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猫の急性間質性肺炎の1例

城下 シロシタ  ユキヒト 1  松田 岳人 マツダ  タケト 1

1)相模が丘動物病院(神奈川県)

原因不明の急性呼吸困難を示し致死的な経過をとり、肺病理組織学標本にdiffuse alveolar damageを認めた猫の急性間質性肺炎の1例を経験した。猫でもヒトの急性呼吸促迫症候群に似た呼吸困難が起きた。

キーワード:猫、diffuse alveolar damage: DAD、急性間質性肺炎、急性呼吸促迫症候群

はじめに

猫でヒトの急性呼吸促迫症候群(Acute respiratory distress syndrome, ARDS)のような呼吸困難が生じた報告はない1)。ARDSは敗血症や胸部外傷などに数日遅れて突発する呼吸困難であり、50-70%の高い致命率を示す。病理組織学的には肺血管透過性亢進、肺胞上皮傷害、炎症細胞浸潤を示唆するdiffuse alveolar damage, DADを特徴とする2)。今回、原因不明の急性呼吸困難を示し致死的な経過をとり、病理組織学的にDAD所見を認めた猫の急性間質性肺炎の1例を経験したので報告する。

プロフィール:9歳2ヶ月齢 去勢雄 雑種猫

主訴:2日前より突然呼吸速拍と元気消退とのことで夜間救急来院。

ヒストリー:幼齢時に膀胱炎の既往あり。数年間予防接種なし。室内飼育。同居猫一頭あるが異常なし。発症前に刺激となるガス吸引、事故、および薬物摂取歴なし。

身体検査所見:体重5.24(kg) 体温38.3(℃) 心拍数192(/min) 呼吸数88(/min)。肥満傾向。浅速呼吸を呈し呼吸困難でほぼ横臥状態。可視粘膜やや蒼白。

臨床検査所見

胸部X線:両側性にびまん性間質パターンを示した(図1)。

CBCおよび血液生化学:特異所見なし。

気管支鏡検査

酸素療法を12時間続け伏臥姿勢をとれる程度まで状態が改善したので、急性感染症/アレルギー/腫瘍性疾患の鑑別のため気管支鏡検査を施行した。

肉眼的所見:粘膜は全体的に粥状凹凸不整を示した(図2)。

気管支肺胞洗浄液(BAL)解析:RB3に生食10mlを2回注入し回収した。回収率75%だった。総細胞数は1011/μlと著しく増加し、細胞分画では活性化マクロファージが91.5%を占め慢性炎症パターンを示した。好酸球(3.75%)やリンパ球(1.75%)はわずかでありアレルギーや免疫介在性疾患は否定された。細菌や真菌も検出されなかった。また、マクロファージにまみれ悪性腫瘍性を疑う細胞塊がみられた(図3)。

臨床診断:びまん性悪性腫瘍の可能性あり

経過:呼吸困難は改善されず、予後不良と判断し安楽死を行なった。

剖検所見:肉眼的に肺の一部が壁側胸膜に癒着していた。組織学的に肺は左右のほぼ全域にわたり強い間質性肺炎を示した。細気管支粘膜上皮は保たれ気管支内腔の炎症細胞浸潤も比較的軽度であった。線維化も散見されたが、肺胞上皮の変性脱落と硝子膜形成(図4)、好中球・活性化マクロファージ・形質細胞の浸潤(図5)、毛細血管の鬱血、および間質の浮腫(図6)などの滲出期DAD所見2)が主体であった。腫瘍細胞浸潤は認められなかった。心臓には、心筋配列に乱れなく横紋も明瞭で組織的に特発性心筋症を示す所見は得られなかった。腹腔臓器は肉眼的に異常を認めなかった。

病理学的診断:間質性肺炎

主治医の意見

今回、原因不明の急性呼吸困難を示し致死的な経過をとり、肺病理組織標本にDAD所見を認めた猫の急性間質性肺炎の1例を経験した。猫でもARDSに似た呼吸困難が起きた。

間質性肺炎の原因は不明である。稟告でも原因を把握できなかった。生前のBALの細胞診で異型細胞と思われたものは、変性脱落した肺胞上皮細胞であったと考えられた。ウイルスによる間質性肺炎の場合、細気管支領域に強い病変を示すので、本例ではウイルス感染の可能性は低いと考えられた。また、これほど強い間質性肺炎を引き起こす猫のウイルス疾患の報告もない。さらに、鑑別疾患である特発性心筋症も否定された。

本症は、突発する呼吸困難、胸部レントゲンにて両側性のびまん性陰影、左心不全兆候なし、病理組織学的にDAD所見ありという特徴を有し、ヒトのARDSの診断基準を満たした1)。しかし、臨床背景となる原因はなく、まさしくヒトでいう「急性間質性肺炎」=原因不明のARDS3に分類される病態に相当するものと考えられた。

参考文献

1. Chan DL, Rozanski EA. Acute Lung Injury and Acute Respiratory Distress Syndrome. In King L, (ed): Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats. Saunders. Philadelphia . 2004, pp504-507.

2. Schuster DP. What is acute lung injury? What is ARDS? Chest. 107:1721-1726, 1995.

3. Askin FB. Acute interstitial pneumonia: histopathologic patterns of acute lung injury and the Hamman-Rich syndrome revisited. Radiology. 188:620-621, 1993.


図1 胸部X線DV像。両側性びまん性間質影がみられた。

図2 気管支鏡検査所見。左後気管支内。粘膜は粥状の凹凸不整を示した。

図3 気管支肺胞洗浄液中に泡沫状の細胞質を有する活性化マクロファージにまみれ悪性腫瘍性を疑う細胞塊(左側)が認められた。

図4 肺病理組織におけるDAD所見。変性脱落した肺胞上皮細胞と硝子膜。

図5 同じくDAD所見。炎症細胞浸潤。

図6 同じくDAD所見。間質の浮腫。


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