鼻鏡・喉頭鏡検査

症例160828

カンバヤシヤマラン160828-飲水後鼻汁01【症例160828動画】 らんちゃん。トイプードル メス 4歳、体重2.72kg。アニファ動物病院 お花茶屋病院(東京都)より診療依頼を受けました。生後3ヵ月齢時から飲水後鼻汁、1年ほど前より飲水後、レッチング/ギャギング、逆くしゃみ、咳などが生じ苦しそうになる。最終診断は、輪状咽頭アカラシア。

 

 

 

経過詳細

患者名:らん

プロフィール:トイプードル、4歳、避妊メス

主訴:鼻汁

 

初診日:2016年8月28日

鼻鏡検査日:2016年8月28日

退院日:2016年9月10日

診断:輪状咽頭アカラシア(Cricopharyngeal achalasia)

合併疾患:リンパ形質細胞性鼻炎、慢性咽頭炎

鑑別疾患:細菌性鼻炎

除外された疾患:鼻腔内異物、壊死性唾液腺化生

既往歴:なし

来院経緯:生後3ヶ月齢より飲水後鼻汁、2年前より飲水後白い粘稠鼻汁あり、1年ほど前より飲水後、レッチング/ギャギング、逆くしゃみ、咳などが生じ苦しそうになる。ステロイド内服にて症状は緩和するが、中断後にすぐに鼻汁症状が再発する。精査希望のため呼吸器科受診。

問診:生後3ヶ月より飲水後舌なめずりが多く、落ち着かない様子があった。次第に症状が悪化し、1年ほど前より飲水後苦しそうな症状が目立ってきた。睡眠時でも頸伸展してゴロゴロいいながら咳をすることも最近多くなってきた。6ヶ月前よりいびきあり(グレード**1/5)。抗菌剤では改善せず、ステロイド投与で症状が緩和するが完全に消失しない。ステロイド中断ですぐに再発し、嗄声も生じる。1歳頃に避妊手術を実施したが、担当医から口蓋裂の指摘はなかった。同居犬なし、完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅠ。

身体検査:体重2.72kg(BCS3/5)、T:39.1℃、P:96/分、R:12/分。努力呼吸なし。肺野、気管、喉咽頭にて聴診上異常なし。カフテスト陽性 1/5。流動食摂食後、ただちに鼻に逆流(nasal reflux)。

CBCおよび血液化学検査:異常なし、CRP0.10mg/dl

動脈血ガス分析:pH7.50、Pco2 38mmHg, Po2 81mmHg, [HCO3-] 29.4mmol/L, Base Excess 6.2mmol/L, AaDo2 23mmHg。正常

凝固系検査:ACT97秒(参照値-120秒以下)

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて咽頭背壁腫脹•肥厚あり、動的咽頭虚脱なし、披裂外転あり。胸部にてほぼ異常なく淡いすりガラス状陰影程度。

評価および予後に関する飼い主へのインフォーメーション:幼少時より飲水時鼻汁あり、次第に咽喉頭にまで障害が及んでいるようです。鼻汁は毎回大量に流出するので口蓋裂がまず疑われます。または、鼻咽頭内に強い慢性炎症があり、飲水事に粘膜を刺激して鼻汁症状を生じるのかもしれません。または、何らかの嚥下障害が水分を鼻腔内に逆流させるかもしれません。咽頭部にそれ以外の機序で嚥下時に多量の分泌物が分泌されている可能性もあります。口蓋裂や慢性炎症病変なら、内視鏡検査で原因究明できると思いますが、それ以外の場合、内視鏡検査では診断は難しいです。幸い、肺機能は十分に維持されており、当院気管支鏡検査実施基準であるPao2>60mmHgを満たしており、検査自体は実施可能です。今回は、喉頭鏡検査と鼻鏡検査を実施します。

 

飼い主の選択

経過が長く何か原因が分かる可能性があるのならば、内視鏡検査を希望する。検査の限界については了解した。

 

二次検査

Ⅰ 喉頭鏡検査

1) 肉眼所見: 口蓋裂なし。喉頭周囲の咽頭に白色粘液大量あり3+、喉頭の発赤1+、喉頭痙攣あり1+、披裂外転あり。喉頭周囲の咽頭粘膜が過敏な状態であった。

2) 咽頭スワブ採取:微生物検査にてEnterobactor cloanae 1+分離。ERFX, DOXY, CP, FOM, GM AMKに感受性。

Ⅱ 前部鼻鏡検査

1) 肉眼所見:左右の鼻腔後部粘膜に凹凸不整あり。咽頭扁桃周囲に粘膜やや表面不規則。

2) 鼻腔ブラッシング:凹凸不整部を擦過した。細胞診にて、細胞診にて上皮細胞塊(+) /独立細胞(+)、好酸球(-)、リンパ球(+++)、好中球(+)、腫瘍細胞(-)。大〜小リンパ球が圧倒敵優勢。微生物検査にて異常所見なし。細菌分離なし。

3) 鼻粘膜生検:咽頭扁桃周囲に粘膜やや表面不規則部分の生検を行った。病理組織検査にて異常所見なし。

Ⅲ 上部消化器内視鏡検査

1)肉眼所見:喉頭周囲の咽頭に異常は認められなかった。食道内には咽頭の白色粘液が嚥下されていた。

二次検査評価:口蓋裂はなく、喉頭周囲は過敏で粘稠粘液に溢れていた。飲水後鼻汁の由来と思われた。

鼻粘膜にはリンパ球主体の炎症が認められた。咽頭分泌物過剰とリンパ形質細胞性鼻炎が認められたが、両者の関連を理解することはできなかった。

 

