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パネルディスカッションII

短頭種気道症候群-なぜ事故が起こるのか? その対処法
病態と内科療法の試み

城下 幸仁1)
Yukihito SHIROSHITA

*Brachycephalic airway syndrome: pathophysiology and medical management

1) 相模が丘動物病院:〒228-0001  神奈川県座間市相模が丘6-11-7


はじめに

パグやフレンチブルドッグなどの短頭犬種は、その愛らしさや愛嬌から世界中で人気犬種となっている。一方、これらの犬種は解剖学的に上気道閉塞を起こしやすく、呼吸トラブルが多い。短頭種気道症候群(Brachycephalic Airway Syndrome、以下BAS)とは、ブルドック、ペキニーズ、パグ、ボクサーを代表犬種とし、外鼻孔狭窄、軟口蓋過長症、気管低形成、喉頭小嚢外反、および鼻道の解剖学的構造による上気道閉塞を示す症候群のことをいう。一般に、治療の基本は外科療法であり、外鼻孔狭窄には鼻鏡切除、軟口蓋過長には軟口蓋切除、喉頭小嚢外反には喉頭小嚢切除を実施するとされている。これら外科療法は約25年前に紹介され、今なお同様に行われている。しかし、ある程度の成果は認められているものの、再発や術後経過不良を示したり、麻酔事故を起こす例もある。また、外科手術に関係ないBASにまつわる事故も今なお絶えない。多くの飼い主や獣医師はこうした不安をかかえつつ生活や診療を行っている。この問題の根本には、BASは解剖異常に伴う呼吸病態生理に注目されておらず、さらにその呼吸症状は覚醒時にはほぼみられず、実は睡眠時にそれが進行している、ということにあると思う。今回、近年得られたBASの病態生理の知見を基に、死亡事故の原因と対処法について考察してみた。またそれに基づき著者が最近試みている内科療法についても紹介したいと思う。

BASの臨床

定義・診断・症状

いびき、stertorやstridorを伴う呼吸困難、意識消失、運動後チアノーゼなどの症状があり、それが短頭種と呼ばれるような犬種で生じているときに診断される。短頭犬種とは、イングリッシュブルドッグ、フレンチブルドッグ、ボストンテリア、パグ、ペキニーズ、およびボクサーを主に指す。しかしこれらの犬種に特定せず、構造上、上気道閉塞を起こしうる犬種も広義に短頭種と呼ぶことがある1。これら呼吸障害の最も一般的な構成要素は、口咽頭の軟部組織過剰とくに軟口蓋過長である。日中の傾眠と睡眠時無呼吸を示すこともあり、他の上気道閉塞性疾患を除外して最終診断すべきである。その他、空気嚥下症、裂孔ヘルニア、誤嚥性肺炎、空嘔吐、ギャギング、咳、吐出、胃腸管運動障害もみられることがある。肥満した非短頭種でも同様の病態あれば診断される。頭部/胸部X線写真、頚部エコー、ビデオ透視検査はより確実な診断をもたらす。

治療

現在一般的に行われているのは、鼻鏡切除術、軟口蓋切除術、喉頭小嚢切除術などの外科療法である。外鼻孔狭窄+軟口蓋過長(1歳以下が多い)では96%改善し成績良好であったが、喉頭小嚢切除+軟口蓋過長(高齢が多い)では69%の改善であったという1。また、BAS 118例のreviewでは、もっとも多い合併症は誤嚥性肺炎(15/118)であった。手術実施56例中、術後成績良好17, 良好16, 不良23例という結果で、術後死亡は8例(14%)あり、6例は誤嚥性肺炎でそのうち5例はイングリッシュブルドッグであった1。このように現在行われている外科療法は、必ずしも満足な結果を出していないということを先ず理解しておいたほうがよいと思う。

教訓的な事故症例をひとつ紹介する。

6y3m、メス、キャバリア
症状:横臥を嫌がる。運動不耐。持続性stertor。今まで心不全徴候はなかった。
治療歴:2y4m, 2y11mに2度の軟口蓋切除術
X線所見:呼気時に咽頭腔拡張(
図1
診断:短頭種気道症候群
外科矯正:軟口蓋切除術。術部にステロイド+エピネフリンを局注。
経過:術後stertorおよび吸気努力が6時間続き起立不能。次第に呼吸困難が悪化し重度な肺水腫を起こしていた(
図2)。再挿管による気道確保、陽圧換気、利尿剤投与も無効であり、再挿管して11時間後に肺拡張不全のため死亡した。


