気管支鏡検査一覧

症例551

BS#550-トクマモエ【症例551動画】 モエちゃん。チワワ 避妊済みメス 10歳、体重3.08kg。さくら動物病院(長野県)より診療依頼を受けました。8ヵ月前から咳が続いていおり、1ヶ月前に虚脱したことがあったとのことでした。確定診断は、喉頭虚脱および慢性喉頭炎。

 

 

 

経過詳細

患者名:モエ

プロフィール:チワワ、10歳、避妊メス

主訴:慢性発咳

 

初診日:2016年6月24日

気管支鏡検査日:2016年6月24日

診断:喉頭虚脱および慢性喉頭炎、慢性気管支炎

除外された疾患:気道異物、細菌感染合併

既往歴:特になし

来院経緯:4-5年前から間欠的に咳あり、2-3年前より連日咳あり。8カ月前に咳増悪し、内服治療(ステロイド、気管支拡張剤、抗菌剤)開始し、咳は消退、再発を繰り返していた。1カ月ほど前より頚部皮膚発赤と腫脹あり、3週間前(6月5日)夜間に1時間の間に急に虚脱していた。さくら動物病院にて、6月6日より入院管理。約2週間、白血球数増加(2−3万/mm3)が続いていた。咳に対しネブライザー療法を継続していた。検査所見、投薬内容は報告書の通り。慢性発咳の診断と治療方針決定について精査希望のため呼吸器科受診。

問診:幼少時より舌が常に口腔外に脱出していた。咳の治療を8カ月前から始めたが、投薬は間欠的に行っていた。ステロイド投与で咳は速やかに消失するが、気管支拡張剤では咳は止まらなかった。ここ数ヶ月間の咳は、連日/1日20イベント/1イベントに4-5回続き、必ずterminal retchを伴っていた(咳スコア9)。長い時は1イベントが5分位続いた。安静時より興奮時に確実に多く、睡眠時に咳なく、夜間咳で眠れないことはなかった。飲水時ムセなし。6月5日、軽井沢にて深夜1:00に部屋の隅で横臥となり力なくぐったりしていた。体表に熱感があったように思うとのこと。現在、入院当初より咳が減少し、ほとんどみられなくなっている。6月初めみられた頚部腫脹と皮膚発赤は現在かなり減少している。肥満傾向であり、今まで3.0-3.5kgを推移していた。ステロイド投与時には最高3.80kgにまで増えた。いびきなし、くしゃみ/鼻汁なし、発声問題なし。軽井沢と横浜を行き来しているが、モエは軽井沢にいることが多かった。室内に喫煙者はいない。軽井沢に同居犬3頭、横浜に2頭あり。上気道に問題ある犬が数頭いるが慢性発咳を有する犬なし。完全室内飼育、定期予防実施。運動不耐性の飼い主の主観評価**はⅠ。

身体検査:体重3.08kg(BCS5/5)、T:38.8℃、P:120/分、R:panting。努力呼吸なし。舌脱出あるが、ときおり低調スターター(ズッという)あり。聴診にて末梢肺野に呼吸音増大なく、副雑音もなし。カフテスト陰性、胸部タッピングにて咳誘発なし。顎下に無痛性腫脹あり波動感あり。右側下顎腺腫脹あるが痛みなし。

CBCおよび血液化学検査:異常なし(WBC14400/mm3)、CRP0.0mg/dl

動脈血ガス分析:pH7.47、Pco2 31mmHg, Po2 74mmHg, [HCO3-] 22.3mmol/L, Base Excess 0.0mmol/L, AaDo2 39 mmHg。軽度の低酸素血症、AaDo2の開大あり。

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて構造的咽頭閉塞(小下顎症、喉頭降下、咽頭周囲軟部組織増加、舌根の口咽頭への後退)あり。喉頭部の透過性低下。胸部にて肺野全体にスリガラス状陰影、心陰影拡大(VHS11.0)あり。

評価および予後に関する飼い主へのインフォーメーション:長期間の慢性発咳があり、構造的咽頭閉塞も生来の問題としてあるようです。舌脱出所見は構造的咽頭閉塞重度の証拠と考えられます。2週間続いた白血球増加は改善しました。6月5日の急性状態悪化は、唾液腺周囲の急性炎症と咽頭閉塞が重なって高体温となり熱中症様の症状が生じたと思われます。現在、下顎腺腫大はまだあり下顎に粘液嚢腫を形成するかもしれません。長期間の慢性発咳に関しては、症状から喉頭から気管支にかけ気道全体の観察が必要と思われます。幸い、肺機能は十分に維持されており、当院気管支鏡検査実施基準であるPao2>60mmHgを満たしており、検査自体は実施可能です。ただし、犬の咽頭閉塞の周術期リスク評価では4/11項目該当し、気管チューブ抜管後咽頭閉塞を生じる可能性がありますので、覚醒期には咽頭開存するように開口器を使用する等、厳重に注意して管理する必要があります。あらかじめご了解ください。

