第3回 小動物呼吸器症例検討会 (平成19年5月17日) 配布資料
短頭種気道症候群 Part3 -臨床の実際;診断、危険因子、治療
相模が丘動物病院 城下 幸仁
Part1と2では主に短頭種気道症候群(Brachycephalic Airway Syndrome、以下BAS)の病態を中心とした内容であったが、今回はそれらを総括し、診断、危険因子、治療法について述べる。
診断
短頭犬種でstertorやstridorを伴う呼吸困難を示す。
短頭犬種とは、イングリッシュブルドッグ、フレンチブルドッグ、ボストンテリア、パグ、ペキニーズ、およびボクサーを主に指す。
他の上気道閉塞性疾患を除外。
いびき、意識消失、運動後チアノーゼなどの症状あり。
日中の傾眠と睡眠時無呼吸を示す。
その他、空気嚥下症、裂孔ヘルニア、誤嚥性肺炎、空嘔吐、ギャギング、咳、吐出、胃腸管運動障害もみられることがある。
肥満した非短頭種でも同様の病態あれば診断される。
危険因子
1 短頭種、とくにイングリッシュブルドック
2 睡眠時無呼吸あり。とくに毎時20回以上無呼吸イベントあり。
3 幼齢(3w-3m)または、4歳以上。とくに8歳以上は特にリスク大。
4 明らかなStridor。診察台上に載せると確実に認められる。
5 Paco2 40 mm Hg 以上 または Pao2 80 mm Hg未満
6 食欲元気なし。明らかな運動不耐
7 心不全・心肥大あり
8 胸部X線にてびまん性間質陰影あり
9 気管虚脱あり
---以上3項目以上みたせば外科リスクが大きいと考えるべきである。
評価
類症鑑別と合併症検出を行い、予後判定を行う。
問診:犬種、年齢、肥満度、いびき、stertor/stridor、睡眠時無呼吸?
身体検査:stridor、吸気努力、易疲労性、頚部マス、聴診でwheezing最強点?
CBCおよび血液生化学:全身状態の把握と合併症の検出
動脈血ガス分析:まず診察室で径皮的にSpo2測定し、症状安定後に動脈穿刺する。酸素化および換気状態を評価する。
透視下呼吸観察:頚部にて吸呼気間での喉頭の前後移動・軟口蓋の形状変化・舌骨装置内の口咽頭軟部組織・鼻咽頭腔断面径の変化・咽頭腔の変化、喉頭内マス陰影の有無をみる。気管から胸部では、気管・気管支虚脱、心肥大による気管支圧迫あるか確認する。
X線撮影:吸気時の咽喉頭部lateral像、胸部X線lateral像とDV像を撮る。軟口蓋の厚さ・鼻咽頭腔・舌骨装置内軟部組織の観察、心陰影・肺野陰影・気管径を評価する。
頚部エコー:リニアプローブにて喉頭横断面を観察する。声帯ヒダの不対称性の動きで喉頭麻痺が評価できることがある。
ECG・心エコー:原発性心疾患の検出、または循環機能の評価。
気管支鏡検査:上記検査の結果から適応を慎重に考慮する。BASでの気管支鏡検査の意義は外科手術直前の確認である。喉頭虚脱、喉頭麻痺、喉頭小嚢外反、気管虚脱、気道内マスを確認してから、そのまま手術に移行する。
治療
保存療法
軽症で代償期であれば、減量を強く励行し、安静を維持する。夏季には十分な冷房を施すように注意する。非短頭種の場合、肥満を改善すれば症状が減退することが多い。比較的重度で外科リスクが大きいものに対しては、さらに心不全などの合併症治療、徹底したケージレストおよび酸素療法を実施し症状を安定化させる。
内科療法
まだ研究段階であるが、セロトニンが上気道の代償性活動を維持するのに効果的であると言われており、イングリッシュブルドッグでは少なくとも短期的には有効であることが確認されている。脳幹のセロトニンニューロンの活動は、REM睡眠期に減少し、この時期の上気道活動を減退させることが基礎研究で分かっている。
-脳内セロトニン濃度を増加させる薬剤-
-抗うつ薬
シナプス前部のセロトニン再取込みを阻害する。第二世代のトラゾドンはブルドッグにおいて睡眠時に上気道を拡張することが分かっている。しかし、現在ではさらに安全性の高い第四世代の選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬が開発されており、動物での効果が期待される。副作用には、口渇・便秘などの抗コリン作用、心毒性、悪心・嘔吐、錯乱・興奮・震戦などのセロトニン症候群などがある。
-制吐薬
CTZに存在するセロトニン5-HT3受容体を遮断する。オンダンセトロンはブルドッグでREM睡眠期の無呼吸イベントを減少させる効果が確認されている。
外科療法
代償期、安静下、酸素投与下で症状管理できる例を対象とする。
外科成績に関する文献データ
