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犬猫の気管支鏡検査-解剖と私の挿入手技-

城下 幸仁(相模が丘動物病院)

はじめに

今回、犬猫の気管支鏡検査の基本となる気管気管支樹の臨床解剖について、文献所見と比較しながら著者の基礎研究所見を述べる。また、著者が日常実施している気管支鏡の挿入手技についても紹介する。


I. 犬の気管気管支樹の臨床解剖について

犬の気管支樹は左右の主気管支を軸とする比較的単純な主軸状(monopodial)に分岐していく。それに比べヒトでは均等分岐を繰り返す複雑な肉叉状(dichtomous)分岐を示す。この解剖学特徴を生かし、1986年Amisらにより犬の気管支鏡的分岐命名法が提唱された1。これは主気管支からの分岐順と方向(背腹)のみで構成され、複雑な犬の気管支樹の位置を単純かつ正確に表現することができるようになった。同時に正常犬の気管支鏡所見が報告された。この論文で挿入された犬の気管支樹の図譜は現在広く用いられている。しかし、この図譜は生体肺を忠実に表現する意図で作成されていない。また、この図譜は伏臥保定下によるものであった。気管支肺胞洗浄を仰臥保定下に右中葉支で行えば高い回収率で実施できる。そこで、著者は近年小動物に導入され始めた高解像度のビデオスコープを用い仰臥保定下での正常犬3頭について気管気管支樹を観察しAmisらの所見と比較した2-5。さらに、気管支鏡下に同定可能かつ鉗子挿入可能な気管支全てに鉗子を挿入し各々について胸部X線上の走行を調べ、そのデータと犬の気管支樹鋳型標本から犬の気管気管支樹の模式図を再構築した。そして各気管支のX線上の走行分布については肺野を区画し、それぞれの領域を走行する気管支を記述した。略語はAmisらの命名法1に従った。

1) 再構築された犬の気管気管支樹模式図4(図1)

声門:喉頭蓋を軽く反転して声門裂が見えるように描いた。気管:気管軟骨輪と輪状靭帯の幅の比は約4:1である6ので、そのように描いた。犬の気管は長いので頚部気管と胸部気管を区切り線で分けて表現した。正常犬の気管軟骨輪の数は約35個程度である6。気管分岐部:気管はどちらかというと右主気管支に自然に流れるように移行していった。RB1(右前葉気管支), LB1(左前葉気管支):RB1は気管分岐部のすぐ右側で分岐した。LB1はただちに分岐しなかった。ともに左右主気管支から腹尾外側方に分岐したあとすぐに、腹前内側方に鋭く屈曲して円錐状の胸郭の頂点(胸郭前口)のやや下方に向かって走行した。両気管支より分岐する背腹方向の2番目以降の区域気管支の走行は肺葉の形態、葉気管支の走行、および気管支樹鋳型標本に基づき模式的に加えた。RB1D1:RB1が腹前内側方に鋭く屈曲する前の尾側壁から背尾外側方に短く走行した。RB1D2:RB1の屈曲直後で分岐しRB1D1とほぼ平行やや外側を走行した。RB2(右中葉気管支):RB1の分岐部から少し距離をおいて右主気管支の腹側面から腹尾外側方に走行した。RB2C1:RB2の最初の区域気管支でありRB4(右後葉気管支)に沿って尾方に走行した。RB1分岐部からRB2分岐部までを中間幹と呼ぶ。RB3(副葉気管支):RB2分岐部のわずか後方の内側面からLB2(左後気管支)先端に向かって尾外側方に走行した。すぐに尾側壁より大きな区域気管支が尾背側方に分岐していた(RB3D1)。このRB3D1はほぼ正中の尾側方にRB4とLB2の末端と同じレベルまで伸びた。RB4:最初の区域気管支はRB3とほぼ同じレベルで外側壁より背側方に短く向かい(RB4D1)、次は腹側壁より起こり背側区域気管支に比べ長かった(RB4V1)。2番目の区域気管支分岐も同様に背腹の対であり次第に短くかつ主気管支と鋭角をなして分岐していった。分岐口位置は1番目よりやや外側に旋回していた(RB4D2およびRB4V2)。以降同様に背腹の区域気管支の対が分岐していった。ときに背腹の対に加え内側にも非常に短い分岐が存在した。LB1V1:LB1が左主気管支から分岐直後の腹内側方に鋭く屈曲する前に腹尾外側方に走行した。最も大きな区域気管支である。LB1D1:LB1が鋭く屈曲した直後の背側壁から背前外側方に伸びた。LB2:RB4と同様に短い背側区域気管支群と長い腹側気管支群の対が走行し、ときに非常に短い内側支がみられた。

