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第6回 小動物呼吸器症例検討会 (平成17年12月17日) 配布資料

犬の気管虚脱 Part3 -内科vs外科療法にまつわる論争、呼気時胸腔気道虚脱を示す病態-

相模が丘動物病院 呼吸器科 城下 幸仁

犬の気管虚脱(Tracheal collapse, TC)とは?

気管が軟化し異常に虚脱しやすい状態であることをいい、通常は気管腔が背腹方向につぶれてしまう。ヨーキー、ポメラニアン、チワワなどのトイ種の中年齢で好発し、「ガチョウの鳴き声」のような発作性乾咳を特徴とする。

管理法

保存的内科管理と外科整復の2つの主要な方法がある。近年、気道ステント留置も試みられている。完璧な方法はなく、各々の利点と問題点について十分に理解する必要がある。治療法の選択基準については、内視鏡的Grading(Tanger CH, Vet Surg, 1982)に拠るのが理想だが、多く場合単純X線写真や症状の主観的評価に負っている。

保存的内科管理

利点:非侵襲的, 問題点:個々の薬剤についてエビデンスなし。使用法は経験的。

1.    鎮咳剤;ブトルファノール0.55mg/kg PO q6-12hs 経過みて増減。
2.    気管支拡張剤;メチルキサンチン剤、β作動薬(テルブタミンやサルブタモール)
3.    ステロイド;虚脱壁の炎症と浮腫軽減。プレドニゾロン0.25-1mg/kg q12-24h
4.    抗生剤:混合感染あるときのみ
5.    鎮静剤:ジアゼパムやアセプロマジン(0.5-2.0mg/kg)
6.    減量、空気環境改善、首輪使用禁止、温度管理
7.    甲状腺機能低下症や副腎皮質機能亢進症の管理

内科療法を支持する文献--- White RAS, J Small Anim Pract, 1994
「気管虚脱100例中71%で内科療法が有効」
全例で、Lomotil(塩酸ジフェノキサレート・アトロピン合剤)、プレドニゾロン、合併する呼吸器疾患治療薬を使用。アトロピンの下気道粘液分泌量減少効果?
内科療法有効71例中50例で治療中止後再発なし。

外科整復

利点:根治的、問題点:気管へのプロテーゼ縫着と気管完全分離は反回神経障害による喉頭麻痺や気管全層壊死を引き起こす可能性がある。とくにPSP法に批判が強い。

1.    膜性壁の縫縮術---Rubin GJ, J Small Anim Pract, 1973
極小犬では操作困難。
2.    全周プロテーゼ法(total ring prosthesis, TRP) ---Hobson HP, JAAHA, 1976
気管への血流供給と神経分布の障害少ないが、やや操作難
3.    ポリプロピレン製らせんプロテーゼ法(polypropylene spiral prosthesis, PSP)---Fingland RB, JAAHA, 1987
プロテーゼ固定は迅速かつ容易になったが、外膜からの気管完全分離を必要とし気管の血管供給と神経分布の破壊を起こす可能性があると批判されている。
4.     Parallel loop line prostheses, PLLP---米澤 覚、動物臨床医学、2003
本邦で考案された。光ファイバー用の細い可塑性のアクリル素材を利用し、設置しやすさを考慮したプロテーゼを作製した。成績良好と報告されている。

外膜からの気管完全分離の危険性を実験的に証明した文献---Kirby BM, Vet Surg, 1991
「20頭の正常犬にPSP設置のため気管完全分離を施し、4頭が術後3日以内にプロテーゼ設置の有無にかかわらず、全層性の壊死性気管炎と血栓を呈し死亡した。」
マイクロスフェア法による血流評価により、術後全ての犬でプロテーゼ設置の有無にかかわらず気管の血流が非常に減少した。3日目に気管の中央部の血流が劇的に減少し、7日目に同部位の血流が増加した。これは気管の中央部には血管の側副流が解剖学的に少ないことによると考えられた。