 

飼い主の選択

咳の原因を究明し、治療を絞り込んで欲しいので、二次検査を希望する。

 

二次検査

Ⅰ 喉頭鏡検査

1) 肉眼所見: 喉頭虚脱、喉頭発赤および腫脹、喉頭痙攣あり。咽頭内に粘液嚢胞は認められなかった。

Ⅱ 気管支鏡検査

1)        肉眼所見: 喉頭は披裂軟骨小角結節部が内転接着し喉頭虚脱が認められた。吸気のときにわずかに開大し喉頭麻痺は認められなかった。喉頭全体は発赤腫脹し、接触刺激に過敏に反応し喉頭痙攣あり。気管以下の気道に肉眼的異常なし。

2)       気管支ブラッシング:LB1V1にて実施。細胞診にて上皮細胞塊のみ。微生物検査にて細菌分離されず。

3)       気管支肺胞洗浄液解析(BALF解析):RB2にて実施。10ml×3回。回収率52.0%(15.6/30ml)。わずかに白色透明。総細胞数増加なし206/mm3 (正常 84-243/mm3)、細胞分画;マクロファージ82.8%(正常92.5%)、リンパ球10.2%(正常4.0%)、好中球7.0%(正常2.0%)、好酸球0.0%(正常0.4%)、好塩基球0.0%(正常0%)。腫瘍細胞なし。泡沫状マクロファージ半数程度。慢性活動性炎症パターン。微生物検査にて細菌されず。

二次検査評価:慢性喉頭炎が認められました。喉頭虚脱は構造的咽頭閉塞に由来すると思われます。

 

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min

気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID4.5mm使用。

気管支鏡検査17:19−17:30、人工呼吸管理17:33−18:05、抜管18:07

 

全体評価

咳の慢性化、契機、性質、および内視鏡所見から、慢性喉頭炎による咳が主体であったように思われます。唾液腺腫や粘液嚢包も今後経過観察が必要です。気道内感染は認められませんでした。

 

予後

犬の慢性喉頭炎の原因はよく分っておりませんが、人では喫煙が問題視されています。モエの場合は、咽頭閉塞が喉頭虚脱や喉頭炎を引き起こしたと考えております。構造的咽頭閉塞が慢性発咳を生じることは、呼吸器科診療ではよく認められます(「咽頭気道閉塞症候群*」モエはステージ2です。)。肥満を伴えば、まず徹底した減量から始めれば、2カ月間で60%、3カ月で80%の症例で初期症状が改善しました。モエの場合、-10%(2.70kg)を先ず目標設定し、効果を確認し、さらに減量をすすめられれば、-20%(2.4kg)まで減量できれば、かなりの咳減少効果が見込めます。

 

推奨される治療法

培養結果を待ちますが、それまでは以下の処方にします。

1) 減量。目標2.7kg。

2) ネブライザー療法。以下の処方を通院または在宅でおこなう。

生理食塩液20ml+ビソルボン吸入液0.5ml+ゲンタマイシン0.5ml+メプチン0.3ml

在宅で行う場合、1日2回

3)暑熱環境は避ける。

 

経過

数日間のネブライザー療法で、単発性の強い咳が、連日/1日3-10イベント/1イベントに15秒以内ありますが、悪化傾向なく、最終診断に基づき、投薬内容を制限しネブライザー療法のみ継続。

7月4日(第11病日)体重2.94kgまで減量。咳は連日/1日1-3イベント/1イベント<15秒に減少(咳スコア$6)。舌はほぼ口腔内に収まる様になった。退院。自宅で、体重管理とネブライザー療法1日2回のみ。他の薬剤は全て中止。

8月1日(第39病日)再診。退院後1ヶ月。体重2.82kg。咳は連日/1日3-10イベント/1イベント15-30秒(咳スコア$8)。ネブライザー療法はおとなしく受けている。飼い主の初期症状改善度評価はやや改善(3/5)。

9月5日(第74病日)再診。退院後2ヶ月。体重2.54kg。咳は連日/1日1-3イベント/1イベント<15秒(咳スコア$6)。X線および透視検査にて咽頭気道は明瞭に開存してきた。舌骨装置の伸展度は減少(U型)。飼い主の初期症状改善度評価はほぼ改善(4/5)。

10月3日(第102病日)再診。退院後3ヶ月。体重2.52kg。咳は連日/1日0-1イベント/1イベント<15秒(咳スコア$5)。X線および透視検査にて喉頭は正常位まで戻り、舌骨装置の形状も正常化(V型)。安静時に舌が口腔外にあることはない。飼い主の初期症状改善度評価はほぼ改善(4/5)。体重管理とネブライザーは継続するよう指示。