2) 内視鏡所見2,4(図1)

気管支鏡所見は末梢に向かって以下のように観察された。
(1)声門 ここを通過すると声門下腔が広がり気管に移行した。(2)(3)頚部および胸部気管 馬蹄形の軟骨輪が規則正しく配列していた。背側には膜様部が観察されたが、ヒトでみられるほど明らかな縦走襞はみられなかった。気管軟骨部で上皮下血管は粗となり、輪状靭帯および膜性壁部で密な血管網が観察された。(4)気管分岐部 左右主気管支に分岐する部分で鋭い楔状にみえた。(5)右主気管支 RB1入口部が気管分岐部の対側にみえた。先に右中葉気管支(RB2)、右副葉気管支(RB3)、右後葉気管支(RB4)の入口部がみえた。(6)RB1分岐部 すぐに大きな区域気管支(RB1D1)がRB1の背側壁に起きていた。RB1は腹方に鋭く屈曲しその先はみえない。(7)RB1D2 RB1が鋭く屈曲する前の背壁にRB1D2の入口部がみえるが小さい犬では鉗子挿入が難しかった。(8)中間幹 腹側にRB2、内側にRB3、中央にRB4の入口部がみえた。(9)RB2分岐部 RB2は右主気管支と鋭角をなし分岐していた。最初の区域気管支は尾側方に分岐していた(RB2C1)。区域気管支群は前および尾側壁より生じていた。(10)RB3分岐部 RB2のわずか後方の右主気管支内側面に入口がみえた。すぐに尾側壁よりRB3D1が分岐していた。腹側区域気管支はみえないことが多い。(11)右後葉気管支(1番目の区域気管支分岐部)RB4の最初の区域気管支はRB3とほぼ同じレベルで外側壁より生じていた(RB4D1)、次は腹側壁より起こっていた(RB4V1)。(12)右後葉気管支(2番目の区域気管支分岐部)背腹の対の分岐口は次第に接近しつつやや外側に旋回していた(RB4D2およびRB4V2)。以降の区域気管支分岐口も同様である。(13)気管分岐部戻る。(14)左主気管支 わずかに距離をおいて外側面にLB1が分岐しその先にLB2がみえた。(15)LB1分岐部 LB1が左主気管支から分岐した直後に大きな区域気管支のLB1V1の入口部がみえた。LB1はその前方から鋭く前腹側方に屈曲して伸びていくのでその先はみえない。LB1の屈曲部にLB1D1の分岐部がみえたが、小さい犬では鉗子挿入が難しかった。(16)LB1V1 分岐後すぐに亜区域支が起きていた(LB1V1a)。(17)左後葉気管支(1番目の区域気管支分岐部)LB2の最初の区域気管支はLB1のやや尾側の左後葉気管支の背外側壁より起き(LB2D1)、すぐ次に腹側壁に区域気管支が起こっていた(LB2V1)。(18)左後葉気管支(2番目の区域気管支分岐部)右後葉同様、2番目の区域気管支の分岐口の対が接近しつつやや外側に旋回した位置にみえた。(19)気管分岐部に戻る

これら所見はAmisらのデータ1と背腹方向を逆にした以外ほぼ一致していた。Amisらは、区域気管支は背腹2方向のみであると主張している1。しかし著者の所見からは左右後葉気管支でときに内側方(Medial)にも分岐がみられた(図1 18)。したがって、背外腹内側の4分岐系が哺乳動物の気管支分岐の基本形としてあるとの説7が支持された。

3)X線写真上の気管支の走行分布3,5(図2)

気管支鏡下に同定可能かつ鉗子挿入可能な気管支は全部で20本あった(図2)。RB1, RB3, RB3D1, RB4, RB4D1, LB1, LB2, LB2V2は3頭ともほぼ同一の走行を示し、LB1V1, LB1D1, RB4V1に変位を認めた。その他の気管支については3頭でわずかの走行の違いは認めたが同一の区画内に分布していた。これを用いると胸部異常影の部位を気管支の位置と関連づけて客観的に記述することが可能となる。最も主要な区域気管支であるLB1V1に変位が認められた。

4)気管支の組織構造8(図3)