図1 症例の頚部X線写真。左は吸気時。右は呼気時。呼気時に咽頭腔拡張がみられた。


図2 症例の治療経過中の胸部X線所見。びまん性肺胞浸潤影がみられた。



著者は、BASにおける死亡事故または突然死は、

1)熱中症
2)術後覚醒不全下に生じる咽頭虚脱および上気道閉塞性肺水腫
3)上気道拡張筋群の代償不能=睡眠時無呼吸の末期症状

の3つの機序で起きると考えている。1は上気道閉塞疾患に共通していえることであり、放熱障害による。特に2と3を理解することが重要である。

上記症例のような悲劇は、BAS終末像の「咽頭虚脱」−急性上気道閉塞―非心原性肺水腫という一連の流れで起きている。咽頭虚脱の機序についてはBASの病態で詳述する。

急性上気道閉塞に起因する非心原性肺水腫について
原因は明らかではないが、毛細血管壁の機械的破壊による肺毛細血管の透過性増加という説が有力である2,3。これは肺毛細血管の壁ストレス破綻で説明される。壁ストレスとは、
(管内圧-管外圧)× 半径 / 壁の厚さ で表現される。実験的に管内外圧差が70 mmHgを超えると肺毛細血管壁において壁破綻が生じ始めるとされている4。上気道閉塞による吸気努力時には非常に高い胸腔内陰圧が生じるため、毛細血管壁の機械的破壊が生じている可能性は高い。

BASが慢性経過をとると胸部X線肺野の間質陰影が増加してくることをよく経験する。心エコーで明らかな異常はないことが多い。著者の推測だが、BASでは特に夜間のいびきの際には強い吸気努力が生じているので、この機序で数年かけて緩徐にびまん性間質陰影が生じると考えている。したがって、このびまん性間質陰影は利尿剤で完全には消失しない。

BASの病態

BASは慢性進行性上気道閉塞疾患である。病態生理については、以下のHendricksらの研究1にみることができる。

i) 気道最狭窄部位は舌骨装置内であった1

ii) BASの睡眠時無呼吸

異常な傾眠、いびき、閉塞性無呼吸、中枢性無呼吸の症状を示す。覚醒時には呼吸機能はほぼ全く正常である。犬における無呼吸の定義は明らかではないが、ヒトでは、口・鼻での10秒以上の気流の停止とされている。この睡眠時無呼吸はBASの代表犬種であるイングリッシュブルドックでふつうにみられ、BASの病態との関与が指摘されてきた。そこでイングリッシュブルドックはヒトの睡眠時無呼吸症の自然発生モデルとなった5。睡眠は、non-REM睡眠とREM睡眠で構成されている。イングリッシュブルドックではREM睡眠期に毎時5〜100回程度呼吸が休止し、non-REM睡眠期には呼吸休止は軽度であることが分かった5。ヒトではnon-REM期でも無呼吸が起こるが、これは閉塞性無呼吸であり低酸素に反応し微覚醒が生じ呼吸を調節している。REM睡眠は特殊な睡眠である。「自律神経の嵐」と言われ、脳は覚醒し夢をみて、身体は睡眠状態となる。姿勢筋を中心とする全身の筋活動が低下する。また、呼吸は血液ガスの値によるホメオスターシスで調節されておらず筋活動に依存し、呼吸再開は不規則な筋活動に依存している。Hendricksらは、イングリッシュブルドッグにおける睡眠呼吸障害(Sleeping disordered breathing、SDB)は、このようなREM期の特殊な状態を反映し、呼吸筋である横隔膜の活動低下というよりも、通常は姿勢筋である上気道拡張筋の活動低下に依存し、低酸素による微覚醒で呼吸を調節しているのではなく、不規則な上気道拡張筋の活動で調節されているということを示した5