-
外科療法を必要とする犬種:イングリッシュブルドック、パグ、ボストンテリア、キャバリア・キングチャールズ
術時年齢<1yでは、成績良好。
外鼻孔狭窄+軟口蓋過長(1歳以下が多い) 96%改善
喉頭小嚢切除+軟口蓋過長(高齢が多い) 69%改善
-Lorison D: Canine Practice, 1997
BAS 118例のreview
もっとも多い合併症は誤嚥性肺炎(15/118)。特に術後。
手術実施56例中、術後成績良好17, 良好16, 不良23例。
術後死亡は8例(14%)。6例は誤嚥性肺炎でそのうち5例はイングリッシュブルドッグであった。
イングリッシュブルドッグは55%で術後成績不良、他犬種は33%。
-Torrez CV: J Small Anim Pract, 2006
・BAS外科矯正を行った64例
最頻犬種:パグ19頭、キャバリア・キングチャールズ15頭、イングリッシュブルドック14頭
喉頭虚脱は53%(34/63)に認められた。術後死亡例はなかった。
・術後長期追跡を行った43例(術後19-77ヶ月)
良好26, やや良好15, 不変5例
残存徴候;いびき34、覚醒時stertor/stridor 23、過剰なパンティング13、呼吸困難10例
軟口蓋切除術―私の見解と術式
目的と注意点:軟口蓋は過長ではなく、過剰であることを念頭に慎重に切開ラインを設定する。手術の目的は軟口蓋容積を減量し、軟口蓋の鼻咽頭側の気道を広げることにある。したがって、現存の軟口蓋の尾側ラインを維持しつつ、鼻咽頭側の過剰な粘膜を切除することになる。鼻咽頭側の粘膜をできるだけ引き出し切除するが、その切開ラインは引き出す前の軟口蓋の尾側ラインである。切開ラインがその尾側ラインより少しでも頭側になれば、喉頭蓋先端が口腔側に入り込み誤嚥を起こしやすくなる。
術式
1.伏臥に保定する。その前に頚部腹側に気管切開の術野準備しておく。
2.左右の扁桃を目印にし、その内側の軟口蓋の両縁に支持糸をかける。マニセプスを用いると、狭い術野での操作が行いやすくなる。
3.鼻咽頭側の粘膜をアリス鉗子できるだけ引き出す。
4.支持糸間に切開ラインを設定。粘膜の色の違いにも注目。
5.上側と下側の粘膜を右側からラインに沿ってメッツエンバウム鋏で切除
6.切除ラインの中央を少し過ぎたところで、切除粘膜を牽引しながら上下の粘膜の切断面をマニセプスを用いて合わせ単純結節縫合する。これは引き出した粘膜を鼻咽頭に戻さないようにするためである。この糸も支持糸とする。
7.助手に左右の支持糸を牽引してもらいながら、マニセプスを用い右端から中央の支持糸まで上下の粘膜を合わせるように連続縫合する。その次に中央の支持糸から左端まで同様に連続縫合する。
8.外科リスクが大きいと考えられる場合、術直後気切チューブ設置すれば、肺水腫発症を避けられる。
救急治療
BASの代償不全による呼吸困難の機序は咽頭虚脱による急性上気道閉塞である。短頭種の6歳以上の犬で急性呼吸困難が認められればBASの代償不全と判断し、まず高濃度酸素室・外部冷却・ステロイド・鎮静剤投与を行う。気道確保を行わなければ予後不良であり、この現象は短頭種の宿命的症状であることをオーナーにしっかり告げる。気管内挿管および呼吸管理の準備が整い次第、麻酔導入し直ちに気管確保し呼吸管理を行う。この処置が遅れれば肺水腫が発生し生存の見込みは下がる。気道確保でき、呼吸循環機能が安定化したところで、胸部X線検査を行い、心肥大・気管虚脱・肺水腫の有無を確認する。肺水腫がないもしくは軽度であれば、気管切開チューブを設置し、覚醒させてみる。肺水腫が重度であれば利尿剤治療やPEEPによる呼吸管理を試みる必要があるが、予後不良である。入院にて気切管理可能であれば、再挿管準備下で試験的にチューブを抜去するか、永久気管ろうを造設し自宅管理するか、オーナーに選択してもらう。
最後に、BAS診療で最も重要なことは、
-病態理解と、代償期・非代償期の見きわめ
-非心原性肺水腫合併の考慮と回避
-術前の慎重なリスク評価とオーナーへの明確なインフォーメーション
-非代償期呼吸困難に対する緊急時対応を確立しておくこと
である。
参考資料
相模が丘動物病院HP(www.sagamigaoka-ac.com)
- 院長紹介
- Textbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats (Saunders, 2004)---
- 第5章 上気道閉塞、いびき様喘鳴、ストライダー、第40章 短頭種気道症候群