第7回 小動物呼吸器症例検討会 (平成18年2月25日) 配布資料
猫喘息 Part1 -病態、診断と管理、3症例-
相模が丘動物病院 呼吸器科 城下 幸仁
猫喘息(Feline asthma)とは?
猫の代表的な呼吸器疾患であり、発作性発咳、喘鳴、運動不耐および呼吸困難などの臨床症状を示す。発作間期はほぼ通常生活可能。病理学的には、原因を特定できない下気道の炎症を特徴とする。若齢または中年齢猫でもっともよく発症する。シャムに発症傾向がみられるが、あらゆる猫種でみられる。
ヒト気管支喘息と猫喘息
最新の成人喘息ガイドライン2006では、喘息には、1)可逆性の気道閉塞、2)気道の過敏性、3)慢性の気道炎症の3つの状態があることと定義されている。猫では、1906年にHillが気道分泌物亢進、気道の炎症、努力性呼吸や喘鳴の症状を示す疾患を証明した1。以来、この疾患はヒト気管支喘息に非常に似たような症状を呈するので、「猫喘息」といわれるようになった。しかし、病態生理学的な根拠は、最近10年間で、実験的に抗原によって誘発された猫の気道炎症疾患モデルの研究によってようやく確認され始めてきた2-4。
喘息の病態と管理
喘息はアレルギー性疾患のひとつと考えられている。猫ではまだ明らかでないが、ヒトではその慢性炎症の実態は好酸球を中心とし、活性化リンパ球との相互作用によって生じる気道の器質変化である。これは、平滑筋の肥大や過形成、上皮下基底膜の肥厚と線維化、気管支腺の過形成、杯細胞の過形成、上皮の肥厚などの構造変化を指し、気道リモデリングと呼ぶ。気道リモデリングはやがて非可逆的気道閉塞に移行していく。この慢性炎症は症状がなくとも潜在し続けていることが分かった。猫喘息でも長期化すれば気道閉塞は非可逆化し肺気腫に陥ることがある5ので、この気道リモデリングの考え方は猫にも通じるものと考えられる。よって気管支喘息のコントロールは非可逆的なリモデリングの進展を防ぐためにステロイドによる抗炎症治療を主体とし、必要に応じて気道閉塞に対する気管支拡張治療を行うことがよいとされている。症状の有無にかかわらず、より早期から抗炎症治療を積極的に継続することが喘息のコントロール成功の鍵とされている6。
猫喘息の診断
猫喘息は従来臨床症状と診断的治療から暫定診断されており、確定するための客観的な診断基準は確立していない5。それが猫喘息のエビデンス確立の問題となっており、実際臨床研究はわずかしかない7。ただ、臨床症状と胸部X線写真などから、心疾患、下気道感染症、肺腫瘍、肺虫症などの呼吸器系の寄生虫疾患、気道内異物を鑑別することは必要とされる。
以上を踏まえ、演者は確定診断を強固にするため気管支鏡検査による気管支肺胞洗浄液解析も取り入れ、以下3項目を診断基準とした。
1)慢性発作性発咳(>2m)
2)他の心肺疾患、寄生虫感染および気道内異物を除外
3)気管支肺胞洗浄(BAL)液中に好酸球増加(>25%)かつ有意な起炎菌陰性
今回、それらを満たした3例の長期管理について記述する。
症例1
ソマリ、避妊済雌、8歳10カ月齢。体重4.18kg。発作性発咳が3ヶ月間毎日続く。末梢血好酸球増加(2332/μl[正常 <1500/μl])、Pao2 正常(115 mmHg)、胸部X線写真で肺野にスリガラス様陰影、糞便中虫卵なし。アレルゲン検査では、羽毛、ハウスダスト、牛肉、卵、大豆、コーン、米、穀草、ジャガイモ、ビール酵母、マグロ、イワシ、カツオ、コットン、カポック、蚊に陽性
気管支鏡検査所見:肉眼所見で、左右主気管支内に白色円柱状物が多数みられた。ブラシ擦過細胞診にて、気管支粘膜上皮細胞、好酸球、杯細胞がみられた。BAL(RB2, 10ml×3, 回収率90%)にて総細胞数の軽度増加(421/μl[正常200-400/μl])、好酸球数の増加(26.75%[正常<25%])がみられた。BAL液の培養にて細菌も真菌も検出されなかった。
