Part5 呼吸器疾患各論
C. 気管と気管支
46章 気管虚脱
Robert A. Mason and Lynelle R. Johnson
定義と病因
気管は、上気道(鼻、口、咽喉頭)から下気道(気管支・細気管支)につながるフレキシブルな導管である。犬では、気管は、輪状靭帯によって接続している一連のC形の軟骨輪に支持されている [1,2]。これらの軟骨輪の開いた背部領域は膜性壁と呼ばれて、背側の気管筋によって開口部が連結されている [1]。気管は、外部圧縮力に潰れないような硬さとともに頚部の大きな動きに対し柔軟性を保つ構造となっており、それは電気掃除機ホースの構造および機能と類似している。気管は、胸腔外部と内部の両方の気道にわたり、大気と胸腔内圧の両方の変化にさらされるという点で、気道の中で特殊な存在といえる。気管虚脱の動的な構成要素について議論する場合、この概念は重要になる。
気管虚脱は気管の外傷、管腔内塊状病変、圧迫性の管腔外塊状病変、気管低形成および気管軟化症に合併することがある。犬の「気管虚脱」とは、気管が異常に虚脱しやすい状態であることをいい、通常は気管腔が背腹方向につぶれてしまう [2-7]。虚脱した気管の膜性壁は広く、緊張のない状態[3,5-8]となっており、緩く、ひだ状に、また管腔へ垂れ下がるようになっていることもある [3,6]。支持力を失った軟骨輪は、気管腔に影響を与える薄っぺらな弧を形成するかもしれない [2,3,5,7-10]。
1941年にBaumannが最初に、犬に気管虚脱(TC)の状態について記述した [11]。 最初の確定的なレビューは、1966年のDr.Joan O'Brienらによりペンシルバニア大学の29症例で報告された[6]。このグループははじめて気管支鏡検査を行い、TC患者における気道の構造異常について報告した。1970年にはDone [12] がその時点までにイギリスで報告されたのは2症例だけであると報告したが、1994年の Whiteの研究ではケンブリッジの1施設のみで、4年間だけで100症例にもなったという[13]。
病態生理学
気管は管状構造であるが、その径と形が気管内外の圧較差と気流に応じて正常でも変化している[1]。正常肺における安静時通常呼吸の呼気では、肺の弾性収縮によって生じる次第に減少する圧勾配にしたがって肺からガスが流出していく。自然な呼気では気道内圧は胸膜腔内圧(Ppl)より高く、胸部気管で虚脱が生じることはない。しかし、努力呼気では(例えば、咳、くしゃみ、ヴァルサルヴァ試験、もしくは末梢気道抵抗の上昇がある状態)、Pplは気道内圧を優に上回る。気道のある点において、気道内圧とPplが等しくなるところがある。これは等圧点(equal pressure point, EPP)と呼ばれる。EPPより口腔側の胸部気管には呼気時虚脱が起こりやすくなる[2]。 気流制限を起こすいかなる要因でもあれば(例えば、気道収縮や粘液の蓄積)、EPPは肺胞側に移動するため呼気時虚脱を起こす胸部気管の部分がさらに長くなる[5]。まとめると、胸部気管で虚脱部がある場合、呼気時に虚脱が起こる傾向があり、特に胸膜腔内圧の上昇 [1,3](例えば、咳や努力呼気)や末梢気道での気流制限がある場合(例えば、気道閉塞)にさらにそのリスクが増加する。
反対に吸気時には、胸壁が拡張して胸膜腔内圧は陰圧となり肺胞圧が陰圧となるため、肺に空気が引き込まれる[1,2]。そのため吸気時には胸腔内気道は開存する傾向があるが、胸腔外気道が脆弱化していると吸気時には気道内の陰圧が上がり、虚脱しやすくなる[2,5]。これは頸部気管虚脱の症例で起こる。
TCを示す気管軟骨の基質の顕微鏡的・電顕構造の変化は印象的なものである[4,8,10,14]。TCを示す犬の気管軟骨には、TCを示さないトイ種犬のものと比べると、軟骨細胞が減少し、正常のガラス軟骨が減少し線維軟骨や線維組織への置換がみられる[8]。軟骨基質内にはコンドロイチン硫酸やカルシウム[8]、さらにはグリコサミノグリカンや糖タンパクの量も減少している[14]。走査電子顕微鏡で超微細構造を調べると、TCの気管軟骨は正常な犬と比較して、無定形の基質の異常な構造を示した[14]。グリコサミノグリカン(GAG)は通常、水を静電気的に結合させて軟骨の構造強度を高めるので、その不足ということは特に興味深い[2,14]。TC軟骨におけるGAGの不足はこれらの軟骨輪で認められた脆弱さにおいて重要な役割を果たしているかもしれない。
犬の気管虚脱の病因はまだ明確ではない。* 今まで、遺伝的[1,6,8]、栄養的[12]、神経学的[16]、炎症[11] 要因などの多数の原因論が展開されてきた。1941年に、TCの炎症性病因が最初に提案された。深い気管の炎症により気管の支持力が弱まったことが示唆された[11]。1976年で報告された10症例はすべて、炎症の証拠を示した。慢性気管支炎と気管虚脱との間の関連が示された[2,4,9]。 TCのいくつかの症例で気管全層性の壁の炎症が報告されている。これは末梢肺組織と同様の変化を示した。TCでみられる炎症は原因か、結果か、あるいは軟骨の変化と無関係なのかは、明らかではない。
遺伝原因の可能性があるという理論は、トイ犬種の有病率の高さに支持される。トイ犬種は軟骨異栄養性の身体特性があり、TC軟骨の超微細構造の変化と軟骨異栄養症は一致していると報告されている[17]。 よくTCに罹る犬種は、比較的大きいドーム型の頭部を示し、軽度に短頭種様であり[6,8]、また、狭い鼻口部、頚部の筋の発達、および狭い胸郭入口もみられる。しかしながら、気管虚脱は大型犬種の犬でも報告されている[18]。
気管筋の神経学的機能不全も提言されているが[16]、TC犬の気管筋組織と正常犬のそれとの間には神経分布に差はみられなかった[8]。山本[19]は、犬における気管の神経叢の顕微鏡的構造が他の種に比べ複雑であり、この気管周囲の神経叢が気管虚脱の病原論で重要な役割を果たすと予想されると報告した。
気管虚脱の栄養上の根拠は希薄である。しかし、筋骨格系の結合組織障害で使用されている栄養補助食品(例えばメチルスルフォニルメタン、グルコサミン塩酸塩、コンドロイチン硫酸およびセチルミリストイル)のいくつかは、軟骨軟化症と気管虚脱のような結合織病にも効果があるかもしれないと考えると興味深い。