iii) 覚醒期およびnon-REM睡眠期の上気道拡張筋群の代償性活動亢進

覚醒期、ブルドッグの終末呼気には咽頭はほぼ閉塞するが、吸気が始まると拡張し始めることが分かった。この様式は正常犬と全く逆である。吸気時に積極的に上気道を拡張させているようである。上気道を拡張させているのは、胸骨舌骨筋(SH)、オトガイ舌骨筋など、主に舌骨に終止している筋群のことで、ここでは上気道拡張筋群と呼ぶ。通常は、嚥下、頭部の運動、吠えなどに関与する。Hendricksらは、このような短頭種の上気道拡張筋群の活動について以下の実験を行って確かめた6。非短頭種コントロール犬とイングリッシュブルドッグの胸骨舌骨筋(SH)と横隔膜(DIA)に筋電図の電極を埋め込み、覚醒時とREM睡眠時における筋活動について記録した。その結果、DIAは睡眠時を通じてコントロール犬とブルドッグで同じような活動を示した。しかし、SHの活動が両者で大きく異なっていた。覚醒時には、非短頭種コントロール犬では、SH活動は不規則に間欠的(32%)であったに過ぎなかったのに対し、ブルドッグではそれに対しSH活動が有意に増加し常にあった(ほぼ100%)。REM睡眠時には、コントロール犬でSH活動は不規則にやや活動増加したが、それに比べブルドッグでは有意に活動が低下した。解剖学的に上気道が狭いブルドッグでは、代償性に上気道を拡張させる筋の活動亢進が、気道開存性と正常呼吸を維持するのに必要である、と結論された6

iv) 上気道拡張筋群の経年負荷と上気道閉塞症状の進行

元来、上気道拡張筋群は心筋や呼吸筋と異なり常に活動するための筋ではない。したがって、以上のような上気道拡張筋の異常な活動亢進で経年負荷が生じ機能障害に至ることが考えられる。それがイングリッシュブルドッグの短命や突然死を説明できるかもしれない。

Hendricksらはこの点に関し、さらに以下を示した。

-イングリッシュブルドッグの上気道拡張筋には浮腫・線維化がみられ、この傷害の程度と、睡眠時無呼吸の程度は相関した1

-進行例では、代償期よりも舌骨装置部分を拡張させているが、軟部組織がそれ以上に入り込み、正味の気道拡張は減少し、筋負担が増加していた1

-毎時20回以上無呼吸を示す進行例では、次第に覚醒時でも、血液ガスにて低酸素・高炭酸ガス血症が進行し、換気障害を起こすようになる(図31


図3 毎時20回以上無呼吸を示す進行例(図の黒丸)では、血液ガスにて高炭酸ガス血症が進行し、換気障害が起きていた(文献1より抜粋)。



v) 自然経過

Hendricksによると、研究所内や診療に訪れる動物の観察から、睡眠時無呼吸を示すイングリッシュブルドッグには一般に以下のような自然経過がみられるという1

0-2w 睡眠時無呼吸症状なし

6w-3m 覚醒時にも睡眠時にも無呼吸症状あり

4m-4y REM睡眠時にのみ無呼吸症状あり

4y- 運動不耐や意識消失などの代償不全徴候始まる

6-7y non-REM睡眠時も低酸素血症。呼吸不全・心不全あり

8y- 代償不全による呼吸停止のため、突然死の自然発症が多く認められる

このように解剖学的上気道閉塞に対する代償は生後4ヶ月から完成され、それまでは不安定な呼吸となる。よって生後3週から3ヶ月齢には外科手術は禁忌となる。代償が安定しているのは4歳までで、それ以降は代償不全徴候がみられ、それは呼吸不全や心不全という形で現れ、8歳から上気道拡張筋の代償破綻による咽頭虚脱のため、突然死がみられるようになる。もし8歳が寿命ならば、非短頭犬種にくらべ非常に短いと思われる。ii)からv)からBASの病態を図4にまとめた。


図4 BASの病態。BASは解剖学的上気道狭窄を生来有しており、その気道開存のため上気道拡張筋群(Upper Airway Dilating Muscles, UADM)が代償性活動している。一方夜間のREM睡眠期にはその活動は抑制され、気道狭窄が再現し、いびきや睡眠時無呼吸を示す。この状態が持続するとUADMの経年負荷と、心肥大や間質性肺水腫が生じて代償不全を示し、やがてはそれも破綻し代償不能となる。


vi) 鎮静・麻酔のリスク

鎮静や麻酔は、いわば薬物による強制睡眠といえ、上気道拡張筋の活動は強く抑制され、自然睡眠の呼吸調節機能が失われる。気管挿管下では酸素化や換気に問題ないが、導入時と覚醒不全下に抜管した時に咽頭虚脱が生じ上気道閉塞が生じる。まして、代償不全期の動物に鎮静麻酔を無計画に行った場合、すでに心肺機能低下も重なり著明に咽頭虚脱の状態が発現し生命にかかわる状況になる可能性がある。先に示した教訓的症例がその例である。

vii) BASの危険因子---代償不全のとらえ方

以上のHendricksらの研究に基づき、BAS動物の重症度判定に以下のような危険因子をあげてみた。外科手術を行う際の意志決定とオーナーに対する説明に役立つように思う。

