病変をスプーン状の部分を用いて病変を削る感覚で採取する。細胞診ブラシに相当する検体採取法である。再使用可なので経済的なメリットがある。

d)      生検鉗子 先端がカップ型になって組織を挟みとるような構造になっている。直視下で粘膜や隆起病変を採取するときは、動脈瘤との鑑別が重要である。その場合、生検すると大出血を引き起こす。肺組織の生検を径気管支肺生検(Transbronchial lung biopsy, TBLB)と呼ぶ。透視下で行う。著者は、胸部X線上の気管支走行分布(図2)に基づいて目的気管支をあらかじめ決定している。胸椎もよい指標となる。スコープを目的気管支入口部まで誘導し、そこに鉗子を挿入し透視下で慎重に肺内ですすめる。できるだけ肺末梢部で生検すれば出血が少ないはずだが、犬猫ではそれでも相当量の出血を経験する。また、犬猫の肺胸膜は薄く、鉗子で穿孔しやすい。犬猫におけるTBLBの手技や合併症に関する詳細な記述はなく、現在検討中の課題といえる。著者の経験では、同一気管支から複数標本を採取することは、出血を伴うので困難に思う。

e)      吸引生検針 外筒・内筒構造よりなり内筒先端に注射針があり、手元で吸引をしたり注入したりするためにシリンジが接続できる構造となっている。通常、透視下に気管分岐部の肺門リンパ節に対して気管壁を介して穿刺吸引を行う。

気管支鏡下処置について

近年、挿入部外径4.0mmと細径ながらチャネル径2.0mmを有する軟性気管支鏡(OLYMPUS BF TYPE MP60)が登場し、獣医領域でも様々な気管支鏡下処置を行えるようになってきた。まだ例数は少ないが当院呼吸器科で適応症例については積極的に試みている。開胸手術に比べはるかに低侵襲に気道内処置を行える、姑息的だが迅速に呼吸状態改善が得られ初期安定化に有用、開胸手術を拒む患者・全身状態不良患者・肋骨骨折など開胸手術非適応患者にも適応可能、外科手術内容の縮小化とリスク軽減にも役立つ、など多くのメリットがある。一方で、的確な判断と手技が要求される。処置具の特性の理解不足や不適切な手技から患者や術者に重大な事故を引き起こす可能性があるので注意が必要である。以下、著者の経験の範囲で様々な気管支鏡下処置について挙げてみた。

1) 気道ステント設置

近年犬の気管虚脱治療にself-expanding metallic stents (SEMS) による気道ステント設置が行われるようになった。7-8Frの細いデリバリーシステム内に円筒型メッシュ状のステント材料が装填されているので、声門より抵抗なく挿入できる。まず気管支鏡のチャネルを通しガイドワイヤーを気管に通しワイヤーを留置したまま気管支鏡のみ抜き去り、そのガイドワイヤーにデリバリーシステムを通して透視下に目的部位で展開する。比較的安価な犬用のステントも入手できるようになった。気道ステント設置後はステント内および端部の肉芽、細菌コロニー観察のため、2-3ヶ月ごとに定期的な気管支鏡検査がすすめられる。

2) アルゴンプラズマ凝固(APC)

気道内肉芽や気道内腫瘍の失活や縮小に気管支鏡下処置として近年医学領域で使用されるようになってきた8。主な作用は非接触凝固である。凝固深度は浅く制限されている。レーザー治療の強力な蒸散作用に比べ組織縮小効果は小さいが、出血や穿孔事故の可能性は低いので安全性が高い。さらにアルゴンプラズマビームは直線方向だけでなく十分に凝固されていない組織抵抗の低いところへもビームが自然と向かっていくので接線方向の焼灼も可能であり、犬猫の狭い気道腔内での処置に有利である。発煙も少ないのでレーザー治療と異なり視野が常に保てる。外径1.5mmの軟性プローブを用いると気管支鏡のチャネルを介して気管支鏡下処置が可能となる。獣医領域でも、ステント内肉芽処置、気道内腫瘍、気道内止血凝固などに適用される。レーザーほどではないが、処置中の酸素濃度が高い(100%)と出火の可能性が指摘されている9。少なくとも気道内酸素濃度を40%未満、できれば処置中酸素投与は中止し大気濃度とし、出力は40W、ガス流量0.8L/minという環境で気管支鏡下治療に用いられることがすすめられている9。酸素投与下から、気道内酸素濃度が大気濃度に下がるまでは約30-40秒の時間を要する。また、出火のリスクをもっとも高くするのは連続照射である。レーザー治療に準じると、酸素投与から大気下換気にして30-40秒待ってから処置を開始し、1秒以上の連続照射をしないようにすすめられる10

