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第4回 小動物呼吸器症例検討会 (平成19年7月23日) 配布資料

犬の気管虚脱 Part1-病態;解剖、原因、病態生理-

相模が丘動物病院 城下 幸仁

犬の気管虚脱(Tracheal collapse, TC)とは?

気管が軟化し異常に虚脱しやすい状態であることをいい、通常は気管腔が背腹方向につぶれてしまう。ヨーキー、ポメラニアン、チワワなどのトイ種の中年齢で好発し、「ガチョウの鳴き声」のような発作性乾咳を特徴とする。

気管の解剖

-位置と肉眼解剖
喉頭輪状軟骨直後から気管分岐部まで。約35個の馬蹄形の気管軟骨が規則正しく配列する。気管軟骨は気管腔の約4/5から2/3周を占める。背側の軟骨欠損部は軟部組織の膜性壁で架橋されている。個々の気管軟骨は輪状靭帯と呼ばれる線維弾性組織で縦方向に結合されている。輪状靭帯の幅は気管軟骨の幅の約1/4ほどである。このような構造で、自由に動きつつ外圧に潰れずに気流を保持している。胸郭前口部を境に、頚部気管と胸部気管に分けられる。
-血管供給
気管前方からは左右の総頚動脈から分岐する前甲状腺動脈、同様に後方からは後甲状腺動脈から気管外膜に沿ってその両外側を走行している。
-神経支配
総頚動脈と平行に気管外側面を迷走神経が伴走し、右は右鎖骨下動脈のところで、左は大動脈を越え動脈管索のところで外方から内方に巻き込むように反回神経が生じ、食道、喉頭、気管などに分布する。気管には右反回神経は気管腹外側を上行し、左反回神経は多くは食道の方に分枝を多く出しつつ上行していく。上皮細胞間にirritant receptorsが存在すると考えられており、冷気、物理刺激、化学刺激などに感応して、迷走神経を介し反射的に咳を引き起こす。
-組織および気管支鏡所見
上皮層は杯細胞を含む多列線毛円柱上皮で覆われている。その下は基底膜、粘膜固有層、軟骨層、外弾性線維膜、外膜、外膜周囲の神経叢・動静脈・リンパ管よりなる。粘膜固有層には縦走する弾性線維が走行しているが、ヒトのように明らかな束状になって(弾性縦束)みられない。膜性壁部には、粘膜固有層の下部に粘膜下組織があり、軟骨部より血管に富み、気管筋が軟骨の左右辺縁外側を架橋している。気管支鏡の照明光が粘膜組織を透過する距離は0.5mm前後であり、これは粘膜固有層の深さに相当し、ここを走行する血管網や弾性線維の走行を光沢のある上皮表面より透見することができる。上皮の光沢と透明性は極性をもった正常上皮細胞の整然とした配列を反映している。ここでみられる血管網は静脈である。血管網は軟骨部において疎で、輪状靭帯部で密にみられる。
-気管軟骨について
軟骨細胞と細胞間質よりなるガラス軟骨。TC犬では、正常犬に比べ軟骨細胞が少なく、細胞間質中の細胞基質成分が少ない。特にグリコサミノグリカン(GAG)は通常水を静電気的に結合させて軟骨強度を高めるので、それが不足しているということは気管軟化を説明するひとつの要素になりうる。
-粘液線毛系[装置](または粘液線毛輸送機構Mucociliary transport mechanism, MCT機構)
気管内のクリアランスに重要な役割を担う。粘膜表面は比較的粘稠なゲル層、その直下には粘度の低いゾル層の2層よりなり、ゾル層内で上皮細胞表面の多数の線毛が中枢から口部へ律動的に自由に動いている。このような仕組みで、吸気中の塵埃物をゲル層に付着させ、線毛運動によって“ベルトコンベア”式に痰として口部まで異物を輸送している。正常気管では2cm/分で動いている。

Grading

気管支鏡所見に基づき、4段階に分類されており、進行度や治療法決定の評価に用いられている(Tangner CH, Hobson HP: Vet Surg 11: 146-149, 1982)
-Grade I 内腔の25%以下の狭窄。膜性壁のみ内腔突出。
-Grade II 同25-50%。気管軟骨の軽度扁平化。
-Grade III 同50-75%。気管軟骨縁が触知可。
-Grade IV 内腔完全消失または完全虚脱。膜性壁は底部に接する。

原因

病因はいまだ確定されていないが、以下の仮説が考えられている。
-炎症: 全層性の壁の炎症がいくつか例でみられ、ステロイドによく反応する事実に基づいている。
-遺伝的要因: トイで軟骨異栄養犬種に好発する事実に基づいている。
-気管筋の神経学的機能不全: 犬における気管の神経叢構造は他の種より非常に複雑であるという事実に基づく推測。
-栄養的要因: 虚脱気管では軟骨成分の減少があると報告されている。

-ヒトの再発性多軟骨炎(Relapsing polychondritis, RP)---潜在的原因?
概念: 主に軟骨組織の炎症と崩壊をきたし、緩解と増悪を繰り返しながら進行する。まれな全身性炎症性疾患である。病因不明。何らかの自己免疫学的な機序が示唆されている。
症状: 気管軟化のため喘鳴、咳、呼吸器感染症を繰り返す。両耳介軟骨の変形・発赤・疼痛、鼻軟骨の変形(鞍鼻)、強膜炎などの眼症状、多発性関節炎など。
診断: 臨床症状および耳介軟骨の生検。CRP陽性、ANA陽性。
組織: 軟骨細胞の損失、間質の好塩基性低下、リンパ球や多角白血球の大量の炎症細胞浸潤。
治療: ステロイドおよび対症療法

