犬の気管虚脱 症例8

プロフィールと来院経緯:ヨーキー、メス、9歳。「6ヵ月前に夜間喘鳴を示し気管虚脱と診断された。鎮咳剤、ステロイド、気管支拡張剤、抗生剤内服や、在宅ネブライザー療法などを続けたが、呼吸困難症状をコントロールできなかった」とのことで精査加療のため、川瀬獣医科病院(東京)より呼吸器科紹介受診

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写真1 初診時の喘鳴症状。吸気努力および呼気努力あり。グーグー音を鳴らしていた。(動画はこちら1 写真2 初診時胸部X線所見。吸気時。気管の胸郭前口部が扁平化して気管陰影が消失していた。
写真3 同。呼気時。気管の胸郭前口部がZ字型に屈曲していた。(動画はこちら2 写真4 第15病日の1回目の気管支鏡検査所見。気管の胸郭前口部は扁平化していた。(動画はこちら3
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写真5 第15病日の手術所見。気管は扁平化していた。この扁平部分をカバーするようにTチューブを気管内に留置した。 写真6 第22病日の胸部X線所見。Tチューブが気管虚脱部分を十分に支持していた。 写真7 第44病日の胸部X線所見。Tチューブを抜去し、VetStent-Tracheaを留置した。気管拡張は良好であった。 写真8 第76病日の胸部X線所見。ステント後方に気管虚脱部分が残っていたので胸部気管の方向にステントを追加した。
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写真9 第169病日(最終ステント留置から約3ヶ月)の気管支鏡所見。肉芽はステント先端部にわずかにみられるだけ(左)で、内部には全く肉芽はみられなかった(右)。 写真10 第267病日(最終ステント留置から約6ヵ月)の気管支鏡所見。ステント内部に適度に上皮化され気管に一体化していた。(動画はこちら4
診察、検査、治療および経過
問診:1年前よりヒーヒーいう喘鳴症状がときどき聞かれるようになった。夜間の呼吸症状は、犬坐姿勢で傾眠状態となり、突然キーキーいいながら苦しがって突然起きて、落ち着かず動き回ることがあった。咳はない。上記のような睡眠呼吸障害は3ヵ月前よりあるが、日中はその症状はみられなかった。ほぼ常に伏臥姿勢をとっている。いつも呼吸しづらそうしており、頚をのばすなど、呼吸しやすい頭部の位置を図るようにしている。顎下に枕などをおくと居心地良さそうにする。
身体検査所見:体重1.40kg、体温39.1℃、心拍数96/分、呼吸数20/分。肥満BCS2。常に伏臥姿勢をとりほとんど動かない。聴診にて肺野の呼吸音増大、wheezes(グーグーいう)を伴って吸気努力および呼気努力あり[動画はこちら1]
動脈血ガス分析:pH 7.42, Pco2 42 mmHg, Po2 81 mmHg, [HCO3-] 26.8 mmoll/L, Base Excess 2.5 mmol/L, AaDo2 21 mmHg。慢性呼吸性アシドーシス。肺胞低換気所見であり、肺機能に問題ない。気管の慢性的な閉塞が疑われる。
ビデオ透視検査および頭部/胸部X線検査:気管の胸郭前口部の一部が吸気呼気とも扁平化し、扁平化部分を支点にし、吸気時には気管が大きく尾側に後退し、呼気時には気管がZ字状に屈曲(kinking)していた[動画はこちら2]。動的頸部気管虚脱および呼気時胸腔内気道虚脱はみられなかった。
評価:胸郭前口部の約1cmの長さの部分が扁平化しております。すなわち、原発性気管虚脱です。そのためこの部分でwheezesが生じています。この部分で局所的に気道抵抗が増大するため吸気時には気管が後退、呼気時にはZ字状に屈曲して気管が軟化しております。夜間の喘鳴とは、おそらく頭部を下垂または屈曲する体勢になったときに気管が閉塞したり、呼気時に屈曲したりして窒息や痛みの結果生じていている症状であり、熟睡できないのはその恐怖感であろうと思います。頸部を十分進展し、静かな安静呼吸を行えば、そのような呼吸困難症状はなく、睡眠可能なはずです。ですから、睡眠できているときはそのような姿勢になっていると思われます。咽頭虚脱によって生じる睡眠時無呼吸症とは質的に異なります。呼気時胸腔内気道虚脱が生じておりませんので、気管ステント留置適応となります。気管はkinkingを示し、それが長期化しているので、気管の長い範囲で軟化が生じていると考えられ、頸部から胸腔内まで十分な気管の安定化が必要であり、外科的管外固定より、ステント留置の方が安全で確実であると思われます。
経過:第15病日、気管支鏡検査にて気管虚脱Grade4を確認[動画はこちら3]。気管ステントのサイズ評価を行ったのちに、外科的にTチューブ設置。留置後、呼吸困難消失、熟睡や大声で鳴けるようになった。自宅では在宅ネブライザー療法を行い、気道衛生管理を行った。
第42病日、気管支鏡検査および気管内ステント留置。術後、咳なく良好。
第72病日、ステント後方虚脱により軽度の咳が再発してきたので、喉頭に1本ステントを追加した。術後、極めて経過良好。呼吸は安定し、咳も完全に消失した。在宅ネブライザー療法をこのまま継続した。
第169病日(最終ステント留置より約3ヵ月)、定期検診。一般状態はきわめて良好。3歳齢時位に若返った暗いに元気とのこと。咳はない。気管支鏡で内部を観察した。ステント先端にわずかに肉芽がみられるのみで内部に全く肉芽反応なし。肉芽に対しては念のため硬性気管支鏡下にマイトマイシンCを塗布した。ステント内ブラッシングにて細菌検出されず。
第267病日(最終ステント留置より約6ヵ月)、定期検診。さらに呼吸は安定し元気にしている。咳なし。気管支鏡検査では、ステント先端肉芽は縮小していた。ステント内部には適度の上皮化がみられ気管との一体化が認められた[動画はこちら4]。ステント内ブラッシングにて細菌検出されず。
コメント:気管虚脱は気管軟化傾向によって生じますが、この症例のように進行すると気管の屈曲(kinking)が生じ、痛みを伴い著しくQOLが低下します。体重が1.4kgと極小犬でしたが、当院の極細径気管支胸を用い観察しながらうまくステント留置することができました。今後も定期観察を続けていきます。

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