3) 高周波スネア

気道内の腫瘤ないしポリープにスネアをかけ、スネアに高周波を通電し、これを短時間に除去する11。処置具はチャネル径2.0mm用のものからある。高周波発生装置は電気メス装置として手術室に常備されているものが使用される。モノポーラの原理なので動物には対極板を設置する必要がある。発煙も少なく、採取した腫瘤は組織診断に供することができる。原則として、有茎性ポリープでその先の気道が開存していることを気管支鏡で確認できることが適応条件である。

4)ホットバイオプシー

形状は生検鉗子と同じだが先端のカップで把持したときに高周波を通電し、凝固止血しながら腫瘤病変を切除していく。処置具はチャネル径2.0mm用のものからある。先端を組織に接触させ20-40Wの出力で単に焼灼凝固させることも可能である12。易出血性腫瘤病変の処置に有用である。

5)エタノール組織内注入

エタノールは強い組織固定作用を有することから腫瘍の増殖抑制や止血に応用可能である。ヒトでは、中枢気道の腫瘍性病変に対して気管支ファイバースコープ下エタノール注入療法(bronchofiberscopic ethanol injection, BEI)が報告されている13。著者も猫の中枢気道内腫瘍に対し気管支鏡処置具の吸引生検針を用いてBEI療法を試みた経験がある。エタノール注入後3日程度で凝固壊死部が生じた。ヒトの報告では生検鉗子でこの部分を除去しさらにエタノール注入を続け繰り返すとあるが、著者は硬性鏡の吸引管で吸引して一度に大量に除去できた。

6)硬性鏡下処置

硬性気管支鏡は単純な管状構造を主体とし、気道確保と十分な処置のスペースを共有できるようになっている。中枢気道処置に適している。著者は、ヒト小児異物除去用のスコープを用いている。軟性鏡に比べ、大きくしっかりした処置具を挿入できる。そのため、著者はまだ経験はないが、ジャクソン改良直達鉗子を用いれば気道内異物除去を軟性鏡より確実に行える。その他、強力な吸引でも異物回収や気道内処置組織片の処理も可能となる。著者は、気道ステント前端およびステント内に生じた反応性肉芽に対し、マイトマイシンC(MMC)塗布による縮小化に硬性鏡を用いて試みている。MMCの気道内肉芽に対する縮小効果はヒトで既に報告されている14。MMCは抗がん剤であるため、声帯に接触しないように患部に直接塗布しなければいけない。MMCを十分浸漬した乾綿小片をジャクソン改良直達鉗子で把持し、硬性鏡を通して直接患部に到達させ、1回に4分間鉗子で把持したまま塗布し続ける。それを一度の処置に5回繰り返している。当然この間の換気は維持されている。著者は1例のみの経験だがこの処置を2週間ごとに3回継続し、ステント内に隆起状に増殖した肉芽がほぼ消失した。気管チューブを介し軟性鏡を用いて同様のことを実施すると換気のスペースを阻害し、長時間の処置は困難となるかもしれない。

当院呼吸器科における気管支鏡検査実施状況と事故発生状況について

2002年に検査方法を確立してから現在(2008.7.18)まで全71例(犬54例、猫17例)に対し計111回の気管支鏡検査を実施してきた。診断カテゴリー別件数を表1にした。胸部異常陰影を契機に気管支鏡検査を行うことが最も多かった。そこで、肺野異常陰影を伴った23例の詳細を表2に示した。誤嚥性肺炎が最も多くみられたが、他にも多様な診断が得られた。また胸部異常陰影は示さなかったが慢性発咳を主訴に検査を実施し、下気道疾患が診断されたものが6例あった。

表1 気管支鏡検査による診断カテゴリー別件数(2002-2008.7現在)

診断カテゴリー
症例数
肺野の異常陰影を伴った例(猫喘息除く)
23
気管虚脱
21
猫喘息
5
短頭種気道症候群
5
喉頭麻痺
2
その他の上気道疾患
4
気管の疾患(気管虚脱除く)
5
肺野の異常陰影が認められなかった下気道疾患
6
合計
71

表2 肺野の異常陰影を伴った23例(猫喘息除く)