気管完全分離に対するDr.Hobsonの警告---Hobson HP, JAAHA, 1976
「血管供給と神経支配の両方は気管粘膜の正常機能を営むために非常に重要であり、もし手術で気管の長い部分の完全分離が行われれば、とりわけ気管がとても小さいと、術後早期回復は困難となるであろう」

気道ステント留置

利点:設置が迅速、非侵襲的、初期改善効果に優れているため早期退院可能。
問題点:長期予後について現時点では不明。ステント端の肉芽形成、ステント内粘液停滞、ステント破損などの重篤な合併症を引き起こす可能性あり、ネブライゼーションや気管支鏡による定期観察などの継続的管理が必要となる。

Wallstentを用いた犬の重度気管虚脱の管理---Moritz A, J Vet Intern Med, 2004
呼吸困難、失神、チアノーゼなど3週間の内科療法に反応しない気管虚脱を対象とした。
22/24例成功(最長Follow-up期間1150d)、初期改善率95.8%、長期成績;完全症状消失33.3%、咳以外は著明に改善61.1%、症状不変5.6%。

治療法の選択についての私見

どの治療法にも難点があり完璧な方法はない。内科療法はWhiteの言うように70%程度維持可能であるが、そもそも機序が曖昧でかつ姑息的であり、完全気管虚脱に進行し呼吸困難に陥れば管理不能となる。外科療法は、散発的な学会報告などから、重度気管虚脱に至ってから管外プロテーゼ設置すると気管侵襲が非常に大きく生命の危機に瀕することがある。手技の熟練度も術後成績に影響するかもしれない。気道ステント留置は、内科療法の限界をサポートできるが、継続管理が必要となる。MassonはTextbook of Respiratory Diseases in Dogs and Catsの中で、以下のように述べている。「概してGrade IからIIIまでは内科療法で治療可能である。外科整復を必要とするようなより重症例では外科医の手腕によるといえるだろう。」演者は、内科療法と外科療法の間を埋める手法として気道ステント留置があると考えている。そこで進行性気管虚脱には、以下の考え方を早期に飼い主に提示することが重要であると考えている。

0.先ず、気管への直接的な処置を避けた方法で気管虚脱をコントロールできないか考慮する(例、軟口蓋切除術)。

それが不能なら、以下のどちらかを選択してもらう。

1.状態の安定しているうちに外科整復を行っておく。PLLP法では術後管理必要なく、最長9年のfollow-up期間が得られた例があり、長期予後が見込めるそうである。
2.内科療法で維持・観察を継続し、完全虚脱に至ったときに気道ステント留置を行う。その際、ステント留置後は毎日のネブライゼーションと1−3ヶ月毎の定期的検査が必要となる。

呼気時胸腔内気道虚脱を示す病態について

獣医呼吸器診療では、左房拡大や肺門リンパ節腫大などの管外性圧迫を受けずに、呼気時の虚脱が左右主気管支から気管分岐部周辺、さらには胸部気管にまで及ぶ病態によく遭遇する。しかし、その機序や治療法はいまだ詳述されていない。演者の経験した5例について、発症傾向、症状、行った治療法について記述し、その病態と治療法について考察してみた。

プロフィール

#

基礎疾患

犬種

年齢

体重

BCS

症状

期間

既往症

1

BAS代償末期

シーズー

14y

7.20kg

3

間欠的な咳

10d

尿石症、膵炎

2

慢性気管支炎

ポメラニアン

12y11m

3.50kg

4

痰産生性発咳

1.25y

膝蓋骨脱臼

3

慢性気管虚脱

ヨーキー

12y5m

4.02kg

4

喘鳴

1d

慢性心不全

4

BAS代償末期

パグ

11y6m

7.05kg

2

喘鳴

1.5y

乳腺腫瘍、肥満細胞腫

5

BAS+慢性気管支炎

チワワ

8y10m

2.84kg

3

痰産生性発咳

90d

乳腺炎

呼吸症状、X線写真、血液ガス分析等検査所見

#

基礎疾患

努力呼吸

Fine crackle

肺野X線

Pao2
(mmHg)

Paco2
(mmHg)

A-aDo2
(mmHg)

CRP
(mg/dl)

