気管支鏡検査一覧

症例530

VB#530-BS【症例530動画】 うりちゃん。アメリカンショートヘアー オス 10歳、体重5.6kg。ぬのかわ犬猫病院(横浜市)より診療依頼を受けました。2ヵ月前からの湿性咳、浅速呼吸、ゼロ音、肺野異常陰影あり。最終診断は、猫の気管支ろう。

 

 

 

経過詳細

患者名:うり
プロフィール:アメリカン・ショートヘアー、9歳、去勢オス
主訴:慢性発咳、胸部異常影

初診日:2016年2月26日
気管支鏡検査日:2016年3月18日
手術日:2016年4月29日(右肺後葉切除術)
最終来院:2016年5月20日
最終診断:猫の気管支ろう(気管支腺増生とBACが基礎疾患と考えられた)
鑑別疾患:気道感染
除外された疾患:猫喘息、腫瘍性疾患、気道異物

既往歴:膀胱結石(1歳齢頃、現在処方食にて管理中)

来院経緯:3ヶ月前より咳が連日あり、1月26日にぬのかわ犬猫病院を受診し胸部異常影を指摘され、循環器疾患は除外された。精査希望のため呼吸器科受診。

問診:数年前よりいびきあり(軽度、グレード*1/5)。体重は2-3歳齢ごろより増加してきた。咳は急に始まったというより次第に増加し、昨年末頃より目立つようになり、連日/1日1−2イベント/1イベントに15-30秒間続く程度になっていた。咳は、抱いた時、睡眠時、排泄後トイレの砂の粉を吸引したときなどによくみられる。咳と同時に、プツプツいう異常呼吸音、舌舐めずり、多飲、嗄声がみられるようになってきた。1分間に40-50回の浅速呼吸がみられるが、睡眠時は24回程度。やや覇気がない様子があるが、食欲あり運動不耐性ははっきりと感じられない。同居猫なし、完全室内飼育、定期予防実施。飼い主の運動不耐性の主観評価*はⅠ。

身体検査:体重7.02kg(BCS5/5)、T:37.7℃、P:196/分、R:64分。浅速呼吸。診察時にゴロゴロ音(rattling)や舌なめずりがよく認められた。覇気なく倦怠。聴診にて、肺野にrattling由来の不規則なクラックル、咽喉頭にて両相性の高調な喘鳴音あり。諸検査中に正常な発声を認めた。

CBCおよび血液化学検査:異常なし

動脈血ガス分析:pH7.34、Pco2 36mmHg, Po2 42mmHg, [HCO3-] 18.9mmol/L, Base Excess -5.7mmol/L, AaDo2 66mmHg。肥満のため大腿動脈触知困難で動脈穿刺難。測定されたサンプルはシリンジ内流入速度が遅く、信頼性は低いと考えられた。尾根部でSpo2を測定しても92-95%以下で不安定であった。

凝固系検査:PT8.4秒、APTT28.2秒。問題なし。

頭部/胸部X線および透視検査:頭部にて軟口蓋肥厚および咽頭周囲軟部組織過剰あり。胸部にて右背野腹側に40mmX20mmの内部は斑状、境界不明瞭な浸潤陰影が認められた。肺野全体はスリガラス様陰影を示し、左肺野でも気管支壁肥厚と思われる小輪状影が多数認められました。

評価および飼い主へのインフォーメーション:限局性肺胞浸潤影を伴い、rattling、頻度の多くない連日の咳、呼吸数増加がみられます。このような猫の臨床所見の組み合わせをこれまで6-7例経験しており、1例は肺腺癌、他は気管支腺増生によって粘漿性の過剰な気道分泌物を示しておりました。ともに、細胞診やBALF解析にて好酸球性肺疾患は否定され、経気管支肺生検にて診断しております。私の症例ではアメリカンショートヘアーとロシアンブルーで多くみられます。前者はステロイドを連日投与すると異常陰影は軽減し右後肺葉切除術を最終的に行い経過良好でした。後者は良性疾患ですが不明点が多くいまだ治療法が確立されておりません。転帰は症例によって不安定であり、最短で診断後2週間で呼吸不全死することがありました。その他の多くも診断後2ヶ月以内で呼吸不全死し、1例のみIPV療法と気管支拡張剤吸入療法と在宅酸素療法で4ヶ月以上管理しております。過剰な気道内分泌物が末梢気道を閉塞し呼吸不全を示すと考えており、良性疾患ですが予後不良のようです。本日、動脈血ガス分析が正確に実施できず、残念ながら現在の肺機能を十分把握することができませんでした。気管支鏡検査は、肺に一定の侵襲がある検査ですので、事前に肺機能が把握できませんと実施することができません。Spo2測定で酸素化だけでも確認しましたが、それも不安定で測定中は90%を下回ることもありました。Spo2は100%を示しても、Pao2は60mmHg台を示すこともあり、少なくとも安定して98%以上を示さないと気管支鏡検査にてBALや生検実施可能とは判断できません。肺腺癌や気管支腺増生のどちらでも末梢気道から肺実質内に分泌物が滞留し、肺機能を低下させますので、先ずIPV療法を継続し、肺野異常影や肺機能(Spo2安定、もしくは可能なら血液ガス分析値の確認)の改善を確認してから、気管支鏡検査を実施し確定診断するのがよいと思います。