病態生理 -症例からの考察-

症例1

6y6m、未去勢オス、ヨーキー
症状:興奮時喘鳴、散歩時失神転倒、大きないびきあり
胸部X線写真・透視所見:胸郭入口部の気管扁平化。咽頭腔狭窄
診断:上気道閉塞症状を伴った気管虚脱Grade II
治療:軟口蓋切除術
経過:気管チューブを抜去後、半覚醒下にて強い吸気努力性呼吸困難を起こし再挿管が必要となった。完全覚醒を待ち4時間後無事抜管完了。術後、咽頭は拡張しいびきが消失した。喘鳴と失神転倒もみられなくなった。
<考察>ヨーキーはもっとも気管軟化を起こしやすい犬種である。抜管後の吸気努力は慢性上気道閉塞による上気道拡張筋の代償能低下を示唆する。軟口蓋切除による咽頭軟部組織減量は上気道を広く開存し、吸気努力は消失し咽頭内陰圧も減少した。その結果、頚部気管の過剰な負担は軽減された。

-呼吸と気管内圧
気道内の気流は圧勾配で発生する。吸気時には胸膜内の陰圧が亢進し、胸部気管内もそれに伴い同等の陰圧が生じ外方に牽引される。このとき頚部気管内には気流勾配に応じた陰圧が生じ径は縮小傾向となる。吸気終末に胸膜内の陰圧は最大となり一度気流が停止し、気流圧勾配がなくなる。呼気には逆の現象が起こる。したがって、軟化気管では吸気時に頚部気管の虚脱を引き起こす。

-胸郭前口部の気管
頚部気管と胸部気管の気道内圧は相反する。したがって、その境界部の胸郭前口部の気管は常に相反する圧変動を受ける。この部位は気管軟化素因のある場合もっとも負担がかかりやすく、吸呼気にかかわらず気管虚脱が固定化されやすい。

-上気道閉塞と軟化気管
上気道閉塞により肺内への流入気量が減少すると、吸気時間が延長し、吸気努力が起きる。軟化気管の場合、上気道の気流減少と吸気努力のため吸気時に頚部気管内の陰圧が亢進し、強い虚脱を引き起こす。このように上気道閉塞は頚部気管虚脱の重大な悪化要因となる。

症例2

14y0m、オス、シーズー
症状:Productive cough, 呼気努力、クラックル、腰萎
既往歴:13y2mに尿石症による膀胱切開、術後膵炎を合併。
胸部X線写真所見:硬化肺領域中に嚢状気管支拡張あり。
透視所見:呼気時に胸部気管と主気管支の虚脱。頚部気管虚脱なし。
血液ガス分析:pHa 7.438, Paco2 38.4 mm Hg, Pao2 63.6 mm Hg, A-aDo2 41.2 mm Hgと換気血流不均等分布による低酸素血症がみられた。
診断:気管支拡張症を伴った気管・気管支軟化症(気管支軟化を伴う胸部気管虚脱)
治療:β2刺激性気管支拡張薬の内服(ベラチン? 0.04mg/kg PO q12h)
経過:気管支拡張治療後後13日目の評価にて、胸部気管虚脱症状は緩和されていた。Paco2もわずかに減少し(35.9 mm Hg)、換気改善を裏付けた。
<考察>気管支拡張症による末梢気道閉塞に対し、気管支拡張療法を実施した結果、胸部気管虚脱が緩和された。

-末梢気道閉塞と軟化気管
重度の気管支拡張症などの末梢気道閉塞は呼気努力を引き起こす。呼気努力は胸膜腔内圧上昇させる。このとき、軟化した胸部気道では気流減少による気道内圧の低下と胸膜腔内圧の上昇により、同圧点以前の胸部気管で虚脱が生じる。このように末梢気道閉塞は胸部気管虚脱の重大な悪化要因となる。

まとめ

-TC犬の気管軟骨組織では、正常犬に比べ軟骨細胞が少なく、細胞間質中の細胞基質成分が少ない。特にグリコサミノグリカン(GAG)の不足は軟骨強度を下げる要因となる。
-犬の気管虚脱の原因はまだ明らかでないが、炎症、遺伝的要因、気管筋の神経学的機能不全、栄養的要因が考えられている。
-頚部気管径は吸気時陰圧のみに影響をうけ、胸部気管径は気道内圧-胸膜腔内圧較差に影響を受ける。呼気努力では胸膜腔内圧が非常に高くなり、胸部気道内圧と同圧点(等圧点)から前部で気管虚脱を引き起こしやすくなる。
-頚部気管虚脱は、気管軟化素因と上気道閉塞が関係している。
-胸部気管虚脱は、気管軟化素因と末梢気道閉塞が関係している。

参考資料
相模が丘動物病院HP(www.sagamigaoka-ac.com
-院長紹介
-Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats (Saunders, 2004)---
-第46章 犬の気管虚脱


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