その他検査

1

BAS代償末期

吸・呼

あり

DI

62

32

49.8

ND

ACTH刺激試験

2

慢性気管支炎

なし

なし

Normal

60

37

46.1

ND

気管支鏡,BAL

3

慢性気管虚脱

吸・呼

あり

DI

59

43

41.0

ND

気管支鏡、ANA(-)

4

BAS代償末期

あり

DI

81

29

34.0

0.85

ANA(-)

5

BAS+慢性気管支炎

吸・呼

あり

DI

61

41

43.0

0.70

鼻腔鏡

=diffuse interstitial, びまん性間質陰影

治療方法と結果

#

基礎疾患

治療方法

結果

1

BAS代償末期

1.β2刺激薬PO

1.有効。3週間生存

2

慢性気管支炎

1.シリコン気道ステント
2.β2刺激薬+去痰薬PO

1.排痰障害のため増悪
2.有効。1年3ヶ月生存

3

慢性気管虚脱

1.金属製気道ステント
2.β2刺激薬POおよび吸入+酸素

1.留置18日後破損
2.有効。9ヶ月間観察中

4

BAS代償末期

1.セロトニン再取り込み阻害薬+アミノフィリン+ACEI

1.有効。8ヶ月間観察中

5

BAS+慢性気管支炎

1.セロトニン再取り込み阻害薬PO+β2刺激薬POおよび吸入
2.軟口蓋切除術+ステロイド・β2刺激薬POおよび吸入

1.効果なし
2.経過観察中

発症傾向
中-高年齢で慢性経過をたどっている。
上気道閉塞や慢性気管支炎に関連

上気道閉塞に伴うタイプ(#1,3-5)
特徴所見:fine crackle(4/4), 肺野びまん性間質影(4/4)、中等度低酸素血症(3/4)
上気道閉塞性肺水腫が合併していると考えられる。

慢性気管支炎に伴うタイプ(#2,5)
特徴所見:執拗な痰産生性発咳(2/2)、中等度低酸素血症(2/2)
慢性発咳によって進行した気管支軟化、または慢性閉塞性肺疾患(COPD)様病態と考えられる。

呼気時胸腔内気道虚脱は末梢気道閉塞と軟化素因から生じると考えられる(第4回気管虚脱の病態)。したがって慢性気管支炎に起因する呼気時胸腔内気道虚脱は理解できるが、上気道閉塞との関連は直接説明できない。これに対し、上記症例の特徴所見から以下の機序を推測している。

上気道閉塞性肺水腫の慢性化→実質領域から末梢気道領域への分泌物移動→広範な末梢気道閉塞・fine crackle発生→呼気努力→呼気時胸腔内気道虚脱

治療については検討中だが、上気道閉塞に伴うタイプでは、内科的咽頭拡張、軟口蓋切除術および気道ステントで上気道を拡張しつつ、十分な気管支拡張療法を内服と吸入をあわせて行い、慢性気管支炎に伴うタイプでは、ステロイド薬と気管支拡張薬を内服と吸入を行っていくことが中心になるように思う。注意しなければいけないのは全身麻酔である。機能的残気量が減少するので、手術時には末梢気道閉塞が悪化し、呼気時胸部気管虚脱が危険なほど進行し、異常な呼気努力を示すようになる。そのため、麻酔中の呼吸管理ではPEEPが必ず必要となってくる。それができないのなら、このような病態の動物に全身麻酔を実施してはいけない。

犬のTC診療で重要なこと

動的虚脱を捉え、上気道と末梢気道との関連を考察する。
加齢や咳に伴い気管軟化は進行する。
興奮や高温など悪化要因が重なったときに急性増悪症状が生じる。
保存的内科療法は機序に明確な治療根拠はない。
外科整復は完全虚脱を防ぐ未然処置と考える。
気道ステント留置は内科療法の限界をサポートするが合併症管理が必要である。

参考資料

相模が丘動物病院HP(www.sagamigaoka-ac.com
-  院長紹介
-  Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats (Saunders, 2004)---
-  第46章 犬の気管虚脱


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