臨床診断:猫喘息
治療および経過:去痰薬(ビソルボン錠 2mg PO q12h)、食餌変更によるアレルゲン除去、室内環境改善により、第116病日に咳は完全消失した。
1. 粘液栓: 気道壁の器質変化を示唆し、同時に、この粘液栓の形成と排出が猫喘息の発作性発咳の直接の原因のひとつと考えられた。
2. 食物アレルゲン除去: 食餌変更のみで猫喘息の症状が改善されたという報告はない。また食餌アレルゲンが猫喘息に関与することを示す文献もなかった。猫喘息症状を有しアレルゲン検査を行った6例にて食餌変更と減感作療法で86.1%改善されたという報告はある。8
症例2
チンチラ、雄、7y6m。体重8.30 kg。3年前より連日の発作性発咳あり。次第に悪化し動かなくなってきた。肺音粗励、末梢血好酸球正常(183/μl)、Pao2 低下(73 mmHg)、胸部X線写真で肺野にスリガラス様陰影、糞便中虫卵なし。
気管支鏡検査:肉眼所見で、肺内気管支粘膜に浮腫・軽度発赤あり、BAL(RB3, 10ml×3, 回収率77.3%)に好酸球数の増加(33.2%)とマクロファージの活性化がみられ、培養は陰性。
臨床診断:猫喘息
治療および経過:
-49d プレドニゾロン(10mg PO q24h)→投薬難
-161d メチルプレドニゾロン(4.0 mg/kg IM、2−4週ごと)→重度肝障害と糖尿病
192-248d ステロイド吸入療法→発作消失。BAL中好酸球数減少(25.75%)9。
450d 吸入療法実施困難となり咳再発。プレドニゾロンと去痰薬内服再開。
1078d 連日発作。IPV療法開始。次第に発作消失した。
現在(第1563病日)月1回のfollow-upでIPV療法、投薬はプレドニゾロン2.5mg PO 週1回・ビソルボン錠4mg PO EODにて、発作は2-5回/月にコントロールされている。
3. ステロイド吸入療法: 定量噴霧式吸入薬 meter dosed inhaler (MDI)を乳児用のスペーサー(エアロチャンバー, (株)アムコ、東京) に連結して、1日おきに1回1-2スプレーをスペーサー内に噴霧してから直接猫の口に当てて自宅にて行なう。ステロイドの作用が気道内局所に限定され全身への影響がないことが大きな利点である10。即効性はないが気道内慢性炎症の連鎖を断ち、気道リモデリングの進展を阻止する。これに対しβ2刺激薬の吸入療法も同様に実施でき、即効性があるが、炎症抑制効果はないので長期的にはリモデリング進展を阻止できない。経験的記述10以外に自然発症の猫喘息に対する効果を示す明らかなエビデンスは今のところないが、猫の慢性気管支炎の気道過敏性と気道炎症を抑制したとの報告がみられる11。最近、動物用のMDI用スペーサー(AeroDawg, (株)アムコ、東京)が開発され、獣医領域でも吸入療法が行いやすくなってきている10。
4. IPV療法: Intrapulmonary Percussive Ventilation=肺内パーカッション換気。新しい呼吸理学療法。毎分60-400回の頻度で順次導入される高速かつ高流量のミニジェット噴流よって排痰効果が非常に迅速に発現する。さらに、手のひらほどの呼吸ヘッドと呼ばれる装置内にはネブライザーも組み込まれ、気道内乾燥防止と末梢気道への確実なdrug deliveryを可能にする。ヒトでは、慢性閉塞性肺疾患の在宅治療を中心に呼吸療法として導入され、未熟児から成人・高齢者まで幅広く臨床実績をあげている。慢性化した猫喘息に対しては粘液栓形成阻止と薬剤吸入効果が期待される。
症例3
アメリカンショートヘアー、未避妊雌、11m。体重2.60 kg。5ヶ月前より、くしゃみ、鼻汁、発作性発咳あり、次第に悪化した。アレルゲン除去や環境改善を行うも症状不変。ステロイドと抗生剤投与で一時症状消失するが、投薬減量で症状が再発してしまう。末梢血好酸球増加(3128/μl)、胸部X線写真で肺野にスリガラス様陰影、糞便中虫卵なし。FeLV (-), FIV(-), FCoV(-)。