1 短頭種、とくにイングリッシュブルドック
2  睡眠時無呼吸あり。とくに毎時20回以上無呼吸あり。
3  幼齢(3週-3ヶ月)または、4歳以上。とくに8歳以上は特にリスク大。
4  明らかなStridor。診察台上に載せると確実に認められる。
5  Paco2 40 mm Hg 以上、または Pao2 80 mm Hg未満
6  食欲元気なし。明らかな運動不耐
7  心不全・心肥大あり
8  胸部X線にてびまん性間質陰影あり
9  気管虚脱あり
10 誤嚥性肺炎の病歴あり

---これまでの著者の経験から、以上3項目以上みたせば外科手術要注意、4項目以上あれば外科リスク大と考えるべきである。

代償不全は、年齢という要素が必要であり、心不全や肺機能低下が慢性上気道閉塞に由来すると考えられたときに、診断される。また、著者が代償不全末期でよくみる症状は、食欲がなくなる、夜眠れない、覚醒時にのどがつかえるような症状などである。そのような症状がみられたら、飼い主にBASの病態をしっかり告げ1週間程度で咽頭虚脱による突然死がありうることを伝えている。

vii) BAS様病態を示す特徴的な所見

著者がBAS診療でよくみる所見を挙げてみた。短頭種に限らず他の犬種でもみられる。科学的根拠は明らかではないが、各所見ごとに複数例認めている。

喉頭の降下(図5b, d
顎下軟部組織過剰(図5c
猪首(図6
全周タイプの軟口蓋過剰(図5b、ビデオ透視検査では軟口蓋と咽頭背側壁が同時に動く)
小顎症、または短頭種の正常咬合(図5d


図5 BASの特徴的X線所見。ともに鼻咽頭領域が狭い。a: 比較的臨床症状の少ないフレンチブル。アンダーショットと喉頭の位置に注目。これが正常である。b: 重度のいびきと睡眠時無呼吸を示すキャバリア。喉頭の上端がC2-C3間にレベルにある。正常はC1-C2間にある。軟口蓋と口咽頭背側壁が分離されてみえず全周型の軟口蓋過剰もみられる。c: いびきと睡眠障害を示すマルチーズ。顎下に軟部組織過剰が認められる。d: 重度の上気道性喘鳴を示す狆。短頭種でありながら正常咬合を示す。また喉頭上端がC3-C4間のレベルにまで著しく降下している。そのため舌根が後退し鼻咽頭腔が著しく狭窄している。



図6 重度ないびきと失神転倒を示すヨーキー。頚部が太く短く筋肉質のがっちりした体型をしている。このような体型を猪首という。上気道拡張筋群の活動亢進を示唆している。


内科療法の試み

i) 背景:従来の外科療法は症状改善効果が持続しないことがある。高齢犬など代償不全患者へは外科対応のリスクが非常に大きい。

ii) 基礎根拠:

脳幹のセロトニンニューロンの活動は、REM睡眠期に減少し、この時期の上気道活動を減退させることが基礎研究で分かっている1。まだ研究段階であるが、セロトニンが上気道の代償性活動を維持するのに効果的であると言われており、イングリッシュブルドッグでは少なくとも短期的には有効であることが確認されている1

脳内セロトニン濃度を増加させる薬剤
抗うつ薬:シナプス前部のセロトニン再取込みを阻害する。犬の分離不安症治療薬として認可されているクロミプラミン(クロミカルム?)は、ヒトでは第一世代の抗うつ薬として分類されている。第二世代のトラゾドンはブルドッグにおいて睡眠時に上気道を拡張することが分かっている7。しかし、現在ではさらに安全性の高い第四世代の選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬が開発されており、動物での効果が期待される。副作用には、口渇・便秘などの抗コリン作用、心毒性、悪心・嘔吐、錯乱・興奮・震戦などのセロトニン症候群などがある。