気管軟化症は、ヒトで報告されているTCに類似する症候群である。これは気管軟骨の構造的異常により壁を虚脱させ、その結果、気道の閉塞を起こす[20]。これは正常な軟骨の枠組みの形成不全、異形成、および欠損などの異常をいう[21]。この症候群は、先天性(一時性)または後天性(二次性)のタイプのどちらでも生じる[21,22]。一次性のタイプは、通常独立した気管の部分的異常[22]として生じるが、近位か、遠位か、またはびまん性に気管の異常がみられるかもしれない。先天性気管軟化症は特発性と考えられるか、あるいは先天性気管食道瘻と関係している[20]。後天性のタイプは様々な退行性疾患の結果生じることがある[20]。犬の気管虚脱との類似点は気管の全体にわたって軟骨が減少していることにある。気管軟化症の別のタイプに気管膜性部の過大があり、これは犬の膜性壁の過長と類似している[21,22]。再発性多軟骨炎と呼ばれる人の炎症性疾患の重度なものだと、後天性の気管軟化症が起きることがある[23]。この病気の特徴的な組織学的所見は、軟骨細胞の損失;好塩基性染色性の低下;また、主として多核白血球またはリンパ球から成る大量の炎症性浸潤[23]などであり、これらは犬のTCの軟骨の組織学的所見に非常に類似する[4,5,6,8,14]。
*1、3、5、6、13および15を参照
疫学
犬では、この病気は最も一般に中年のトイおよび小型種に起こる。* TCになりやすい犬種には典型的な表現型がある;すなわち、りんごあるいはドーム型の頭部;小さく、とがった、狭い鼻口部;筋量の多い頚;また狭い胸郭入口である。TCになりやすい犬におけるこのような特徴は軟骨異栄養症の犬のものと同様である[8]。もっともよくなりやすいのは、トイプードル、ヨークシャー・テリア、ポメラニアン、マルチーズ、パグ、チワワなどである。2年間でQueensland大学における2780例の患者のTCの有病率は0.5%だった[5]。この病院に来院した521頭のトイ種のうち、14頭(2.7%)は気管虚脱に罹患しており、ミニチュアプードルやトイプードルの2.9%、ポメラニアンの9.3%が罹患していた。別の研究では、気管虚脱29症例中10%はポメラニアンで、41%はチワワだった。1967年から1979年まで文献に登場するすべてのTC症例のうち、133症例中30例(22.5%)はポメラニアンだったが[7]、最近の英国での報告によれば100症例中65%はヨークシャー・テリアだったという[13]。TCにもっとも罹りやすい犬種というのは、地理的な位置やさまざまな国々での該当犬種の飼育密度に依存するようである。気管虚脱は、大型犬種で報告されたこともある[18]。
TCには二相性の年齢構成があるようである。すなわち、もっとも多いのは中年層であるが、次に多いのが幼犬時に臨床徴候を示す場合である[3,4,12,13]。平均発症年齢は、6.6歳(0.28-15歳)13、7.5歳 2,3、8歳(2-10.5歳)6、3-8歳 [1,4,12]という報告がある。多くの犬は、TCと診断されたり来院したりするまで数ヶ月から数年間の期間があり、平均で2年といわれる[4,5,6,9,13]。
* 1-3、5、6、8、9、14および25を参照
病歴および臨床徴候
運動不耐性を伴ったり伴わなかったりすることもあるが、気管虚脱を示す犬の古典的な主訴は咳である。乾咳、短い空咳、または「ガチョウの鳴き声」のような咳が多い。しかし、湿った、痰を産生する咳でも気管虚脱を必ずしも除外できない。はじめは軽度だが、病状が進行すると重度、発作的、または絶え間なくするような咳になっていく。咳は、興奮、運動、首輪の圧迫、食事、および飲水後に悪化する。運動不耐性や不活発性は虚脱の重症度に比例する。物静かな犬では明らかな運動不耐性を示さないかもしれない。逆に言うと、この活動性の低下は気管虚脱によって引き起こされているかもしれない。重症例では安静時呼吸困難、チアノーゼ、全身虚脱を起こすことがある。気管虚脱犬の9-67%に肥満がみられるが、これは虚脱による不活発が原因かもしれない[5,13]。
Gaggingは食事や飲水後にとくにみられることがある。これは喉頭の不全麻痺や喉頭麻痺に関係しているものと考えられ、気管虚脱犬の30%に併発するようである[3,9]。咳の後のGaggingは、鼻咽頭に喀出された痰によっておきるものであると思われる[3]。吸気努力またはストライダーもよくみられる症状である。とくに摂食時、飲水時、興奮時、引き綱牽引時にみられる。ストライダーはよく発作性の咳に引き続いて起き、その反対もある。喘鳴は頚部気管虚脱の診断に一致する[1-3,9]。 報告ではこの頚部気管虚脱の方がよくみられる[1,3,9]。しかし著者らは、内視鏡にて頚部、胸部ともどちらの気管も虚脱を起こしていることを確認してきた。喘鳴は虚脱例の30%に確認される喉頭不全麻痺/麻痺の症状であることもある[9]。たまに呼気努力が臨床症状で認められることがあり、これは胸部気管のみまたは気管気管支の虚脱の場合でみられる[1,3,7]。
身体検査
罹患犬は身体検査では異常ないことが多い[3]。しばしば、あらい咳が自然と、もしくは気管部の触診で誘発してみられる[1-3,7,13]。 頚部気管虚脱の場合、扁平化した気管軟骨が、背外側角の突出をともなってとくに胸郭前口部(thoracic inlet)にみられる[1-3,5,6,7,12]。
後頭骨−環椎関節の過剰な進展は、背腹方向の気管虚脱を悪化させ呼吸困難が悪化する[4,7]。気管支炎を伴った犬では、気管および胸部の聴診にて、荒い喘鳴音が聴取されることがある[3]。特徴的なスナップ音が呼気終末で聴取され、これは虚脱部位の一度貼りついた背腹の粘膜面が離れるときに生じる音と考えられている[1-3]。肺音は通常は正常である。しかし、慢性気管支炎などの下気道疾患を併発している場合には、喘鳴音(wheezing)やクラックルを聴取することがある[2,5]。
心音は、著明な心疾患を伴うか否かよって、正常から収縮期心雑音が聴取されたりする[3,9]。Tangerの外科整復20症例の報告では1例のみで術前に心雑音を聴取したという[9]。中枢気道に慢性的な虚脱があるときに、肺性心または肺高血圧に継発する右心不全がみられるようである[3,26]。慢性気管虚脱に継発する肺高血圧の症例では、肺動脈弁が遅れて閉じるので、第II音の分裂が生じる。
肝腫大はよく気管虚脱と共に報告される症状である。この所見は、右心不全による慢性うっ血や、肥満による脂肪肝、副腎皮質機能亢進症によるステロイド肝症によるものである[13]。著者の経験では、気管虚脱、慢性末梢気道疾患、および副腎皮質機能亢進症の3徴は文献で報告される以上に多く起きているようである。
