気管支鏡検査一覧

症例557

BS#556-クラモトマシュウ160710BS【症例557動画】 マシュウちゃん。ヨーキー オス 5歳、体重2.88kg。相模大野プリモ動物病院(相模原市)より診療依頼を受けました。6カ月前より興奮時喘鳴の頻度増加し、2週間前から散歩時毎回苦しそうな喘鳴が生じるようになり、最近は自宅内でも興奮して喘鳴が生じるとのことでした。 確定診断は、原発性気管虚脱グレード4。

 

 

 

経過詳細

患者名:マシュウ

プロフィール:ヨーキー、5歳、去勢オス

主訴:興奮時喘鳴

 

初診日:2016年7月6日

気管支鏡検査日:2016年7月10日

診断:原発性気管虚脱グレード4、軟口蓋過長症

疑われる合併疾患:「咽頭気道閉塞症候群ステージ2」

 

既往歴:膿皮症

来院経緯:6カ月前より興奮時喘鳴の頻度増加し、2週間前から散歩時毎回苦しそうな喘鳴が生じるようになり、最近は自宅内でも興奮して喘鳴が生じる。精査希望のため呼吸器科受診。

問診:2年前より散歩時にブヒブヒいうことがときどきみられるようになった。半年前からさらに音が大きくなり、2週間ほど前から胸を大きく動かしながらガヒーガヒーと言うようになった。苦しそうにみえるが立ち止まったり座り込んだりすることはない。安静時や睡眠時には全く呼吸症状なし。経過を通じて咳なし。いびきなし。嗄声なし。体重は成犬になって3.0kgを維持している。同居犬なし、完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価*はⅠ。

身体検査:体重2.88kg(BCS4/5)、T:38.6℃、P:128/分、R:132/分。診察台上で、両相性ストライダー(「ガヒーガヒー」「ハヒーハヒー」)あり。聴診にて頚部気管で音は最大で、両相性高調連続音が聴取された。肺音は呼気時高調連続音(wheezing)、咽喉頭では弱い両相性高調連続音のみが聴取された。左内股部に直径1cmほどの膿皮症がみとめられた。

CBCおよび血液化学検査:異常なし、CRP0.40mg/dl

動脈血ガス分析:pH7.42、Pco2 30mmHg, Po2 91mmHg, [HCO3-] 19.1mmol/L, Base Excess -3.7mmol/L, AaDo2 24 mmHg。問題なし

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて軟口蓋過長および咽頭周囲軟部組織増加あり中程度の咽頭閉塞あり。胸部にて気管の胸郭前口部が扁平化し、気管陰影は消失し、これら所見は透視にて呼吸相を通じて一貫して認められた。気管気管支軟化症は認められなかった。肺野陰影に問題なし。

評価および予後に関する飼い主へのインフォーメーション:原発性気管虚脱と考えられます。画像所見からグレード4と推測されます。構造的咽頭閉塞がみとめられ気管虚脱への部分的関与が示唆されますが、BCS4/5なので減量によって咽頭閉塞は解決できると思われます。肺機能には問題ありません。ヨークシャーテリアは気管虚脱の好発犬種であり、7-8歳が好発診断年齢です。ストライダーやチアノーゼ発症歴のある原発性気管虚脱は、積極治療の対象となります。当院呼吸器科では侵襲性の低い気管内ステント留置を実施しております。術後3日程度で退院可能です。良好な状態を維持するため留置後にはネブライザー療法を行っていただきますが、そうすればステントの合併症は減少します。咳なしおよび肺機能維持は、予後良好のファクターです。気管内ステント留置を推奨し、予後良好と思われます。外科療法は、気管剥離によって術後3日以内の死亡率が20%であったとの報告もあり侵襲性に問題があります。また、気管外表面を走行する神経を損傷して喉頭麻痺を起こす可能性も指摘されています。

 

飼い主の選択

病状は理解した。気管内ステント留置を受けたいと思う。

 