制吐薬:CTZに存在するセロトニン5-HT3受容体を遮断する。オンダンセトロンはブルドッグでREM睡眠期の無呼吸を減少させる効果が確認されている8

iv) ミルナシプラン(薬剤名:トレドミン)について

第四世代のセロトニン再取込み阻害薬である。第一世代の抗コリン作用や心毒性の副作用が極めて少なくなった。また、第二、三世代の効果発現が遅いという欠点も補われ、作用発現が早くなった。薬効の特性上、悪心や嘔吐が起こりやすいが、それも第三世代までの薬剤に比べかなり少なくなった。

v) ミルナシプランの症例への適用

著者は、上記のセロトニンの上気道拡張効果の基礎データに着目し、いびきあり、頭部X線およびビデオ透視検査で上気道閉塞が確認された症例に対し内科的上気道拡張治療を試みていた。そこで、2007.5-2008.6までに著者がミルナシプラン投与で治療を行った犬について後ろ向きにその効果について調べてみた。投与量は1-2mg/kg を夜就寝前に1日1回を基本とし、重症度に応じて1日2回とした。これは、動物用に認可されているクロミプラミン(薬剤名:クロミカルム)の投与量とミルナシプランのヒト投与量を参考に決めた。全部で14例あった(表1)。この中にBAS代償不全期と考えられる犬が3例あった。種類は、狆2、シーズー2、イングリッシュブルドッグ、パグ、キャバリア、チワワ、マルチーズ、アメリカンコッカースパニエル、Mダックス、ポメラニアン、ヨークシャーテリア、性別はオス7;メス7、年齢は中央値9.46歳(0.83-12歳)、体重は中央値4.46kg(2.4-18.06kg)、投与期間は1日から10ヶ月であった。いびき・stertor・stridorの上気道閉塞症状消失を効果ありと判断した。2週間以内に効果を示したのは10/14例(71.4%)、1ヶ月間では9/11例(81.8%)であった。しかし、1−3ヶ月間に、上気道閉塞症状が再び現れ始める例がいくつかあり、投与期間が3ヶ月になると効果を維持できたのは3例だけであった。そこで投与を中止した症例もある(#2)が、投与量増加で効果を維持した症例もあった(#1)。甲状腺機能低下で一時的な上気道閉塞症状が見られた1例を除くと、継続投与した3例とも6ヶ月後には投与開始時の上気道閉塞症状が再燃した。このうち2例は上気道拡張療法前より慢性心不全を合併していた。BAS代償不全期と考えられた1例は全く効果を示さなかった(#6)。以上の結果から、1ヶ月以内の短期投与なら有効かもしれないと考えている。内科療法はあくまで短期療法であり、長期維持は困難であるようである。

表1 ミルナシプラン投与で上気道閉塞治療を行った犬の詳細と治療結果

 
年齢
体重
pHa 
Paco2
Pao2
  投与量 結果(いびき、上気道閉塞症状)
#
種類
(ys)
(kg)
BCS
 
(mmHg)
(mmHg)
BAS診断
合併症
危険因子 投与目的 (mg/kg) 1w 2w 1m 3m 4m 5m 6m 7m 8m 9m 10m
1
パグ
11.5
7.05
3
7.46
29
81
代償期
視力低下
1,3,4,8,9 外科リスク大のため 1.0 q24h - - ++ - - +++
2
シーズー 
f
9.08
3.82
3
7.43
33
76
代償不全期
慢性心不全
3,5,7,8 外科リスク大のため 1.0 q24h ++ - +++
3
チワワ 
6.75
3.82
4
7.45
34
85
代償期
慢性心不全
3,7.8,9 外科リスク大のため 1.0 q24h ++ - - - - - +++ - - -
4
マルチーズ
12
5.16
4
7.43
34
63
代償不全期
慢性皮膚炎
3,5,7,8 外科リスク大のため 1.4 q24h ± - - ± ++ +++ ++ - +++
5
2.83
2.4
2
7.34
42
67
代償期
なし
1,4,5,9 外科効果確認 1.5 q24h ++ ++
6
チワワ 
8.83
2.84
3
7.39
38
63
代償不全期
慢性気管支炎
3,4,5,8,9 外科リスク大のため 1.3 q24h ++ ++ ++
7
キャバリア
9.83
6.76
3
7.41
42
77
代償期
慢性心不全
2,3,5,7 外科効果確認 1.1 q24h -
8
シーズー
10.6
5.1
4
7.39
41
75
代償期
甲状腺機能低下
3,5,6,8 咽頭虚脱治療 1.4 q12h ++ ± - - - - - - -
9
3.25
2.66
2
7.38
40
77
代償期
なし
1,4,5,9 術後再燃、内科的拡張 1.5 q12h
10
A.コッカー
10.7
15.4
5
7.43
33
74
代償期
眼瞼腫瘍・肥満
3,5,8 周術期リスク軽減 1.0 q24h -
11
Mダックス 
6.42
5.2
3
7.42
46
51
代償期
重度COPD
4,5,8 外科リスク大のため 1.4 q24h - - - ++ ++ ++
12
ポメラニアン
11.3
2.86
3
7.44
32
93
代償期
気管虚脱
3,9 頚部気管虚脱治療 1.4 q24h - - -
13
ブルドック
0.83
18.1
3
7.42
39
75
代償期
誤嚥性肺炎歴
1,4,5,10 外科効果確認 0.8 q12h
14
ヨーキー  
10.8
3.06
4
7.43
32
83
代償期
気管虚脱・胆石
3,8,9 頚部気管虚脱治療 2.5 q24h - - -                