鑑別診断
咳や呼吸困難を示す小型犬種の鑑別診断としては、短頭種症候群(気管低形成を含む)、喉頭疾患(例えば、虚脱、不全麻痺、麻痺)、慢性気管支炎、伝染性気管気管支炎、フィラリア症、肺疾患、心疾患、気管の管内・外性閉塞などがある[3]。病歴と身体検査に加え、X線撮影(呼気と吸気)、心電図、気管気管支鏡検査、気道内分泌物の細胞診および細菌培養、肺機能検査が診断に有用である[1-3,5,6,9,25]。
診断のための検査
X線撮影
頚部および胸部ラテラル像は気管虚脱(TC)の診断とステージングにふつう用いられている[1-3,5,6,9,25]。気管腔の背腹方向の扁平化が患部でみられる[1-7,9,12,13,25]。ある研究グループでは、17例のTC犬のうち7頭で胸部X線に異常がないことが確認され [9]、単純X線撮影のTC診断の感度は60%としている。最近では、100例で84%の感度でTCを診断できたという研究もある[13]。 TC診断のための単純胸部X線撮影の臨床的有用性は、とくに犬の動的虚脱(呼気か吸気に虚脱を示すこと?)については、良くてまあまあといったところに過ぎない。
食道、脂肪、頚長筋は気管と重なる組織で、TC擬陽性と診断する要因となる[1,2,6]。X線撮影における頭部と頚部のポジショニングはとても重要である。X線撮影時に虚脱を強調させるために頚部を背方に屈曲させて撮影することを推奨する研究者もいれば[5,6]、この方法では擬陽性と過剰評価してしまうと感じている研究者もいる[2]。
単純X線でより客観的に気管径の評価法が提案されている[27,28]。頚部および胸部のラテラル像では、正常の気管は輪状軟骨のレベルの径と等しい[27]。または、気管は第3肋骨の近位1/3の部分の3倍の直径をもつ[27]。HarveyとFink [28]は、体格の違いを考慮し、胸郭前口部(thoracic inlet)の径で気管径を評価した。気管内径/第1胸椎の腹側縁から胸骨柄の背側縁までの距離が0.16以上を正常とした[28]。これらの基準は、気管の全長に対し径が細い気管低形成の診断の方でしばしばそして適正に用いられている[7,27,28]。 TCでは、虚脱部はしばしばその近位と遠位部分より明らかに細い。われわれは、これらの評価基準は気流へ抵抗を与えるさまざまな因子を考慮していないと考えている。例えば、背側膜性壁の虚脱による動きはX線ではみえないだろうが気流抵抗には劇的な影響を与えている。管内粘液や末梢気道疾患などはわずかに気管径を変化させるだけだが、肺メカニクスを大きく変化させる[5]。
本疾患には動的性質があるので、X線撮影では吸気と呼気時の両方の撮影が必要である[2,3,7,13,29]。頚部気管虚脱の動物では、吸気時に頚部気管は虚脱し、胸部気管は正常もしくは拡張する[3,16,30]。同様に、呼気時には逆になる。呼気、吸気とも虚脱している場合、進行している症例ということになる[3]。透視はすべての呼吸サイクルにわたり連続して評価できるという明らかなメリットがあり、多くの研究者は行うべき診断手段と考えられている[2,3,6,29]。さらに透視は、動的虚脱(これは、咳などの胸膜腔内圧が劇的に上昇したときにのみみられるのであるが)を観察できるというメリットもある[3]。透視検査は、単純X線撮影単独より高い特異度でTCを診断できるが、これら2つの方法で確定とすべきではない[3,31]。胸部X線撮影は、心疾患、肺疾患、末梢気道疾患などの併発疾患診断にも有用である[1,3,5,9,13]。 20例の犬TCの報告では、心雑音は1例でしかみられなかったが、11例で胸部X線にて心肥大が認められた[9]。
気管虚脱診断の初期の報告には造影が行われていた。犬のある報告では、バリウムによる食道造影によって気管の虚脱部位のコンストラストを明瞭化させた[6]。同様の方法が、人の気管軟化症の診断で用いられている[21]。気管気管支造影も試みられていたが [7 ]、今では気管気管支鏡検査にとってかわられている。Rudorfは犬を覚醒下で超音波診断による診断法を報告したが、いまだこの方法は広く受け入れられていない[32]。
気管気管支鏡検査
気管気管支鏡検査の登場は、犬の虚脱気管の診断、ステージング、および病態生理学の理解に大きな衝撃を与えた。健常な気管は構造的には固く、通常呼吸(tidal breathing)ではほとんど大きさが変化しない[2]。気管虚脱の犬では、虚脱部位に膜性壁はしばしばたゆんだり、下垂したり、または余分であるようにみえ[2,3,5-7,13]、気管軟骨は扁平化し正常のC型構造を成していない[3,5-7,13]。
最初に気管気管支鏡検査が気管虚脱の診断に用いられたのは1966年であった[6]。 外径3.5mm×長さ30cmの硬性鏡が使われた。虚脱部位では、膜性壁は内腔に陥入し深部の気道を観察するには硬性鏡の外筒で狭い空隙を押し広げていかねばならなかった[6]。膜は容易かつ自由に動かすことができた。気管内腔はこの部位でつぶれた楕円形を呈した[6]。この先駆的業績につづいて多くの同様の研究がなされてきた[2,3,9,15]。軟性鏡やビデオスコープへの進歩は、近年獣医学において気管気管支鏡をさらに利用しやすく有用性の高いものとした。
TCのGrade評価は、TangerとHobson [9]によって気道の内視鏡所見にもとづいて提唱された(図46-1)。GradeI の虚脱は、正常の気管軟骨の構造だがわずかに膜性壁が余形に内腔側に入り込み25%以内の管腔狭窄を示す。GradeIIの虚脱は、気管が広がり膜性壁がさらに余計に入り込み、気管軟骨が軽度に平坦化し、50%の管腔狭窄が起こる。GradeIII(図46-2)は、気管軟骨の両側端を触知できるほど重度の扁平化を特徴とする。過剰の膜性壁はほとんど腹側の気管壁に接触しそうな状態で75%の管腔狭窄が起こる。最後のGradeIV(図46-3)は完全虚脱である。気管筋は気管の底部に接し
、軟骨輪は完全に扁平化、ときに反り返ることすらある。管腔は完全に消失する[9]。
図46-1。気管気管支鏡検査所見を用いた気管虚脱の分類法。(Tangner CH, Hobson HP. A retrospective study of 20 surgically managed cases of collapsed trachea, Vet Surg 11:146149, 1982.からの許可の元で複製)