肉眼所見の理解に必要となる。上皮層は多列線毛円柱上皮であり、粘膜固有層には縦走する弾性線維がほぼ均等に密に分布する。その間に気管腺、気管支静脈に流入する毛細血管網、リンパ球などの炎症細胞が存在する。その下は輪走する平滑筋層よりなる。気管支鏡で透見できるのは約0.5mm程度で固有層の深さに相当する。
猫について:現時点では猫の気管支樹の構造や気管支走行について固有のデータはない。しかし経験的に犬同様に主軸状分岐すると思われ、犬の命名法や構造に準じるものとして検査が行われている。

II. 気管支鏡の挿入手技について

著者は透視下仰臥保定で検査を行っている。そしてラリンゲルマスクにY型アダプター(サクションセーフ Swivel Y コネクター)を装着したものを口咽頭に設置してからスコープを通している9。最も小さいサイズのラリンゲルマスクはID 5.25mmで猫や体重2kg程度の極小犬にも設置可能であり、さらに挿入部径3.6mmの気管支鏡が裕に通過できる。一方、ID 4.5mmの気管チューブにはアダプターを外しても通過できない。Y型アダプターの片方に麻酔回路に接続すれば、酸素や麻酔ガスを投与しながら検査が可能となる。また、喉頭からの観察も可能となる。動物の自発呼吸安定後、検査を開始する。ラリンゲルマスク先端を越えるとすぐに喉頭がみえてくる。左手で操作部を保持し、右手で挿入部を保持する。左右方向は左手でのrotation、上下は操作部のup-down、前後方向は右手でスコープを送る。挿入部に緊張性を持たせると追従性が向上する。

図1 犬の気管気管支樹模式図と内視鏡所見。模式図は胸部X線写真上の各気管支の走行に基づき生体肺を忠実に再現した。著者は毎回この番号順に観察し、体系的に検査を行うようにしている。

図2 気管支鏡下に同定可能かつ鉗子挿入可能な気管支および胸部X線写真上における各気管支の走行分布。胸部X線VDおよびラテラル像上にそれぞれ4本の仮想線を設定し、VD像ではIからVIまでの6区画、ラテラル像ではL1からL5までの5区画に分けた。IIとVの区画内にはさらに等分する補助線を設けた。細字の斜字は変位を示す。



図3 気管支の組織構造。上皮層は多列線毛円柱上皮であり、粘膜固有層には縦走する弾性線維がほぼ均等に密に分布する。その間に気管腺、気管支静脈に流入する毛細血管網、リンパ球などの炎症細胞が存在する。その下は輪走する平滑筋層よりなる。気管支鏡で透見できるのは約0.5mm程度で固有層の深さに相当する。


引用文献

1.  Amis TC, McKiernan BC. Systematic identification of endobronchial anatomy during bronchoscopy in the dog. Am J Vet Res 1986;47:2649-2657.
2.  城下幸仁, 松田岳人. 仰臥保定下における正常犬の気管支鏡所見. In:  第24回動物臨床医学会年次大会プロシーディング, 大阪 2003;No.1, 312-312.
3.  城下幸仁, 松田岳人. 胸部レントゲン像における犬の葉・区域気管支の分布と走行. In:  第25回動物臨床医学会年次大会プロシーディング, 大阪 2004;No.3, 146-147.
4.  城下幸仁, 松田岳人, 佐藤陽子, et al. 仰臥保定下における正常犬の気管支鏡所見-2003年発表図譜の修正-. In:  第26回動物臨床医学会年次大会プロシーディング, 大阪 2005;No.3, 194-195.
5.  城下幸仁, 松田岳人, 佐藤陽子, et al. 胸部X線像における犬の気管支樹の模式化. In:  第26回動物臨床医学会年次大会プロシーディング, 大阪 2005;No.3, 196-197.
6.  Evans H. Miller's Anatomy of the Dog. In, 3rd ed. Philadelphia: W.B. Saunders; 1993.
7.  Nakakuki S. The bronchial tree and lobular division of the dog lung. J Vet Med Sci 1994;56:455-458.
8.  城下幸仁, 松田岳人, 佐藤陽子, et al. 犬猫における気管支鏡検査 適応および解剖学的考察. In:  第27回動物臨床医学会年次大会プロシーディング 2006;No.3,200-201.
9.  城下幸仁, 松田岳人, 佐藤陽子, et al. 犬猫における気管支鏡検査-装置および基本手技-. In:  第28回動物臨床医学会年次大会プロシーディング, 大阪 2007;No.3,164-165.


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