誤嚥性肺炎
4
下気道感染症
3
急性肺損傷(ALI)
1
左房拡大による左主気管支の圧迫
1
気管支狭窄
1
間質性肺炎
1
気管気管支腫瘍
1
急性間質性肺炎
1
急性気管支炎
1
好酸球性肺炎
1
喉頭麻痺による上気道閉塞性肺水腫
1
特発性間質性肺炎
1
乳癌の肺浸潤
1
粘液栓
1
非心原性肺水腫
1
肺門リンパ節腫大
1
リンパ球浸潤による進行性破壊性気管支拡張
1
リンパ腫
1

年別検査実施件数と死亡事故件数の推移を表3に示した。気管支鏡検査の処置に関連した事故は検査111回に対し3例あった。死亡事故発生率は2.7%となった。気管支鏡処置に関連しない死亡例は3例あった。検査前に生じた麻酔事故も2例経験した。

表3 年別検査実施件数と死亡事故件数の推移

 
実施
BS実施後48時間以内に死亡
回数
BS関連
BS非関連
2002
3
1 (#3)
0
2003
12
1 (#5)
2 (#7,#8)
2004
10
0
1 (#22)
2005
11
1  (#35)
0
2006
21
0
0
2007
33
0
0
2008
21
0
0
 

1)気管支鏡処置が関連した死亡事故症例

症例1(#6) アメリカンショートヘアー、10歳6ヶ月、メス。体重3.56kg。

一年間の慢性湿咳と呼吸困難のため気管支鏡検査を希望し来院した。慢性発咳が悪化し発熱と努力呼吸が認められ、胸部X線写真にはdiffuse patchy alveolar infiltration 、2L/分の酸素マスク吸入下でPao2 110.7mmHgと酸素化不良、がみられた。気管支鏡検査にて多量の粘稠分泌物を認めた。気管支肺胞洗浄bronchoalverolar lavage(BAL)検体より下気道感染症と診断された。引き続き挿管下にて気管内分泌物の吸引を間欠的に行ったが、Spo2が不安定となり吸引開始から覚醒まで7時間39分要した。2日後、突然呼吸停止し肺拡張不全のため死亡した。

症例2(#5) 雑種猫、3歳1ヶ月、メス。体重2.6kg。

1〜2カ月前よりあまり動かなくなり最近2日間食欲元気なく来院した。軽度発熱、浅速呼吸、肺音粗励、削痩、白血球増加(19500/μl)、胸部X線写真にてdiffuse patchy alveolar infiltration、動脈血ガス分析にて低酸素血症(Po2 61.5 mm Hg [正常80-100mmHg, room air吸入下])が認められた。気管支鏡検査にて右後葉気管支入口部より粘稠分泌物が溢れ出てきた。BAL検体より好中球主体の細胞所見を示し、下気道感染症と診断された。その後挿管下にて気管内分泌物の吸引を間欠的に行ったがSpo2が不安定となり吸引開始から覚醒まで6時間要した。抜管して6時間後肺拡張不全のため呼吸停止し予後不良のため安楽死を行った。

症例3(#35) 雑種犬、12歳、オス。体重11kg。

3日前より呼吸が早いとのことで来院した。軽度の努力呼吸で頻呼吸(90/分)を呈していた。咳はない。胸部X線写真にて肺野にびまん性網状陰影、動脈血ガス分析にて過換気(Paco2 28.7 mmHg [正常29-39 mmHg])、低酸素血症(Po2 63.2 mmHg)が認められた。びまん性肺疾患の診断のため気管支鏡-検査を実施した。術前の血液凝固系検査にてPT 19.3s、APTT 27.7s(正常犬参照値 PT 6.8-11.6s; APTT 9.7-17.6s)とともに延長していたので、予定していた肺生検を行わず、腫瘍との鑑別のための気管支ブラッシングを行うこととした。検査は、観察、LB1V1にて気管支ブラッシング、RB2にてBALを行った。検査終了後覚醒前に気胸を発症した。気管支ブラッシングによる肺胸膜穿孔が原因と考えられた。ただちに翼状針を用い用手法で抜気し、そして胸腔チューブ設置し持続吸引を行った。吸引液には血液が大量に含まれており、PCV値は検査前の46%から33%と急激に減少した。緊急に輸血を行った。それから浅麻酔下に間欠的な抜気と呼吸管理を行い7時間が経過したところで、カプノグラムが閉塞パターンを示し努力呼気を示すようになった。さらに5時間後Petco2が30から70mmHgに上昇し、その3時間後に急速に徐脈になり心停止した。気管チューブが血餅で閉塞していたことが判明した。のちにBAL解析やブラシ細胞診の結果、腫瘍は検出されず、他所見から特発性間質性肺炎と暫定診断された。