あらゆる臨床Gradeシステムと同様、このGradeシステムはこの疾患の重症度をステージ化し、管理方法を決定し、治療計画の初期状態を把握することができ、また予後推定因子にもなる。GradeIは内科的治療で管理可能で、GradeII-IVは外科適応とされる[9]。著者の経験では、GradeIからIIIは内科治療によく反応する。外科整復はGradeIVの症例にはじめて適用する。気管気管支鏡の評価とステージングを定期的に行えば、治療方法と予後の評価の指針となるだろう。
内視鏡検査は全身麻酔下で施行される [2,3,5,6,9] 。TC以外の気道閉塞も併存しているかもしれないので、全気道系の評価のために咽頭鏡検査、喉頭検査、または気管支鏡検査も同時にしばしば行われる[2,3,7,13]。喉頭機能としては、麻酔導入時に喉頭麻痺の可能性を評価する[2,3,9,15]。ある研究では、内視鏡検査がもっとも有用な診断情報を提供すると考えられている[13]。
麻酔での注意する点は、TC犬では迷走神経刺激が高まることに注意を払うこと、肺性心や二次性右心疾患を起こす可能性、COPDや気管支収縮のような末梢気道疾患を起こす可能性などである。もし患者にストレスを与えないのならマスクによる酸素吸入の前処置を行った方がよい[33]。麻薬性鎮咳剤、気管支拡張剤、抗コリン作動薬を前処置に加えるべきである。気管虚脱の患者では、回復後の気管チューブ抜管は非常に重要なステップである。麻酔性鎮静剤(ブトルファノールやメペリジン)を投与しできるかぎり長い間挿管したままで酸素投与を続け、厳重かつ密接な監視を続けることが勧められる[33]。短時間作用型のグルココルチコイドがこの手技の終わりに生じる気道の腫脹を減少させる。もしこのような虚脱症例に不慣れであれば、獣医麻酔医に安全な導入、維持、回復のプロトコールを教えてもらうとよい。
図46-2。13歳齢のヨークシャー・テリアにおけるGradeIIの気管虚脱。血栓塞栓症による呼吸困難を合併していた(写真はPennsylvania大学のDr. Lesley Kingの好意による)。
図46-3。5歳齢のポメラニアンにおけるGradeIVの気管虚脱。他の明らかな呼吸器疾患はないが、気道の閉塞による重度な呼吸困難の臨床徴候を呈していた(写真はPennsylvaniaの大学のDr. Lesley Kingの好意)。
細胞診と細菌学
気道洗浄液を採取し細胞診や細菌学的評価をすることはよく推奨されている[2,3,7,9,34]。 ある研究では、臨床的に健常な犬の36%で下気道洗浄液から好気性細菌が検出されたという[34]。この研究では全身麻酔下で気管チューブを通じてシースつきスワブ採取ブラシを用いてサンプルを採取している。25本のブラシは生食で事前に湿らせ、10本は乾燥したままで用いた。湿ったブラシでは48%で細菌が採取され、乾燥したものでは0%だった。その結果、全体としては36%の検出率となった。もし、すべて湿らせたブラシを用いれば、健常犬からの全体としての細菌検出率は48%になったということになる。アルファ溶血性Streptoccoci spp, Pasteurella multocida, Klebsiella pneumoniae, そしてコアグラーゼ陽性Staphyloccoci spp.などがよく分離された[34]。この研究から、気管虚脱の症例から細菌が培養検出されてもその解釈は難しい[2]。
気管分泌物の細胞学的評価はしばしば非特異的な炎症性変化を呈する。これらの所見によって、気管虚脱の診断、予後、治療選択が変更されることはまずない[2]。気管支洗浄液の解析は末梢気道疾患(慢性気管支炎)を評価するのに役立つ。末梢気道疾患は気管内圧と管腔径を劇的に変化させ、気管虚脱を悪化させる。とくに咳[2]や努力呼気[17]を行ったときに悪化する。慢性気管支炎と気管虚脱との関係は以前より示唆されてきた[2,4,9]。TCの気管の病理学的検索において末梢肺でみられたような炎症像が気管全層に認められた[4]。 TC患者の診断評価のひとつに下気道の検査を加えるべきであると考えられた[3]。
肺機能検査
肺機能検査 Pulmonary function testing(PFT)は、近年犬で気管気管支閉塞を評価するために行われてきている[2,17,31,35-41]。一回換気flow-volumeループ、Tidal breathing flow-volume loop(TBFVL)の解析はこの目的で行われる[35]。気管虚脱は、簡単にいうと、不安定な動的閉塞を特徴とし、虚脱部位によりTBFVLの吸気か呼気相に平坦部分を生じる[2]。これは覚醒下の不慣れな患者でも実施可能な非侵襲的な方法なので、気管虚脱による機能低下の重症度の臨床評価として客観的指標となりうる。また、治療による改善もしくは進行の程度の客観的指標ともなりうる。
まとめると、多くの方法が虚脱気管の診断に用いられている。?線は動的虚脱の情報には制限があり、透視はX線より高い感度を有するがこの設備のない施設も多く、気管内視鏡検査は、全身麻酔と、特殊な装置および訓練を必要とする。ある研究者いわく、「・・・気管の触診で反応するしつこい咳、および、内視鏡下で膜性壁の炎症と肥厚を伴った解剖学的な気管虚脱傾向を確認すること、この2つを気管虚脱の診断基準とすべきである[13]。」 気管気管支鏡検査は、もちろん気管虚脱の診断とGrade分けに有用であるが、それとともに、同時に生じうる合併症(例えば、喉頭麻痺や気管支虚脱)も実際肉眼で観察でき、また下気道の細胞診および微生物学的評価のための気管支肺胞洗浄液で末梢気道疾患も評価できるので、理想的な検査といえる。
管理とモニタリング
気管虚脱の原因や診断にまつわる論争は、この疾患の治療に関する議論に比べれば些細なものである。保存的内科管理と外科整復の2つの主要な方法がある。治療方法の選択はTangerとHobsonの内視鏡的な分類によって明らかにされている部分もあるが[9]、大部分の臨床家はより経験的な診断基準*を用いているように思われる。発症初期のごくごく軽症の場合は除き、外科医よって手術適応がまったく異なり$、一方で外科そのものの必要性を疑問視までしている内科医もいる[13]。
* 1-3、5、7、13、30および42-44を参照
$ 3、7、9、16、29、30、42および44-46を参照.