vi) 適応について:代償不全末期の手術リスク大の患者、周術期、外科療法の効果確認と術前期間、肥満動物の減少期、専門医受診までの一時的治療

注意:MR合併例には投与後肺水腫生じることあり、利尿剤投与を行う。緑内症発症にも注意。

結論

短頭種気道症候群の事故の原因は、

1)熱中症(放熱障害による高体温)
2)術後覚醒不全下に生じる咽頭虚脱および上気道閉塞性肺水腫
3)上気道拡張筋群の代償不能=睡眠時無呼吸の末期症状

と考えられる。

対処法としては、先ずBASの病態生理をよく理解し、代償期か代償不全期を評価し、起こりうる事故を未然に防ぐことである。

具体的には、

BASを起こしそうな動物の飼い主に早期にその病態について説明しておく。

生後3週から3ヶ月齢のBAS症例には麻酔をかけない。

夏の暑い時期や密閉した暑いところにBASの動物を連れ出さない。

いびきや夜間の寝苦しい様子があるなど無呼吸症状がないか常に確認しておく。

外科矯正は1歳未満に、遅くても4歳までに行っておくようすすめる。

代償不全に陥った動物には外科矯正では高い効果が見込めないかリスクが高いため、心不全治療に加え短期的な内科療法も試みてみる。

などである。

最後に

BASは、覚醒時には上気道拡張筋が活動亢進しているため上気道閉塞の問題が顕在化していない。そして、毎夜いびきや無呼吸症が生じ、次第に代償不全状態に知らぬ間に進行していく。いわば、「夜に進行していく」病気なのである。短頭犬種や若齢期にいびきをかく犬は全てこのような経過をとる可能性がある。そのためにも、代償不全性変化が生じていない若齢のうちに外科矯正を行うのが最良の対処法と思う。

参考文献

1.  Hendricks JC: Brachycephalic Airway Syndrome, In: King LG, ed. Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats, 310-318, Elsevier SAUNDERS, Philadelphia (2004).
2.  Schwartz DR, Maroo A, Malhotra A, et al: Negative pressure pulmonary hemorrhage, Chest, 115, 1194-1197(1999).
3.  Weissman C, Damask MC, Yang J: Noncardiogenic pulmonary edema following laryngeal obstruction, Anesthesiology, 60, 163-165(1984).
4.  Holt DE: Upper Airway Obstraction, Stertor, and Stridor, In: King LG, ed. Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats, 35-42, Elsevier SAUNDERS, Philadelphia (2004).
5.  Hendricks JC, Kline LR, Kovalski RJ, et al: The English bulldog: a natural model of sleep-disordered breathing, J Appl Physiol, 63, 1344-1350(1987).
6.  Hendricks JC, Petrof BJ, Panckeri K, et al: Upper airway dilating muscle hyperactivity during non-rapid eye movement sleep in English bulldogs, Am Rev Respir Dis, 148, 185-194(1993).
7.  Veasey SC, Fenik P, Panckeri K, et al: The effects of trazodone with L-tryptophan on sleep-disordered breathing in the English bulldog, Am J Respir Crit Care Med, 160, 1659-1667(1999).
8.  Veasey SC, Chachkes J, Fenik P, et al: The effects of ondansetron on sleep-disordered breathing in the English bulldog, Sleep, 24:155-160(2001).


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