2)気管支鏡処置非関連の死亡例

気管支鏡検査非関連の事故は呼吸困難症例に実施した3例であった。予後不良と診断し、検査後安楽死を決断した症例が2例(#22; 急性間質性肺炎、#7; 急性肺損傷)、検査後自然死を選択した例が1例(#8; 気管虚脱GradeIV)あった。

3)麻酔事故

麻酔導入から気管支鏡検査実施前に生じた事故が2件あった。ともに麻酔リスクが非常に高かったが、気管支鏡処置の目的でオーナー希望のもとに行った。1例(2005.7.8)は、心臓肥大によって気管分岐部が圧迫され呼吸困難になった体重4.15kg、10歳4ヶ月齢のMダックスで、重度の呼吸困難のため動脈穿刺もできない状態であった。気管分岐部にステント設置を行う予定であったが麻酔導入後ただちに心電図にてST下降し心停止した。もう1例(2006.4.25)は気管虚脱と軟口蓋過長による上気道閉塞を合併した体重1.42kg, 16歳8ヶ月齢のチワワで失神転倒を繰り返し、術前Pao2 55.5mmHg、AaDo2 59.9mmHgと肺機能低下もみられた症例で、気道ステント設置を行う予定であった。

4)気管支鏡検査の非適応について

犬猫の気管支鏡検査は全身麻酔を行えることが先ず前提であり、病態が進行してすでに著しく呼吸循環機能が低下している場合非適応となる。これは当然のことである。しかし、検査導入初期には原因究明を優先し、適応か非適応かの冷静な判断に欠けていた。症例1と2では猫の気道内吸引の危険性、症例3は凝固時間延長と間質性肺炎への組織侵襲の危険性を実感した。間質性肺炎では線維化を起こした肺組織部分は弾力を失う。犬猫の気管支鏡検査は観察だけなら安全な検査といえるが、通常観察のみで終わることは少なく他の診断手技や処置が加わる。そのとき適用を誤ると重大な事故を引き起こす可能性がある。犬猫の気管支鏡検査を事故なく行うためには、解剖や病態理解に基づいた技術の向上と、何より経験が重要である。ヒトでは最低50症例を見てから患者を担当するようすすめられている。著者の場合も事故は50症例を経験する前に生じた。

著者経験および文献を参考に犬猫の気管支鏡検査の適応禁忌を以下のように定めてみた。絶対禁忌を、麻酔リスクの高い患者すなわち、全身状態不良を引き起こすほどの呼吸困難または重度心肥大とし、相対禁忌を、Pao2 60 mm Hg未満、血液凝固能低下、体重2.5kg未満の症例とした。相対禁忌症例については、目的と必要性を十分考慮の上、実施を検討する。例外は急性中枢気道閉塞である。異物や気道内占拠病変は処置の効果が明らかに見込めるので、もしその技術さえあれば積極的に気管支鏡処置を適用すべきである。

以上の適応禁忌を遵守して、2005.4.25以降には気管支鏡非関連の死亡例も発生していない。これは技術の向上と事故症例の教訓を生かした診療体制作りによると考えている。

おわりに

犬猫における気管支内視鏡の臨床応用について、著者の基礎データや経験、および文献をもとに概説した。気管支鏡下処置についてはまだ試行段階であり、今後内容修正の必要性も生じてくるかもしれない。気管支内視鏡は従来の小動物の呼吸器診療を大きく変え、患者にも獣医師にも多大な恩恵を与えるツールであると思う。上手に活用して日々の診療に役立てていただきたい。

引用文献

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3.  城下幸仁, 松田岳人, 佐藤陽子他: 仰臥保定下における正常犬の気管支鏡所見-2003年発表図譜の修正-, In:  第26回動物臨床医学会年次大会プロシーディング, 大阪, No.3 194-195(2005).
4.  城下幸仁, 松田岳人: 胸部レントゲン像における犬の葉・区域気管支の分布と走行, In:  第25回動物臨床医学会年次大会プロシーディング, 大阪, No.3 146-147(2004).
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