内科療法
内科療法は、対症的[1]かつ姑息的であり、かつ根治させるものではない[2]。典型的には、犬は、鎮咳剤、気管支拡張剤、コルチコステロイド性抗炎症剤、抗生物質、および鎮静剤を組み合わせて治療されているが[1-7,9]、どのような治療法がよいかというコントロールされた臨床試験はひとつもない。これら全てを必要とする動物はほとんどなく、それぞれ状況に合わせて治療が行われている。
鎮咳剤はしばしば推奨されているが[1-3,5,9,12]、薬剤の選択、投与量、投与頻度はさまざまである。麻薬性鎮咳剤はよく処方される。これは強力な中枢性鎮咳作用と弱い鎮静作用があるため、興奮によって生じる咳の発作を減らす[1,2]。鎮咳剤は、咳自体による気道刺激のサイクルを断ち切るために処方される。さらに、これらの薬剤は、胸腔内気道虚脱を悪化させるような、咳による胸膜内腔圧の上昇を軽減する[17]。酒石酸ブトルファノール(Torbutrol)は、鎮咳作用量で弱い鎮静作用も有する非常に効果的な鎮咳剤である。投与量はとても広く、0.55mg/kg PO q6-12hsが投与開始量として推奨されている。効果を上げたいときは投与量を増やし、鎮静効果が強いときは減らす。ヒドロコデイン(Hycodan)も麻薬性鎮咳剤で、0.22mg/kg PO q6-12hsで用いられる。鎮咳剤は、末梢気道疾患を合併している症例では、よく考えて使用すべきである。なぜなら、咳は痰産生性である場合、粘液や炎症産物のクリアランスを減少させてしまうからである。鎮咳剤は過度の咳をコントロールする目的で使用される。しかし、「過度の」とは獣医師と飼い主と共に考えて定義される[2]。
気管支拡張薬はしばしばTCの内科療法の中心であるように言われるが[1-3,5]、気管支収縮はほとんどみられないと一部の著者は述べている[1,2]。気管支拡張薬が膜性壁に作用するならば、すでに平坦化した部分がさらに弛緩し気道に陥入するであろう[1]。末梢気道の拡張が呼気努力を減少させて呼気時に胸腔内圧(すなわち、Ppl)を減少させ、その結果胸部気管虚脱の犬で気管狭窄を減少させていると考える研究者もいる[3]。末梢気道病変が合併している場合、すなわち、気管支収縮が疑われたりまたは肺機能検査で検出されたりしているような場合、気管支拡張は有用であろう。
テオフィリンなどのメチルキサンチン剤 [1,3] や、テルブタミンまたはアルブテロール[2]のようなβ2作動薬がよく処方される。テオフィリンの前駆物質であるTheoDurは、犬ではよく研究されており、20 mg/kg PO q12hsの一回投与量が確立されている[47]。
TheoDurは現在入手不能であるが、他のテオフィリン徐放薬を10 mg/kg PO q12hsの一回投与量で使用可能である。メチルキサンチン剤のその他のメリットとして考えられているのは、粘液線毛輸送系の賦活化、横隔膜などの呼吸筋の陽性変力作用、確かではないが抗炎症作用などがある[1]。製薬メーカーは気管支拡張薬剤を内服薬から吸入薬に切り換えていくような様相を呈しているので、内服タイプのものはそのうち入手不可能になるであろう。その他の気管支拡張薬としては、テルブタミン(Bricanyl, 1.25-2.5 mg/kg PO q12hs)などのβ2作動薬が推奨されている。吸入気管支拡張薬は、小児喘息患者で使用されるチャンバー(エアロ−チャンバー)を用いて、気道閉塞性疾患の犬猫で利用されているが、投与量や方法はいまだ経験的で基礎検討はない。著者らは末梢気道疾患の治療にsalbutamol吸入薬を用い成功しているが、気管虚脱にはまだ使用していない。
グルココルチコイドでの治療は議論の的になっている[1,2]。これを使うことは臨床症状を改善させることがあるが[1,2,13]、長期間使用すると動物に細菌性気管気管支炎や気管支肺炎、その他コルチコステロイド治療の副作用を引き起こす可能性がある[1,13]。プレドニゾンやデキサメタゾンは、咳によって虚脱気管壁が損傷をうけ炎症や浮腫が生じるような重度急性増悪時に推奨される[1-3,13,16]。一般には、抗炎症量で処方される(プレドニゾン0.25-1mg/kg PO q12-24hs)。TCのいくつかの症例でアレルギー疾患との関連が示唆されている[13]。グルココルチコイドは末梢気道疾患を合併する患者にも効果があると思われる。
抗生剤は、経気管洗浄液[1,2,29]や喉頭スワブ[9,16]の培養結果に基づいて投与されているか、多くの例で経験的に使用されている[1,5,9,48]。 McKienanによる正常犬での研究から、咽頭スワブの培養結果は下気道のフローラを反映していないことが示された[34]。さらに、この研究成果は、中枢気道や気管分岐部から採取した培養結果の意義にも疑問を投げかけている[34]。TC治療で抗生剤をルーチンで使うことは推奨されていない[2]。
鎮静は、興奮時にTCの急性増悪を起こす可能性のある活動的な犬には必要である[1-3,6 ]。
鎮静は、麻薬性鎮咳剤の有益な副作用となることが多い[2]。または、ジアゼパムや低用量経口アセプロマジン(0.5-2.0mg/kg PO q6-24hs)のような弱い鎮静剤も使用される。
近年、気管虚脱100例のうち71%で内科療法が有効であったと報告されている。ここでは、重度の咳が消失し正常機能に戻ったと飼い主が満足したことを有効としている[13]。全ての犬は、Lomotil(ジフェノキサレート塩酸、アトロピン)、プレドニソロン、合併する呼吸器疾患治療薬で、治療を行っていた[13]。この報告の中で明確には述べられていないが、おそらく、ジフェノキサレート(これは麻薬性鎮痛剤であるが)がある程度の鎮咳効果を有していたのではないかと思われる。粘液輸送系障害によって生じる下気道内の粘液の蓄積はTCの犬の咳の主要な機序と考えられてきた[6]。アトロピンは、下気道への粘液の分泌量を少なくする効果がありそのため咳を少なくする作用があると思われる[13]。抗コリン療法は下気道分泌物を乾燥させ、さらに末梢の気道に粘液栓を固着させやすいと主張する研究者もいる[11]。Lomotilに含まれるアトロピンの量では臨床効果を示さないと報告させている[49]。上記の研究において、良好な反応を示した71例のうち50例はこの治療法を中止しても症状が消失したが、21例では状態維持のため治療をつづけなければならなかった[13]。これはそれ以前の報告に比べ、気管虚脱の内科治療としてはかなりの成果である。* この治療の機序についてはよく解明されていないが、興味深い治療法といえる。
肥満のコントロール[1,3,6,13]、患者の生活する環境の空気や換気の改善[1,13]、そして首輪でなく胴輪を使用すること[1]などは、内科療法の補助として報告されており、実際これらが長期管理の成功や失敗を決める重要な鍵となっている。関連する内分泌疾患、たとえば甲状腺機能低下症や副腎皮質機能亢進症(これらは肥満になりやすい)、またはその他の合併要因(例えば、慢性気管支炎や副腎皮質機能亢進に伴う気管軟化症)もまた管理の重要な鍵となると思われる。
* 3、5、6、9、16および42を参照。
外科治療