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%

気管チューブID4.0mm使用。

喉頭鏡検査14:45−15:50、鼻鏡検査15:21−15:40、上部消化器内視鏡検査15:53−15:57、抜管16:25

 

初診時全体評価

口蓋裂非関連の著明な飲水時鼻汁は説明の困難なまれな症状と思われます。飲水が咽頭分泌物過剰産生の刺激となり、さらにリンパ形質細胞性鼻炎の影響によるくしゃみが重なって飲水時鼻汁が生じたと考えられます。リンパ形質細胞性鼻炎の典型症状は漿液性鼻汁と執拗なくしゃみであり、飲水時鼻汁ではありません。各種上気道症状は慢性咽頭炎と言えますが、内視鏡所見から咽頭分泌物過剰産生の機序は分かりませんでした。慢性咽頭炎とリンパ形質細胞性鼻炎は同時に生じたのか、慢性咽頭炎が先行したのか、この時点ではわかりません。しばらく入院管理にて様子をよく確認し、診断には時間的猶予が必要と考えられます。

 

経過

検査後入院、鼻汁、飲水や流動食摂食後鼻汁多く、沈鬱あり横臥になることが多い。熱感あり、8月29日にCRP>20 mg/dlが判明。過去に壊死性唾液腺化生を経験しており報告通りフェノバール投与初回で劇的改善をみたことから、レッチングや発熱や沈鬱などの症状が似ていた点、下顎腺の有痛性腫脹がないことが異なる点ということをオーナーに説明のうえ、フェノバール2mg/kg sc単回投与を試みたが、翌日も症状改善がなかった。症状に異なる点もあり、壊死性唾液腺化生の可能性は低いと判断しました。 若齢期からの嚥下障害を引き起こす疾患を再度調べましたが、摂食飲水直後に鼻咽頭や鼻への逆流を示すものの代表疾患として、輪状咽頭アカラシアがありました。嚥下時に輪状咽頭筋が収縮し嚥下物が一部食道に送り込めないという疾患です。嚥下反射経路の中枢か末梢に問題があるかもしれないようですが、明らかになっておりません。バリウムを飲ませて透視検査にて咽頭の動きをみて診断します。もし確定されれば、輪状咽頭筋切開で予後良好です。9月1日に透視検査予定です。

 

追加検査

バリウム投与後の嚥下運動の透視下観察

横臥保定下にバリウム2mlを経口投与し透視検査を行った。口腔から咽頭期までバリウムは一塊となって喉頭咽頭に咽頭収縮を伴って送り込まれたが、輪状咽頭筋から食道入口部括約筋部以下にバリウム塊が止まり、食道内に流入しなかった。その反動で鼻咽頭逆流(nasopharyngeal reflux)が生じ、鼻腔へ逆流した。すぐに、何度か再び咽頭収縮し喉頭咽頭内にバリウム塊が送り込まれたが食道入り口は閉鎖され鼻咽頭逆流となることを繰り返した。咽頭運動は十分だが、輪状咽頭部の嚥下時の収縮が原因と考えられ、咽頭性嚥下障害でなく、輪状咽頭性嚥下障害と考えられ、内視鏡では食道入口部に狭窄所見が認めらなかったこと、外径6mmのスコープが裕に通過し、食道内に異常が認められなかったこと、若齢時から症状を有していたことを考えると、輪状咽頭アカラシアと考えられます。

 

推奨される治療法

経口摂食が困難であることから点滴を継続しつつ体液保持、鼻から咽喉頭炎の慢性炎症にネブライザー療法などの支持療法を行いつつ、輪状咽頭筋切除を行います。

 

予後

報告では8例中7例で術後ただちに嚥下障害が緩和され、1例は2週間後に再発したそうです。再発の原因は、十分に輪状咽頭筋を切除しなかったために瘢痕性狭窄が生じたと考察されています。輪状咽頭筋は全層切開し、さらに一部除去して再癒合を防ぐとよいとも報告されています。

 

輪状咽頭筋切除(9月5日)

左頸部外側を皮膚切開し、輪状咽頭筋切除を行った。肉眼にて明瞭な筋肥厚や拘縮している様子はなかった。甲状咽頭筋の後部から輪状咽頭筋から食道吻側端の背側正中の筋層を長さ13mm切開し、可能な限り筋の一部を切除した。粘膜下層を露出するように筋層との剥離を前後左右に行った。

 

輪状咽頭筋の病理組織検査

横紋筋束間に線維化が認められ、筋の機能不全が示唆された。筋線維束の変性はみられず、炎症細胞浸潤もほとんどみられなかった。

 

術後経過

手術12時間後よりドライフードや流動食を問題なく完食するようになった。術後4日目(9月9日)にバリウム嚥下造影検査を術前と同様に実施、バリウムは輪状咽頭部を問題なく通過し食道のスムーズに流入し、鼻咽頭への逆流(nasopharyngeal reflux)はみられなかった。9月10日、経過良好であり退院となった。体重は2.48kgであった。呼吸器科入院中、一度もステロイドを投与することはなかった。摂食後、軽度のくしゃみと漿液性鼻汁が生じる程度であり、これはリンパ形質細胞性鼻炎によると考えられた。投薬を要するほどでなく、鼻への逆流がない状態を維持して自然治癒を待つことにした。退院後1週間(9月17日)、自宅でも経過良好。食事は問題なく勢いよく食べていたという。体重は2.62kgに増加していた。鼻汁なし。軽度のくしゃみのみ。飼い主の初期症状改善度評価は完全に改善(5/5)であった。