予後

当院呼吸器科では重度の原発性気管虚脱に対し気管内ステント留置を行っておりますが、予後が確立されていないので厳正に適応症例を選択しております。これまでの成績では、2003-2015年で診断した気管虚脱188例のうち、気管内ステント留置適応と判断した症例はわずか15例です。その中の解析にて、1)臨床徴候は咳ではなく両相性ストライダーであること、2)気管虚脱のタイプは原発性気管虚脱であり気管気管支軟化症(胸部気管虚脱と気管支軟化症が同時発症している状態)を伴わない、という条件を満たした10例についていえば、初期症状改善率100%、60日間生存率100%、平均生存期間46カ月間(3-82カ月間)、観察中の全経過でのQOL評価では90%が良好または極めて良好となっております。本症例は、この2つの条件を満たすので、予後良好と考えられます。ステント留置後は、盲目的な気管内挿管は、ステントの急激な移動による気管裂傷や穿孔、気管内多量出血など致命的合併症を引き起こす可能性があるので、禁忌となります。全身麻酔が必要となると考えられる場合、麻酔の必要性をよく吟味してくださるようお願いします。どうしても気管内挿管が必要となる場合、大変お手数ですが当院呼吸器科に一報連絡いただけるようお願いします。

 

推奨される治療法

1) 気管内ステント留置

2) 減量。目標体重2.60kg

 

二次検査(7月10日)

気管内挿管時喉頭所見にて披裂軟骨外転運動が予測通り認められました。

Ⅰ 気管内挿管

胸郭前口部気管で固く抵抗がありました。気管チューブ先端が胸部気管に向かせるには透視ガイドが必要でした。

Ⅱ 気管サイジング

食道内にサイジングカテーテル設置下に、気道内圧25cmH2Oにて胸部X線撮影を行ないました。胸郭前口部の気管内には凸状の隆起上物が長さ3cmにわたりみえました。その他の気管拡張状況は予測通りでした。気管ステントはVetStent-Trachia 10mm X 62mmが選択されました。

Ⅲ 気管支鏡検査

肉眼所見:喉頭虚脱、喉頭麻痺ともに認められませんでした。声門下腔直下から気管膜性壁が慎重し中等度虚脱していましたが、胸郭前口部気管に内腔側に固く凸状に気管軟骨輪が変形し、膜性壁と接着し閉塞していました。外径4mmのスコープを通過させることが容易ではありませんでした。胸部気管以降、虚脱は軽度であり、気管分岐部以降も呼吸相を通じて開存し、動的な気管支虚脱(気管支軟化症)は認められませんでした。気管支鏡と透視ガイドにて、ステント遠位端の位置を正確に決定しました。

Ⅳ 気管内ステント留置

透視ガイド下に慎重に展開していきました。展開時間は約6分間でした。展開後、気管支鏡で再度観察を行ないましたが、ステント後方に虚脱なく、気管壁との密着度も良好でした。

二次検査評価:上気道閉塞も関与した原発性気管虚脱グレード4です。上気道閉塞は小下顎症など構造的な問題が考えられます。胸郭前口部をしっかり安定化させる気管内ステント留置が必要であり、動的な気管支虚脱が認められなかったので、気管内ステント留置は適応であり、サイジングに従った気管ステント選択にて、虚脱部分を十分にカバーしたと思われました。

 

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min

気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID3.5mm使用。

気管サイジング:15:25−16:10、気管支鏡検査16:17−16:23、気管内ステント留置16:28−16:35、抜管(ラリンゲルマスク)16:49

 

経過

留置直後より喘鳴は消失しました。翌日より一般状態良好で喘鳴なく、咳もありません。鎮咳剤やステロイドは一切使用しておりません。咳はステント内に喀痰が引っかかったときに生じます。そのときに喀痰を柔軟にすれば、数回の軽い咳で喀痰がステント外に出るので咳はすぐに終わります。そのため、在宅にてネブライザー療法を終生行っていただきます。ステント自体は、1カ月ほどで上皮化され一体化し、喀痰の動きもより滑らかになってきます。経過観察は、3カ月後、6カ月後、1年後、そして毎年1回を目安に気管支鏡検査にて、ステント内の細菌感染や肉芽形成などの問題が生じていないか確認させていただくことになっております。

7月11日に経過良好のため退院。