内科療法と同じ数の気管虚脱の外科療法が報告されてきた。+ 犬のTCの最初の外科療法は1964年に報告された[51]。硬いプラスチックのチューブを樋状に形成して、虚脱気管部の外側に縫着するものであるが、術後経過の記述はなかった[51]。この方法の明らかな問題として、プロテーゼが硬く頚部を屈曲できないという点がある[16,42]。
1967年にKnowlesとSnyderが、気管虚脱に対し軟骨切開矯正法を紹介した[30]。この方法では、先ず気管腹側面からアプローチし気管軟骨にいくつかの縦切開を加える。その部分を指で外側から山折し、楕円形の気管断面を台形状とし、虚脱気管の径を著しく増加させるというものである[30,42]。1971年には互い違いの気管軟骨を切開するという変法が報告された[26]。7頭の犬がこの方法で治療されたが、術後経過の記述はない[26]。多くの切開を軟骨輪に加え気管を卵形にする変法も報告された[15]。これらの方法には、膜性壁の伸展による気管虚脱には適応できないという大きな短所があった[15]。また、術後に外側への虚脱のリスクが増加した[42]。軟骨切開法は、気管軟骨が台形にした気管腔をしっかり保持するだけの強度を持つ場合のみ有効である。しかし、多くのTC犬の気管軟骨輪は脆弱である[4,26,42]。
伸長した膜性壁を外反させる気管形成術が1966年に報告されたが広まらなかった[6]。1973年には膜性壁の縫縮術の詳細報告が登場した[48]。これは、気管軟骨の両側の縁の距離を縮めるように膜性壁に水平マットレス縫合を施すものであった。これで気管直径がかなり増加する[15,48]。この報告では、9例のうち7例で術後著明な改善がみられ、2例で改善がみられなかった[48]。極小犬では気管径が小さすぎてこの方法は困難なのではないかと思われる[15,16,42]。
1976年に外側プロテーゼ法という、より実践的な方法が初めて報告された[16]。全周プロテーゼ(total ring prosthesis, TRP)が3 mlのポリプロピレンシリンジの外筒を利用して作成された。外筒に対し垂直に5-8mm幅に切り出し、プラスチックの円に沿って4-6個の穴を開け、2つの穴の間の円の一部を切り落とし気管全周に縫着固定できるようにした[16]。 気管の虚脱部位に外科アプローチし、そのリングをはめるのに十分な長さを分離し、リングを固定する。気管軟骨および膜性壁を360°方向に引き上げるように、リングを虚脱気管部に縫着固定する[16]。リングは、虚脱気管全てを含むように10-15 mmごとに固定していく。このTRPのそれまでのプロテーゼにない大きな長所として、個々の全周リングを間隔をおいて設置することにより頚の可動性が維持されていることである[16]。気管への血液供給と神経分布は、リングが装着された部分だけ障害をうけるのみで、全長には及ばない[16]。虚脱気管をC型に修復するのみならず、このTRPは膜性壁を気管の外側に引き出す効果もある[15]。このTRPは当初、頚部腹側アプローチによる頚部気管および胸部気管の頭側部の整復を目的としていたが[16]、開胸術によって胸部気管虚脱にも利用されるようになった[7,9]。
このTRP法によって治療された20例の気管虚脱犬によるretrospective studyによると、咳(84%)、呼吸困難(80%)、活動性(55%)、気管の感染(60%)に改善がみられた。これは、術後4ヶ月から4年間(平均1.5年)の電話調査によるものであった[9]。一方で、この方法による術後1年で無症状であったのは20%に満たないという、やや悲観的な意見もある[13]。
TRPの変法として1986年に、ポリプロピレン製らせんプロテーゼ法(polypropylene spiral prosthesis, PSP)がFinglandらによって紹介された[29,42]。このプロテーゼも3 mlシリンジの外筒から作られたものである。今回はシリンジを15°の角度でらせん状に3本の5.5cmのばね状PSPを切り出した。すなわち、ライン幅が3 mm、ライン間が6 mmのものとなる[42]。このプロテーゼはTRPとほとんど同様に適用されるが、異なるのが虚脱気管部の全長において全周性に外膜を分離するように気管を露出することである。TRPをしのぐPSPのメリットとしては、1)各リング間おいて虚脱気管全周を牽引固定できること、2)より生体に合った可動性が維持できること。なぜならTRPのひとつの幅は2から3気管輪分となり、どの気管輪部をとっても100%囲むことのないPSPに比べ可動性に劣ること。3)リング間でねじれが生じにくいこと。これはTRPで生じることがあり限局性気管壊死が生じていた。4)迅速かつ簡単に固定できること。TRPと異なり穴に糸を通す必要がなく、らせん部分に糸を縫着できる。5)ひとつずつリングをつけるというより、プロテーゼ全体を縫いつけたり、「ねじこませたり」することができること、である[42]。この方法によって整復された7例の臨床例の術後経過について、咳、呼吸困難、気管径についてスコア化して評価された[29]。2−14ヶ月間の追跡で、5例中4頭で「非常に有効」、1頭で「有効」という結果となり、残りの2例は術後1-8ヶ月で死亡した[29]。
TRPとPSPを比較する前向き研究が11頭の正常犬で行われた[45]。この研究で使用されたパラメーター(臨床評価、X線、気管鏡、剖検、および組織)に関しては、両者の差はなかった[45]。PSP法に対しては気管の血管供給と神経分布の破壊について強い批判がある[16,46]。Dr.Hobsonが1976年に以下のように警告している[16]。
「血管供給と神経支配の両方は気管粘膜の正常機能を営むために非常に重要であり、もし手術で気管の長い部分の完全分離が行われれば、私はいっておくが、とりわけ気管腔がとても小さいと、術後早期回復は困難であろう」
この現象について1991年に正常犬における気管内血流の研究で示されている[46]。20頭の正常犬の気管をPSP設置のため外科露出し、数頭はプロテーゼを設置し、残りは設置しなかった。4種類のアイソトープでマーキングしたマイクロスフェアを術前に血管内投与し、術後3および7日目に血流を評価した。術後ただちに全ての犬で、PSPの設置の有無にかかわらず、気管の血流が非常に減少した[46]。3日目に気管中央部の血流が劇的に減少し、7日目に同部位の血流が増加した[46]。これは気管中央部には血管の側副供給がもともと少ないということによると思われた[16]。さらにこの研究では、20頭のうち4頭が術後3日たたないうちに死亡し、4頭全てに全層性の壊死性気管炎と血栓がみられた[46]。したがって、気管の完全分離、および気管への血管や神経を含む外側間膜の剥離などのPSP設置のための外科アプローチは、プロテーゼの設置の有無にかかわらず、術直後における血液供給の著しい減少を招く、と結論づけられた[46]。2つ目の術後合併症である反回神経の断裂は、術後に医原性喉頭麻痺を起こしうる。
この研究によって1993年にPSP法の提唱者はこの手技の変法を報告することになった[43]。同じプロテーゼを使用するが、気管へのアプローチはHobsonによるTRP法と同様のものとした。プロテーゼを縫着する部分の気管間膜の片側のみを剥離し、らせんリングの間から気管への血管供給を維持できるようにした[43]。