飼い主の選択

提案通り、本日は気管支鏡検査を実施せずに、IPV療法を試して経過をみる。

治療

1) IPV療法。ネブライザー薬は生食10ml+メプチン吸入液0.5ml+ビソルボン吸入液0.5ml、操作圧18psi, 実施中Wedge圧20cmH2O以下、FIo2 30%、パーカッションレベルはEasyを継続し、断続的に15分間行った。比較的協力的であり、実施後は表情が改善したようにみえた。

経過

3月4日、11日、18日に1週間毎にIPV療法を行い、18日には、咳の程度、rattlingは不変であったが、Pao2 63mmHgまで改善、胸部X線検査にて肺野全体のスリガラス状陰影は減少した。そこで、気管支鏡検査を実施した。

二次検査(2016.3.18)

気管支鏡検査

1)        肉眼所見: 喉頭周囲に粘漿性分泌物過剰、RB4内に比較的粘稠度の低い分泌物があり、管内を前後していた。LPB内は問題なし。

2)  気管支ブラッシング:RB4V2にて実施。細胞診にて上皮細胞塊(++)、独立した上皮細胞(++)、好中球(-)、好酸球数(-)、リンパ球(—)。細菌(-)。

3)       気管支肺胞洗浄液解析(BALF解析):RB2にて実施。5ml×3回。回収率41.3%(6.2/15ml)。性状は透明。総細胞数増加819/mm3 (正常 55-105/mm3)、細胞分画;マクロファージ82.6%(正常82%)、リンパ球0.0%(正常2.7%)、好中球16.0%(正常4.0%)、好酸球1.4%(正常10%)、好塩基球0.0%(正常0%)。腫瘍細胞なし。泡沫状マクロファージ主体(++)。慢性活動性炎症パターン。微生物検査にてPasteurella multocida 1+, ABPC, AMPC, CEX, OFLX, ERFX, DOXY, AMK, GM, CP, FOMに感受性を示した。

4)経気管支肺生検(TBLB): RB4V2にて実施。悪性所見や炎症所見なし。気管粘膜および気管支腺を含む組織が採取されていた。

二次検査評価:猫喘息、腫瘍性疾患、気道異物は除外。細菌は認められたが数は多くはなく、起炎菌かどうかを決定できません。肺生検にて気管腺を主体とする組織が採取されました。

麻酔管理概要:

前処置 ABPC20mg/kg+アトロピン0.05mg/kg SC

鎮静 ミダゾラム0.2mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV

導入 プロポフォール IV to effect (<5mg/kg)

維持 フォーレン0.5-1.0%、プロポフォール持続投与0.2-0.4mg/kg/min

気管支鏡検査中はラリンゲルマスク#1.5にて気道確保にて自発呼吸、それ以外は気管チューブID4.0mm使用。

気管支鏡検査13:49−14:39、人工呼吸管理14:44−15:15、抜管16:05

 

暫定診断:猫の気管支ろう。気管支腺の増生による気道内過剰分泌物を示す症候群と考えられまし

 

気管支鏡検査後の経過

ERFXを1週間投与したが、1日数回の痰産生咳、rattling、全身状態や活動性に変化は認められなかったので、外科手術を検討するため胸部CT検査を行った。

 

胸部CT検査(2016年4月16日)

右肺後葉に、最大径4.2cmの、不整形かつ境界不明瞭な浸潤陰影があり、他に小結節影が4カ所認められた。気管支リンパ節腫大は認められなかった。病変は右後肺葉にほぼ限局しそれが慢性発咳と誤嚥性肺炎のリスクを伴っていることから、飼い主とも協議のうえ、右肺後葉切除術を実施することになった。

 

右肺後葉切除術(2016年4月29日)および病理検査所見

左下横臥位に第5肋間開胸術を実施した。胸水なく、原発病巣は臓側胸膜浸潤なく最大径4.5cm。人の肺癌取扱い規約[1]に基づくとcT2N0M0に分類された。

病理組織検査所見:不整形な管腔形成が巣状、またはびまん性に増殖し肺胞類似の構造をしていた。管腔を形成する上皮細胞は立方または低い円柱状細胞からなるが、円形〜多角形核で大小不同もあり、核小体は明瞭で、核クロマチンを豊富にもつ細胞も散見され、異型性が確認された。核分裂像は少なかった。管腔内に粘液は観察されなかった。高分化型の肺腺癌であり、動物における肺癌のWHO分類[2]に基づき、細気管支肺胞上皮癌(Bronchioloalveolar carcinoma, BAC)と診断された。

最終診断:猫の気管支ろう。気管支腺増生とBACが基礎疾患と考えられる。

術後経過

2016年5月6日、経過良好のため退院。

2016年5月20日 CXRにて残存肺拡張良好、Pao2 107mmHg,AaDo2 10mmHgとなり肺機能は正常となった。 飼い主の初期症状改善度評価は5/5(完全に改善)。術後3カ月毎に胸部CT検査を実施し経過観察。

2016年12月10日。咳なし、ゴロゴロ音なし。状態良好。経過観察のため胸部CT検査にて5箇所の結節陰影(6.2-8.9mm)と1箇所の限局性すりガラス状陰影(直径13mm)は認められたが、肺葉切除前とほぼ不変。

 

参考文献

1.  臨床・病理 肺癌取扱い規約 第7版 In: 日本肺癌学会, ed. 東京: 金原出版, 2010.

2.  Dungworth DL, Hauser B, Hahn FF, et al. WHO Histological Classification of Tumors of the Respiratory System of Domestic Animals. Washington, D. C.: AFIP, 1999