気管支鏡検査:肉眼所見で、可視範囲の気管支粘膜に軽度浮腫あり、中枢気道内に大きな黄色粘稠分泌物がみられた。LB1V1末梢のブラシ擦過細胞診にて粘液、気管線毛上皮細胞、好酸球、リンパ球、好中球がみられ、培養は陰性。BAL(RB3, 10ml×3, 回収率72%)では好酸球数の著増(51.25%)とマクロファージ活性化がみられ、培養は陰性。
鼻腔鏡検査:鼻咽頭粘膜は充血発赤し、粘稠分泌物がみられた。ブラシ擦過標本の細胞診にて大小リンパ球および形質細胞が多数みられ、培養陰性。
臨床診断:猫喘息およびリンパ球プラズマ細胞性鼻炎
治療および経過:
-139d プレドニゾロン(2mg/kg PO BID→1mg/kg 週2回)では症状消失せず。
140d- IPV療法開始。処置後一時的に咳とくしゃみが消失。
161-248d 抗生剤(DOXY 5mg/kg PO SID-EOD)にてくしゃみ・咳軽減するが完全消失せず。
261d- ステロイド点鼻薬(フルナーゼ点鼻薬)は1日1回投与開始しても次第に再燃。
-509d 2週に1回のfollow-upで、IPV療法は2週に1回、プレドニゾロン0.5mg/kg+ビソルボン錠 2mg POは週1回継続。再燃治まらず、抗生剤投与とステロイド増量の必要あり。
予後を悪化させる因子
1. 治療前の罹病期間が長い6,12。
2. 末梢血好酸球数が多い13。
3. 慢性上気道疾患との合併あり14。
4. 夜間咳による睡眠障害などの生活に支障ある程度の発作が連日みられる5。
5. 胸部X線写真にて肺気腫や気管支パターンがみられる5,15。
参考 Padridの推奨治療ガイドライン5
症状が連日でない:発作時にサルタノール吸入
症状が連日:以下の通り
-軽度:日常生活に支障なし
フルタイド100μ吸入 q12h, 発作時サルタノール吸入
-中等度:夜間咳など時々支障あり。
+プレドニゾロン 1mg/kg q12h 5d →q24h 5d
-重度:症状は連続的。休息時も快適でない。
デキサメタゾン 2mg/kg IV + サルタノール吸入30分おきに4時間投与
酸素室管理
長期管理法
1.ステロイド内服: プレドニゾロン1-2mg/kg PO BID→週1回まで漸減
2.去痰薬: ビソルボン錠 2-4mg/h SID-EOD
3.ステロイド吸入-スペーサー要: フルタイドエアー 100μg BID-EOD
4.気管支拡張剤:
テルブタミン(SC): β2刺激薬 0.01mg/kg
テオフィリン(PO): 20-25mg/kg q12 or 24h
メプチンor ベラチン (PO): β2刺激薬 0.04mg/kg
サルブタモール or サルメテロール(吸入): β2刺激薬
5. IPV療法 1-2週に1回
6.合併症治療(例. 慢性鼻炎に対して点鼻や抗生剤投与)
*1と2を基本とし、ステロイドを漸減しながら症状をみつつ他の治療を加えていく。
まとめ-長期コントロールのポイント
-早期に抗炎症治療を開始することが重要
-そのために、早期に気管支鏡検査にて肺炎、異物、寄生虫疾患を除外し、好酸球を主体とする慢性気道炎症を証明することがすすめられる。
-気管支拡張療法のみの慢性治療は、気道リモデリングを進展させる可能性がある。
-IPV療法は末梢気道の粘液の排出促進と末梢気道への確実なdrug deliveryを同時に可能にする。猫喘息の新たな治療法として期待される。
引用文献
1. Hill JW. Diseases of the respiratory organs. In: Jenkins WR, ed. The Diseases of the Cat. New York: 1906:11-21.