Ayersは1999年に柔軟、管外固定、全周プロテーゼのタイプで変法を報告した[50]。この方法のプロテーゼは、静脈輸液セットのポリビニル製のチャンバーから作られた。プロテーゼは簡単に作成し設置できるうえに脆弱な気管を安定させた。管外固定プロテーゼの起こりうる合併症のひとつに喉頭麻痺がある。これは死に追い込む可能性のある術後の医原性合併症である。このリスクを下げるため、Whiteは、プロテーゼ設置と同時に、片側性に左喉頭tie-back術を実施した[52]。
そのほかには、実験的に内視鏡下レーザーによる虚脱気管軟骨の整復も行われている[53]。
患者の自己組織片で合成プロテーゼを覆って気管の再構成を試みることも行われている[54]。この研究では、患者の大網の中に埋め込んだポリエチレンテレフタレート(PET)製の管状プロテーゼを用いて二期的に気管移植が行われた。全ての例で、この吻合術は失敗におわった[54]。実験的に、広頚筋の筋皮弁を気管欠損部を再構成するために使われたたが、弁と構造的統合が取れず致命的な完全気管腔狭窄に陥った[55]。
多くの外科療法が報告されているがどれをとっても完全に成功するとはいえない、ということになる[13]。
+3、5、7、9、26、42、43および50を参照
非外科療法
重度気管虚脱の非外科的な治療法として、いくつかの管内プロテーゼまたはステントが研究されている。Kirbyは気管の外科露出に関して疑問を投げかけているし[46]、Dumonは早くからヒト気管狭窄におけるシリコン性管内プロテーゼを成功させているし[56-59]、またその非外科的な内視鏡下設置などよって、Dumonステントが重度気管虚脱に対し魅力的な治療法の選択肢となっている。
Masonは正常犬の気道にDumonシリコンステントを設置する研究を行った[60]。正常犬では、6ヶ月までステントに問題なく耐えた。咳と細菌のコロニー形成が全ての犬でみられたが、この軽度の合併症は全て薬剤を用いて管理できた[60]。しかし、犬の臨床例ではDumon stent の長期設置例はいまだ報告されていない。
Radlinskyは、Palmazバルーン拡張ステントの使用を報告した。これは金属性メッシュの拡張ステントである[61]。 正常犬の実験おいて、ステントの過剰な移動、ステントの虚脱、および上皮に対して有害反応が認められた。そのため、犬の頚部気管に設置するのは不適切と考えられた。しかし、胸部気管や主気管支には設置可能と思われた[61]。これらの部位は外科的管外プロテーゼ設置が困難なところである。現時点では、より安全な管内プロテーゼが研究されるまでは、この手技は突発した重度なGradeIVの虚脱例に短期間設置する目的にならもっとも有用であると思われる。外科的アプローチが困難な胸部気管や主気管支への設置することも可能とは思われる。
予後
気管虚脱の犬の予後は、重症度に直接関連する。また、他のリスクファクター、例えば肥満や合併疾患の状態にもよる。概して、GradeIからIIIまでは内科療法で治療可能である。外科整復を必要とするようなより重度な症例では外科医の手腕によるといえるだろう。
引用文献
1. Spaulding GL: Medical management considerations for upper airway disease, Respir Med 4(2):419-428, 1992.
2. Padrid P, Amis TC: Chronic tracheobronchial disease in the dog, VCNA 22(5):1203-1229, 1992.
3. Hedlund CS: Tracheal collapse, Prob Vet Med 3(2):229-238, 1991.
4. Done SH, Drew RA: Observations on the pathology of tracheal collapse in dogs, J Small Anim Pract 17:783-791, 1976.
5. Amis TC: Tracheal collapse in the dog, Austral Vet J 50:285-289, 1974
6. O'Brien JA, Buchanan KW, Kelly DF: Tracheal collapse in the dog, J Am Vet Radiol Soc 7:12-19, 1966.
7. Nelson AW: Lower respiratory system. In Slatter DH, editor: Textbook of veterinary surgery,
8. Dallman MJ, McClure RC, Brown EM: Histochemical study of normal and collapsed tracheas in dogs, Am J Vet Res 49(12):2117-2125, 1988.
9. Tangner CH, Hobson HP: A retrospective study of 20 surgically managed cases of collapsed trachea, Vet Surg 11:146-149, 1982.
10. Dallman MJ, Brown EM: Structural consideration in tracheal disease, Am J Vet Res 40(4):555-558, 1979.
11. Baumann R: Ueber die Dorso-Ventrale Abplastund der Luftrohre, Berl Munch Lierarztl 37:445-447, 1941.
12. Done SH, Clayton-Jones DG, Price EK: Tracheal collapse in the dog: A review of the literature and report of two new cases, J Small Anim Pract 11:743-750, 1970.
13. White RAS, Williams JM: Tracheal collapse in the dog-Is there really a role for surgery? A survey of 100 cases, J Small Anim Pract 35:191-196, 1994.
14. Dallman MJ, McClure RC, Brown EM:
15.
16. Hobson HP: Total ring prosthesis for the surgical correction of collapsed trachea, JAAHA 12:822-828, 1976.
17. Robinson NE: Airway physiology, VCNA 22(5):1043-1064, 1992.
18. Spodnick GJ, Nwadike BS: Surgical management of extrathoracic tracheal collapse in two large-breed dogs, J Am Vet Med Res 211(12):1545-1548, 1997.
19. Yamamoto Y, Ootsuka T, Atoji Y et al: Tyrosine hydroxylase and neuropeptides immunoreactive nerves in canine trachea, Am J Vet Res 61(11):1380-1383, 2000.
20. Greenholz SK, Karrer FM, Lilly JR: Contemporary surgery of tracheomalacia, J Pediat Surg 21(6):511-514, 1986.
21. Vinograd I, Filler RM, Bahoric A: Long-term functional results of prosthetic airway splinting in tracheomalacia and bronchomalacia, J Pediat Surg 22(1):38-41, 1987.
22. Vinograd I, Filler RM, England SJ et al: Tracheomalacia: An experimental animal model for a new surgical approach, J Surg Res 42:597-604, 1987.
23. Sane DC, Vidaillet HJ, Burton CS: Saddle nose, red ears, and fatal airway collapse, Chest 91(2):268-270, 1987.
24. Schummacher HR: Relapsing polychrondritis. In Wyngaarden JB Smith LH, editors: Cecil's textbook of medicine,
25. Leonard HC: Collapse of the larynx and adjacent structures in the dog, JAVMA 137(6):360-363, 1960.
26. Leonard HC: Surgical correction of collapsed trachea in dogs, JAVMA 158(5):598-600, 1971.
27. Suter PF, Colgrove DJ, Ewing GO: Congenital hypoplasia of the canine trachea, JAAHA 8:120-127, 1972.
28. Harvey CE, Fink EA: Tracheal diameter: Analysis of radiographic measurements in brachycephalic and non-brachycephalic dogs, JAAHA 18:570-576, 1982.
29. Fingland RB, DeHoff WD, Birchard SJ: Surgical management of cervical and thoracic tracheal collapse in dogs using extraluminal spiral prostheses: Results in seven cases, JAAHA 23:173-181, 1987.
30. Knowles RP, Snyder CC: Chondrotomy for congenital tracheal stenosis, Proc AAHA 246-248, 1967.
31. McKiernan BC,
32. Rudorf H, Herrtage ME, White RA: Use of ultrasonography in the diagnosis of tracheal collapse, J Small Anim Pract 38(11):513-518,1997.
33. Brock N: Veterinary anesthesia update-Guidelines and protocols for safe small animal anesthesia, Self-published 1994.
34. McKiernan BC,
35. McKiernan BC, Johnson LR: Clinical pulmonary function testing in dogs and cats, VCNA 22(5):1087-1099, 1992.
36. Amis TC, Kurpershock C: Tidal breathing flow-volume loop analysis for clinical assessment of airway obstruction in conscious dogs, Am J Vet Res 47(5):1002-1006, 1986.
37. Amis TC, Kurpershock C: Pattern of breathing in brachycephalic dogs, Am J Vet Res 47(10):2200-2204, 1986.
38. Amis TC, Smith MM, Gaber CE et al: Upper airway obstruction in canine laryngeal paralysis, Am J Vet Res 47(5):1007-1010, 1986.
39. Smith MM, Gourley IM, Amis TC et al: Management of tracheal stenosis in a dog, JAVMA 196(6):931-934, 1990.
40. Padrid PA, Hornof WJ, Kurpershock CJ et al: Canine chronic bronchitis-a pathophysiologic evaluation of 18 cases, J Vet Int Med 4:172-180, 1990.
41. McKiernan BC: Pulmonary function testing in dogs and cats: Techniques for clinical use, Proc Tenth Vet Respir Symp, 1991.
42. Fingland RB, DeHoff WD, Birchard SJ: Surgical management of cervical and thoracic tracheal collapse in dogs using extraluminal spiral prostheses, JAAHA 23:163-172, 1987.
43. Coyne BE, Fingland RB,
44. Buback JL, Boothe HW Hobson HP: Surgical treatment of tracheal collapse in dogs; 90 cases (1983-1993), JAVMA 208(3):380-384,1996.
45. Fingland RB, Weisbrode SE, DeHoff WD: Clinical and pathologic effects of spiral and total ring prostheses applied to the cervical and thoracic portions of the trachea of dogs, Am J Vet Res 50(12): 2168-2175, 1989.
46. Kirby BM,
47. Boothe DM,
48. Rubin GJ, Neal TM, Bojrab MJ: Surgical reconstruction for collapsed tracheal rings, J Sm Anim Pract 14:607-617, 1973.
49. Plumb DC: Veterinary drug handbook, ed 2,
50. Ayers SA, Holmberg DL: Surgical treatment of tracheal collapse using pliable total ring prostheses: results in one experimental and 4 clinical cases, Can Vet J 40(11):787-791, 1999.
51. Schiller AG, Helper LC, Small E: Treatment of tracheal collapse in the dog, JAVMA 145(7):669-671, 1964.
52. White RN: Unilateral arytenoid lateralisation and extraluminal polypropylene ring prostheses for correction of tracheal collapse in the dog, J Small Anim Pract 36(4):151-158, 1995.
53. Wang Z, Perrault DF, Pankratov MM et al: Endoscopic laserassisted reshaping of collapsed tracheal cartilage: A laboratory study, Ann Otol Rhinol Laryngol 105(3):176-181, 1996.
54. Villegas-Cabello O, Vazquez-Juarez JL, Gutierrez-Perez FM et al: Staged replacement of the canine trachea with ringed polyethylene terephthalate grafts, Thorac Cardiovasc Surg 42(5):302-305, 1994.
55. De Mello-Filho FV, Mamede RC, Sader AA et al: Use of the platysma myocutaneous flap for cervical trachea reconstruction: an experimental study in dogs, Laryngoscope 103(10):1161-1167, 1993.
56. Dumon JF: A dedicated tracheobronchial stent, Chest 97(2):328332, 1990.
57. Colt HG, Dumon JF: A way to offer patients relief from persistent dyspnea? Airway obstruction in cancer; the pros and cons of stents, J Respir Dis 12(8):741-749, 1991.
58. Tsang V, Williams AM, Goldstraw P: Sequential silastic and expandable metal stenting for tracheobronchial strictures, Ann Thorac Surg 53(5):856-860, 1992.
59. Bollinger CT, Probst R, Tschopp K et al: Silicone endoprosthesis in the treatment of tracheobronchial stenosis. Report of the first 12 patients treated with this method, Schweiz Med Wochenschr 121(36): 1283-1288, 1991.
60. Mason RA: The installation of the Dumon silastic endotracheal stent in the normal canine airway and evaluation via pulmonary function testing, DVSc Thesis, University of
61. Radlinski MG, Fossum TW, Walker MA et al: Evaluation of the Palmaz stent in the trachea and mainstem bronchi of normal dogs, Vet Surg 26(2):99-107, 1997.